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第25話 リリース(7)女性
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駅前で、飲みに繰り出す組と帰る組で別れた。
早苗、加世子、桜木、奥田は帰る組だ。
まさかみんなの前で桜木と二人でタクシーに乗り込むわけにもいかないので、早苗はいったん家の方向の電車に乗り、途中で折り返して桜木の家に向かう予定でいる。
示し合わせてはいないが、桜木もそのつもりのはずだ。
改札に向かっている時、正面から手を振りながら近づいてくる女性がいた。
「遙人!」
桜木の名前を呼んだその女性は、ピンク色の花柄のワンピースに、紺のリボンのついた小さな麦わら帽子を被っていた。髪は緩く巻いてあり、足元は涼しげなサンダルだ。身長の低い可愛らしい女性だった。
「すっごーい! 偶然~! あ、そう言えば今日夜勤だったっけ」
「真奈美!? おま、なんでここに――」
「今日はこっちなの」
真奈美と呼ばれた女性は、驚いている桜木の腕に自分の腕を絡めた。
「ちょ、やめろよ」
桜木が真奈美の腕に手をかけたが、真奈美は離そうとしない。背の高い桜木と並ぶと、さらに小柄に見えた。
「遙人の会社の方ですよね、いつも遙人がお世話になってます~」
帽子を取った真奈美が、腕を絡めたままぺこりと頭を下げた。
ふわりといい香りが漂ってくる。
「遙人もう帰るんでしょ? 時間あるよね? ちょっと付き合ってくれない?」
「いや俺疲れてんだけど」
「いいじゃん。ちょっとだけだから。ね?」
真奈美は下から見上げるようにおねだりした。あざとさのまるでない、自然な仕草だ。
桜木はしばらく迷ったあと、額に指を当てて、はぁぁ、と長いため息をついた。
「マジ俺すぐ帰るからな」
「うんうん。ありがと!」
仕方ないなという顔で桜木は言うと、真奈美が嬉しそうに、ぎゅっと腕にしがみついた。
桜木が早苗たちの方を気まずそうに見る。
「すみません、俺、ここで失礼します。お疲れ様でした」
「お疲れー」
「お疲れ様でしたー」
言われた側も何となく気まずくて、みなぎくしゃくした返事をした。早苗は何も返せなかった。
「あっちってさー……」
キャイキャイと楽しそうな真奈美に引っ張られていく桜木の背中を見て、加世子がぽつりと言った。
二人が向かったのは、飲み会組と同じ方向で、居酒屋の建ち並ぶその向こうにはラブホ街がある。買い物やカフェに行くのなら反対方向だ。
それ以上は誰も何も言わなかったが、皆、そういうことか、という顔をする。土曜日の朝からというのはなかなかだが、桜木のルックスの良さが納得感を出していた。
「あー……じゃあ、私たちも帰りましょうか」
加世子に言われ、残った面々は改札を抜けてそれぞれのホームへと散らばって行った。
早苗は奥田と同じ方角で、ホームに並んで電車を待つ。
「びっくりしましたね」
「……ですね」
奥田の言葉に、早苗は少し遅れて答えた。
「桜木さん、恋人いたんですね」
「彼女さん、なんですかね、やっぱり」
「あれはそうなのではありませんか。恋人でもなければ、会社の人に挨拶はしないと思います。桜木さんもいつもと全然雰囲気が違いましたし」
「そう、ですよね……」
早苗は、以前打ち合わせの帰りに桜木が出た電話のことを思い出していた。
先ほどの桜木の口調は、その時の口調とよく似ている。電話の相手はあの真奈美だったのだろう。
すごく砕けていて、キツい物言いだったが、しかしそれが許されているのだという信頼が感じられた。
あれが素の桜木なのだ。
早苗に対する態度とは全然違う。
彼女、いたんだ……。
いつからいたんだろう。
私と関係を持つ前? 持った後?
