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コルカタ編 序章
互角
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強――すぎる!!
娘子とそばかすメイド、互いが互いで互いに対して、そう、思った。
「『EF2169』、最新情報を統合して再起動! 『EF2171』と『EF2188』は『EF2169』を中心に反撃型防衛システム実施! 『EF2010』! 空間感知に専念! 専用モジュールを適宜インストール! 全機に共有!」
もはや鈍色に蠢く機体は分裂や合体を繰り返し、複数に役割を分担。手数と管理の競合の中、常に最適化されていた。
「最重要目標は外敵の検知! 一度でも見逃したら終わるっ!」
娘子は両腕を忙しく振りかざし、命令を――本来は不要であるのに――叫ぶのに精いっぱいとなっている。感情の昂ぶりと生死の境に立つ悪寒。熱気と冷気が混ざり合い全身から嫌な汗が噴き出しているが、なりふり構える余裕など皆無だった。
「なぁにが…………検知っ――!!」
そう、苦い顔でそばかすメイドは舌打ちした。だが、確かに検知が完璧だ。『ジャック・クラフトの時を切る刃』。そばかすメイドが適応した総合性能Bのその『異本』――とりわけ身を隠すのに適したその力をフルに活用しても、完璧に居場所を掴んでくる。
それどころではない。宝弾、『ガーランド』を撃とうにも、それを感知して先に動きを抑制してくる。それをかいくぐり、なんとか発砲を成功させても、銃弾を弾くように、すべての機体が適切に防御を行う。数十種類もの特異な動きや効能を持たせた銃弾、そのすべてに瞬時に対応し、あらゆる技法でもって。
「演算速度が、…………規格外、すぎるわっ!」
だが、ただ防御に特化しているだけではない。ほんのわずかなクールタイムを挟もうにも、そんな隙あらば即座に攻勢に転じる。攻撃こそ最大の防御。それをまさしく体現していた。
なにより問題なのは、それでいてまだ、防御に専念している状態だ、ということ。徐々に動きも読まれてきている。これまでの動き――おそらく、わずかな癖、息遣い、筋肉収縮などから、次の行動を予測されてきている。そして、それらを情報として解析し、随時、最適化。このまま攻めきれない状態が続けば、こちらの手の内はひとつひとつ潰されて、いつか、詰まされる。
その前に攻めきって、押し切って、仕留めるしかない。そう思うそばかすメイドの方が実のところ、焦りは強く感じていた。
(もう少し、で、きっと『EF2169』の性能はフルーアを超えられる! だけど、それまでもつ? ううん。どころか、わちきは次の一瞬を、生きて、いられる!?)
娘子もずっと、死の恐怖に耐えながら、ただ愚直な、その瞬間の対応にだけ追われていた。余裕など、微塵もない。
(あかんわ…………もう時間がのうなっとる! 極玉の身体強化も限界なんに、まだ届かんの!?)
