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空知らぬ雨(濡らすのは雨だけではない)
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遠くの方で魚の群れがキラキラと光っている。イワシの群れだろうか…
ここはきっと大きいデパートだったんだろう。ほとんどは崩れてしまっているが屋上駐車場の名残があちこちに見える。その一角に座ってぼんやりと海を眺めていた。海なのか、増水した海の延長なのか、とにかくその景色は案外綺麗だった。破壊的で悲劇的なのに幻想的。
両手にペン助とパン太を抱えて足をぶらぶらさせる。潮風、といっても潮の香りはないのだが、潮風が優しく髪の毛と頬を撫でる。あぁ気持ちいい。
雲に遮られると日が薄くなるが、お日様が出ると世界が黄金色に輝いているようにキラキラと光っている。やっぱり美しい。
あーーでもすぐるさんに本返し損ねたなぁ…しょうがないか…新しい本も読みたかったなー…
うだうだ言ってもどうしようもない。私たちは潔く自分のお家に帰る。それが最善策。というか私はこの選択肢しか選びたくない。
遠くの方で大きく水飛沫が上がる。音が遅れて聞こえてくる。飛沫がキラキラと光って眩しい。
きっとそろそろ真子ちゃんが迎えにくる…この景色も見納めだな。
「あまね…」
呼ばれて振り返ると真子ちゃんではなくすぐるさんがいた。え?何で!?
「すぐるさん…?!え、あれ、なんで」
混乱しながらどうでもいいかもしれないけど気になることをまず口にする。
「あまね…って、呼び捨て…?」
あっ!っと言うとすぐるさんはみるみる赤くなってしまった。
なぜだかつられて私も赤くなった。
2人並んで座って海を見ている。
風が気持ちいいので裸足の足をプラプラさせている。
「…そっか、蒼とも会ってたんだね」
すぐるは今までのことをあまねに話した。
「蒼、なんか変なこと言ってなかった?」
眉間に皺を寄せてあまねはすぐるに問う。
「なんか呼び方がどうのって」
あぁ、とあまねは安堵の混じった返事をする。
「雨姉だなんて、変なこと考えるよね。大体私は雨女じゃないのに」
と言いつつ、あまねにも思い当たる節はいくつかあるのだ。
「実は俺も雨男で」
笑いながらすぐるは言った。だから私は雨女じゃなくて~とあまねはまだ言っている。
「あれ?でも私がすぐるさんと会った時はいつも晴れてたよね」
思い返す10年前の夏。
綺麗な夕焼けと図書館の匂いと淡い気持ち。
こんなに月日が経ってるのに色褪せない思い出があった。2人の胸には。
「…といっても最近思い出したんだけど」あまねはぽそりと呟く。
「え?なんか言った?」
「すぐるさんは蒼の話と、真子ちゃんの話、どっちを信じたの?」
すぐるの疑問には答えずあまねが質問で返す。
うーん、と首を捻りながらすぐるは答える。
「そうだな…蒼の話は突拍子がないし、真子先生の説明も納得できる部分もあるけど無茶苦茶な所もあるし…」
腕を組みながらすぐるは考えをまとめようとする。
「ただ、真子先生の話だとみんな存在しなかったってことになるから…それは嫌だなって思うんだ。本当に」
すぐるは遠くの海を見ているのか今までの思い出を思い出しているのか遠い目をしながら言った。
「そっか」
あまねは甘い気持ちと切ない気持ちでいっぱいになっていた。
しばらく2人は遠くで跳ねる鯨を見ていた。辺りは波の音と飛沫の音、風の音に包まれている。
「私たちは、遠い星から来たの。結構簡単に来れるんだよ?でも地球で過ごした記憶は持ち帰られない。そのうち少しづつ忘れちゃうの」
あまねはぽつりぽつりと語り始めた。
すぐるは海を見つめながら静かに聞いている。相槌がなくても、すぐるがしっかり聞いてくれているのをあまねは感じている。
