友人の恋が難儀すぎる話

だいきち

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「俺が九才の頃は、あんなに男らしく人を守ることができなかった。跋扈ばっこする女の圧力にも負けずに、彼は演技まで打ってくれて」
「跋扈とかいうな」
「茂田にも見せてあげたかった。彼の俊足捌きを」
「俊足捌きって何」

 要約すると、逃げてた永生を匿ったのち、一緒に走って公園の外へと逃がしてくれたそうだ。俺からしてみれば少年の遊び場という名のナワバリに居座る大人を追い出したかっただけに思えるのだが違うのだろうか。

「あの対角線上のブナの木からここまで大回りをしても、少年の俊足捌きなら十分もかからないだろう。となると俺はそろそろ腰をあげて移動しなくてはいけないな」
「あれってブナの木なんだ」
「彼の視界に入るのは御法度だ。今の俺は心臓が落ち着かない。だから一度戦線を離脱したいと思う」
「御法度だって自分で言い聞かせてるのにわずかな理性を感じるわ」

 そんな、親を殺されたみたいな顔で悔しがらなくてもとは思うのだが。どうやら近くのカフェスペースに移動しようという話らしい。いつまでも硬いベンチに腰掛けるつもりは毛頭ないので、そこはありがたくのらせていただこうと思う。
 永生は鞄から取り出した野球帽を目ぶかにかぶり、黒縁の眼鏡をかける。怪しさが際立つ変装をしているはずなのに、芸能人のお忍びに見えるという変な目立ち方をしている。
 永生が立ち上がる。悔しいことに、隣に並ぶと永生の方が背は高い。モデル顔負けの八頭身、中性的な顔立ち。物静かで涼やかな目元が色っぽいショタコン。いや最後がどうしても全てをダメにしてしまう。
 もはやどこで永生との恋の可能性を見出してしまったのかもわからなくなってしまった。普通に見るだけで十分ですわと自己完結をしていた俺の目の前で、永生が飛んだ。え?

「え?」

 もしかしたら本当に人ではないのかもしれない。永生は手負の獣じみた警戒心を剥き出しにして木の上にいた。あの一瞬で、長い手足を駆使して登ったらしい。
 永生のいいところに運動神経も追加した俺は、今にも毛を逆立てそうな永生に聞くまでもなく理由を理解した。

「わぁあぁあーーーい!!」
「おーおー若い子は元気だねえ……」

 キャラキャラと鈴を転がすような笑い声とともに、一塊の小学生が木の下を駆け抜けていった。そうだ、前を向いて走れよ少年。木の上には怖いお兄ちゃんがいるからね。
 あの中に俊足の君が混じっていたのだろうか。小学三年生くらいだろう男の子達の小さな背中を見送りながら、吸い終えた煙草をもみ消す。
 永生はというと、薄茶の瞳を爛々に輝かせながら見下ろしてくる。おい嘘だろ降りれませんとかいうつもりか。

「えいせ」
「また女から逃げてんのおじちゃん」
「い」

 小学生とは思えない気配の消し方で隣に立つ少年に気がついて、思わず情けない悲鳴を上げるところであった。恐る恐る見下ろせば、紅白帽を宇宙戦士のように被る少年がそこにいた。
 外国の血が流れているのだろうか。西洋人形のように整った顔立ちに、引き込まれるような榛色の瞳が印象に残る。大人になったら人間関係で随分と苦労しそうだなと思ったのは、永生を知っているからだろう。
 ジジジジジ、と少年の握りしめる引くほどでかいセミが震えている。頼むからそれを解き放たないでくれよと願う俺を知ってか知らずか、少年は木の上の永生から俺へと視線を移した。

「おじちゃん、おじちゃんの友達?」
「木の上のおじちゃんとなら友達だ」
「なら、早く公園でた方がいいよ。最近ここら辺、おじちゃん探してる女の人いるみたいだし」
「えっ」

