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第8話 セフレ(2)噂
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「ね、早苗の所にいる協力会社の人ってどう? 細身の眼鏡かけた頭よさそうな人。前のプロジェクトも一緒だったって」
「奥田さん?」
「そうそう、奥田さん。社員じゃないから営業と開発の合同飲み会にも来ないしさー」
「気になってるの?」
「うん」
意外だった。
サバサバしているように見えて実は甘えたがりの加世子は、もっと包容力のありそうな人がタイプだと思っていたのだ。
奥田はどちらかというと、一人でいるのが好きなタイプだろう。相手にも依存を望まないと思う。
「協力するよ?」
「違う違う! 早苗の話!」
「私!?」
「うん。早苗とどうかなって」
「奥田さんと……?」
全く考えた事がなかった。
奥田には仕事仲間以上の感情を抱いたことがない。
プライベートの付き合いと言えばチームでの飲み会くらいで、それは仕事上の付き合いとも言える。
「話を聞いてる感じじゃ、早苗に合ってそうじゃない? 仕事できるんでしょ?」
「仕事はできるけど……」
「早苗が苦手なプレゼンやってくれるって言ってなかったっけ?」
「うん」
「いいじゃんいいじゃん。苦手な所を補ってくれるって、早苗にとっては理想の関係でしょ。プライベートも色々やってくれそう」
「それはどうだろ」
仕事は仕事、プライベートはプライベートだと思う。
早苗だって、仕事ならどんな嫌なことでもきっちりやるが、プライベートであれば可能な限り嫌なことからは逃げたい。
「じゃあさ、キスできる?」
「奥田さんと!?」
早苗は目を丸くした。
どうして突然そんな話になるのだろうか。
加世子が人差し指をピンと立てた。
「キスができないと思う相手は生理的に無理な人。少しでもできると思ったら、好きになる可能性はゼロじゃない」
「そうかなぁ?」
考えながら、早苗は二週間前の桜木とのことを思い出していた。
キス、は嫌じゃなかった、かも。……えっちも。
思わず早苗が唇に指を当てると、加世子がぐっと上半身を乗り出してにやにやと笑った。
「今想像したでしょー。で、悪くないと思った」
「ち、違うよ」
「そういうことにしてあげよう」
加世子が体を戻し、日本酒のグラスを升から持ち上げてぐびりと飲んだ。
「もう、本当に違うんだってば」
「じゃあさ、桜木くんはどう?」
今思い出したばかりの桜木の名前が出て、早苗はぎくりと体を強ばらせた。
幸い加世子はその反応に気づいていない。
「仕事は超できるよ。三年も後輩だなんて信じられないくらい」
「そうなんだ?」
「公募じゃなかったら、あっちの部署が手放さなかっただろうね。絶対出てこられなかったよ」
社内公募制度は、そういった囲い込みを気にせずに異動できるのが一番の利点だ。
「前の所では製品営業だったんだって。パッケージ製品を売りに売りまくって、成績は部署内トップだったらしいよ。でも、本人は顧客営業がやりたいからって公募。そんな優良物件が応募してきたら、そりゃ部長だって採用するよね」
製品営業は特定の製品を不特定多数の顧客に販売するのが仕事で、顧客営業は特定の顧客に付くのが仕事だ。
開発部隊にはそういった縛りはなく、求められるままに人手を必要としているプロジェクトを渡り歩くのが普通だが、早苗はたまたま今の顧客のプロジェクトばかりに所属していた。
付き合いが長いから、顧客との信頼関係の構築もできているし、業務の流れも理解できている。
最初の関係構築が苦手な早苗にはありがたい環境だった。
上司も、それをわかっていて、早苗の行くプロジェクトを決めているのだろう。
「最初のお客様だから思い入れがあるのかもね」
「やっぱり早苗目当てかも」
にやりと加世子が笑う。
「だから、それはないってば」
早苗は苦笑した。
「でも、早苗が興味なくて逆に安心かな」
「どうして? 加世子狙ってるの?」
