箱庭物語

晴羽照尊

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パーマストンノース編

隔世遺伝W-3

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 威風堂々とした問いに、若者は即、答えた。

「解った。いいだろう。さあ行こうか、『虎天使R』」

 ようやくなんとか立ち上がり、若者はそそくさと落書きを拾い上げた。

『おい、ちょっと待てや、兄さん! 勝てねえのは解るけども、潔すぎじゃねえか!?』

 若者の腕の中で、落書きは騒ぐ。こうなればもう逃げ道はないのだろう。それを理解してはいるのだろうが、最後のあがきのように落書きは、若者の腕の中で少し暴れている。

「勝てない? 冗談だろう? 確かにぼくは卑小な男だが、あんな馬鹿に負ける気はないよ」

「ちょっとちょっと! 稲雷いならいくん! いま当然のようにワタクシを馬鹿にしたね!?」

「まさか。ぼくがきみを馬鹿にしたんじゃない。きみが最初から馬鹿だったんだ」

「はうわっ! ちょっとなに言ってるか解らなかった! ワタクシって馬鹿だったのかも!」

 ロリババアが天を仰ぎ頭を抱えた。茶髪のポニーテールがぶるんぶるん揺れる。

「ちん? どっかいくの?」

 女の子が指を咥えて、どこか心細そうに若者を見上げた。
 その言葉に、若者も足を止める。

「そうだった、忘れていた。悪いがガウィ、さすがにいますぐは無理だ。シロを家に帰して、誰かが帰るまでは待たねば」

「シロ? そういえばずっと気になっていたんだけど、この子、稲雷くんの娘さんなの? だとしたら不憫!」

「ぼくに娘なんぞいるわけないだろう。きみの言う通り不憫だ。……保護者から預かって世話をしているだけだよ」

「ふうん。どちらにしろ不憫なのね……あれ?」

 そこでようやっと身を屈め、ロリババアは女の子をまじまじと見つめた。そしてその腕に抱えた物に目を落とす。

        *

「む、むむむむ! 『ムオネルナ異本』じゃないのっ! なんでっ!? こんなところにっ! こんなヤバいものがっ!!」

 よほどの衝撃だったのだろう。彼女はなぜだか、地面をごろごろと転がり暴れた。担ぎ上げていた超重量の斧が、重力に従って乱暴に地面に突き刺さる。だから地震のように瞬間、その一帯が揺れた。

 ややあって彼女は起き上がり、自然な動作で女の子の腕から、その『異本』を奪おうと――

「うい!」

「あれ?」

 したが、躱された。

「とう!」

「たい!」

「やっ!」

「むい!」

 重なる連撃をものともせず、女の子は躱し続ける。

「とりゃああぁぁ!」

「あいっ!」

 ずざざざざざざざ――――!! と、ロリババアは勢いよく地面との摩擦を楽しんだ。もちろん目的のものは手に入れていない。

「くう……! なかなかやるね!」

 こうなったら……。と、彼女は立ち上がり、軽くストレッチを挟んだ。ここからが本番、とでも言うように。
 そして、上着のポケットをまさぐる。そこから、手のひらに収まる程度のなにかを掴み出し、拳を握ったまま、女の子へ向けた。

「はいっ! アメちゃんですよ! ワタクシの大切なおやつだけども!」

「む~?」

 開かれた手に握られていたものがなんであるのか、女の子には判断がつかないようだ。指を咥えたまま首を傾げる。

「これはね! 甘くておいしいアメちゃんなの! 一口頬張ればあら不思議! とてつもない幸福がお口に広がるの! あげます!」

 ほんの少し瞳を濡らして、ロリババアは名残惜しそうにそれを見つめた。

「わあ!」

 女の子も食いついた! もはや二人の視線は、ひとつのアメちゃんに釘付けである。
 そして、女の子は咥えていた指を放し、その指で、アメちゃんへ手を伸ばす。

「隙ありっ!」

「た~いっ!」

 ずざざざざざざざ――――!! と、ロリババアは勢いよく地面との摩擦を楽しんだ(二回目)。もちろん目的のものは手に入れていない。
 どころか、大切なアメちゃんまでちゃっかりと取られている始末である。

