雨と五線譜

ぱり

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花時雨(はなしぐれ。雨も悪くもない)

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夢の中でも雨が降っていた。
しとしと雨に濡れた草や石やゴミ捨て場の黄色い箱までキラキラ艶めいていた。
俺は傘を持っていなかったが濡れることはなく、おそらく夢のおかげなんだろうが、雨を気にせず歩いていた。
気づくと大きなプール場に着いていた。
プールには水が張っていて、そこに雨が降るものだから雨の波紋が水面を揺らし続けていた。どこかの学校の敷地のようで、緑色のフェンスに囲まれていた。
知っている  と思った。
初めてきた場所ではない、確かに俺はこの場所を知っている。
いや、来たことさえある気がした。
それも何回か同じ場面を体験している。
知っている。
俺はプールに近づき、目を凝らして水中を覗き見た。そこには確かに2つの青があった。
「また雨だね」
横を見ると白いワンピースを着た女性がプールの中を覗いていた。あの青を見つめていた。
「すぐるさんはやっぱり雨男だ」
女性はこちらを見てふっと笑った。雨のはずなのにその女性も全く濡れていなかった。
2人でプールにざぶんと入った。水は鎖骨のところまできていて、とても心地よかった。2人で青のところまでザブザブと水をかき分けながら進んだ。
いつの間にか2人は手を繋いでいた。水の底には確かに2つの青が光っていた。
「届くかな」
不安気味に俺は言った。「大丈夫、できるよ」
「もしこの光がなくなっても、またここに来てくれる?」
「もちろん」手が強く握られた。俺はもちろんこの女性が誰なのか分かっている。
俺は大きく息を吸って、プールに潜った。


ザーーーーーーーーーーーーーーー

目が覚めると雨だった。雨の音がカーテン越しに耳につく。
頭がまだぼーっとする中でまた同じ夢を見たな…という感触だけがあった。内容は覚えていないが心の中にまだうずくものがあった。
時計を見るとまだ早朝だったのでもう一度眠る。2度目の夢は何だかくだらない夢だった気がする。

家を出ると雨の音がボツボツと傘を伝わって落ちてくる。スニーカーはすぐに雨に染みた。
「あめーっ!あめー!」
子どもが嬉しそうに外を見ていた。何でも楽しめる子どもの感性は見習いたい部分がたくさんある。「そうだねぇ雨ザーザーだねぇ」
雨降りの歌を歌ってみるが一緒に歌ってくれる子はおらず、1人ワンマンショーになってしまった。子どもは気にせず「あめ!」と嬉しそうである。他の子もぬいぐるみを集めたり布を布団のようにして遊んでいたり楽しそうだ。
子どもと遊んでいるときはいい。余計なことを考えなくていい。忘れられる。
1番気が緩むのがお昼寝の時間である。大体部屋に1人になるし、子どもはスースー寝息を立てる。俺の思考は働き始める…
「いや!しょうがない!!」自分で蒔いた種だしな!
子どもたちの注目を一気に浴びる。急に大声を出した先生に子どもたちは目を白黒させている。
「さ、どんどん遊ぼうね~」
猫なで声で思考を仕事に戻す。

「なんかすぐる先生、疲れてる?」
遅番業務をしていると真子先生に声をかけられた。
「えっ俺疲れオーラ出てます?」
皿を洗い流しながら真子先生に聞き返す。
「うん、てかさっきからため息ばっかりついてる」
全く自覚がなかった。
「あんまり溜め込まないでね?話聞けることがあれば聞くから!」
真子先生は優しく笑いかけてくれる。はぁ、ありがたい…仕事の悩みならすぐにでも相談するのに…
「ありがとうございます」
心が温かくなるのを感じながら皿を収納スペースに仕舞う。
「彼女さんがいるとねー色々大変だよねー」
急に立ち上がったもんだから頭を棚にぶつけて静かに悶絶する。「だ、大丈夫?」
「なん、で…恋人の悩みってわかったんですか…?」
痛みに耐えながら真子先生の勘の鋭さに驚きを隠せない。
「すぐる先生仕事はすごく楽しそうだし、悩んでるっていったらまぁ、恋愛かな、と思って」
なるほど…仕事は確かに楽しいし合っている。真子先生の観察眼はするどい。
「あんま気負いすぎると疲れちゃうからね。ほどほどが1番!気楽にね~」
そのまま真子先生はロッカー室に行ってしまった。気楽に、か。そうだな。
窓の外を見るとまだ雨は降り続いていた。


