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第28話 デート(2)待ち合わせ
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それから飲み会の間、桜木とは何度か言葉を交わしたが、桜木は出かける約束をした素振りなどは一度も見せず、むしろいつもよりも素っ気なく早苗に接してきた。
土曜になっても私用のスマホには何の連絡も来ず、約束は取りやめになったのだな、と思っていた時、その夜に、ようやく連絡が来た。
メッセージには待ち合わせ場所と時間が書いてあって、楽しみにしている、という言葉が添えられていた。
「服、どうしよう……」
今さらになって何を着ていくのか決めていなかったことに気がつき、早苗は焦った。
クローゼットの中をひっくり返し、手持ちの服をベッドの上に並べる。
仕事ばかりの毎日で、スーツだけはそれなりに持っていたが、私服はほとんどない。
もう買って何年になるだろう、というような服も出てきた。
三十路になろうかという早苗は、二十代前半の時の服を着ることはできない。
どうしたもんかと悩みに悩んだ末、加世子と出かけた時に一緒に買った服を着ることにした。
白い花柄のレースのワンピースに、薄いクリーム色のボレロカーディガンをあわせる。
似合わない、と主張したのだけれど、加世子は可愛いと褒めてくれたので、間違いではないはずだ。
まったく実用性のない小さなハンドバッグにお財布を詰めた所で、サンダルを履くならペディキュアをしなければならないのでは、と思い立って、マニキュアを引っ張り出す。
足は何でもいいよね!? と、シルバーのラメ入りのものを塗った。
手はどうしたらいいんだろう、と思って、無難にフレンチにした。
塗り慣れないので何度かはみ出し、四苦八苦しながら塗った。
あとは……アクセサリーか。
細いチェーンのネックレスと、ピンクの石のついた揺れるピアスをつけてみる。穴が塞がっていないのが不思議なほど、ピアスをつけるのは久しぶりだった。
取りあえずコーディネートはできた。
全身を鏡に映して確認する。
変ではないと思うけど……。
自分のキャラじゃない、という自覚はあった。
少し可愛すぎる。無意識に真奈美を思い浮かべてしまっているのかもしれなかった。
まあでも、最後だし。
出かけるためにここまで本格的に準備をするのはいつぶりだろう。
ワンピースを脱ぎながら、そんなことを思う。
加世子と出かけるときにも、元彼とでかけるときにも、こんなにお洒落をすることはなかった。
桜木がただの後輩だったなら、ここまではしなかったと思う。
そもそも桜木くんと二人だけで出かけることもなかっただろうけど。
早苗は明日に備えて早めに寝ることにした。
翌朝、いつもよりもずいぶん早く起きて、早苗は出かける準備を始めた。
せっかくだから、とこれまたクローゼットの奥にしまい込んでいたヘアアイロンを取り出して、髪を巻いていく。
スマホの動画を参考に、ピンだけでできるヘアアレンジを完成させた。
普段よりも念入りにビューラーで睫毛を上げて、アイラインは柔らからく、チークとリップは明るめにした。
うーん。
一通り終えてみると、やっぱり似合っていない気がする。
しかし、待ち合わせの時刻はもう迫っていて、やり直す時間はなかった。
待ち合わせは駅の改札前だ。
電車で移動している間、早苗はそわそわして仕方がなかった。他人の目線が異常に気になる。
先に着いた、という連絡がスマホに入ると、今度は桜木の反応が心配で落ち着かない。改札を緊張しながら抜けた。
桜木の姿を探してきょろきょろと見回していると、すれ違った女性二人が、「今の人、すごく格好よかったね」と話しているのが聞こえた。
つられて彼女たちが来た方向を見ると、柱の液晶広告の前に立ち、スマホを見ている男性が一人。
七分袖の紺のジャケットとグレーのパンツ姿で、ただ立っているだけなのに、雑誌のモデルのようなオーラが出ている。通行人がちらちらと視線を向けているのを、全く気にも留めていない。
隣で待ち合わせをしているらしき女性たちも、男性の方を見ながらこそこそと何か話していた。
うわー……。
まさかの桜木である。
すごく話しかけにくい。
目の前まで近寄ってはみたものの、話しかけてよいものかと迷っていると、ふと桜木が目線を上げた。
早苗を見てぎょっとする。