「だから…すぐるさんと出会ったあの図書館の日も最近思い出して」
なんで思い出せたのかは分からない。特定の人以外、記憶を保存することは出来ないはずなのに…。あまねは頭で別のことを考えている。
「真子先生とか蒼とかも同じなの?記憶力がないってこと?」
「真子ちゃんや蒼は別なの。2人とも素質があって、記憶を体に留めておくことができる」
「記憶できる人と、できない人がいるんだね」
あまねは頷くと言いづらそうに言葉を続ける。
「あの日…急にいなくなっちゃってごめんなさい」
すぐるとあまねは10年前のあの夏、図書館で出会い、互いの携帯を取り替えて帰ってしまった。
次の日、2人はまた図書館の前で出会う。照れながらも2人は再会を喜んでいた。
「本、読んだよ」「あっ!どうでした?」
「最後が…ね!!」「ですよね!さすがこの作家さん!って感じで」
「そうそう!後藤さんが…ね!」
「そう!まさかあそこで登場するなんて!……もし本当に火星に移り住むことになったら、すぐるさんどうします?」
「えー、そうだなぁ…俺はやっぱ残りたい派かなぁ後藤の仲間みたいに」
「…ですよね」「あまねちゃんは?」「私も…残りたい派…ですね」「じゃぁおんなじだね」
すぐるはにっこりと笑い、あまねはそれにつられてにへっと笑ってしまっていた。
なんとなくそのまま2人で近くのモールへ足を伸ばした。レストランでご飯を食べたり、雑貨屋を2人で回ったり控えめに言っても幸せな時間を2人は共有していた。
あまねはお手洗いに行くと言って近くのトイレに入って行った。
すぐるもトイレに行き、出てくるとあまねの姿はなかったので近くのベンチであまねを待った。
しばらく待っていたがなかなかあまねは出てこない。おかしいなと思いかけた時に携帯が震えた。番号でメールが来ている。あまねからだと分かって開くと「ごめんなさい、急用で帰らなければ行けなくなりました。本当にごめんなさい」
とあった。
いつの間にトイレから出てきていたのか、出てきたならなぜ一言声をかけてくれなかったのか。最初は驚きの感情だったが、だんだん暗い気持ちに変わっていくのが分かった。
返事を返す気持ちにもなれず、そのまますぐるは家に帰って行った。
それでも気になったすぐるは家に着いてからあまねにメールを送る。「そっか、それは残念だったけど、今日は本当に楽しかった。また同じ本をいつか読んで楽しめたらいいな」
すぐるがいくら待っても、あまねからの返信はなかった。
「あの日…急に信号が届いて、星に繋いでいた渡鳥が騒ぎ始めたって。あっ、私たち実は渡鳥で宇宙を渡ってきてるんですけど、でも渡鳥が騒ぐなんて初めてで、私混乱しちゃって。それで急いで戻らなきゃ行けなかったんです」
どんな風にあまねがトイレから渡鳥の所まで行ったのか、第一その渡鳥はどこに繋がれていたのか、そもそも…
と疑問が芋づる式に出てきたがすぐるは全てを飲み込んで1番聞きたいことを口にした。
「俺のメールは届いた?俺はすごく楽しかったんだけど、あまねはどうだった?」
あまねはキョトンとしたあと首を激しく縦に振る。ぶんぶん音がしそうだ。
「もちろん!!楽しくて楽しくて夢のような時間でしたよ!あれ?だからメール返信したんですけど…」
と不思議そうにしていたが「やっぱり星を離れると受信が遅れるんですね」と納得していたので、すぐるも納得することにした。
「私たち結構他の星に簡単に行き来できるんです。その分、その星に迷惑かけないように関わった人の記憶は消していくんですけど…すぐるさんはうまく出来なかったみたいで、ずっと覚えててくれたんですね」
失敗してしまったことであまねにとっては少々嬉しいことになったのだけど。
「記憶を消すってそんなに簡単にできるものなの?」
興味本位ですぐるは聞く
「意外と簡単です。すぐるさんの場合、待ち受け画面の黒ねこちゃんに暗号をかけていたんだけど…」
