友人の恋が難儀すぎる話

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 人は己の理解の範疇を越えると思考が止まるらしい。
 そんな漫画みたいなことあるわけないだろうとたかを括っていた少し前の俺へ、お前の親友が俺のために新たな扉を開いてくれたよとだけ言っておく。

「神様ってさ、どんな匙加減で人間作ってるんだろうな」
「なんだ、哲学的な話がしたいのか」

 ポカポカとした日差しが心地よい。住宅街の中に作られた新緑公園に、俺たちはいた。
 その名の通り自然に恵まれた公園だ。俺たちの通う大学の近くにあるここは敷地が広いせいか、公園の中に小さなふれあい動物園やらカフェスペース。アヒルのボートや噴水広場。もっと奥に行けばアスレチックまで設置されている憩いの場だ。
 大学のテニスサークルなんかはこの公園のテニスコートでミニゲームなんかもしているらしい。普段ここを通り抜けるように通学していたから気が付かなかったが、通学路に使っていた公園内の広いスペースは陸上競技のトラックにもなると聞いたのも最近だ。というか、現在進行形で隣同士でベンチに腰掛ける親友、永生に聞いた。

「お前、ここらに住んでねえのになんで詳しいの。運動部でもねえくせに」
「女子から逃げてるうちに開拓した。ここは逃げる場所が多いからな、虫の多いこの時期なんかは特に重宝する」

 永生は冗談みたいに整った顔に憂いをのせながら、青色吐息を漏らす。

 志倉永生しくらえいせいは王子様だ。もちろん比喩だが、そう呼ばれるくらい実に上出来な顔をしている。
 同じ大学に通っているからこそわかるが、永生に対する女子の扱いがギャグ漫画のようで見ていて辛いのだ。隣を歩く俺に全く被害がないのは、おそらく永生の存在感に透けて見えていないからに違いない。
 海は割れないが女子は囲む。さながらモーゼの十戒のような通学を見せつけられて、揶揄ってやろうと意気込んだ俺率いるモブ男子が目にした王子様。それは、疲弊した体を引き摺って下山したのに、山頂に財布を置き忘れましたといわんばかりの絶望顔でトボトボ通学をする永生の姿だった。

 女子にとっては憂い顔のイケメンだと思うだろうが、俺たちモブはすぐに揶揄うのを取りやめた。あの時モーゼ通学に押し入るように助け出した俺の心境としては、火事で逃げ遅れた子犬を助け出す消防士ばりに必死であった。実際永生もしっかりと胸に飛び込んできやがった。初対面の俺の肺から酸素を奪い取る勢いで。

「あ……」
「なんだ、時間か?」
「あ、ま……そんなとこだな……」

 男にしては少し長めの亜麻色の髪のその奥で、永生が陶磁器のように滑らかな頬を淡く染めた。
 隣に座る俺だからわかる。永生の体温が上がったのだ。真ん中を陣取るように置いていたペットボトルへと行き場のない手が触れる。著名な彫刻家の造形のようにすべらかで形のいい指先に、汗をかいたペットボトルの水滴がじわりと馴染む。
 長い睫毛に縁取られた、濡れた薄茶の瞳が真っ直ぐに向けられる。公園の、巨人の足跡みたいに大きな池を挟んだ対角線上に、永生が淡い恋心を向ける人物がいた。

「今日は緑の俊足だ……!」
「お前の視力はマサイ族か」

 はぁああ……!と猫の手のように丸めた指で口元を覆う。永生の恋愛対象だけは、絶対神様が片手間の匙加減で作ったに違いない。
 俺の目には到底捉えることのできない緑の俊足に反応を示した永生は、世の女子が向けられたら卒倒するであろう切なそうな表情で熱視線を送る。
 モーゼ通学からの救出をしてから妙に懐かれた俺が、永生に親友認定を受けてから一月。好きな人がいるんだと口にされてから浮かれたのも事実。永生の隣に居座り続けたOREに恋する5秒前ですかと、大いに勘違いをさせるようなシチュエーションで宣いやがった愛の告白は、名前も知らぬ俊足の君の話であった。

「俺お前に好きだって告白される気満々だったんだけどお」
「茂田はだめだ。育ちすぎてて可愛くない」
「今のお前の発言で全てを理解した」
「あああセミ探してるセミ俺セミになりたい茂田ああ!!」
「顔怖いよ顔!!」

 永生は眼球全体で捉えようとしているのかと言わんばかりに目を見開いた。
 俺の勘違いから始まりかけた永生への恋心ですら一瞬にして霧散させる勢いで、永生はセミになりたいと言った。どうやらご執心の少年が虫取りに熱意を向けているらしい。
 絶対に視界の真ん中に収めたいらしい永生の顔の動きだけで、少年がどこにいるかがわかるのだ。涙を流すほどなら瞬きくらいはしろと思うが。

「…………」
「永生さあ、あの少年からしてみれば俺たちなんておじさん扱いだぜ。いいかげん恋愛対象の年齢引き上げたら」
「……今の言葉で俺たちの友情に罅が入ろうとしているがいいのか」
「今の親友としてのアドバイスだったつもりなんだが!?」

 豆腐しか食ってなさそうな白い歯で下唇を噛み締める。異世界から転生してきたのかというほど上出来な男が、こんなに拗らせた恋をしていると知れば、世の女子はどんな反応を示すのだろうか。

「そんなに気になるなら話しかければいいだろ」
「事案になったらどうするんだ俺が彼に話しかけて通報されたらお前は庇ってくれるのか嫌われたら俺は死んでしまうかもしれないお前は人殺しになる覚悟はできているのか」
「ねえ初対面で何を話す気でいるの!?」
「ア゛ーーーーー!!!!」
「忙しないな今度は何!?」

 見事な発狂っぷりに小鳥達が羽ばたいていく。
 人通りが少ない場所を選んで発狂しているあたり、日頃の永生の危機管理能力が発揮されている。それよりも小学生の彼が見える位置で人気のないところを知っている方が……まで俺の思考が回転しかけて、怖くなって考えることをやめた。例えるなら親が善意で掃除した自室で、ギチギチに巻かれた光ファイバーを見つけた時と同じ感覚だろう。想像するだけで目を背けたくなる。

「俊足の君が……セミを追いかけて消えた……」
「そりゃ飛ぶし」
「四分三十八秒の邂逅……」
「本のタイトルにそんなんありそう」

 胸を押さえて蹲る。本当に推しを見つけて人格が狂う奴ってこの世にいるんだなと思った。
 面倒くさくなって、尻ポケットからタバコを取り出した。今は電子が流行っているけど、見栄えもかねて紙煙草が好みである。ヒイヒイと死にそうな呼吸をしている隣の永生に目を向ければ、人ってこんなに美しい涙を流せるのかと思うほど、綺麗な顔で泣いていた。

「お前の少年に対する好きって」
「全部の少年が好きなんじゃない俊足の君が好きなんだ」
「うんごめん。で、なんで俊足のき」
「彼は、俺のヒーローだから……」

 あ、これめんどくさいやつや。
 つけたばかりの火種がじゅわりと煙草を短くする。
 曰く、女子から逃げている最中に、公園の遊具の中に匿ってくれたらしい。バリバリ公共の遊具をシェアしただけじゃんと野暮を言えば、間違いなく友情は終わるだろうから言わないが。
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