どちらにしろ、桜木はそれを黙っていた。黙って今日も早苗を誘ってきた。
早苗は本当にセフレでしかなかった。
足元がガラガラと崩れていくような感覚がした。
そんなこと、初めからわかっていたはずなのに――。
ショックを受けている自分にさらにショックを受ける。
私……桜木くんのことが好きなんだ……。同僚としてじゃなくて、男の人として。
好きにならない訳がなかったのだ。
桜木は何もかもが完璧だった。
しかし、好きだと自覚すると同時に、失恋したことにも思い至ってしまう。
真奈美は小さくてふんわりしていて、とても可愛い人だった。
桜木は早苗には「横に並びたい」と言ったが、真奈美には「守ってあげたい」と言うのだろうな、と思った。
優しい桜木にはお似合いだろう。
実際、二人が並んだ所はとても似合っていた。
真奈美が自分とは全然違うタイプだということが、早苗には全く脈がないのだという事実を目の前に突きつけてくる。
胸が締め付けられるように痛くて、気を抜くと泣いてしまいそうだった。
「皆瀬さん? 乗らないんですか?」
気がつくと、電車が目の前に停まっていた。全く目に入っていなかった。
「あ、いえ、乗ります」
足元の感覚がない早苗は、覚束ない足取りで電車に乗り込んだ。
「大丈夫ですか? 徹夜明けでこの暑さですからね。やっぱり降りて少し休んでから帰ります?」
「すみません。座れれば大丈夫です」
下りの電車は空いていて、早苗と奥田は席に着くことができた。
ブブッと手の中のスマホが鳴り、桜木からのメッセージの着信を告げる。
『少し時間潰しててもらえますか。帰宅したら連絡します』
早苗の口から乾いた笑いが漏れた。
まだ早苗が家に来ると思っているなんて。
彼女とセフレは別腹らしい。
「どうしたんです?」
「いいえ、何でもないです」
横から奥田が聞いてきたので、早苗は無理して笑顔を作った。
『今日は行くのやめます。用事ができました』
そう返信した直後、桜木から電話が掛かってきた。
「電話ですか?」
「はい。でも電車の中ですから」
ブルブルと震えるスマホを操作して着信を切ると、早苗は通知をオフにした。
早苗、加世子、桜木、奥田は帰る組だ。
まさかみんなの前で桜木と二人でタクシーに乗り込むわけにもいかないので、早苗はいったん家の方向の電車に乗り、途中で折り返して桜木の家に向かう予定でいる。
示し合わせてはいないが、桜木もそのつもりのはずだ。
改札に向かっている時、正面から手を振りながら近づいてくる女性がいた。
「遙人!」
桜木の名前を呼んだその女性は、ピンク色の花柄のワンピースに、紺のリボンのついた小さな麦わら帽子を被っていた。髪は緩く巻いてあり、足元は涼しげなサンダルだ。身長の低い可愛らしい女性だった。
「すっごーい! 偶然~! あ、そう言えば今日夜勤だったっけ」
「真奈美!? おま、なんでここに――」
「今日はこっちなの」
真奈美と呼ばれた女性は、驚いている桜木の腕に自分の腕を絡めた。
「ちょ、やめろよ」
桜木が真奈美の腕に手をかけたが、真奈美は離そうとしない。背の高い桜木と並ぶと、さらに小柄に見えた。
「遙人の会社の方ですよね、いつも遙人がお世話になってます~」
帽子を取った真奈美が、腕を絡めたままぺこりと頭を下げた。
ふわりといい香りが漂ってくる。
「遙人もう帰るんでしょ? 時間あるよね? ちょっと付き合ってくれない?」
「いや俺疲れてんだけど」
「いいじゃん。ちょっとだけだから。ね?」
真奈美は下から見上げるようにおねだりした。あざとさのまるでない、自然な仕草だ。
桜木はしばらく迷ったあと、額に指を当てて、はぁぁ、と長いため息をついた。
「マジ俺すぐ帰るからな」
「うんうん。ありがと!」
仕方ないなという顔で桜木は言うと、真奈美が嬉しそうに、ぎゅっと腕にしがみついた。
桜木が早苗たちの方を気まずそうに見る。
「すみません、俺、ここで失礼します。お疲れ様でした」