その画像を見ているうちにあまねとの過ごした記憶が消える仕組みだったらしいが、残念ながらと言うべきか幸いにともいうべきか、すぐるはたまたま待ち受け画面をあまねと別れてすぐに変えていたのだった。
その話をあまねにするとあまねは納得したようだった。
「なるほど!そういう事だったんですね」
あまねは真子からすぐるの話を聞いてから小さな疑問としてずっと胸に引っかかっていたのだ。
「お家に帰ってからまたしばらくしてこの地球に来る機会があったんです。もちろん私の記憶も残っているはずはなかったんだけど、どうしても来たい気持ちが強くて…」忘れものを取りに行くような気持ちで。
本来ならこの地球に来るのは蒼と真子のみの予定だったが、色んな騒動に紛れてあまねもついて来た話は割愛する。
あまねたちの星の支配者…とまではいかないがそれなりの権力者が非道極まりなく、蒼や真子、あまね、その他星民にも気に入られていないことも割愛。
そしてその非道極まりない権力者がある英雄にあれこれ暴かれ、今ではその英雄がその星を納め、平和に暮らしていることも割愛させていただく。
海は変わらず穏やかに波の音を響かせている。
まるでそこだけ永遠のような穏やかな時間が流れていた。
すぐるは無意識に好きな歌を小さく口ずさんでいた。波の音に混じってあまねの耳に届く。
「……その歌」
「…え?あ、あんまり有名じゃないんだけど、好きな曲なんだ。知ってる?」
知ってる。とあまねは思った。ずっと、ずっと探し続けているあのメロディだったから。
「なんて、曲なの?」
「なんだっけ…。えっとー…あっ、
"灰色とブルー"だよ」
まだ若かった父があまねに歌ってくれている姿が浮かんだ。父も、好きな歌。そうか、このメロディだったんだ。
「そっか…教えてくれてありがとう」
景色がぼやける。気にせずあまねもその歌を口ずさんだ。2人でつたない声で歌い続けた。
「この世界は終わっちゃったのかな」
すぐるは何でもないようにあまねに聞いた。
「終わったりなんかしないよ。もちろん、侵略なんかもされません。
だってこれはほら、すぐるさんの夢…なんだから」
「夢…だったらさ、ある程度自分の思い通りのシナリオで進んでくれるんじゃないのかな?」
すぐるはすこし悪戯っぽくあまねに聞いた。
「俺の思い通りのシナリオなら…この先は…」
「すぐるさん、明晰夢って難しいんですよ。夢なんてただの夢です。
起きたら忘れてるくらいが丁度いいんです」
あまねは立ち上がって伸びをした。すぐるもつられて立ち上がる。
「またすぐるさんに会えて、本当に良かったです」
俺も、と言いかけたすぐるはあまねの表情を見て胸がちくりと痛んだ。
そろそろ、別れの時間のようだった。
「あまねー」
振り返ると蒼と真子ちゃんが歩いてくるのが見えた。
そろそろ行かないといけない。
「もうそろそろ限界だわー、くそ軍将も勘付き始めてる」
くそ軍将とか言わない!蒼に真子ちゃんがたしなめられている。まぁくそ以上にくそだけど。くそに失礼。と蒼もこぼしているのを聞き逃さなかった。
「すぐる先生ー悪かったね、なんか巻き込んじゃって。てかすぐる先生から突っ込んできたんだけど」
と完全にフランクな喋り方の真子先生が言う。その背後にバサバサと白い白鳥達が何千羽、何万羽と降り立つ。
「…あ、本直接返せなくてごめんね、ちゃんと手元にはあるようにするから」
あまねがうつむきながら言う
「本なんて、大丈夫だよ。…男らしくないけどさ…ここに残る選択肢はないんだよね」
迷ったような表情をしてしまう。私がここに残っていいことなんか1つもないことを自分に言い聞かせる。「私も…火星に移り住むより、自分の星に残る派…だからさ」
いつだかの会話を思い出す。あぁ、なんですぐるさんといるとこんなに記憶が鮮やかに蘇るんだろう。
