箱庭物語

晴羽照尊

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台湾編 終章

それぞれにとっての『家族』のかたち

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 あ。と、間の抜けた声がふたつ、重なった。

姉御あねご」「おねえ」

 三つ子の中でも、一卵性のふたり。成長して、立派な女性になって、いつからか枝分かれするように違っていった彼女たちが、違ったままに、同じことを言うのだった。別れた半身を、思い出すように。

「ふむ……」

 姉と呼ばれておりながら、女は、そのように冷静に、相槌を打った。

 場所は、すでに、WBO本部ビルより、やや離れている。ゆえに、彼女たちは、あの高層ビルでの飛び降り劇を知らない。
 ただただ物語を終え、互いの日常に戻るだけだ。これはその、道中。

「「…………?」」

 なにを因果としたのか、双子らしさを取り戻した姉妹は、左右対称に首を傾げた。そのままお互いを見て、各々の疑問を視線で共有する。心の中では、とうの昔に解り合ったはずの、感情を。

「姉様?」「姉上?」

 なにかを確認するように、姉妹は呼び方を変えてみた。さっきよりまた少し、いつかの自分たちに近付くように、言葉と、心を通わせて。

「……やめい」

「「…………」」

 疑問を脱ぎ去り、姉妹はまた、互いを見た。おかしいな。おかしいね。と、確定的な感情を共有する。

「あの――」

 麗人が、ぎくしゃくした雰囲気に耐えられず、声を上げた。

「これからごはんでも食べようと思ってたんですけど、ご一緒にいかがです?」

「ひっ――」

 なぜだか女ではなく、佳人の方が声を上げた。なにかに怯えるように。

「いや、わらわは――」

 なにかを言いかけて、しかし、女は首を振った。

「いいや……。妾は、……うん」

 どこか遠くを見るように。あるいは、なにかを羨むように空を見上げ、女は言葉を切る。そして、意を決したように、姉妹を見た。

「妹が、欲しかったのじゃ」

 それだけをなんとかひり出して、女は背を向けた。そうしてどこかへ、去って行く。

「「…………?」」

 また、疑問を抱いて、姉妹は顔を見合わせる。やはり鏡合わせのように、対称に首をかしげて。

「知ってたよな?」「知ってるよね?」

 言葉を被せて、姉妹は確認する。そうして、同じだけのテンポを置いて、同じように噴き出した。子どもみたいに笑って、自分自身を知るように、相手を眺める。

 こんなあたしも――こんな私も、いつか、いた。そして、きっといまでも、それは自分のうちに、いる。それを確かめ合って、そうして――。

 それから違ってしまった自分たちを肯定して、懐かしんで、そして好きになる。それでも、ちゃんとふたりは『家族』だと。『三つ子』で、『姉妹』だと、理解した。

 理解であり、再認識。

 知っているけれど、あまりにあたりまえすぎて、うまく焦点の合わない『大切』を、ちゃんと捉える。

 照れくさくてなかなか言えない『ありがとう』を、『愛してる』を……やはり、彼女たちは飲み込んだ。それでも、家族だからか、姉妹だからか、残念ながらそれは、お互い筒抜けだった。

「行こっか」

 麗人が先に、言う。

「ああ……」

 佳人がそれに、応えた。

「でも、メシはいらねえ」

「えー、なんでー?」

 楽しくじゃれながら、姉妹も帰路に、ついたのだった。

 ――――――――

「はう……」

 姉妹から離れて、その視界から逃れて、女はようやく、感情を解放した。

「姉御! おねえ! くわああぁぁ! なんじゃその気安い関係!? お姉ちゃんをそんな身近に!? 無邪気に慕ってくれる妹たちを前に、お姉ちゃんはどうしたらよいのじゃ!?」

 どうもしなくてよい。

「それから、姉様! 姉上! 古風でどこか、若干の壁を感じる呼び方でありながら、なぜじゃ! なぜそこに、抑えきれない親しみを覚えるのじゃ!? 妹たちはいったい、妾をどうするつもりなのじゃああぁぁ――!!」

