箱庭物語

晴羽照尊

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台湾編 序章 ルート3

華麗なる変態

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「シュウ!」

 貴人が言葉を紡ぎ終わるかどうかくらいのタイミングで、少女は丁年を制止した。なにも罪悪感などないと言わんばかりに、自然と『異本』を奪おうとした、丁年を。

「盗みは、犯罪」

 伸ばしかけた手を止めて、少女に目を向けた丁年に、当然すぎることを、彼女は言った。当然すぎて、もちろん丁年にも解り切ったことだ。だから彼も、そんなことなど織り込み済みで、手を伸ばしていたのである。
 つまり、そんなことなど少女は気にしないと思っていた。それを咎められて、丁年は若干、不満そうだ。いや、彼のニュートラルな表情こそが、そんなものだと言われれば、そんなものの気もしたけれど。

「ああ、そういえば、君たちは基本的に、穏便な形で『異本』を蒐集していたよな。敵となった相手からは奪ったりもしたし、場合によっては、実力行使も視野に入れていたけど」

 貴人が、思い出したように言った。

「それを見越して、取引なんて言い出したんじゃないの? わたしが止めなきゃ、『異本』を奪われてた、ってことはおろか、あなた、殺されてるわよ?」

「んん~、まあ、そう言われればそうだ。まあ僕なんて、どうして生きているかも解らない生き物だから。むしろ死んだ方が正しいのかもしれない」

 まあ、正しいことが素晴らしいとも、僕は思わないけど。どうでもいいふうに、貴人はそう言った。その、『どうでもいい』と考えている内心は、理解しがたいものだ。しかし少女には、否が応でも理解できてしまう。

「直近で、世界一の美しい景色を見ることができたんだ。まだもう一度、いや何度でも見たいものだけど、しかし、まだ網膜に強く焼き付いているこのタイミングで死ぬのなら、比較的に幸せかもしれない」

 その言葉に、少女は改めて、ぞっとする。死をなんとも思っていなさそうな、むしろ死をこそ求めているような言い分に、ではない。己が下半身の無防備な姿を覗き見られたことに対して、あるいは、そんなことのために執着を寄せる貴人の異常さに対して、だ。

 そのように背筋を凍らせて、言葉を詰まらせていると、

「それで、どうするんだ?」

 貴人が追い打ちをするように、問うてきた。いまだ、丁年に馬乗りにされ、銃口を向けられたまま、それでも、呆けたような、眠そうな表情を、変えないまま。

 やはり『死』など、なんとも思わない様子の、まま。

「……正直、僕はこの交換条件を提示してなお、断られる、なんてことを想定していなかった。そんなに嫌なものなのか、パンツを見せるくらいで」

「普通の女子は、たいていみんな、嫌がるわ」

「ふうん。それは知らなかった。それでか。ガーネットのお嬢さんも、なにやら騒いでいたのは」

 その件に関しては少女も、その洞察眼からなんとなく理解していた。が、あえてコメントはしない。

「わたしが……」

 言いかけて、躊躇して、ぐっ、と、拳を握る。それから下唇も少し、噛んだ。

「し、下着を見せれば、その『異本』を渡すのね?」

「ノラ!」

 少女の振り絞った言葉に、かぶるように叫んだのは、丁年だった。だが、先の読める言葉を、少女は視線だけで押しとどめる。

「ただ確認しているだけ。……どうなの?」

「もちろん。二冊とも渡す。なにもごねたりしないし、穏便に、ちゃんと、所有権を譲渡する」

 それは、少女が求めていたすべてに言及するような、やけに気を遣った返答だった。少女の言わんとすることを読み解いて、先だって答えてくれたのだろう。

「てめえ、黙って聞いてれば、ふざけやがって。ノラが止めようと、俺の意思で殺してやろうか?」

 丁年が強く、銃口を貴人の額に、めり込ませた。
 だからか、ずっと少女に向けていた視線を、ここにきて貴人は、丁年へと一瞥、向ける。

「君のそれは、脅しのつもりなのか? いや、待て。もしかして、一般的には『死』というのは、脅しの道具として振りかざせるほどに、忌避されているのだろうか」

 後半は、丁年へではなく、自身へ問うように、貴人は言った。その言い方や表情からして、冗談で言っているようには見えない。

 そして少女の視点から見れば、それは確実に、本心からの言葉であると、理解できた。

「シュウ。その人に、そんな脅しは通用しない。いいえ。そんな言葉、脅しにもならない。死人に説法を説く方が、まだ意味のある行いよ」

 少女は、不快感を隠しもしない表情で、そう言った。吐き捨てるような。そう表現してもいいような、言い方だった。
 丁年は、ちっ、と、舌打ちする。

「それでも、こいつは死人じゃねえ。噛み合わなくても、話しはできる。……おい、おまえ。俺に叶えられる条件なら、なんでも飲む。その『異本』を渡すための条件は、他のものに変更できないのか?」