どうして、思い出すと胸がじーんとするのだろう。
どうして、泣いてしまいそうになるんだろう。
「また来てくれるのかな」
「わかんない…星の、偉い人が頭おかしいからなかなか来れなくなるかも…」
あいつの顔が浮かんで苦虫を噛み潰したような気持ちになる。「それに…」
次はすっぱいレモンキャンディーを噛み砕く。
「言ったでしょ、これは夢なんだって」
その理屈を貫き通すしかない。
「じゃぁ、目が覚めたら会いに行くよ」
すぐるさんはなんでもなさそうに言った。
2人は強がって笑った。
「…貸そうとしてたおすすめの本、何を貸してくれようとしてたんですか?」
真子ちゃんや蒼はもう飛び立つ準備を進めてる。
「ペンギンが出てくる話でね、とっても面白いんだ。ほら、前にも貸したかなぁ。恋せよ乙女と同じ作者の本で。
…いつ貸そうか楽しみにしてた本なんだよ」
ペンギン、好きそうでよかった。と私のもってるぬいぐるみを見て笑った。やっぱりすぐるさんの笑顔は日向のように温かいけど、今は少しだけ湿っぽい感じがした。
「…読みたかったなぁ」
心の底からそう思う。「もしまた来れたら絶対探し出して読みます!」
「うん、感想待ってる」
後ろから「そろそろ行かないとやばいよー」と声がかかる。分かってる。もう時間切れにも程があるってことは分かってる。
「じゃぁ…ね」
私はそのまま後ろに振り返り歩き始める。
ぱしっ
私の手が空中で止まる。その先を目で追うとすぐるさんの手と顔があった。
「最後の、」
すぐるさんは真剣な表情で、泣きそうな目だった。
「最後のページ、最後の一行が…本当に素敵な言葉、なんだ。」
声がかすかにかすれている。
「その言葉が伝わると嬉しい…な」
よく分からないけどすぐるさんの真剣な気持ちは痛いくらいに伝わってきた。
「…分かった。最後の一行まで、ちゃんと読んで、すぐるさんに感想言いにくるね」
なぜか私も涙が溢れてきて慌てて顔を拭った。
「あ、やばい!!あまね!行くよ!!」
蒼に手を引っ張られ無理矢理渡鳥に乗せられた。
勢いよく空に舞い上がり、気づくとすぐるさんは小さくしか見えなくなっていた。
真子は渡鳥を操りながら星に帰ったあとの行動をイメージする。
なんだかんだ、言い訳なんていくらでも思いつくと思った。
どうでもいいやつのために自分が好きな人達を苦しめることはないと自分で考え、納得する。
私もこの星の人達に随分情を移してしまった…
もう遠くなってしまったが、さっきまでいたあの青い星にいる、小さな子ども達や商店街の温かな人達の笑顔を思い出して少し胸が苦しくなった。
記憶とは、胸を温めもするし、締め付けもする…
それでもこの星の人達との思い出は忘れたくないと真子は強く思った。
ここはきっと大きいデパートだったんだろう。ほとんどは崩れてしまっているが屋上駐車場の名残があちこちに見える。その一角に座ってぼんやりと海を眺めていた。海なのか、増水した海の延長なのか、とにかくその景色は案外綺麗だった。破壊的で悲劇的なのに幻想的。
両手にペン助とパン太を抱えて足をぶらぶらさせる。潮風、といっても潮の香りはないのだが、潮風が優しく髪の毛と頬を撫でる。あぁ気持ちいい。
雲に遮られると日が薄くなるが、お日様が出ると世界が黄金色に輝いているようにキラキラと光っている。やっぱり美しい。
あーーでもすぐるさんに本返し損ねたなぁ…しょうがないか…新しい本も読みたかったなー…
うだうだ言ってもどうしようもない。私たちは潔く自分のお家に帰る。それが最善策。というか私はこの選択肢しか選びたくない。
遠くの方で大きく水飛沫が上がる。音が遅れて聞こえてくる。飛沫がキラキラと光って眩しい。
きっとそろそろ真子ちゃんが迎えにくる…この景色も見納めだな。
「あまね…」
呼ばれて振り返ると真子ちゃんではなくすぐるさんがいた。え?何で!?