 もうどうにでもなれ。

「ぜはー、ぜはー」

 ひとしきり妹への愛を叫び終えて、女は肩で息をした。汗をかいたその幼い顔で、星が瞬く夜空を見上げる。絶叫後の清々しさを抱えて。

「ふう……」

 空に灯る明かりは、少ない。地上の光が飲み込んだ。そこに在るはずの光。しかし、眼を凝らしても、見えない光。

「もう少し、大事にするべきじゃったのう」

 そう、思う。幼きころから、いままで、女はその半生を回顧し、少しだけ悔やんだ。

 ずっと、自分勝手だった。それが悪いとは思わない。人間、誰も、己が一番だ。自分を大切にしないやつが、誰かを大切になんてできようはずもない。そう、彼女はいまだ、信じている。間違っていないと、思っている。

 だが。老人に拾われる以前や、その後わずかの間ならまだしも、女はとうに、幸福な環境に身を置いていたはずなのだ。愛する父親。弟たち。家族。そんな他愛のない幸せに、囲まれていたはずなのだ。

 女は、ちゃんと、自覚していた。
 そんなありふれたものが、幸せなのだと、ちゃんと知っていた。当時から、解っていた。

 で、あるのに、彼女は怠った。他者を――家族を、目いっぱいに大切にすることを怠った。父親である老人に対してはそれなりだったろう。しかし、弟たちに対しては――。

「いや、あいつらが可愛くないのが悪いのじゃ。妾、悪くないもん」

 そうは言ってみるが、ぽつりとひとり呟く言葉は、なんとも無慈悲に、空に消える。空虚さだけを、残して。

 弟だから――男性だから、可愛くないのだと思っていた。だから女は、とりわけ『妹』に拘泥する。『妹』が欲しかったと、空想する。

 しかし、深く考察してみるに、紳士や丁年であれば、可愛いとも思う。ならば、年齢差だろうか? 考えてみるけれど、そう単純な話でも、ないような気がした。

 やはり、ひとつ屋根の下、長い時間を同じ空間で過ごしたことが問題なのだろう。気安い関係の相手を、疎ましく思うのは当然のことだ。パーソナルスペースを、容易に侵食してくるのだから。しかし、そういう気安さを求めているのは、自分自身だ。

 だから、本当に『家族』として、ひとつ屋根の下、同じ空間に過ごす相手を、特別に愛でるのだろう。祖父母が孫を、自らの子よりもよほど、可愛がるように。

「ハク。ジン。……シキ」

 弟たちの名を呼んで、女は改めてじっくりと、考える。

 あいつらを可愛がっていたら、違っただろうか? 自分がちゃんと、彼らを愛していたら、彼らもそれに応えて、甘えてくれただろうか? 女は考える。自分の望む姉弟関係を、あいつらと築けただろうか? と。

 …………。

「いや、どちらにしても、気持ち悪い」

 そうなろうと、そうならなかろうと、気持ち悪い。もはやそう思ってしまう。

 あの生意気な弟たちが、自分を慕うのも、自分を邪険にするのも腹が立つ。つまるところ、もう女と弟たちとの関係は完成されているわけで、それ以外の想定は、どれも違和感が残ってしまう。

 、すでに女はであるし、弟たちはなのだ。仕方がない。いまさら、どうしようもない。

 それが、なんとも歯痒い。口惜しい。そんな、やりきれない思いを抱えて、女は今日も――。

「まあ、よいか」

 自分勝手に、どこかへ向かう。風の向くまま、気の向くまま。

 物語の終わりが近いことなど、どこ吹く風で――。

 ――――――――

 舞台は戻り、WBO本部ビル、その、足元。

「リュウ・ヨウユェ」

 覆いかぶさるメイドを、さすがに押し退け、男は立ち上がった。

 立ち上がって、対面する。自分の過去へ。

 本当の、父親へと――。


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