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サディンは目の前で起きたことが信じられないと言わんばかりに、目を見開いたまま硬直した。自分がうだうだしていたせいで、眼の前の大切にしてきたものが奪われていく。
ごうごうと燃える炎は、不思議なことにそれ以上燃え広がることはなく、そしてその白く高温の炎は、まるで昼間のような明るさを屋敷の中に齎しながら、火花一つ挙げることなく綺麗に燃え上がっている。
「み、…」
「サディン、これは、」
「ミハエル、ミハエル…!!!」
ジルバの隣で、ぶわりと魔力が膨らんだ。あわててサディンを見ると、その豊かな髪をざわめかせながら、まるでナナシと同じ大きな狼のような耳を現した。付け根の位置に徐々に魔素が集まっていく。雄々しい角が形成されると、サディンの金の瞳がより透明度を増した。
「あ、おい!」
一息に白炎に近づくと、結界を展開させた。ウィルのほうが大分うまいのだけれど、四の五のは言っていられない。差し向けた手の先から、まるで皮膚がめくれ上がるかのようにして、その腕を龍の鱗が覆う。額から目元にかけてその赤毛が獣化していくように皮膚に走ろうとしたとき、まるで破裂するかのように白炎は引き千切られて消え去った。
「ーーーーー、っおまえ!」
中から血相を変えて出てきたのは、他でもないサリエルであった。獣の姿に転じていたらしい。黒い体毛に炎の鬣の雄々しい獅子がミハエルの前で警戒するように体制を低くする。
その黒く、そして赤い動向がゆらゆらと揺れると、漸くサディンが御使いの息子だと納得したらしい。先程までの不遜な態度は鳴りをひそめ、まるで追い詰められるかのようにじりじりと後退りをした。
「さ、ディンくん?」
ミハエルの呆けた声を、サディンの耳が拾った。その大きな耳がピクリと震え、ミハエルの方に向く。サディンは中途半端に転化した状態で呆然とした顔でミハエルを見ると、その胸に刻まれた愛し子の証を見てびきりとこめかみに血管を走らせた。
「ひぎ、っーーーーぎゃっ、ああ!!」
「やめろ、サディン!」
ふわりと風が舞ったかとおもうと、後退りをして怯えていたサリエルの首を鷲掴かんだサディンが、屋敷の壁ごと突き破るようにしてミハエルから距離を離した。
背後で、まるで爆発が起きたかのような煙が上がると、漸くミハエルは何が起きたのかを察したらしい。真っ青な顔をして振り向いた。
「サディンくんやめて!!」
「みは、み、みはぇ、る!!」
サディンによって首を押さえつけられたサリエルが、悲鳴を上げながらミハエルの名を呼ぶ。繋がったことで、サリエルの怯えや恐怖がどんどんとミハエルに流れ込んでくる。ジワリと目の奥が熱くなる。この涙はサリエルのものなのか、自分の物なのかわからなかった。
面倒くさそうに舌打ちをしたジルバが二人に駆け寄る。あわててミハエルもそれに続くと、振り上げられた腕は、不思議な色合いの鱗で覆われていた。
「触るな!!」
「っ、ぅあ」
バチンと弾けたのは、サディンの魔力の残滓だ。苛立ちがそのまま視覚化したかのような揺らぎがサディンの身にまとわりつく。ミハエルの袖の生地が破け、白い皮膚が赤くなる。とても純度の高い魔力が、その肌に火傷の痕を残した。
「ミハエル!!ぎゃっ、」
「動くなドラ猫。俺はまだお前を許してはいない。」
捻れた角を隠しもせずに、獅子の姿を取ったサリエルを赤子の手をひねるかのようにたやすく御する。ジルバが慌てた様子でサディンに駆け寄るよりもはやく、その横をミハエルが通り抜けた。
「僕が、いいって言ってる!!」
「っ、」
今にもサリエルを殺してしまいそうだったサディンの立派な角を、ミハエルがむんずと掴む。突然がくんと首が後ろに下がったサディンがサリエルから離れた隙きを見て、まるで床を這うかのようにして体の下から抜け出した。
「僕が、自分の意志で愛し子になるって決めたんです!!」
「ミハエル、」
ぽかんとした顔で、角を掴まれたままのサディンが戸惑う。だらしなく足を崩して座るように尻餅をついたその体制で、呆気にとられて見上げたミハエルは、目に涙をためて怒っていた。
サリエルはよほどこわかったらしい。尻尾を股の間に挟むと、その巨躯をミハエルの背後に縮こませる。頭の痛そうな顔をしたジルバが、驚きすぎて声も出ないサディンの頭をぱこんと叩いた。