完全に精神までをもコントロールできるEBNAの首席メイドが、思わず大量の発汗と、わずかにまなじりに涙まで浮かべていた。恐怖――ではなく、みずからの不甲斐なさによって。
侮っていた。だが、それ以上に、自分の弱さが嫌になる。
こんなんじゃ、あの方の役になんて、たてん。
まだカイラギ・オールドレーンも――。
数々の雑念が、そばかすメイドの動きを、ほんのわずかに、委縮させた。わずかな――本当にわずかな、委縮だった。ほんのわずかに目を細める程度。髪の毛が一本抜けた程度。ハエが目の前を横切った、そんな程度の、わずかな差異だ。数秒前までの『EF2169』なら、絶対に対応ができないほどの、わずかな、隙。
その、空に浮いた数十の針の穴を一突きで通すような隙に、この瞬間の『EF2169』は一矢の刃を放った。膨大な情報を、途方もない計算で解析した結果、『仕留メ得ル』と判断し、ただ無慈悲に、その刃は、飛翔した。
*
「ふむう……」
そんな拮抗する死闘を、大男は悠長に眺めていた。――眺めるしかなかった。
娘子の『異本』は、扱う者の命令が具体的であればあるほど強力となる。彼女はそれを、長いときをかけて、膨大な『異本』とのコミュニケーションを経て、自らの言葉や感情、その機微を機械に理解させる域にまで仕上げている。
が、とはいえ、これほどまでに余裕のない戦いをするには、命令を下すにも相応の集中力が必要となるはずだ。どれだけ言葉を――感情を通わせようと、相手は機械である。命令通りのことしか、機械はできない。となれば、大男が無理にその戦闘に割って入ると、大男を攻撃しないようにだとか、大男の攻撃や防御を邪魔しないようにだとか、娘子が機械に伝える命令が多く、より複雑になってしまう。ゆえに、あれだけのギリギリの戦いの最中へ助太刀するのは、むしろ彼女にとって――大男にとっても、危険でしかないのである。
「某は、いざというときの、盾となれれば良い。いまは抑えろ……耐えろ……」
大男は自らに言い聞かせた。丸太のような腕を組み、己が握力で、その丸太を握り潰す。皮膚も、肉も、抉り潰すほどの力で、せめて痛みで、集中力を維持するように。
「ここに某が控えていることも、立派にメロディアの役にたてるであろう。……性には合わん、が、耐えろ……!」
さらに力を入れ、目をひん剥き、大男は耐える。
そして彼の言通り、彼がそこにいたことは確かに、そばかすメイドの動きを委縮させたのだ。
*
あ、死んだわ…………。と、そばかすメイドはいたって自然に、そう理解した。走馬灯が走る……時間もなかった。現実は極めて正常で、時計の針は、クロノスタシスすらも起こさない。
一秒は、一秒で経過する。
きっとどんな人間でも、超高性能の機械だろうと衝けはしないだろう隙を、唯一、彼女の『異本』は衝いた。言い訳のしようもない。完全に敗北した。回避も防御も、どころか、完全な即死をも免れ得ない、急所の心中を完璧に貫かれる。
いや、貫かれた。正常な時間経過の結果だ。即死。即刻なる、死、だ。だがここで問題となるのは、『即』についてである。
『即』。すなわち、その瞬間。すぐ。いまこのとき。これは、極めて短い時間のことを指す漢字であるが、しかし、もちろん、具体的な秒数を指定しているわけではない。
彼女は、即、死ぬ。いまこのとき。わずかな時間を数える間もなく。即時に死ぬ。それだけのダメージを、受けた。
そしてそこから完全にこと切れるまで、残り時間は、『即』。この一文字が示すだけの須臾だけ、彼女にはまだ、猶予がある。
*
などという事情は、実のところ娘子にも瞭然と、伝わっている。まあ、伝わったのは全体の半分でしかなかったが。
『対象ノ絶命 ヲ 確認. 其ノ他 周囲二敵性存在 ハ 確認サレマセン. 待機状態 ヘ 移行シマス』
そのように『EF2169』は判断した。完全なる人体急所を的確に貫き、その生体活動が、死亡状態類似であることを、『異本』を経由して、使用者である娘子に伝達したのだ。
それにより、最低限の警戒状態のみを継続したまま、ほとんどの戦闘状態を解除。そしてその判断を信頼し、娘子もようやっと一息、気を抜いた。
「やっ……た……?」
喜びなどない。実のところ、機械任せとはいえ、完全な殺人の経験もない娘子だったが、それに対する嫌悪も、ない。正直なところ、それどころではない、というのが、感情だった。気の抜けるまま腰を降ろし、うなだれるように座り込む。
「ありがとう……『エフ』」
すべての部品がひとつに収まって、あれだけ数々の凶器を振り回した巨大な姿からはかけ離れた、一個の『球体』のようになったそれを撫で、愛でるように慈しみの目を向けた。
瞼を少し下げるから、疲労に気付いて、睡魔が訪れる。
「メロディア!!」
大声に、目を覚ます。
いや、大声が先か?
それとも、抉られた肉体が先だったろうか?
