箱庭物語

晴羽照尊

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コルカタ編 本章

彼女のいないエンドロール

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 2003年、年末。日本。

 2000年の四月から三年間続いた『きらん☆ 魔法少女 マジカル・レインボー☆』シリーズも終わりを迎え、日本の日曜朝は、別の魔法少女アニメに占領されていた。それは、マジカル・レインボーよりもよほど多くの支持者を得て、結局その後、現代に至るまで、手を変え品を変え、それでもタイトルは大きく変わらず、ひとつのシリーズものとして続いている。

 そんな、マジカル・レインボーなど、放送終了とともにすっかり忘れ去られてしまった、2003年の年末に、突然、なんの前触れもなく、ふと、その劇場版が公開された。

 そもそも『きらん☆ 魔法少女 マジカル・レインボー☆』は、小さな女の子向けに、可愛さとキラキラと、派手な魔法とドキドキを詰め込んだだけの作品――などではなかった。作品タイトルに『魔法少女』と銘打ってはいるが、その実は、『魔法少女』、彩虹あやにじ小花おばなと、『蓮条れんじょう彩人あやととのダブル主人公として成立し、女子だけでなく男子からの人気も集めようと画策されていた作品である。まあ、そのせいでどっちつかずにもなってしまったり――たとえばマジカル・レインボーの技名が、可愛さとかっこよさを両立しようとして、なんだかわけの解らないものになってしまったとか――そういう理由がいろいろ重なり、ぶっちゃけ人気があまり出なかったゆえの、当然の打ち切りでもあったわけだ。

 そしてその作品に込められたテーマも、ふたりの主人公の『結婚』を描いているというのだから、小さな子どもたちにはやや、理解しづらいものだったろう。それでいて親世代が楽しめるかといえば、その点も微妙だったようである。

 つまりは、当然の帰結として打ち切られたマジカル・レインボーシリーズではあったのだが、その劇場版が、その不人気にもかかわらず、2003年の年末に公開された、という話である。

        *

『さよなら 魔法少女 マジカル・レインボー』。『☆』すらつけずにシリアスなタッチで描かれたメインビジュアルは、一見して、女児向けアニメ映画にはとうてい思えない仕上がりとなっていた。劇画調にも近い、どこかリアリティのあるその絵だけで、おそらく客足は離れただろう。ほとんど広告も打たずに、いきなり映画を公開したという挙動も、制作会社のおかしさを物語っていた。

 ともあれ、映画は公開された。いちおうは三年のアニメストーリーで、彩虹小花と蓮条彩人の出会いから、紆余曲折、少しずつ距離を縮めて、近付き過ぎたときには怪人の邪魔が入りバトルに突入、そして最後には結ばれる場面まで描き切られていたわけである。が、その上で劇場版では、蛇足とも言える、その後日談が描かれていた。決して総集編などではない。

 その内容とは。結婚生活を送る小花と彩人のもとに、怪人が現れ、彩人を攫って行く場面から始まる。それを追って怪人のアジトに踏み込む小花だったが、彩人を見付け出したときには、なんと怪人の手によって、彼の記憶は消されていた。そしてその記憶は、もはや怪人にとっても戻すことは叶わないという。

 多くの怪人を蹴散らしながら、彩人に語りかける小花。しかし、彩人は小花と過ごした日々はおろか、自らが魔導剣士であることすら忘れ、戦うこともできない始末。やがて小花は、倒しても倒しても湧いてくる怪人たちに飲まれ、力尽きていく。

 だが、それでも、彼女は諦めなかった。せめて、彩人だけでも救いたい。小花のことも、自身のことすらも忘れた彼であろうと、なんとか救いたい。そう願った小花は秘められた最後の魔法を使い、すべての怪人たちとともに、異空間へ消えていく――――。

 と、まあ、そんなストーリーだ。アニメ版においても、数々、どろどろとした人間の闇などを描いた問題作であったが、最後には、夢と希望溢れる魔法少女ものらしい、ご都合主義の大団円で締めていた本作だった。しかし、その映画版には、救いなどなかった。

 小花は、自らを犠牲にして怪人を倒したが、異世界に消え去ってしまって、もう戻れない。であるのに、彩人の記憶は、今回ばかりは戻らなかった。ご都合主義を無視した、夢も希望もへったくれもない作品に仕上がってしまっていたのである。