「ぐう……! 一筋縄ではいかない!」

 擦りむけた腕で口元を拭い、ロリババアが立ち上がる。もう全身、砂埃や擦り傷でぼろぼろだ。

「お願いします! そのご本をワタクシにください!」

 最後は土下座である。いい歳したロリババアが六歳の女の子に土下座である。

「や~」

 間髪入れずに拒否した。アメちゃんの包装紙をいじり、開けようと努力するが、どうにもうまくいっていない。

「ちん~、あーない」

 土下座以降地面にうなだれ続けるロリババアを横目に、女の子は若者へ、アメちゃんを差し出した。

「他人に頼らずに、もう少し努力しろ。それ以前に、知らない人からもらったものを食べるのは控えた方がいいけれど……まあ、それはきみの自由だね」

「あ~い……。……んまっ! あいた!」

 その後の少しの努力で、女の子は見事、自身の力で包装紙を破った。ご満悦にアメちゃんを頬張る。

「あむあむ……。ん……、ちんもたべゆ?」

 少し味わい、女の子はなにかに気付いたように、口内からアメちゃんを取り出した。そして、若者へ向ける。

「……いらないよ」

 呆れたように、若者は言った。

        *

「はっ! こうしている場合ではない! 復活! 復活なの! 復活のガウィちゃん!」

 復活した。土下座なのか懺悔なのか、ただのうずくまりなのかから復活して、ロリババアは叫ぶ。

「おあたん、あめちゃんあいあと」

「どういたしまして! ……えっ!? おばさん!?」

 そんな叫びもどこ吹く風に、女の子はアメちゃんの甘味にご満悦だ。

「ワタクシ、まだおばさんじゃないのよ! 違うよね!? ねえ、稲雷くん!」

「いや、いい歳なんだから、おばさんと呼ぶべきだろうね」

「ふあっ! おばさんでした! いくらロリってもババアかよ! つらたん!」

 まあそれはさておき! 彼女はテンションそのままにさておいた。おばさんについては、言うほど気にしていないようである。

「稲雷くん! その子から『ムオネルナ異本』を取り上げて! 解ってるよね! それは第一級の危険書籍! それこそWBOで管理すべき、ガチヤバい一冊なの! ワタクシは真面目な話をしているよ!?」

「ああ、珍しく、まっとうなことを言っているね。だが、それは無理な相談だ」

「なしてっ!?」

 世界の終わりのように、やはりロリババアは天を仰ぎ、頭を抱えた。

「答えは簡単だ。これは彼女のものだからね。何人たりとも、自身の所有物を侵されない。当然だろう? ぼくは、そんな当然のことが解っていないからWBOきみたちが嫌いなんだ」

「おっしゃるとおりで! しかし! WBOも誰彼かまわず奪ったりなんてしてないからね! 強奪、という手段にでることなんてまれ! 基本は交渉で正当に、貰い受けているんだよ!」

「その交渉にも生殺与奪をほのめかしているだろう? そもそも、最終手段だろうが実力行使が含まれている時点で、ぼくには相容れないんだ」

「なるほど! 議論は平行線となるようだね! じゃあ! 稲雷くんの嫌いなことで嫌がらせといきましょう!」

 もう一度、改めて、宝斧ほうふを持ち上げる。
 ようやっと平行線はゆらめき、交わろうと突き進む。

「実力行使だ! いまからあなたたちの足を、一刀のもとに切り飛ばす!」

        *

 本気の本気で、ロリババアは振りかぶっている。

「いくよ! いくよ! いくかんね! 降参するなら早めに言ってよね! ……せえのっ!」

「相変わらずの馬鹿だ。馬鹿力だ。これでまだ『異本』を使ってもいないんだからね。恐れ入るよ」

 その絶対的な死を前に、若者は悠長に立ち尽くしている。

「よっゆうだね! 死ぬよ!? ワタクシにもそううまくコントロールできないんだから、きっとたぶん間違って死んじゃうよ!? せめて『異本』があればねえ! 稲雷くんなら抵抗のしようもあったのにねえ!」

 完全に振り上がった斧が、瞬間制止し、逆向きに動き出す。振り、降ろされる!

「ふむ。そのセリフは、いいだ。……きみ、なにかを忘れているだろう?」

「はいいぃぃ!? そりゃ人間だもの! 忘れ物くらいするよ! でもね! 昨日喰った晩飯は忘れようとも! 稲雷くんがいま、『箱庭宝物庫』以外の『異本』を持っていないことくらいよ!」

 卓越した親和性を持つ者は、一定範囲にある『異本』の気配を感じ取れる。それが見たことのあるものであれば、気配だけでどの『異本』かすら判別できる。
 だからこそ、彼女ほどの人材が『虎天使R』の蒐集に駆り出されていたのだ。その位置を、気配を辿って、特定できる人材だから。

「さあ! 終わりだ稲雷くん! 本当なら生かして持ち帰りたかったけど、間違って死んじゃったなら仕方がないよね!」

 振り、降ろす。そのまま徐々に角度を変え、横薙ぎになっていく。いちおうは殺さず、足を薙ぎ切るつもりではあるのだろう。しかし、その軌道は高すぎて、おそらく腰のあたりを襲うこととなる。

「本当に馬鹿だ、きみは。自分がなんのためにここに来たのかも忘れてしまっているらしい」

 いまだよ。最後に若者は小さく、そう告げた。

『まっかせろやああああぁぁ!!』

 落書き。A3の画用紙に描かれた、ただの落書きが動き、叫び、これまでにない力強さで、ロリババアの足元を襲った。
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