「バカ者、いくら御使いの息子とはいえ、神殺しなぞしたら一気にナナシの神格も落ちるぞ。それをわからぬほど、お前は愚かか。」
「くそ、」
「ミハエルが止めたから良かったがな。怒りに我を忘れるなどお前らしくもない。」
サリエルはサディンが御使いの息子であると理解すると、途端にしおらしくなってしまった。まだ若い一柱は、ヘレナに叱られる思ったのだろう、ミハエルの中に流れ込んできた怯えは、大人しくなった獅子のサリエルの感情であった。
「ジルバ様、ヘレナ様にはご報告なさらないでください、とサリエルが…具合悪そうになってます。」
「はあ、まあ言わずとも彼女なら見ていると思うが…まあいい。」
ぐる、とミハエルの手のひらに頭を押し付けたサリエルは、ちろりとサディンを見つめる。頭を軽く振って転化を解いたサディンが、酷く疲れたような顔でミハエルを見上げた。
「お前、なんで愛し子なんかなった。」
「答えたくありません。」
「ミハエル。」
「じゃあ聞きますが、なぜ貴方は僕の為にあそこまで怒ってくれたのですか。」
サディンの顔を真っ直ぐに見つめると、ミハエルは震える手を誤魔化すように握り込む。期待してはだめだとわかっていても、サディンがあそこまで取り乱してくれた理由が、ミハエルは知りたかった。
サディンは瞬きをしたかと思うと、そっと目を反らす。そのはっきりとしない態度は、口にしたくないと突き放されているような気になってしまった。
「…仕事の途中で迷惑をかけてすみません。任務は引き続き承ります。」
「俺は、」
「弟ですもんね、しつこくてすみませんでした。」
サリエルがミハエルを見上げる。その心の内がざわめいているのを敏感な感じ取ったのだ。ぶわりと元の人型に戻ると、そっとミハエルの腕を掴む。
「お前、くるしいのか。俺のせい?」
「いいえ、サリエル。僕の信仰が必要なら、手伝ってくださいね。」
「いいよ、神は何にも縛られない。だけど、ミハエルは甘やかしてあげてもいいですね。」
ちらりとサディンを見つめる、見慣れた部下の姿にちいさく舌打ちをする。それに反応したらしい、ぼっと尾の先の炎を大きくすると、サリエルはバツが悪そうにミハエルの影に隠れた。
ごうごうと燃える炎は、不思議なことにそれ以上燃え広がることはなく、そしてその白く高温の炎は、まるで昼間のような明るさを屋敷の中に齎しながら、火花一つ挙げることなく綺麗に燃え上がっている。
「み、…」
「サディン、これは、」
「ミハエル、ミハエル…!!!」
ジルバの隣で、ぶわりと魔力が膨らんだ。あわててサディンを見ると、その豊かな髪をざわめかせながら、まるでナナシと同じ大きな狼のような耳を現した。付け根の位置に徐々に魔素が集まっていく。雄々しい角が形成されると、サディンの金の瞳がより透明度を増した。
「あ、おい!」
一息に白炎に近づくと、結界を展開させた。ウィルのほうが大分うまいのだけれど、四の五のは言っていられない。差し向けた手の先から、まるで皮膚がめくれ上がるかのようにして、その腕を龍の鱗が覆う。額から目元にかけてその赤毛が獣化していくように皮膚に走ろうとしたとき、まるで破裂するかのように白炎は引き千切られて消え去った。
「ーーーーー、っおまえ!」
中から血相を変えて出てきたのは、他でもないサリエルであった。獣の姿に転じていたらしい。黒い体毛に炎の鬣の雄々しい獅子がミハエルの前で警戒するように体制を低くする。
その黒く、そして赤い動向がゆらゆらと揺れると、漸くサディンが御使いの息子だと納得したらしい。先程までの不遜な態度は鳴りをひそめ、まるで追い詰められるかのようにじりじりと後退りをした。
「さ、ディンくん?」
ミハエルの呆けた声を、サディンの耳が拾った。その大きな耳がピクリと震え、ミハエルの方に向く。サディンは中途半端に転化した状態で呆然とした顔でミハエルを見ると、その胸に刻まれた愛し子の証を見てびきりとこめかみに血管を走らせた。
「ひぎ、っーーーーぎゃっ、ああ!!」
「やめろ、サディン!」
ふわりと風が舞ったかとおもうと、後退りをして怯えていたサリエルの首を鷲掴かんだサディンが、屋敷の壁ごと突き破るようにしてミハエルから距離を離した。