「ううん。桜木くんって、超優良物件なんだけど、それ故にっていうか何て言うか、よくない噂もあるんだよね」
「よくない噂?」
早苗が眉をひそめる。
「なんかね、前の所で遊びまくってたらしいの。来る者拒まず去る者追わずで、合コンでは必ずお持ち帰り。一晩だけの関係も多かったって」
「えぇ……?」
早苗の知る桜木のイメージとは大きく異なっていた。全然遊ぶタイプには見えなかったのに。
だが、確かに手慣れている感じはあった。
「まー、あのルックスだもんねぇ。うちの会社に勤めてるってだけで大きいし。だからね、早苗にはその一人に終わって欲しくないっていうか」
「あー……」
早苗はあの夜のことを完全に理解した。
事故というよりは、桜木にはいつもの事だったのだろう。
始めから演技をしていたようだし。
早苗はその罠にまんまと引っかかり、毒牙にかかってしまったわけだ。
まさか加世子にもう遅いと言うわけにもいかず、早苗はそれ以上の言及を避けた。
「枕営業だって陰口もあったみたい」
「さすがにそれは……」
「大丈夫。お客様には手を出してないっていう声の方が多い」
多い、って、一体加世子はどこからその情報を仕入れて来たのだろうか。
まさか前の部署の全員に聞き回ったわけはあるまい。
「今のところ、こっちでは大人しくしてる。少なくとも私はそういう所は見てない。たとえ見てたとしても、プライベートだから何も言えないけどね」
加世子は肩をすくめた。
そりゃそうだ。そんなことをしたらパワハラになってしまう。
女遊びにかまけて遅刻したり仕事が疎かになるなら別だが、そうでないなら個人の勝手だ。
「でも早苗には合ってるって思ってるのも本当だから、難しいな。元々知ってる人だから、話しやすいでしょ?」
「それはそうだけど」
「取りあえずは様子見かな。部署が代わって心機一転、心を入れ替えたのかもしれないし。もし気になるなら言ってね。協力するから。……って言っても、私より早苗の方が接する機会は多いか」
「加世子もね。私にできることだったら協力するよ」
「ありがとー! じゃあ、合コン行こ! メンバー足りないの!」
「それは無理」
早苗がきっぱりと断ると、「やっぱだめかー」と加世子が天井を仰いだ。
「奥田さん?」
「そうそう、奥田さん。社員じゃないから営業と開発の合同飲み会にも来ないしさー」
「気になってるの?」
「うん」
意外だった。
サバサバしているように見えて実は甘えたがりの加世子は、もっと包容力のありそうな人がタイプだと思っていたのだ。
奥田はどちらかというと、一人でいるのが好きなタイプだろう。相手にも依存を望まないと思う。
「協力するよ?」
「違う違う! 早苗の話!」
「私!?」
「うん。早苗とどうかなって」
「奥田さんと……?」
全く考えた事がなかった。
奥田には仕事仲間以上の感情を抱いたことがない。
プライベートの付き合いと言えばチームでの飲み会くらいで、それは仕事上の付き合いとも言える。
「話を聞いてる感じじゃ、早苗に合ってそうじゃない? 仕事できるんでしょ?」
「仕事はできるけど……」
「早苗が苦手なプレゼンやってくれるって言ってなかったっけ?」
「うん」
「いいじゃんいいじゃん。苦手な所を補ってくれるって、早苗にとっては理想の関係でしょ。プライベートも色々やってくれそう」
「それはどうだろ」
仕事は仕事、プライベートはプライベートだと思う。
早苗だって、仕事ならどんな嫌なことでもきっちりやるが、プライベートであれば可能な限り嫌なことからは逃げたい。
「じゃあさ、キスできる?」
「奥田さんと!?」
早苗は目を丸くした。
どうして突然そんな話になるのだろうか。
加世子が人差し指をピンと立てた。
「キスができないと思う相手は生理的に無理な人。少しでもできると思ったら、好きになる可能性はゼロじゃない」
「そうかなぁ?」
考えながら、早苗は二週間前の桜木とのことを思い出していた。
キス、は嫌じゃなかった、かも。……えっちも。
