箱庭物語

晴羽照尊

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ラスベガス編

UNLUCKY BET

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 参加者全員がもっとも確率の高い『1』へベットしたこの大勝負。誰もが湧き立ち、ディーラーが神妙に円盤を回そうとも、その結末はあっけなく、普段通りに終幕する。



 その出目は……『2』。天女――いや、ただの幼女の連勝記録は27回で途切れ、世界は平常に回帰する。ともすれば、またも連勝が続くよりもよほど大きな、落胆か、それ以上の安堵の嘆息が、幸運の輪ウィール・オブ・フォーチュンの卓、その周辺を包んだ。

「『2』……出目は、『2』です!」

 やや掠れた、ディーラーの声が響く。それもやはり、歓喜というよりは安堵のような、不思議な震えをまとっている。やや遅れて事務的に、卓上のチップは回収された。おそらくこの日、このカジノで行われたゲーム、そのただ一回で失われた最大数のチップだった。

 それら回収が、ゆったり終わると、ようやく参加者の意識が追い付いてきたのだろう、数々の感情が渦巻き、空気に溶け込んでいくように、その集団は、ひとりずつほどけて、自然と離散していった。あるいは、その大負けの責任を幼女に押し付ける輩もいるかもしれないと、男は警戒していたが、どうやらそんなことはなさそうである。多くは淡白に、また別のギャンブルに向かい、数人は幼女を慰めるように一言二言かけてから、離れていく。

 当の幼女は、むしろ大きく安堵していた。張っていた肩をおろし、力のこもらない笑みを浮かべ、疲れたように瞼を、半分ほど落としている。

「ごめんね。パパ」

 ほぼ全員が解散し、席が空いたので、隣に腰掛けた男に、幼女は疲れを露呈するように寄りかかった。

「問題ない。予定通りだ」

 その頭を撫でて、男は言う。視線は再度、ディーラーに向けられていた。

        *

 これ以上、幼女に、精神的な負荷をかけたくはなかった。それはつまり、連勝を終えさせる、ということ。

 ツキ。というものがあるのかは解らない。だが、理屈はどうあれ、幼女は勝ち続けている。であれば、。幼女が選べば、どこに賭けようが勝ってしまう……気がする。

 だから、。男が幼女に出した指示、それは、『1』へ賭ける、ということ。それがである。どうやら今日は男が選ぶのだ、本来、確率的に高いはずの『1』への賭けでも、敗率は十分、期待できる。

 とはいえ、やはり確率的に勝率の高い場所に賭けるのでは、順当に勝ってしまう危険性も高くなる。それでも、あえて『1』に賭けたのは、他の参加者を巻き込むためだ。多くの参加者に、多くのチップを賭けさせる。そのために、勝率の高い『1』を選択し、さらには幼女にも、多くのチップを積ませる。そうすることで、さらに場の雰囲気を盛り上げた。
 このとき、この場所には、参加者の大半が集っていた。そんな彼らのチップを大量に失わせられれば、少なくとも再度チップを増やすのに、それなりの時間がかかる。自分たちも、時間があればまだ、再起を図れる。

 一度、リセットだ。そのつもりで男は、この賭けを実行した。そしてそういう意味では、この賭けギャンブル、男の勝ちだと言ってもいいだろう。

 また、仮に、確率的に順当に、このとき『1』の目が出たとしても、その配当にて男の目的は達成された。その役にたてたなら、きっと幼女も、自身の理不尽な幸運に対する嫌悪を、やわらげられたのではないか。そう、男は思っていた。

 まあつまり、どちらに転んでも男にとってはよかったのである。とすれば、これはギャンブルですらなかったのかもしれない。

        *

「さて、続けますか?」

 ディーラーが、男に問うた。どこか確信的な問いだったが、男はそれに反するように、「じゃあ、『JOKER』に、チップ全部だ」、と、不敵に笑って賭けだした。ディーラーは、やはり虚を突かれたのだろう。瞬間、言葉を失っていた。