背後で、まるで爆発が起きたかのような煙が上がると、漸くミハエルは何が起きたのかを察したらしい。真っ青な顔をして振り向いた。
「サディンくんやめて!!」
「みは、み、みはぇ、る!!」
サディンによって首を押さえつけられたサリエルが、悲鳴を上げながらミハエルの名を呼ぶ。繋がったことで、サリエルの怯えや恐怖がどんどんとミハエルに流れ込んでくる。ジワリと目の奥が熱くなる。この涙はサリエルのものなのか、自分の物なのかわからなかった。
面倒くさそうに舌打ちをしたジルバが二人に駆け寄る。あわててミハエルもそれに続くと、振り上げられた腕は、不思議な色合いの鱗で覆われていた。
「触るな!!」
「っ、ぅあ」
バチンと弾けたのは、サディンの魔力の残滓だ。苛立ちがそのまま視覚化したかのような揺らぎがサディンの身にまとわりつく。ミハエルの袖の生地が破け、白い皮膚が赤くなる。とても純度の高い魔力が、その肌に火傷の痕を残した。
「ミハエル!!ぎゃっ、」
「動くなドラ猫。俺はまだお前を許してはいない。」
捻れた角を隠しもせずに、獅子の姿を取ったサリエルを赤子の手をひねるかのようにたやすく御する。ジルバが慌てた様子でサディンに駆け寄るよりもはやく、その横をミハエルが通り抜けた。
「僕が、いいって言ってる!!」
「っ、」
今にもサリエルを殺してしまいそうだったサディンの立派な角を、ミハエルがむんずと掴む。突然がくんと首が後ろに下がったサディンがサリエルから離れた隙きを見て、まるで床を這うかのようにして体の下から抜け出した。
「僕が、自分の意志で愛し子になるって決めたんです!!」
「ミハエル、」
ぽかんとした顔で、角を掴まれたままのサディンが戸惑う。だらしなく足を崩して座るように尻餅をついたその体制で、呆気にとられて見上げたミハエルは、目に涙をためて怒っていた。
サリエルはよほどこわかったらしい。尻尾を股の間に挟むと、その巨躯をミハエルの背後に縮こませる。頭の痛そうな顔をしたジルバが、驚きすぎて声も出ないサディンの頭をぱこんと叩いた。
「バカ者、いくら御使いの息子とはいえ、神殺しなぞしたら一気にナナシの神格も落ちるぞ。それをわからぬほど、お前は愚かか。」
「くそ、」
「ミハエルが止めたから良かったがな。怒りに我を忘れるなどお前らしくもない。」
サリエルはサディンが御使いの息子であると理解すると、途端にしおらしくなってしまった。まだ若い一柱は、ヘレナに叱られる思ったのだろう、ミハエルの中に流れ込んできた怯えは、大人しくなった獅子のサリエルの感情であった。
「ジルバ様、ヘレナ様にはご報告なさらないでください、とサリエルが…具合悪そうになってます。」
「はあ、まあ言わずとも彼女なら見ていると思うが…まあいい。」
ぐる、とミハエルの手のひらに頭を押し付けたサリエルは、ちろりとサディンを見つめる。頭を軽く振って転化を解いたサディンが、酷く疲れたような顔でミハエルを見上げた。
「お前、なんで愛し子なんかなった。」
「答えたくありません。」
「ミハエル。」
「じゃあ聞きますが、なぜ貴方は僕の為にあそこまで怒ってくれたのですか。」
サディンの顔を真っ直ぐに見つめると、ミハエルは震える手を誤魔化すように握り込む。期待してはだめだとわかっていても、サディンがあそこまで取り乱してくれた理由が、ミハエルは知りたかった。
サディンは瞬きをしたかと思うと、そっと目を反らす。そのはっきりとしない態度は、口にしたくないと突き放されているような気になってしまった。
「…仕事の途中で迷惑をかけてすみません。任務は引き続き承ります。」
「俺は、」
「弟ですもんね、しつこくてすみませんでした。」
サリエルがミハエルを見上げる。その心の内がざわめいているのを敏感な感じ取ったのだ。ぶわりと元の人型に戻ると、そっとミハエルの腕を掴む。
「お前、くるしいのか。俺のせい?」
「いいえ、サリエル。僕の信仰が必要なら、手伝ってくださいね。」
「いいよ、神は何にも縛られない。だけど、ミハエルは甘やかしてあげてもいいですね。」
ちらりとサディンを見つめる、見慣れた部下の姿にちいさく舌打ちをする。それに反応したらしい、ぼっと尾の先の炎を大きくすると、サリエルはバツが悪そうにミハエルの影に隠れた。
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