箱庭物語

晴羽照尊

文字の大きさ
275 / 385
台湾編 序章 ルート2

臨界

しおりを挟む
 佳麗な双女を両腕に引き連れ、そのメイドは歩いていた。一見には、使用人が親代わりに子どもたちを誘い、遊びにでも連れ立っているようにも見えるが、よく観察すれば、その異常さに目が行くかもしれない。

 メイドは、クラシカルなメイド服に身を包んだ、正統派の格好をしていた。特段に目立つ特徴はないかもしれない。だが、腰まで伸ばした艶やかな黒髪は、その一本一本に至るまですべてが潤いに煌めいている。目鼻立ちも作られたように整っており、前言を撤回するなら、その凛とした姿すべてでもって、どれもが特徴的に美形だから、総じて特徴を失っているかのような完成度だった。

 彼女が左手に引き連れる佳人は、メイドとは対照的な、ぼさぼさの長い髪を、メイドよりもよほど長くまで伸ばしっぱなしにしていた。やはりメイドとは対照的に手入れがされておらず、そのせいか、元来黒髪であったらしいそれは、色褪せて暗褐色にくすんでいる。着込むのは、その髪よりかやや明るい色の、赤茶色をしたパンツスーツ。しかし、きりっと体のラインを浮かび上がらせるようなフォーマルではなく、どちらかというとカジュアルに、ワンサイズ上のものをダボっと着ている印象である。

 また、メイドの右手には、佳人と同じ背丈の、麗人が。彼女はメイドと同じ、腰ほどまでの黒髪を、こちらはしっかと手入れしているらしいと解る艶やかさで揺らしていた。それは、うしろでひとくくりにされているがゆえに、まさしく揺れている。佳人と対になったような濃紺のパンツスーツ姿だが、彼女は正しく、自身に合ったタイトなサイズで着こなしているようだ。濃い青のフレームをした眼鏡を凛々しくかけているので、やり手のキャリアウーマンのようにも見える。

「おい」

 佳人が立ち止まり、ドスのきいた声を上げた。

 先行するメイドは、彼女のそんな行動を予期していたように、ほぼ同タイミングで立ち止まる。だが、麗人にとっては予想外だったのだろう。先を行くメイドに並ぶほどまで進んで、そののちにようやっと、立ち止まった。立ち止まって、三つ子の姉を振り向く。

「どしたの、ハルカ」

 朝食に、台湾式おにぎり『飯團ファントァン』をほおばりながら。

 肉田麩にくでんぶ、卵焼き、切り干し大根に漬物。さらには、台湾式揚げパンである『油條ヨウティアオ』までもを包んだ、具沢山おにぎりだ。おにぎりの具にパンを包むというのは意外だが、サクサクとした触感が癖になり、よく合うのである。

 ちなみに、台湾は外食文化が盛んで、朝からそこかしこで飲食店がオープンしている。『飯團』は台湾の伝統的朝食でもあり、小柄な麗人のげんこつよりも大きなそれを食べ歩きする様は、ちらほらと散見された。

「どしたの、じゃねえだろ」

 食べ終えた『飯團』の包装を握り潰し、佳人はわなわなと震える。そこでようやく、メイドも彼女を振り返った。両腕が塞がっている彼女は、特段になにも食べていない様子である。

「ガキじゃねえんだ! 手ぇ引っ張んじゃねえ!」

 繋がれた手を、叩きつけるようにほどいた。振りほどかれた左腕を気遣いながら、メイドは佳人を見下ろす。

「急いでいましたので」

 短く端的に、メイドは釈明した。が、佳人に向けるその目には、謝意など微塵も、こもっていない。

「だぁから、あたしらを放って、先に行けって言ってるだろ! 心配しなくても、おとなしくしてるよ!」

「この程度のことで冷静さを欠くような者のことを、信用できるとお思いですか?」

「この程度ってレベルじゃねえ! このひと月、どんだけ耐えたと思ってんだ!」

「だからこそ、最後までしっかりと、耐えていただかねばなりません。それだけ鬱憤が溜まった状態でしたら、ほんのひと突きのハプニングでも、ともすればハルカ様は、暴走しかねませんから」

「人を聞き分けのねえガキ扱いすんな!」

「事実、その通りじゃないですか」

「ああ!?」

 ふたりのやり取りを、麗人は黙って見守っていた。もぐもぐと、飯團を食べながら。

「おいカナタ、とろとろ飯食ってねえで、おまえもなんか言え。ずっと軟禁され続けて、おまえもイラついてんだろ?」

 ふと、自分に話題を振られて、麗人は焦り、急いで口の中身を飲み下した。咀嚼の足りなかった米が、胸に詰まる。二三度、彼女は胸を叩いて落ち着いた。

「いや、私は楽しんでるけど。こういうのも、『家族』って感じで、ほっこりする」

 にへへぇ。と、凛とした身なりとは対極に、だらしなく笑う。口元に米粒を引っ付けたまま。
 だから、佳人も毒気を抜かれる。まだ文句は次々に湧いてくるけれど、そんなものをぶつけてしまう方が虚しい気さえした。暖簾に腕押すようなものである。