 どうやら本当に、永生のいうとおり少年は守ってくれていたようだ。ギョッとした顔をする俺へと、子供に似つかわしくもない笑みを返した少年は、再び木の上の永生へと目を向けた。

「おりれる?」
「な、名前を教えて……」
「おい、それは今聞くことじゃねえだろう」

 永生は木の幹にしがみつくようにして、震える声で呟いた。オーストラリアのコアラだって、そんなに木に密着はしないだろうに。
 不審者じみた永生の言葉に、少年は不思議そうに首を傾げた。まるで、それを知って何になるのと言わんばかりだ。

「ともき」
「俺がいうのも変だけど、あんま知らない人に名前教えない方がいいよ……」
「好きな食べ物は、魚肉ソーセージ」
「好きな食べ物まで教えちゃうんだね……」

 魚肉……ソーセージ………、と空気を震わせて悦に浸る永生がそういう妖怪に見えてきた。
 残念な王子様具合をギネスも真っ青な勢いで更新していく友人が心配なんですと、どこかに投書で相談したくなってきた。

「大人の人呼んでくるから、降りれないならおとなしくしてて。おじちゃんは落ちないように見張ってて」
「いや俺も一応大人なんですけど」
「俺の知ってる大人の人連れてくるから!」
「アッハイ」

 ともき君に念を押されて動けなくなった。力強い言葉だった。久しぶりに聞いたわ、大人の人連れてくるって言葉。
 頭上ではあはあしている永生の息遣いが怖い。マイナスイオンを感じてもいいはずの環境なのに、本当の意味でのマイナスな何かがビンビンに出ている。
 
「ともき……なんてしっかりしてるんだ……」
「頼むからお前もしっかりと地に足つけてくれよ」
「本当に降りれなくて困ってるどうしよう」
「何も言えなくて草……」

 ともき君の心を落とす前にお前が物理的に落ちてくれと思ってしまった。
 小さな永生のヒーローが戻ってくるまでに、煙草一本分の時間を要した。その間永生はまだはあはあとしていたが、幸い木と同化していたせいか通行人に悲鳴を上げられる羽目にはならなかった。
 永生の喉がヒュッとなる。わかりやすい合図に前を向けば、小さなともきくんが大きな大人を連れて走ってくる姿があった。
 頬を赤く染めた、魚肉ソーセージが好きなともきくんが急いで連れてきたのは、確かに誰から見てもしっかりしている大人であった。

「おまわりさんこっちです!!」
「何やってるのお兄さんそんなところで!!」

 ともき~~!!と心の中で悲鳴を上げたのは許してほしい。何も間違ってはいない。何も、本当に間違ってはいないし、ともきは本当にしっかりしていると脱帽してしまうが、その大人はまずいんだって!!

猟犬が鋭い嗅覚を駆使して獲物を狙うように、警察官は鋭い視線を木の上の永生へと向けた。
 太い木の幹に、コアラさながらしがみつく永生は、メンタルだけでなく顔色まで豆腐のようになっている。

「あなた友達? どうして木登り止めなかったの! 禁止って書いてなくても、公園の木は自然公園保護法で守られている場所もあるんだからね!」
「止める間もなかったんです、飛び上がったんですこいつ」
「国体選手でもなければこんなに跳躍できるわけないでしょ! 君の友達は妖怪か? 違うでしょう! つくならもっとまともな嘘をつきなさい!」
「んぎぃ……!」

 だって本当に飛んだんだもん!!!!と声を大にして叫びたかった。
 頭上で申し訳なさそうに俺を見下ろす永生の視線に向っ腹が立つ。どないせーちゅうんじゃと歯茎を剥き出しにして威嚇してしまったのは許してほしい。
 警察官が渋い顔で永生を見上げる。公園の用具室から梯子を取りに行かなきゃいけないと面倒臭そうにぼやく姿を前に、俺もお前と同じ気持ちだよと突っかかりたくなったその時だった。
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