瞬間、眼が冴えて、そしてさらに強い倦怠に襲われたまどろみの中では、もう、どちらが先かなんて、解らなかった。
娘子とそばかすメイド、互いが互いで互いに対して、そう、思った。
「『EF2169』、最新情報を統合して再起動! 『EF2171』と『EF2188』は『EF2169』を中心に反撃型防衛システム実施! 『EF2010』! 空間感知に専念! 専用モジュールを適宜インストール! 全機に共有!」
もはや鈍色に蠢く機体は分裂や合体を繰り返し、複数に役割を分担。手数と管理の競合の中、常に最適化されていた。
「最重要目標は外敵の検知! 一度でも見逃したら終わるっ!」
娘子は両腕を忙しく振りかざし、命令を――本来は不要であるのに――叫ぶのに精いっぱいとなっている。感情の昂ぶりと生死の境に立つ悪寒。熱気と冷気が混ざり合い全身から嫌な汗が噴き出しているが、なりふり構える余裕など皆無だった。
「なぁにが…………検知っ――!!」
そう、苦い顔でそばかすメイドは舌打ちした。だが、確かに検知が完璧だ。『ジャック・クラフトの時を切る刃』。そばかすメイドが適応した総合性能Bのその『異本』――とりわけ身を隠すのに適したその力をフルに活用しても、完璧に居場所を掴んでくる。
それどころではない。宝弾、『ガーランド』を撃とうにも、それを感知して先に動きを抑制してくる。それをかいくぐり、なんとか発砲を成功させても、銃弾を弾くように、すべての機体が適切に防御を行う。数十種類もの特異な動きや効能を持たせた銃弾、そのすべてに瞬時に対応し、あらゆる技法でもって。
「演算速度が、…………規格外、すぎるわっ!」
だが、ただ防御に特化しているだけではない。ほんのわずかなクールタイムを挟もうにも、そんな隙あらば即座に攻勢に転じる。攻撃こそ最大の防御。それをまさしく体現していた。
なにより問題なのは、それでいてまだ、防御に専念している状態だ、ということ。徐々に動きも読まれてきている。これまでの動き――おそらく、わずかな癖、息遣い、筋肉収縮などから、次の行動を予測されてきている。そして、それらを情報として解析し、随時、最適化。このまま攻めきれない状態が続けば、こちらの手の内はひとつひとつ潰されて、いつか、詰まされる。
その前に攻めきって、押し切って、仕留めるしかない。そう思うそばかすメイドの方が実のところ、焦りは強く感じていた。
(もう少し、で、きっと『EF2169』の性能はフルーアを超えられる! だけど、それまでもつ? ううん。どころか、わちきは次の一瞬を、生きて、いられる!?)
娘子もずっと、死の恐怖に耐えながら、ただ愚直な、その瞬間の対応にだけ追われていた。余裕など、微塵もない。
(あかんわ…………もう時間がのうなっとる! 極玉の身体強化も限界なんに、まだ届かんの!?)