「お疲れー」
「お疲れ様でしたー」
言われた側も何となく気まずくて、みなぎくしゃくした返事をした。早苗は何も返せなかった。
「あっちってさー……」
キャイキャイと楽しそうな真奈美に引っ張られていく桜木の背中を見て、加世子がぽつりと言った。
二人が向かったのは、飲み会組と同じ方向で、居酒屋の建ち並ぶその向こうにはラブホ街がある。買い物やカフェに行くのなら反対方向だ。
それ以上は誰も何も言わなかったが、皆、そういうことか、という顔をする。土曜日の朝からというのはなかなかだが、桜木のルックスの良さが納得感を出していた。
「あー……じゃあ、私たちも帰りましょうか」
加世子に言われ、残った面々は改札を抜けてそれぞれのホームへと散らばって行った。
早苗は奥田と同じ方角で、ホームに並んで電車を待つ。
「びっくりしましたね」
「……ですね」
奥田の言葉に、早苗は少し遅れて答えた。
「桜木さん、恋人いたんですね」
「彼女さん、なんですかね、やっぱり」
「あれはそうなのではありませんか。恋人でもなければ、会社の人に挨拶はしないと思います。桜木さんもいつもと全然雰囲気が違いましたし」
「そう、ですよね……」
早苗は、以前打ち合わせの帰りに桜木が出た電話のことを思い出していた。
先ほどの桜木の口調は、その時の口調とよく似ている。電話の相手はあの真奈美だったのだろう。
すごく砕けていて、キツい物言いだったが、しかしそれが許されているのだという信頼が感じられた。
あれが素の桜木なのだ。
早苗に対する態度とは全然違う。
彼女、いたんだ……。
いつからいたんだろう。
私と関係を持つ前? 持った後?
どちらにしろ、桜木はそれを黙っていた。黙って今日も早苗を誘ってきた。
早苗は本当にセフレでしかなかった。
足元がガラガラと崩れていくような感覚がした。
そんなこと、初めからわかっていたはずなのに――。
ショックを受けている自分にさらにショックを受ける。
私……桜木くんのことが好きなんだ……。同僚としてじゃなくて、男の人として。
好きにならない訳がなかったのだ。
桜木は何もかもが完璧だった。
しかし、好きだと自覚すると同時に、失恋したことにも思い至ってしまう。
真奈美は小さくてふんわりしていて、とても可愛い人だった。
桜木は早苗には「横に並びたい」と言ったが、真奈美には「守ってあげたい」と言うのだろうな、と思った。
優しい桜木にはお似合いだろう。
実際、二人が並んだ所はとても似合っていた。
真奈美が自分とは全然違うタイプだということが、早苗には全く脈がないのだという事実を目の前に突きつけてくる。
胸が締め付けられるように痛くて、気を抜くと泣いてしまいそうだった。
「皆瀬さん? 乗らないんですか?」
気がつくと、電車が目の前に停まっていた。全く目に入っていなかった。
「あ、いえ、乗ります」
足元の感覚がない早苗は、覚束ない足取りで電車に乗り込んだ。
「大丈夫ですか? 徹夜明けでこの暑さですからね。やっぱり降りて少し休んでから帰ります?」
「すみません。座れれば大丈夫です」
下りの電車は空いていて、早苗と奥田は席に着くことができた。
ブブッと手の中のスマホが鳴り、桜木からのメッセージの着信を告げる。
『少し時間潰しててもらえますか。帰宅したら連絡します』
早苗の口から乾いた笑いが漏れた。
まだ早苗が家に来ると思っているなんて。
彼女とセフレは別腹らしい。
「どうしたんです?」
「いいえ、何でもないです」
横から奥田が聞いてきたので、早苗は無理して笑顔を作った。
『今日は行くのやめます。用事ができました』
そう返信した直後、桜木から電話が掛かってきた。
「電話ですか?」
「はい。でも電車の中ですから」
ブルブルと震えるスマホを操作して着信を切ると、早苗は通知をオフにした。
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