狼王の贄神子様

だいきち

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本当の気持ち

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 何を言っているんだろうと思った。
 ティティアは目の前で楽しそうに笑うヴィヌスを前に、キョトンとした顔をした。その名を知らないわけでもない、ただ、見たこともない男を前に、どうしていいかわからなかったのだ。

「えっと、これ……とって欲しいんだけど」
「それは出来ない相談だ。だって僕は君とお話をしたいし、逃げるかもしれないし?」
「ヴィヌス、は……俺を連れ去って何がしたかったの」

 見れば、同じ年嵩くらいだ。もしかしたら、話せばわかるかもしれないという期待があった。
 目前の読めぬヴィヌスを前に、少しでも状況を良くしようと思ったのだ。それでも、ティティアの困惑は拭えなかった。

「俺ね、今までもずっとこうしてきたんだ」

 一本の縄のように長い三つ編みを、ヴィヌスが揺らすように歩み寄る。拘束されたティティアの足を挟むように跨ぐと、グッと顔を近づけ見下ろした。

「一緒に帰ろう、ティティア。神の国へとさ、俺たちのヴィヌス神に許してもらうためにも」
「……ヴィヌスは、いったい誰なの」
「一つ言えるのは、この身は今生の仮初の姿さ。だけど、始祖にこの魂を許してもらうためには、君を連れて行かなきゃいけないんだ。今までどおり、いや違うな。あるべき場所に戻すために?」
「ごめん、何を言ってるかよく、わからない」

 ヴィヌスのふしばった手のひらが、そっとティティアの両頬を包み込む。そのまま目線を合わせるように腰を落としたかと思うと、にっこりと微笑まれた。

「うん、だから一緒に死んでってこと」
「う、っ……」

 あっけらかんと言ってのけた。ヴィヌスの影から黒い蛇が姿を現す。顎の下を不自然に広げたそれは、砂漠に潜む魔物の一つであった。
 細長い体が、ヴィヌスの腕に絡むようにしてティティアの目の前まで迫る。長い牙を剥き出しにするように威嚇するその獰猛さに、思わず体をこわばらせた。

「とは言っても、選択肢もあるけどね」

 息を詰めたティティアに満足をしたのか、ヴィヌスは楽しそうに笑う。
 蛇はそれ以上威嚇をすることもなく、シュルシュルと首に巻き付くと、ヴィヌスの胸元から窺うように赤い目を向けていた。
 緊張感で体を固くしたまま、瞳だけを動かした。死を唐突に突きつけられた体が、動きを鈍くするのは当たり前であった。
 ティティアの様子を気にもかけず、ヴィヌスは困ったと言わんばかりに肩をすくめる。わざとらしい演技の向こう。その瞳の鋭さだけは変わらないままであった。

「カエレスには一人で生きてて欲しいんだ。どうせ寿命で死ぬし、今回の嫁入りは本当に誤算なんだ。だってまさか供物が逃げるとは思わないじゃない?」
「ま、待ってよ、それってつまり」
「ああ、今までのオメガはみんな知らないのか」

 子孫を残さなければ、カエレスは死ぬんだよ。そう言って、ヴィヌスは笑った。
 
「君は頭がいいねティティア。だから、自分の人生を諦めなかった。結果的に、周りに迷惑はかけたけど」
「あ、アテルニクスからきたの」
「違うよ、アテルニクスにもいるんだよ。もう神の番いに手を出される愚かはしたくないじゃん、君達にくっつかれると困るんだ」

 薄い腹に、ヴィヌスが手を添える。ティティアの子宮がある位置まで撫で下ろすと、グッと力を込めて押し込んだ。
 圧迫感に、息を詰める。ティティアが体を捩るように抵抗をすれば、ヴィヌスは腹を押し込むように動きを抑えた。

「ねえ、発情期はまだ?」
「っ、くるし、どいて……」
「まだかって聞いてんの。ねえ、もうカエレスとはエッチした? その腹にガキ孕んだか聞いてんだよ」

 腰の上で弾むように、手で圧力をかけてくる。明確な悪意を向けられて、初めて恐怖が身を苛んだ。ヴィヌスの妊む静かな盲信、それは神と同じ名を纏うからこそなのだろうか。
 
「い、いやだ! 俺からカエレスを取り上げないで……!!」
「へえ」

 ティティアの悲鳴混じりの声に、ヴィヌスは口元を釣り上げるようにして笑みをこぼした。動きを止めた目の前の存在が、今はただ恐ろしかった。
 ヴィヌスの手のひらが、力を緩めた。腹を優しく撫でるように、そっと服を捲る。長い髪が地べたにつくのも気にもとめずに、ティティアの瞳を覗き込むように顔を近づける。

「この場所で生きるのは、間違いなのに?」
「俺、か、カエレスの、血をつなげたいっ……から……」
「それがすり込みだとしても?」

 夕焼け色の瞳に涙を滲ませたまま、ティティアはただ真っ直ぐに見つめ返した。
 すり込みではない。カエレスへ向ける気持ちは、決してまやかしなんかじゃない。
 ヴィヌスの囁きに、気持ちが否定されるようで辛かった。なにより、カエレスの隠していた真実に触れて傷ついたことで、ティティアは己の心の本当を知った。

(俺……、まだカエレスに好きだっていってない)

この気持ちは、嘘偽りのない本物だ。

 ヴィヌスの手のひらが、ゆっくりと喉元を撫でる。このまま首を絞められるかもしれないと、思わず目を瞑った時だった。

「子を宿したなら、死んでもらう」
「っ、」

 冷たい言葉が落ちて、乱暴な手がティティアの頭飾りを鷲掴んだ。それをもぎり取ると、ヴィヌスは見せつけるように二つに割ってみせた。

「なんでこれをつけてるか知ってる?それは、逃げた神子を始末するときのためなんだよ」
「何、それ……」
「まさか使うとは思わなかったけど、まあそういうこともあるよね」

 ヴィヌスの手には、頭飾りだったものが握られていた。耳をふたつに押し開くように生まれた短剣は、部屋に唯一ついているランタンの光を浴びて、鈍い光を放っている。
 与えられた装身具は、身を守るものではなかったのだ。己の命を脅かす。生贄のために作られたもの。
 怯える瞳を前に、ヴィヌスは柔らかく微笑んだ。

「愚かで可愛らしいね。きっと、この国では生きるのも辛いでしょ」
「や、やめて……っ腹だけは……っ」
「呪いの子を増やすな。これはヴィヌスの思し召しだ」
「……っ」

 ヴィヌスの握りしめる短剣がゆっくりと持ち上がる。
 子宮を壊されたら、きっと子供は孕めない。カエレスの命を繋ぐことはできないだろう。
 見慣れた飾りが、凶器に変わる。
 ティティアがカエレスのためにできることは、子供を産むことだけなのに。それすらも許されないというのか。
 もうダメだと、ティティアがキツく瞼を閉じた時だった。

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