完全に精神までをもコントロールできるEBNAの首席メイドが、思わず大量の発汗と、わずかにまなじりに涙まで浮かべていた。恐怖――ではなく、みずからの不甲斐なさによって。
侮っていた。だが、それ以上に、自分の弱さが嫌になる。
こんなんじゃ、あの方の役になんて、たてん。
まだカイラギ・オールドレーンも――。
数々の雑念が、そばかすメイドの動きを、ほんのわずかに、委縮させた。わずかな――本当にわずかな、委縮だった。ほんのわずかに目を細める程度。髪の毛が一本抜けた程度。ハエが目の前を横切った、そんな程度の、わずかな差異だ。数秒前までの『EF2169』なら、絶対に対応ができないほどの、わずかな、隙。
その、空に浮いた数十の針の穴を一突きで通すような隙に、この瞬間の『EF2169』は一矢の刃を放った。膨大な情報を、途方もない計算で解析した結果、『仕留メ得ル』と判断し、ただ無慈悲に、その刃は、飛翔した。
*
「ふむう……」
そんな拮抗する死闘を、大男は悠長に眺めていた。――眺めるしかなかった。
娘子の『異本』は、扱う者の命令が具体的であればあるほど強力となる。彼女はそれを、長いときをかけて、膨大な『異本』とのコミュニケーションを経て、自らの言葉や感情、その機微を機械に理解させる域にまで仕上げている。
が、とはいえ、これほどまでに余裕のない戦いをするには、命令を下すにも相応の集中力が必要となるはずだ。どれだけ言葉を――感情を通わせようと、相手は機械である。命令通りのことしか、機械はできない。となれば、大男が無理にその戦闘に割って入ると、大男を攻撃しないようにだとか、大男の攻撃や防御を邪魔しないようにだとか、娘子が機械に伝える命令が多く、より複雑になってしまう。ゆえに、あれだけのギリギリの戦いの最中へ助太刀するのは、むしろ彼女にとって――大男にとっても、危険でしかないのである。
「某は、いざというときの、盾となれれば良い。いまは抑えろ……耐えろ……」
大男は自らに言い聞かせた。丸太のような腕を組み、己が握力で、その丸太を握り潰す。皮膚も、肉も、抉り潰すほどの力で、せめて痛みで、集中力を維持するように。
「ここに某が控えていることも、立派にメロディアの役にたてるであろう。……性には合わん、が、耐えろ……!」
さらに力を入れ、目をひん剥き、大男は耐える。
そして彼の言通り、彼がそこにいたことは確かに、そばかすメイドの動きを委縮させたのだ。
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あ、死んだわ…………。と、そばかすメイドはいたって自然に、そう理解した。走馬灯が走る……時間もなかった。現実は極めて正常で、時計の針は、クロノスタシスすらも起こさない。
一秒は、一秒で経過する。
きっとどんな人間でも、超高性能の機械だろうと衝けはしないだろう隙を、唯一、彼女の『異本』は衝いた。言い訳のしようもない。完全に敗北した。回避も防御も、どころか、完全な即死をも免れ得ない、急所の心中を完璧に貫かれる。
いや、貫かれた。正常な時間経過の結果だ。即死。即刻なる、死、だ。だがここで問題となるのは、『即』についてである。
『即』。すなわち、その瞬間。すぐ。いまこのとき。これは、極めて短い時間のことを指す漢字であるが、しかし、もちろん、具体的な秒数を指定しているわけではない。
彼女は、即、死ぬ。いまこのとき。わずかな時間を数える間もなく。即時に死ぬ。それだけのダメージを、受けた。
そしてそこから完全にこと切れるまで、残り時間は、『即』。この一文字が示すだけの須臾だけ、彼女にはまだ、猶予がある。
*
などという事情は、実のところ娘子にも瞭然と、伝わっている。まあ、伝わったのは全体の半分でしかなかったが。
『対象ノ絶命 ヲ 確認. 其ノ他 周囲二敵性存在 ハ 確認サレマセン. 待機状態 ヘ 移行シマス』
そのように『EF2169』は判断した。完全なる人体急所を的確に貫き、その生体活動が、死亡状態類似であることを、『異本』を経由して、使用者である娘子に伝達したのだ。
それにより、最低限の警戒状態のみを継続したまま、ほとんどの戦闘状態を解除。そしてその判断を信頼し、娘子もようやっと一息、気を抜いた。
「やっ……た……?」
喜びなどない。実のところ、機械任せとはいえ、完全な殺人の経験もない娘子だったが、それに対する嫌悪も、ない。正直なところ、それどころではない、というのが、感情だった。気の抜けるまま腰を降ろし、うなだれるように座り込む。
「ありがとう……『エフ』」
すべての部品がひとつに収まって、あれだけ数々の凶器を振り回した巨大な姿からはかけ離れた、一個の『球体』のようになったそれを撫で、愛でるように慈しみの目を向けた。
瞼を少し下げるから、疲労に気付いて、睡魔が訪れる。
「メロディア!!」
大声に、目を覚ます。
いや、大声が先か?
それとも、抉られた肉体が先だったろうか?
瞬間、眼が冴えて、そしてさらに強い倦怠に襲われたまどろみの中では、もう、どちらが先かなんて、解らなかった。
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