「すぐるさん…?!え、あれ、なんで」
混乱しながらどうでもいいかもしれないけど気になることをまず口にする。
「あまね…って、呼び捨て…?」
あっ!っと言うとすぐるさんはみるみる赤くなってしまった。
なぜだかつられて私も赤くなった。
2人並んで座って海を見ている。
風が気持ちいいので裸足の足をプラプラさせている。
「…そっか、蒼とも会ってたんだね」
すぐるは今までのことをあまねに話した。
「蒼、なんか変なこと言ってなかった?」
眉間に皺を寄せてあまねはすぐるに問う。
「なんか呼び方がどうのって」
あぁ、とあまねは安堵の混じった返事をする。
「雨姉だなんて、変なこと考えるよね。大体私は雨女じゃないのに」
と言いつつ、あまねにも思い当たる節はいくつかあるのだ。
「実は俺も雨男で」
笑いながらすぐるは言った。だから私は雨女じゃなくて~とあまねはまだ言っている。
「あれ?でも私がすぐるさんと会った時はいつも晴れてたよね」
思い返す10年前の夏。
綺麗な夕焼けと図書館の匂いと淡い気持ち。
こんなに月日が経ってるのに色褪せない思い出があった。2人の胸には。
「…といっても最近思い出したんだけど」あまねはぽそりと呟く。
「え?なんか言った?」
「すぐるさんは蒼の話と、真子ちゃんの話、どっちを信じたの?」
すぐるの疑問には答えずあまねが質問で返す。
うーん、と首を捻りながらすぐるは答える。
「そうだな…蒼の話は突拍子がないし、真子先生の説明も納得できる部分もあるけど無茶苦茶な所もあるし…」
腕を組みながらすぐるは考えをまとめようとする。
「ただ、真子先生の話だとみんな存在しなかったってことになるから…それは嫌だなって思うんだ。本当に」
すぐるは遠くの海を見ているのか今までの思い出を思い出しているのか遠い目をしながら言った。
「そっか」
あまねは甘い気持ちと切ない気持ちでいっぱいになっていた。
しばらく2人は遠くで跳ねる鯨を見ていた。辺りは波の音と飛沫の音、風の音に包まれている。
「私たちは、遠い星から来たの。結構簡単に来れるんだよ?でも地球で過ごした記憶は持ち帰られない。そのうち少しづつ忘れちゃうの」
あまねはぽつりぽつりと語り始めた。
すぐるは海を見つめながら静かに聞いている。相槌がなくても、すぐるがしっかり聞いてくれているのをあまねは感じている。
「だから…すぐるさんと出会ったあの図書館の日も最近思い出して」
なんで思い出せたのかは分からない。特定の人以外、記憶を保存することは出来ないはずなのに…。あまねは頭で別のことを考えている。
「真子先生とか蒼とかも同じなの?記憶力がないってこと?」
「真子ちゃんや蒼は別なの。2人とも素質があって、記憶を体に留めておくことができる」
「記憶できる人と、できない人がいるんだね」
あまねは頷くと言いづらそうに言葉を続ける。
「あの日…急にいなくなっちゃってごめんなさい」
すぐるとあまねは10年前のあの夏、図書館で出会い、互いの携帯を取り替えて帰ってしまった。
次の日、2人はまた図書館の前で出会う。照れながらも2人は再会を喜んでいた。
「本、読んだよ」「あっ!どうでした?」
「最後が…ね!!」「ですよね!さすがこの作家さん!って感じで」
「そうそう!後藤さんが…ね!」
「そう!まさかあそこで登場するなんて!……もし本当に火星に移り住むことになったら、すぐるさんどうします?」
「えー、そうだなぁ…俺はやっぱ残りたい派かなぁ後藤の仲間みたいに」
「…ですよね」「あまねちゃんは?」「私も…残りたい派…ですね」「じゃぁおんなじだね」
すぐるはにっこりと笑い、あまねはそれにつられてにへっと笑ってしまっていた。
なんとなくそのまま2人で近くのモールへ足を伸ばした。レストランでご飯を食べたり、雑貨屋を2人で回ったり控えめに言っても幸せな時間を2人は共有していた。
あまねはお手洗いに行くと言って近くのトイレに入って行った。
すぐるもトイレに行き、出てくるとあまねの姿はなかったので近くのベンチであまねを待った。
しばらく待っていたがなかなかあまねは出てこない。おかしいなと思いかけた時に携帯が震えた。番号でメールが来ている。あまねからだと分かって開くと「ごめんなさい、急用で帰らなければ行けなくなりました。本当にごめんなさい」
とあった。