あぁ、やっぱり似合ってなかったんだ。
どんな反応がくるだろう、とドキドキしていた早苗は、駄目だったのだとわかって逆に気が楽になった。
桜木くんには申し訳ないけど、今日一日、身の丈に合わない背伸びをしてる女と一緒にいてもらうことにしよう。
「桜木くん、お待たせ」
「……」
「桜木くん?」
固まっている桜木の顔の前で、おーい、と手を振る。
はっ、と金縛りが解けたかのように、桜木が動き出す。
「あ、いえっ、時間通りなんで。待ってる間も楽しかったっていうか。えと、それで、先輩、今日は、すっごく……可愛いですね」
「そう?」
無理して嘘までつかなくていいのに、と思いながら、早苗はワンピースの裾を広げて見せた。
「先輩、ヘアアイロン持ってたんだ。髪巻いてるの初めて見た。ふわふわですね。可愛い」
桜木は早苗の髪を一筋取った。
「桜木くんも格好いいね。私も外で前髪下ろしてるの久々に見たよ」
「ありがとう、ござい、ます……」
桜木が顔赤くして目を伏せた。
しまった、と早苗は思った。
再会してからというもの、桜木が前髪を下ろしていたのは、早苗が家に泊まった翌朝だけだった。
セックスを連想させてしまう言葉になってしまって、気まずくなる。
「えと、じゃあ、行きましょうか。さ、早苗さん……」
変な空気を振り払うように桜木が明るく言い、続けて名前を呼ばたことに、早苗の心臓が跳ねた。
セックスの時にだけ呼ばれている名前だ。これまた生々しい。
「早苗さん~?」
またも意識してしまった早苗は、意地悪そうに聞く。
「今日はデートなんで! 先輩じゃなくて、早苗さんって呼びます! 呼ばせて下さい!」
桜木は拝むように両手を合わせた。
デートだなんて言ってしまっていいのだろうか。完全に浮気じゃないか。
早苗は呆れてしまう。
だが、どう呼ぼうが、桜木が早苗と一緒に出かけているのには変わりない。
彼女さんには申し訳ないけれど、今日一日だけは許してもらおう。
早苗は心の中で桜木の恋人に謝った。
「まあ、いいけど」
「やった!」
桜木がぐっとガッツポーズした。
「ではあらためて、早苗さん、行きましょう」
背を向けた桜木が手を伸ばしてくる。
なんだろう、と凝視していると、焦れた桜木が早苗の手を取って握った。
え、手まで繋ぐの?
何か言おうと思った早苗だったが、正面を向いた桜木がそのまま手を引いたので、何も言わずに黙って後をついていった。
土曜になっても私用のスマホには何の連絡も来ず、約束は取りやめになったのだな、と思っていた時、その夜に、ようやく連絡が来た。
メッセージには待ち合わせ場所と時間が書いてあって、楽しみにしている、という言葉が添えられていた。
「服、どうしよう……」
今さらになって何を着ていくのか決めていなかったことに気がつき、早苗は焦った。
クローゼットの中をひっくり返し、手持ちの服をベッドの上に並べる。
仕事ばかりの毎日で、スーツだけはそれなりに持っていたが、私服はほとんどない。
もう買って何年になるだろう、というような服も出てきた。
三十路になろうかという早苗は、二十代前半の時の服を着ることはできない。
どうしたもんかと悩みに悩んだ末、加世子と出かけた時に一緒に買った服を着ることにした。
白い花柄のレースのワンピースに、薄いクリーム色のボレロカーディガンをあわせる。
似合わない、と主張したのだけれど、加世子は可愛いと褒めてくれたので、間違いではないはずだ。
まったく実用性のない小さなハンドバッグにお財布を詰めた所で、サンダルを履くならペディキュアをしなければならないのでは、と思い立って、マニキュアを引っ張り出す。
足は何でもいいよね!? と、シルバーのラメ入りのものを塗った。
手はどうしたらいいんだろう、と思って、無難にフレンチにした。
塗り慣れないので何度かはみ出し、四苦八苦しながら塗った。
あとは……アクセサリーか。
細いチェーンのネックレスと、ピンクの石のついた揺れるピアスをつけてみる。穴が塞がっていないのが不思議なほど、ピアスをつけるのは久しぶりだった。
取りあえずコーディネートはできた。
全身を鏡に映して確認する。
変ではないと思うけど……。
自分のキャラじゃない、という自覚はあった。
少し可愛すぎる。無意識に真奈美を思い浮かべてしまっているのかもしれなかった。
まあでも、最後だし。
出かけるためにここまで本格的に準備をするのはいつぶりだろう。
ワンピースを脱ぎながら、そんなことを思う。