カフェに着く。まだ連絡は来ていないが先に入っていることにする。
ドアを押すとカランと鐘が鳴り、店員がすかさず来てくれる。検温とアルコール消毒を済ませる。手を擦り合わせていると、つい自分がハエになったような気分になってしまう。夜にしては店の中は混んでいて、サラリーマンや女性のグループがあちらこちらに座っていた。
窓際のボックス席に通され、ふぅと息をつく。とりあえず「着いた、待ってる」と業務的なメールを送りメニューに目を通す。昔はもっと絵文字を使っていたような気もしたが、そんなことはない。あまり変わらなかった気がする。

入り口の方からまたカランと鐘の音がした。店員に何か伝えた後こちらに向かってきたのは確かに由香利だった。
雰囲気がどこか変わって見える。1ヶ月会わなかったせいなのか、由香利の環境の変化からなのか理由は分からない。
「久しぶり」
ぎこちない笑顔で座る由香利。返事をする俺もなかなかのぎこちなさだったと思う。
「何、飲んでるの?」
由香利が俺の飲み物を見る「ミルクティー」
「あぁ」由香利の緊張が少し解けたように見えた。
「好きだもんね」
どこか優しい顔でメニューを眺める由香利は何かを懐かしむようだった。

「単刀直入に言うと、好きな人ができたの」
由香利のキャラメルマキアートが運ばれてきた直後に言われた。「ごめん」
見事に予想通りだったので驚くこともできず、申し訳なさそうに俯く由香利を見て何だかかわいそうになってきた。てか俺も同じ立場な訳だから罪悪感がむくむくと湧いてくる。
「そうか…」
ミルクティーを一口飲む。なんだか甘ったるい。由香利は机に視線を落として緊張しているようだった。
「えーーっと、なんだ?もうその人とは付き合っちゃったりしたり?して?」
空気を和ませようと少し茶化しながら聞く。
「え?!何で知ってるの?!」
いや、付き合っとるんかーーい
1人髭男爵をしてしまった。「マジかよ」なんだか笑ってしまう。
つられて由香利も笑っていた。「うん、もう2週間くらいになるかなぁ」
「けっこう経ってるし」
「あはは」「何で言ってくれないんだよ」「言ったら怒るじゃん」「怒るよ」「ほら」「言わなかったらもっと怒るよ」
「でも今怒ってないじゃん?」
由香利が愉快そうに笑った。この笑顔に癒されるんだよなぁ。
「怒るの通り越して呆れてんの」
「マジかぁ」
「お前ほんとに悪いと思ってんの?」
そんなやりとりが久しぶりで、思いのほか心地よかった。そういえばこんなやり取りを飽きもせずやってきた。その時は何とも思わなかったがこうして久しぶりに触れると段々ぬくもりが戻ってくる感覚があった。
しかし、それももう今日でおしまい。

店を出ると夜空に星が広がっていた。由香利は自転車で来ていて、2人で駐輪場まで歩く。由香利はなんだか前より大人びて見えた。
「じゃ、またね」
由香利は少し寂しそうに俺に言った。また会うことはあるのだろうか、きっともう会わないんだろうなと思いながらも俺も言った。
「おう、またな」
2人の目線はしばらく絡み合っていたが、どちらともなく視線を外した。
由香利は自転車に乗って漕ぎ出し、俺はイヤホンを耳に差し込んだ。もったりとしたバラードが、夜の空気が本当に気持ち良くて。
アーティスト名を見てふと気づいた。
雨はいつの間にか止んでいた。
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