「まあま、ずっと気負ってても仕方ないし。メイちゃんも、おにぎり食べよ? あ、タピオカミルクティーある! 私、ちょっと買ってくる!」

 日本で一時期はやったタピオカミルクティーは、台湾発祥だ。
 それはともあれ、甘味に目がない女子のように走りゆく彼女を見送り、メイドと佳人は、ただ立ち尽くした。

「まだ食うのか、あいつ」

 佳人が言う。実のところ、麗人はああ見えて大食いで、佳人はこう見えて小食だった。

        *

 はむっ。と、一口をほおばり、咀嚼し嚥下してから、メイドは改めて歩き出す。もはや両手に女子たちを連れてはいない。その手にはいまは、飯團とタピオカミルクティーが握られているからだ。

「それで、シュウ様はいつ合流されるのですか?」

 台北のランドマーク、『台北101』を見上げ、従順についてくる彼女らに問うた。
 女子ばかりの部屋で寝泊まりするのに肩身が狭かったのか、かの丁年は、パリの麗人の部屋に、けっきょく一度として宿泊しなかった。何度か顔を出しはしていたが、それも、ここ半月以上は見てもいない。さきほどの佳人の言でもないが、もうガキ子どもじゃないのだ。過度に心配することもないが、ちゃんとこの地に、予定通りに合流するかは疑問にも思う。

「あたしらが知るわけないだろ。あいつ、電話に出もしねえ」

 タピオカミルクティーのストローを噛みながら、佳人は言った。本当にお腹が膨れているのだろう。その内容物は、ほとんど減っていなかった。

「でも、今回WBOにアポとったの、シュウだって聞いてるよ。だから日時は把握してると思うけど」

 実のところ、麗人は丁年と連絡を取っていた。丁年が言うところによると、「ハルカはうるさいからめんどくさい」そうで、連絡を取っていることも、黙っておいてほしいということだった。だから、麗人はそれを律儀に守り、人づてに聞いた、というていで話した。

「あいつのことだから、アポだけ取ってあとは人任せってのも、ありそうでムカつくな。ちっ。もし来なかったら、ぶん殴ってやる」

 本気で憤慨しているのだろう。佳人は、タピオカミルクティーの入ったプラスチック容器を軽くへこませ、その内用液をストローの先から、少しだけ漏れさせた。さすがに慌てて、力を抜く。それをごまかすように、タピオカミルクティーを大きく啜る。

「ハルカ様がそのように言うのでしたら、きっと来られるでしょう。殴られたくはないでしょうから」

 冗談のようなことを本気そうな目で、メイドは言った。いつの間にか飯團は食べ終え、いまはタピオカミルクティーを啜っている。

「たぶん、大丈夫だよ」

 ずずず。と、最後のミルクティーを飲み干し、麗人は言った。名残惜しそうに、その、空の容器を見下ろす。
 その視線は、タピオカミルクティーに向けたものではない。いま話題に上がっている、丁年へ向けたものだ。ふらふらとしているが、彼は彼で、ちゃんと今回のことを考えている。だから、ちゃんと、来る。そう思う。

 それゆえに、麗人は複雑な気持ちを抱えた。

 怒りは、悲しみは、本物だ。それはきっと、三つ子のみなで共通した感情である。しかし、復讐、という手段には、やはり疑問も残る。殺したいほどに憎い。それは、麗人も感じる。それでも、それが人道に反するのは、それもそれで正しい。

 麗人は、極めて普通の女性である。極めて普通の、一般的な常識の、持ち主である。だから彼女は、復讐に疑問を残すし、また、にも逆らえない。

 三つ子のうちの、ふたりが望むことなら、抗えない。

 だから彼女は、ここにいる。三人の中で、実は最も、葛藤を抱えたままで。それでも、やるべきことへ注力して。最後は、それに納得できるように。

 心の安寧を、図る。まだまだ、この先も、『普通』であるために。

「あ……」

 ふと、メイドが立ち止まり、呆けた声を上げた。空になったタピオカミルクティーの容器を、思わず取りこぼしている。が、そんなことにはお構いなしに、彼女は唐突に、駆け出した。

 彼女が落としたゴミを拾い、麗人はその行く先を、見据える。

 嬉々として駆けて行くメイドの視線には、どうやらもう、しか映っていない様子であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...