思わず早苗が唇に指を当てると、加世子がぐっと上半身を乗り出してにやにやと笑った。
「今想像したでしょー。で、悪くないと思った」
「ち、違うよ」
「そういうことにしてあげよう」
加世子が体を戻し、日本酒のグラスを升から持ち上げてぐびりと飲んだ。
「もう、本当に違うんだってば」
「じゃあさ、桜木くんはどう?」
今思い出したばかりの桜木の名前が出て、早苗はぎくりと体を強ばらせた。
幸い加世子はその反応に気づいていない。
「仕事は超できるよ。三年も後輩だなんて信じられないくらい」
「そうなんだ?」
「公募じゃなかったら、あっちの部署が手放さなかっただろうね。絶対出てこられなかったよ」
社内公募制度は、そういった囲い込みを気にせずに異動できるのが一番の利点だ。
「前の所では製品営業だったんだって。パッケージ製品を売りに売りまくって、成績は部署内トップだったらしいよ。でも、本人は顧客営業がやりたいからって公募。そんな優良物件が応募してきたら、そりゃ部長だって採用するよね」
製品営業は特定の製品を不特定多数の顧客に販売するのが仕事で、顧客営業は特定の顧客に付くのが仕事だ。
開発部隊にはそういった縛りはなく、求められるままに人手を必要としているプロジェクトを渡り歩くのが普通だが、早苗はたまたま今の顧客のプロジェクトばかりに所属していた。
付き合いが長いから、顧客との信頼関係の構築もできているし、業務の流れも理解できている。
最初の関係構築が苦手な早苗にはありがたい環境だった。
上司も、それをわかっていて、早苗の行くプロジェクトを決めているのだろう。
「最初のお客様だから思い入れがあるのかもね」
「やっぱり早苗目当てかも」
にやりと加世子が笑う。
「だから、それはないってば」
早苗は苦笑した。
「でも、早苗が興味なくて逆に安心かな」
「どうして? 加世子狙ってるの?」
「ううん。桜木くんって、超優良物件なんだけど、それ故にっていうか何て言うか、よくない噂もあるんだよね」
「よくない噂?」
早苗が眉をひそめる。
「なんかね、前の所で遊びまくってたらしいの。来る者拒まず去る者追わずで、合コンでは必ずお持ち帰り。一晩だけの関係も多かったって」
「えぇ……?」
早苗の知る桜木のイメージとは大きく異なっていた。全然遊ぶタイプには見えなかったのに。
だが、確かに手慣れている感じはあった。
「まー、あのルックスだもんねぇ。うちの会社に勤めてるってだけで大きいし。だからね、早苗にはその一人に終わって欲しくないっていうか」
「あー……」
早苗はあの夜のことを完全に理解した。
事故というよりは、桜木にはいつもの事だったのだろう。
始めから演技をしていたようだし。
早苗はその罠にまんまと引っかかり、毒牙にかかってしまったわけだ。
まさか加世子にもう遅いと言うわけにもいかず、早苗はそれ以上の言及を避けた。
「枕営業だって陰口もあったみたい」
「さすがにそれは……」
「大丈夫。お客様には手を出してないっていう声の方が多い」
多い、って、一体加世子はどこからその情報を仕入れて来たのだろうか。
まさか前の部署の全員に聞き回ったわけはあるまい。
「今のところ、こっちでは大人しくしてる。少なくとも私はそういう所は見てない。たとえ見てたとしても、プライベートだから何も言えないけどね」
加世子は肩をすくめた。
そりゃそうだ。そんなことをしたらパワハラになってしまう。
女遊びにかまけて遅刻したり仕事が疎かになるなら別だが、そうでないなら個人の勝手だ。
「でも早苗には合ってるって思ってるのも本当だから、難しいな。元々知ってる人だから、話しやすいでしょ?」
「それはそうだけど」
「取りあえずは様子見かな。部署が代わって心機一転、心を入れ替えたのかもしれないし。もし気になるなら言ってね。協力するから。……って言っても、私より早苗の方が接する機会は多いか」
「加世子もね。私にできることだったら協力するよ」
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