狼王の贄神子様

だいきち

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生きるということ

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 ウメノの言葉は、ティティアを戸惑わせるには十分だった。
 強制的に誘引された発情期。それが、どれほど危ういかを理解していない。己の体への知識が足りていないのだ。
 いつになく真剣な表情のウメノを前に、ティティアは逃げるように視線を逸らした。

(それでも、俺は……)

 今ここに、カエレスがいない理由。それは、不安定に発情期を誘引されたティティアを、カエレス自身から守るためだ。それくらいは、頭が良くなくてもなんとなく理解した。
 それでも、発情期に当てられたカエレスが、力を制御できないまま襲うのを恐れているように、ティティアもまた、カエレスの寿命が削られることを恐れていた。
 ウメノの視線が、ゆっくりと扉へと向く。その向こうに、今カエレスがいるのだろうか。

「……今、ティティアに会ったらまずいことは、カエレス様が一番理解してるよ。ここに戻るまで、ほんと大変だったんだから」
「あ」
「でっかい体で抱き込んで、気絶するお嫁様を離そうとしないから、引き剥がすのにも三人がかりでさ」

 見れば、ウメノの体のあちこちに、細かな傷が見て取れた。この場にいないロクやハニも、もしかしたら同じように怪我をしているのかもしれない。
 ティティアの知らないカエレスの様子を聞いて、少しだけ泣きそうになった。
 蛇毒を食らった体なら、カエレスの命の為にもすぐに死なせないように動いたほうがいいに決まっている。
 それなのに、カエレスはティティアを離さなかった。子を成さねば己が死ぬとわかっていながら、ティティアだけに捕らわれた。己の命をないがしろにするほど、カエレスは気が動転したのだ。

 生きるために逃げた。ウメノのいう通り、ティティアは生きたかったからここにきた。だけど今は、この命をまっとうに生きたいと思っている。
 カエレスの命を繋げたい。生きるのが下手くそなティティアに、たくさんの嬉しいを教えてくれたカエレスの為に。
 
「あい、たい……」
「は?」
 
 ぽつりと呟いた。それが、今のティティアの何よりも強い願いだった。
 ウメノが、カエレスが。中途半端なこの体を労ってくれているのはもちろん理解している。
 今カエレスに抱かれたら、きっとティティアは壊れる。己が周りの心配をよそに、どれほど思慮の浅い言葉を口にしているのかも十分に自覚した上で、ティティアは今すぐカエレスに会いたかった。
 予想外の言葉に呆気にとられていたウメノが、なにかを感じるかのようにびくりと体を跳ねさせた。
 色違いの瞳が、焦るように扉の方へと向けられた。床との僅かの隙間から、滲み出た影が静かに床に伸びていた。

「……ダメだ、強制的に誘引された発情期は、オメガの体に負担がかかる。侍医としてこの状況での行為は認められない」
「お、俺……俺は、会いたい。会いたいよカエレス……っ」
「ティティア、君の気持ちはわかってる。だけど、この状態だと初めての体には負担が」
「嫌だ……っ、一緒にいて……っ」

 これはきっとわがままだ。それでも、ウメノを遮るように叫んだ言葉に嘘はない。怖いのは嫌だ、もう、一分一秒でも惜しいのだ。これ以上、優しい体温を教えてくれたカエレスの寿命を、無駄にして欲しくはない。
 天井を仰いだまま、手で顔を隠すようにして涙を流す。そんな姿が、どう映ったかはわからない。
 それでも優秀な侍医であるウメノが、何かを諦めたようにちいさく息をついたその時。
 大きな気配は部屋の中を満たすように広まった。

「う、っ」

 体の内側で、大きな音が反響した。そう思うくらいの鼓動を感じたのだ。
 思わず漏れた声は、ティティアの体の変化を知らしめる。
 夕焼けの瞳が見開かれ、体の奥に熱が灯るように、異常な速さで体温が上昇した。
 蛇に噛まれたあの時と同じか、それ以上の感覚だ。広い部屋なのに、窮屈感を感じるほどに息苦しい。
 
「ひ、ふ……っ……」
「これが、続くんだよ。病み上がりの体で、耐えられるの……」
「う、ぅう?う……っ」

 言葉が音として認識できない。眼の前がチカチカとはじけて、細い体はせわしなく胸を上下させる。助けを求めるように見上げたウメノの背後から、ずるりと大きな影が姿を表した。
 アモンとはちがう。大きな存在は金糸水晶の瞳を光らせてウメノの口を塞いだ。

「ぅくっ」
「もういい、あとは私が見る」
「……!!」

 威圧を放つのは、影から姿を表したカエレスだった。ウメノの強張った表情が、すべてを物語る。
 ティティアを見つめているのはカエレスの筈なのに、その瞳にいつもの穏やかさはなかった。

(おこ、ってる……?)

 熱に浮かされるまま、カエレスを不安げに見上げる。そんな様子を前に、心配げな瞳をティティアに向けたウメノが、こらえるように表情を歪める。
 大きな手を口から外すと、ウメノはカエレスへと向き直る。小さな背中で庇うように立つ姿は、侍医としての責任を感じているかのようだった。

「僕がさっきカエレス様に話したことは?」
「壊さない、労る。これは治療」
「よろしい。ティティ……お嫁様も、嫌だったら悲鳴を上げて。助けには、来れないかもだけど」

 自信がない。そんな具合にウメノは宣う。その言葉は、カエレスと過ごす時間が想像を超えるものであると示唆していた。
 呼吸もままならないのに、返事ができるわけもない。ティティアは己の意思では止まらなくなった涙を枕に染み込ませながら、弱々しく頷いた。
 
(なんでもいい、なんでもいいから、はやく)

 言葉にならないティティアの声が漏れた瞬間、ウメノの背後から炎と共に現れたアモンが、大慌てで小さな体を回収していった。
 カエレスの大きな手のひらが、ティティアの上掛けを掴むように引き剥がす。あ、と思った頃にはもう遅く、先程まで見上げていた天井は、カエレスによって塞がれていた。



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