いつの間にトイレから出てきていたのか、出てきたならなぜ一言声をかけてくれなかったのか。最初は驚きの感情だったが、だんだん暗い気持ちに変わっていくのが分かった。
返事を返す気持ちにもなれず、そのまますぐるは家に帰って行った。
それでも気になったすぐるは家に着いてからあまねにメールを送る。「そっか、それは残念だったけど、今日は本当に楽しかった。また同じ本をいつか読んで楽しめたらいいな」
すぐるがいくら待っても、あまねからの返信はなかった。
「あの日…急に信号が届いて、星に繋いでいた渡鳥が騒ぎ始めたって。あっ、私たち実は渡鳥で宇宙を渡ってきてるんですけど、でも渡鳥が騒ぐなんて初めてで、私混乱しちゃって。それで急いで戻らなきゃ行けなかったんです」
どんな風にあまねがトイレから渡鳥の所まで行ったのか、第一その渡鳥はどこに繋がれていたのか、そもそも…
と疑問が芋づる式に出てきたがすぐるは全てを飲み込んで1番聞きたいことを口にした。
「俺のメールは届いた?俺はすごく楽しかったんだけど、あまねはどうだった?」
あまねはキョトンとしたあと首を激しく縦に振る。ぶんぶん音がしそうだ。
「もちろん!!楽しくて楽しくて夢のような時間でしたよ!あれ?だからメール返信したんですけど…」
と不思議そうにしていたが「やっぱり星を離れると受信が遅れるんですね」と納得していたので、すぐるも納得することにした。
「私たち結構他の星に簡単に行き来できるんです。その分、その星に迷惑かけないように関わった人の記憶は消していくんですけど…すぐるさんはうまく出来なかったみたいで、ずっと覚えててくれたんですね」
失敗してしまったことであまねにとっては少々嬉しいことになったのだけど。
「記憶を消すってそんなに簡単にできるものなの?」
興味本位ですぐるは聞く
「意外と簡単です。すぐるさんの場合、待ち受け画面の黒ねこちゃんに暗号をかけていたんだけど…」
その画像を見ているうちにあまねとの過ごした記憶が消える仕組みだったらしいが、残念ながらと言うべきか幸いにともいうべきか、すぐるはたまたま待ち受け画面をあまねと別れてすぐに変えていたのだった。
その話をあまねにするとあまねは納得したようだった。
「なるほど!そういう事だったんですね」
あまねは真子からすぐるの話を聞いてから小さな疑問としてずっと胸に引っかかっていたのだ。
「お家に帰ってからまたしばらくしてこの地球に来る機会があったんです。もちろん私の記憶も残っているはずはなかったんだけど、どうしても来たい気持ちが強くて…」忘れものを取りに行くような気持ちで。
本来ならこの地球に来るのは蒼と真子のみの予定だったが、色んな騒動に紛れてあまねもついて来た話は割愛する。
あまねたちの星の支配者…とまではいかないがそれなりの権力者が非道極まりなく、蒼や真子、あまね、その他星民にも気に入られていないことも割愛。
そしてその非道極まりない権力者がある英雄にあれこれ暴かれ、今ではその英雄がその星を納め、平和に暮らしていることも割愛させていただく。
海は変わらず穏やかに波の音を響かせている。
まるでそこだけ永遠のような穏やかな時間が流れていた。
すぐるは無意識に好きな歌を小さく口ずさんでいた。波の音に混じってあまねの耳に届く。
「……その歌」
「…え?あ、あんまり有名じゃないんだけど、好きな曲なんだ。知ってる?」
知ってる。とあまねは思った。ずっと、ずっと探し続けているあのメロディだったから。
「なんて、曲なの?」
「なんだっけ…。えっとー…あっ、
"灰色とブルー"だよ」
まだ若かった父があまねに歌ってくれている姿が浮かんだ。父も、好きな歌。そうか、このメロディだったんだ。
「そっか…教えてくれてありがとう」
景色がぼやける。気にせずあまねもその歌を口ずさんだ。2人でつたない声で歌い続けた。
「この世界は終わっちゃったのかな」
すぐるは何でもないようにあまねに聞いた。
「終わったりなんかしないよ。もちろん、侵略なんかもされません。
だってこれはほら、すぐるさんの夢…なんだから」
「夢…だったらさ、ある程度自分の思い通りのシナリオで進んでくれるんじゃないのかな?」
すぐるはすこし悪戯っぽくあまねに聞いた。
「俺の思い通りのシナリオなら…この先は…」