加世子と出かけるときにも、元彼とでかけるときにも、こんなにお洒落をすることはなかった。
桜木がただの後輩だったなら、ここまではしなかったと思う。
そもそも桜木くんと二人だけで出かけることもなかっただろうけど。
早苗は明日に備えて早めに寝ることにした。
翌朝、いつもよりもずいぶん早く起きて、早苗は出かける準備を始めた。
せっかくだから、とこれまたクローゼットの奥にしまい込んでいたヘアアイロンを取り出して、髪を巻いていく。
スマホの動画を参考に、ピンだけでできるヘアアレンジを完成させた。
普段よりも念入りにビューラーで睫毛を上げて、アイラインは柔らからく、チークとリップは明るめにした。
うーん。
一通り終えてみると、やっぱり似合っていない気がする。
しかし、待ち合わせの時刻はもう迫っていて、やり直す時間はなかった。
待ち合わせは駅の改札前だ。
電車で移動している間、早苗はそわそわして仕方がなかった。他人の目線が異常に気になる。
先に着いた、という連絡がスマホに入ると、今度は桜木の反応が心配で落ち着かない。改札を緊張しながら抜けた。
桜木の姿を探してきょろきょろと見回していると、すれ違った女性二人が、「今の人、すごく格好よかったね」と話しているのが聞こえた。
つられて彼女たちが来た方向を見ると、柱の液晶広告の前に立ち、スマホを見ている男性が一人。
七分袖の紺のジャケットとグレーのパンツ姿で、ただ立っているだけなのに、雑誌のモデルのようなオーラが出ている。通行人がちらちらと視線を向けているのを、全く気にも留めていない。
隣で待ち合わせをしているらしき女性たちも、男性の方を見ながらこそこそと何か話していた。
うわー……。
まさかの桜木である。
すごく話しかけにくい。
目の前まで近寄ってはみたものの、話しかけてよいものかと迷っていると、ふと桜木が目線を上げた。
早苗を見てぎょっとする。
あぁ、やっぱり似合ってなかったんだ。
どんな反応がくるだろう、とドキドキしていた早苗は、駄目だったのだとわかって逆に気が楽になった。
桜木くんには申し訳ないけど、今日一日、身の丈に合わない背伸びをしてる女と一緒にいてもらうことにしよう。
「桜木くん、お待たせ」
「……」
「桜木くん?」
固まっている桜木の顔の前で、おーい、と手を振る。
はっ、と金縛りが解けたかのように、桜木が動き出す。
「あ、いえっ、時間通りなんで。待ってる間も楽しかったっていうか。えと、それで、先輩、今日は、すっごく……可愛いですね」
「そう?」
無理して嘘までつかなくていいのに、と思いながら、早苗はワンピースの裾を広げて見せた。
「先輩、ヘアアイロン持ってたんだ。髪巻いてるの初めて見た。ふわふわですね。可愛い」
桜木は早苗の髪を一筋取った。
「桜木くんも格好いいね。私も外で前髪下ろしてるの久々に見たよ」
「ありがとう、ござい、ます……」
桜木が顔赤くして目を伏せた。
しまった、と早苗は思った。
再会してからというもの、桜木が前髪を下ろしていたのは、早苗が家に泊まった翌朝だけだった。
セックスを連想させてしまう言葉になってしまって、気まずくなる。
「えと、じゃあ、行きましょうか。さ、早苗さん……」
変な空気を振り払うように桜木が明るく言い、続けて名前を呼ばたことに、早苗の心臓が跳ねた。
セックスの時にだけ呼ばれている名前だ。これまた生々しい。
「早苗さん~?」
またも意識してしまった早苗は、意地悪そうに聞く。
「今日はデートなんで! 先輩じゃなくて、早苗さんって呼びます! 呼ばせて下さい!」
桜木は拝むように両手を合わせた。
デートだなんて言ってしまっていいのだろうか。完全に浮気じゃないか。
早苗は呆れてしまう。
だが、どう呼ぼうが、桜木が早苗と一緒に出かけているのには変わりない。
彼女さんには申し訳ないけれど、今日一日だけは許してもらおう。
早苗は心の中で桜木の恋人に謝った。
「まあ、いいけど」
「やった!」
桜木がぐっとガッツポーズした。
「ではあらためて、早苗さん、行きましょう」
背を向けた桜木が手を伸ばしてくる。
なんだろう、と凝視していると、焦れた桜木が早苗の手を取って握った。
え、手まで繋ぐの?
何か言おうと思った早苗だったが、正面を向いた桜木がそのまま手を引いたので、何も言わずに黙って後をついていった。
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