「……本気ですか?」

 さきほどの大勝負ですら、彼は、そんなことは言わなかった。ディーラーは、賭けを取り仕切るのみだ。参加者の賭けに、とやかく言う必要は、ないのである。

「ああ、……おまえらはどうする?」

 男は、隣に座る幼女と、後ろに立っていた女傑に、それぞれ目を向けた。女傑は、「もうすっからかんや」、と言った。それは聞いていたが、まさか一枚のチップすら残っていないとは思わず、男は鼻で笑う。

 そして幼女は、「じゃあ、私も」、と、残りのチップを、男と同じ場所に積み上げた。どうやらまだ数十枚は残っている。それは、男の持つチップの数倍はあった。その目には、さっきまでとは違い、ギャンブルを楽しむ余裕が垣間見える。

「……では、参ります」

 ディーラーは己が職務に回帰したのだろう。それ以上はなにも言わず、ただただ、円盤を回した。

 女傑よりもまだ少し後ろで、男の子が小さく、嘆息する。

 ――――――――

 カジノホールから出るなり、男は高笑いを始めた。

「はっはっはっは! 思ったよりも楽しかったなあ! カジノってのも!」

 彼にしては、珍しくハイである。アルコールは入れてないはずだが、これがギャンブルの麻薬だろうか。

「まあ、そこそこ楽しめたわ。……なにがそこまでおもろいのかは解らへんけど」

 女傑は苦笑いを浮かべる。男と並んで歩いていたはずなのだが、ここでわずかに距離を取った。

「パパぁ、私、もちょっと遊びたい」

 男の腕にまとわりついて、幼女は甘える。

「おまえはやめとけ。破産するカジノが不憫だ」

 ハイな男も、瞬間で真顔になった。金輪際、幼女に賭け事はさせてはいけない。それが、彼女の幼いうちに知れてよかったと、そう思いながら。

「……じいさん。あんた、こうなることを予期してたのか?」

 最後尾から、男の子が問う。神妙な視線だ。理解できないものを見るようでもある。

 だから男は努めて軽く、

「そんなわけねえだろ」

 と、答えておいた。

 ――――――――

 ラストゲーム。あの、最後の賭けにて、男たちは敗北した。彼らは、そのすべてのチップを失った。終幕である。

 出目は、『JOKER』になどかすりもせず、直近と引き続き、『2』だった。その宣告をするディーラーの顔には、プロらしく努めてはいたが、わずかに憐みのような感情が浮いていた。

 それでも、男は笑っていた。まるで、いまが一番に、幸福であるかのように。



 それから、小一時間も経たぬころだ。困惑した主催者がマイクを手に取り、ホールに向けて挨拶した。このイベントの開催時には、やけに楽しそうに――幸福そうに笑みを浮かべていたはずだが、もはやツキなど離れたかのように、困り顔だ。

『えー、お集まりの皆様、大変申し上げにくいお知らせです――』

 今宵のイベントでは、参加者も、各人に開催時配られたチップ数にも、限りがある。約50人の参加者。各人それぞれ、100枚のチップ。つまり、。これが、参加者全員が結託したとして、所持することができるすべてのチップ数だ。

 とすれば、主催者側にて、そのをカウントするのは容易なことである。そんなことをする必要もなかったのかもしれないが、もしかしたら、カジノ経営の参考にでもするためにか、彼らは数えていたようである。そして、そのとき、回収率が99パーセントを越えてしまったのだという。

 つまるところが、参加者の多くが、これ以上の賭けを続行することが困難となっており、ひいては、参加者の目的である景品を、ほぼ全員が手に入れることができない状況に陥ってしまった、というわけだった。

『つきましては、誠に申し訳ありませんが、本イベントは現時刻をもちまして終了とさせていただきます。余ったチップは換金させていただき、また、こちらの景品は明日、参加者の皆様のみを対象としましたオークションにて提供させていただきます――』

 まさに、申し訳なさそうに告げる主催者だが、そういうことも起こり得ることや、その場合の対処も、とうに配布されている参加者規約に記載されていた。まあ、そんな細かな規約など、ちゃんと把握していたのはおそらくあの場で、男の子ひとりくらいしかいなかっただろうけれど。

 ともあれ、かような流れで、翌日、男は無事に『ドールズ・フロンティア』を蒐集した。オークションに持ち越された時点で、男は勝利を確信していた。だからそんなつまらない描写は放っておいて、この地で、男が最後にすべきことを、語ろう。


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