 バトルのラスト。魔法少女マジカル・レインボーの最後の魔法。純白の花嫁衣装に身を包んだ彼女が、スクリーンに向けて歪んだ笑顔を向け、ブーケを投げ飛ばす。そのブーケに視界を奪われるようにブラックアウトして、長い静寂――から、最後の場面に切り替わる。「なんだか。長い夢を見ていたみたいだ」、と、蓮条彩人の記憶が戻らなかったことを示唆して、そのまま本当に、幕は下りた。

 ――――――――

 それと同じようにして、ギャルは消えた。数多の化物たちをすべて道連れに。その総大将である、教祖、ブヴォーム・ラージャンまでをも、一息に。

 まるですべてが、長い、夢であったかのように。

 だが、夢ではない、かすかな証拠として、少女のもとに投げられたブーケが解けて、散りゆく花弁のように舞った。そして、男の元へは、彼女が扱った『異本』が、小さな音とともに、落下する。

「ア……リス」

 その『異本』を拾い上げ、男は呆ける。しかし、すぐに気を取り戻し、周囲を見渡した。……いや、探したのだ。彼女を。

「おい、アリス! 悪い冗談やめろ! ……おい!」

 知っていた。男は解っていた。ギャルの最後の笑顔から、彼女のすべてを読み取った男は、理解していた。少なくとも、これはギャルが想定していた結末だ。その魔法を使えば、、現状を打破できる。だが――。
 彼女が、その魔法への理解を間違っていた可能性くらいはある。本当はただ敵のみを消し去り、自身はなんらのダメージもなく、現世に留まり続けられるかもしれないだろう。そうではなくっても、魔法少女なのだ。夢と希望を担う存在だ。少しばかりのご都合主義くらい、体現してもいいだろう!

「アリス! 終わったんなら帰るぞ! 出て来い!」

 もはや、怒号に近い。すでに身体的に限界を迎えている男だったが、その最後の、ありったけの力で叫ぶ。だがそれは虚しく、こだまするのみだった。
 数多の化物をも残さず消し去った。その広い部屋にて、ただただ、虚しく。

「ふざけんなよアリスっ!! いっつもいっつも、勝手なことばっかりしやがって! てめえはそれで満足だろうが! 残されるやつの気持ちも考えろっ!!」

 男は、ギャルが好きだった。それが、恋愛と呼ばれるものであるか、親愛と呼ばれるものであるか、それは解らない。しかし、どちらにせよ男は、それを封じてきた。ギャルからどう詰め寄られても、己を律してきた。

 歯止めが、効かないだろうと思ったから。男のすべてを許容して、男のすべてを愛してくれる。そんな彼女とともにいたら、安らいでしまうと思ったから。ただの腑抜けになってしまうと思ったから。『異本』蒐集が滞る。いや、それだけならまだ、いいかもしれない。しかし、それ以上に、自らを愚鈍に変えてしまうかもしれない、そんな力を持った彼女と居続けるのは、リスクが大きすぎた。
 誰からも、嫌われてしまう、リスク。大切な家族からも、友人からも、誰より、ギャルからも嫌われてしまう、リスク。誰よりも自分を愛してくれた、彼女からすら嫌われる、リスクだ。

 だから、期待しないでおこうと律した。一緒にいて、いつか離れてしまうなら、最初から近付き過ぎない方がいい。……そうだ、男は、自分に自信がなかったのだ。いつか嫌われることを、確実性の高い未来として据えている。自分を信用していないし、他人を信用しきれていない。いや、あるいは、信じているからなのか。解りすぎてしまっているからこその、諦めなのか。

 だが、だとしたら、それはいったい、どういう裏切りだろう? 自分は他人を頼り、使役しているというのに、その実、内心の奥底では、みなを信じ切れていない。……いや、それについては、男は前進していた。前向きに、変わりつつあった。『家族』を、『友人』を、信じてみようと、心を変えつつあったのだ。

 だから、本当に、惜しい。きっともう少しで、男はギャルを信じきれるようになっただろう。仮に自分が、どれだけ腑抜けて、愚鈍になろうが、彼女は自分を愛してくれる。愛し続けてくれると、確信できたはずだ。きっとそう、遠くない未来で――。

 そのことを男は、きっと自ら、理解していた。おぼろげであれど、意識できていた。だからこそ本当に、悔しいのだ。自分が決心するのを先送りにしたばかりに、彼女に、なにも応えてやれなかったことが、たまらなく悔しかったのだ。

「頼むよ……アリス。俺にできることなら、なんでもしてやる。だから、帰ってこい――」

 うなだれて口から出た素直な言葉は、やはり虚しく、届けるべき相手を見付けられないまま、――やがて減衰して、……いずこかへ消えた。


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