「すぐるさん、明晰夢って難しいんですよ。夢なんてただの夢です。
起きたら忘れてるくらいが丁度いいんです」
あまねは立ち上がって伸びをした。すぐるもつられて立ち上がる。
「またすぐるさんに会えて、本当に良かったです」
俺も、と言いかけたすぐるはあまねの表情を見て胸がちくりと痛んだ。
そろそろ、別れの時間のようだった。
「あまねー」
振り返ると蒼と真子ちゃんが歩いてくるのが見えた。
そろそろ行かないといけない。
「もうそろそろ限界だわー、くそ軍将も勘付き始めてる」
くそ軍将とか言わない!蒼に真子ちゃんがたしなめられている。まぁくそ以上にくそだけど。くそに失礼。と蒼もこぼしているのを聞き逃さなかった。
「すぐる先生ー悪かったね、なんか巻き込んじゃって。てかすぐる先生から突っ込んできたんだけど」
と完全にフランクな喋り方の真子先生が言う。その背後にバサバサと白い白鳥達が何千羽、何万羽と降り立つ。
「…あ、本直接返せなくてごめんね、ちゃんと手元にはあるようにするから」
あまねがうつむきながら言う
「本なんて、大丈夫だよ。…男らしくないけどさ…ここに残る選択肢はないんだよね」
迷ったような表情をしてしまう。私がここに残っていいことなんか1つもないことを自分に言い聞かせる。「私も…火星に移り住むより、自分の星に残る派…だからさ」
いつだかの会話を思い出す。あぁ、なんですぐるさんといるとこんなに記憶が鮮やかに蘇るんだろう。
どうして、思い出すと胸がじーんとするのだろう。
どうして、泣いてしまいそうになるんだろう。
「また来てくれるのかな」
「わかんない…星の、偉い人が頭おかしいからなかなか来れなくなるかも…」
あいつの顔が浮かんで苦虫を噛み潰したような気持ちになる。「それに…」
次はすっぱいレモンキャンディーを噛み砕く。
「言ったでしょ、これは夢なんだって」
その理屈を貫き通すしかない。
「じゃぁ、目が覚めたら会いに行くよ」
すぐるさんはなんでもなさそうに言った。
2人は強がって笑った。
「…貸そうとしてたおすすめの本、何を貸してくれようとしてたんですか?」
真子ちゃんや蒼はもう飛び立つ準備を進めてる。
「ペンギンが出てくる話でね、とっても面白いんだ。ほら、前にも貸したかなぁ。恋せよ乙女と同じ作者の本で。
…いつ貸そうか楽しみにしてた本なんだよ」
ペンギン、好きそうでよかった。と私のもってるぬいぐるみを見て笑った。やっぱりすぐるさんの笑顔は日向のように温かいけど、今は少しだけ湿っぽい感じがした。
「…読みたかったなぁ」
心の底からそう思う。「もしまた来れたら絶対探し出して読みます!」
「うん、感想待ってる」
後ろから「そろそろ行かないとやばいよー」と声がかかる。分かってる。もう時間切れにも程があるってことは分かってる。
「じゃぁ…ね」
私はそのまま後ろに振り返り歩き始める。
ぱしっ
私の手が空中で止まる。その先を目で追うとすぐるさんの手と顔があった。
「最後の、」
すぐるさんは真剣な表情で、泣きそうな目だった。
「最後のページ、最後の一行が…本当に素敵な言葉、なんだ。」
声がかすかにかすれている。
「その言葉が伝わると嬉しい…な」
よく分からないけどすぐるさんの真剣な気持ちは痛いくらいに伝わってきた。
「…分かった。最後の一行まで、ちゃんと読んで、すぐるさんに感想言いにくるね」
なぜか私も涙が溢れてきて慌てて顔を拭った。
「あ、やばい!!あまね!行くよ!!」
蒼に手を引っ張られ無理矢理渡鳥に乗せられた。
勢いよく空に舞い上がり、気づくとすぐるさんは小さくしか見えなくなっていた。
真子は渡鳥を操りながら星に帰ったあとの行動をイメージする。
なんだかんだ、言い訳なんていくらでも思いつくと思った。
どうでもいいやつのために自分が好きな人達を苦しめることはないと自分で考え、納得する。
私もこの星の人達に随分情を移してしまった…
もう遠くなってしまったが、さっきまでいたあの青い星にいる、小さな子ども達や商店街の温かな人達の笑顔を思い出して少し胸が苦しくなった。
記憶とは、胸を温めもするし、締め付けもする…
それでもこの星の人達との思い出は忘れたくないと真子は強く思った。
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