箱庭物語

晴羽照尊

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台湾編 本章 ルート『怠惰』

氷漬けの情熱

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「『成神なるかみ』っ!」

 身体を解き、空間に紛れる。凍り付き、崩れた片足も電気に変え、再結合する。
 ! いまだ『意識』が残っているうちに、砕けた片足は復元できた。

 女傑の『意識』は、脳髄にのみ、あるのではない。彼女の身体を構成する細胞の中に、微弱な電気として全身に備わるものだ。それは、一であり全。彼女の身体は全身でひとつの『意識』でありながら、各パーツにも個別に『意識』が備わる。それらが一個の肉体として結合している限りはひとつの個性だが、身体的障害により別離すればやがて、女傑の『意識』から離れる。

 彼女が身体的にダメージを受けるのは、そういう場面でだけだ。

 とはいえ、精神は――大いなる『意識』は、傷付く。

「一度ならともかくなぁ……っ!」

 二度も同じ相手に、肉体を損なわせられるなんて、あまりに腹立たしい。そのように思う。だが、言葉は続かなかった。

 ――また、『先』だ! 女傑の認識よりも早く、右腕が凍っている。そして、それを現認し、意識を集中しても、

 どうやって凍らされている? どうして壁などの固定物にではなく、凍り付けられ、固定されるのか? 雷に――電気になった身体ですら凍り付くとはどういうことだ? そもそも、全身にまったく、寒さを、冷たさを感じない。

 凍るという概念が、適応されない!

 空間制御。身体干渉。精神操作。それらが複合的に女傑を蝕んでいるなら、あり得るかもしれない。だが、それら力を行使されておきながら、なにひとつ異常を感じない。それが女傑にとっては不可解だった。
 違和感すらない。どれだけ強力な精神干渉であろうと、そこに違和感すら覚えずに漫然と捉われるなど、そんなこと、いまの女傑には起き得べからざることと言えた。仮にそんなことが可能であるなら、その時点で女傑はもう、殺されているはずである。

 ならば、認めるしかない。これは、自らの知識の――それはつまり、『世界』の知識の、埒外にあるものだと。しいて言えば――

「『神之緒カムノオ』……やったか?」

『神』の、力。

 暫定的にそう解釈して、吹っ切れる。知らない力なら知らないなりに、対処のしようはある。対処というよりは、あがき、だけれど。

 瞬間の思考のあと、改めて凍らされた右腕を見る。……右腕。……腕に、なっとるな。最前、雷に変えたはずの全身のうち、凍らされた右腕は、人体に戻っている。そう、女傑は確認し――。

「…………掃射」

「くっ……!」

 唐突に姿を現す声に、機敏な回避を行う。いま一度女傑は右腕を――全身を雷に変え、凍結から逃れた。その右腕には、集中した連続放銃が。そうして、撃ち抜くというよりは、圧し潰されるような連撃を受け、わずかに、女傑の右腕は傷付けられた。
 細切れに――無数の肉片に撃ち抜かれたせいで、それぞれの肉体の『意識』すべての掌握ができなかった。それゆえの、かすかな、ダメージ。

 かすかで、確実な、ダメージだ。

「消耗戦かいな。相変わらず、性格悪いわ」

 また姿を消したそばかすメイドに、女傑は声を張る。声と、虚勢。

 この状況でもまだ、女傑には余裕があった。自らの知りもしない異能を用いられたとて、ここを生き残り、彼女を打倒するくらいわけはない。だが、時間をとられ、あるいはいくらかのダメージを受けるのは、望むところではない。
 その、わずかな焦りを、舌打ちとして露呈する。