 前半は少女へ、それから続いて、貴人へと相手を変え、丁年は言った。相手に譲歩を願う言葉に、自然と、銃口を背けている。

「もあ……。いまの僕は、ノラのパンツにしか興味がないからな。輝くような白い足に、ワンピースの裏地。いやあ、ワンピースってのが、本当に良い。腰のあたりは絞っているけれど、それでも真下から覗けば、おへそもお腹も見え隠れする。そしてその下の、少女の秘部を覆う、これまた白い――」

「事細かに説明すんな! ぶっ飛ばすわよ!」

「ぼわっ!!」

 少女はつい、貴人の顔面を殴りつけていた。これまでこうむった不快感も相まって、力加減ができていない。貴人の後頭部は、誇張ではなく地面にめり込んでいる。

「あ……」

 少女は我に返る、が、もう、後の祭りである。

 貴人を殴りつけてしまったこと、に、ではない。気持ちの悪いものに近付き、触れてしまったことへ対する、後悔が背筋を襲った。

        *

 貴人を殴ってしまったこと――その暴力に、さして罪悪感を覚えなかったのは、けっして少女が、貴人を害虫程度にしか思っていないから、などではない。少女は嫌いな害虫に対してでも、可能な限りに暴力など振るわない。

「も、もわ……。痛かった。でも、いまちょっとだけ、パンツ見えたかも……」

 どうやら痛覚はあるようである。そう、殴ってからとっさに距離を取り、少女はそう観察した。しかし、『痛い』で済むダメージでは、本来、ない。そうも少女は思う。少女がその渾身でもって殴りつけたのだ。特段にそのダメージを受け流しもしていない貴人が、ただで済んでいるはずなど、ないはずだから。

 しかし、少女は知っていた。というより、彼を視認した瞬間に、理解した。彼の持つ『異本』。二冊のうちの、一冊。

 変化を回帰させる『異本』、『嫋嫋縷縷じょうじょうるる』。それを彼が、扱えるということに。

 まあ、とはいえ。傷をどれだけ治せるとて、痛みすらすぐに、なかったことにできるとはいえ、一瞬でも、痛いことは痛いはずだったので、罪悪感を抱かないのもおかしな話だけれども。それでも、少女は、それくらいの痛みは許容すべきだ、と、そう思った。それだけのことを、彼は口走っていたのである。

「見えたならいいでしょ。『異本』を渡しなさい」

 少女は怒りに則り、反射的に、彼を殴りつけていた。下着のガードなど考える隙もなく。それでも、落ち着いて想起してみるに、どうやら見られてはいない。だが、彼が満足したのなら、本当は見えていないという事実を、わざわざ教える義理もない。

「いや、交換条件は、正式な形で実行してもらう。こっそり見るのもいいけれど、君が自分から、見せてくれるというのがキモなんだ。こうしてわけだから、きっと今後はもう二度と、君のパンツは拝めない。僕の存在を知ってしまった以上、こっそりと近付くのは無理だろうしね。だから、最後の一度なんだ。ゆえに、最高に素晴らしい条件で、拝みたい。たっぷりと、十秒は」

 呆けてはいるが、言葉はしっかりしていた。生い立ちの高貴さからか、その言葉には、品のある響きが垣間見える。だから、少女は確信する。この貴人は本当に、美しい絵画でも見るような目で、自分の下着を欲しているのだと。そこには、性的な興奮を助長する意味合いなど、微塵も含まれていないと。いやそもそも、彼に性欲などあるのだろうか? その点からして疑問だった。

 ともあれ、彼がそういう目で見ていないのだから、自分だけそれを気にしているのも、自意識過剰のように、少女は思ってしまった。自身の感覚の埒外にいる変態に相対して、毒されたのかもしれない。

「――いいわよ、解った。見せればいいんでしょ、見せれば」

 半分、やけくそに近い。それでも少女は意を決して、それでも、ぎゅっ、と、スカートの裾を掴んで、言う。

「ノラ! やめろ!」

 丁年は言うが、少女は、なんとも答えない。

「もあぁ……」

 いやらしさなど、微塵もない。ただ恍惚に呆ける貴人の表情に、直視していたから。

 その嬉々として笑う顔に、一歩、一歩、近付く。


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