「真っ正面から――」

「『流繋りゅうけい――』」

 声に対し、即座に雷撃を向けるが、そちらにはすでに、何者もない。

「――やりおうて、勝てると自惚れとらん。『神の力』を得ようとも、パラちゃんはすでに、そのもの『神』の域に達しとるしなぁ」

 くすくす。と、そばかすメイドは、女傑の後ろに周り込み、小さく笑った。控えめな笑い声の奥に、醜悪な高笑いを潜ませて。

「ほんま。後ろぉ取るの好きやなあ、ワレは」

 また、一部を凍らされていた。それにつき、もう女傑は視線すら向けない。背後で銃口を向ける、そばかすメイドにも。

「『〝――あまね〟』」

 瞬間。銃弾よりも疾く奔る稲妻が幾重と駆け、一点へと収束した。それは狙いすましたように――いや、事実、狙いすまして、女傑の背後へと、集う。

 構えられたプラスチックの双銃は、発砲音を響かせることなく、やけに軽い音色で、床に転がった。

        *

 感電し、膝をついたそばかすメイドを見て、女傑は銃口を向けた。それは、そばかすメイドが扱うおもちゃのようなそれと比べても、あまりに幼稚な一丁だった。

「ワレの癖は読んどんねん。どんな力を持とうが、『神』の域に達しようが、人間は、人間や」

 その弱々しい銃口を突きつけたまま、女傑は慎重に、一歩を詰める。普通の人体なら、とうぶんまともに動けないだろう。だが、相手はEBNA出身のメイドだ。各々個体差はあれど、誰も彼も、とは言えない。

「『ブールーダの鉄面形てつめんぎょう』を渡せ。それとも、うちにひん剥かれたいんか?」

「そらええなあ。興奮するわ」

 弱々しく笑う。そうして、覚束ない様子で、そばかすメイドは、自身の懐へ手を差し入れた。
 改めて、女傑は警戒する。おとなしく『異本』を渡すとも限らない。いや、その可能性の方が低いくらいだ。まだ、なにか策の、ひとつやふたつくらい隠していてしかるべきである。

「大好きなパラちゃんにひん剥かれるなら、それもそれでええんやけど、まあ、ここはおとなしく従っとこか。最初ハナから勝てるとは思うとらん」

 ほら。と、彼女は懐から、その『異本』を取り出し、差し出した。いまだ体が覚束ないのか、首は垂れたまま。膝をつき、女傑にそれを差し上げるさまは、まるで崇高なる者に献上品を捧げるかのよう。

「勝つ気がないなら、なんで突っかかってきてん。リュウさんへの義理か?」

 まだ警戒は解かずに、女傑は『異本』を受け取る。『ブールーダの鉄面形』。文字通り鉄を加工して作られた、古代アステカ文明の出土品とされる、仮面を。

「義理?」

 女傑に『異本』を渡したのち、そばかすメイドはやや力を盛り返したように、声に力を込めた。

「それを本気で言うとおなら、ひどい侮辱やわ、パラちゃん」

 怒気を孕んではいない。だが、声に力は徐々に戻り、体にも、だいぶ回復が追い付いたようだ。その証左に、彼女は片足ずつ持ち上げて、すっくと立ちあがる。いまだ、首は垂れたまま。しかし、両腕はだらりと揺らしているので、攻撃の意思はないように見える。
 まだ、いまのところは。少なくとも、取りこぼした双銃を拾ってもいないのだし。

「ソナエもたいがいやが、おんどれもたいがいや。細かい言い回しに目くじら立てんな。おまえの気持ちくらい、ちゃんと解っとる」

「それは、言動、所作、癖、声音やらなんやらから、推し量っとるゆうだけの話やろ。あるいはそれを、おのれの心情と重ねとうだけや。たしかに、わっちとパラちゃんは似とる。やけど――」

 垂らした前髪をわずかに持ち上げ、そばかすメイドはそのスリットから、細く眼光を向けた。射すくめるような、冷たい目を。

 攻撃的ではない。悲しい、目を。

「わっちらは人間や。誰も彼も、なんも違う。…………解らんのよ。解るわけ、ないんや」

 女傑の角度から、まだ、そばかすメイドの目はわずかに、前髪のスリットから見て取れる。瞬間、女傑を見据えたその視線が、落胆のようにいまは、伏せられていた。

 やけんど、パラちゃん。そばかすメイドは、ひとつ、目を閉じて、言う。

「解らんでいいんや。忖度して、解ったふうに。そん人を思って、動かんでええ。わっちは――わっちらは…………」

 独りよがりで、ええんや。

 その言葉は、はたして世界に、聞こえただろうか?

 ほぼ同時に、世界は、凍る。


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