こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 知っている体温だ。一定の振動が心地よい。ミハエルは己の体を誰かに預けたまま、未だ微睡の中にいた。体は疲弊している。なんだかひどく疲れてしまったし、体の節々が痛いのだ。
 薬は、どうなったのだろう。サリエルはミハエルのお願いをしっかりと聞き届けてくれたのだろうか。もたれかかった胸元、なんだかすごく落ち着く香りがする。ゆっくりと目を開く。薄ぼんやりとした視界は、外が暗いせいでよく見えなかった。
 
 
 
「あ、目を開けた。が、ああ、また眠るか。」
「今は起こすな。」
 
 あの後、サディンは自身の外套にミハエルを包んで抱き上げた。屋敷からサリエルを連れて出てきた時は、ジキルもカルマも、そしてシスまでもが腕の中のミハエルを見て、真っ青な顔をして駆け寄った。見知らぬ男娼がひどく青褪めた顔でリンドウ、と名を紡いだ時は思わずそんな名前ではないと怒鳴りそうになってしまうくらいに、サディンは苛立っていた。
 
「このまま城に戻るのか。」
「ミハエルはこのまま俺の家に連れていく。後のことはお前らに任せる。」
「え、ちょっ」
 
 サディンの言葉に、サリエルがニンマリと笑って獅子の形をとる。四つ足でサディンの横についたかと思えば、ジキルが止める間も無く勢いよく漆黒の炎で二人を覆ってその場から転移してしまった。残された蜘蛛の巣三人は、しばらく呆けたのち、これは面倒ごとを押し付けられたのではないかと悟った。ジキルの腕の中のマリーだけは、未だわからぬ自身の処遇に怯えたまま、その男らしい腕に抱えられた状態で、ミハエルという名のリンドウのことを静かに心配していた。
 
 
 
「はわ、」
「ん、なんだあ…。」
 
 ざわりと歪んだ家の前の結界。ナナシはピンとお耳を立ててがばりと起き上がると、隣で寝ていたエルマーはその細い腰を引き寄せるかのように腕で絡める。
 
「やだなの。える、なんか変なのくる。」
「変なの…?」
「うん、…あ、まって。」
 
 見知らぬ魔力に混じって、サディンとミハエルの魔力を感じた。珍しく金色のお目目を輝かせて、真剣な顔をして感覚を研ぎ澄ます様子の嫁に、エルマーも只事ではないと思ったらしい。サディンとミハエルが来るということは、任務絡みだろう。
 エルマーはナナシの頭をひと撫ですると起き上がる。愛息子と知り合いのみだけなら歓迎するが、余計な異分子はいらない。壁に立てかけてあった長い棒を片手に窓を開けると、そのままひらりと屋根に上がっていった。
 
 ぼ、と炎が灯るような音がして、家の前に渦を描くように漆黒の炎が円を描く。エルマーはくるりと手の中の棒を回すと、槍投げの要領で思い切りその渦の中心に投擲した。
 
「ぎぁっ!」
「あぁ?」
 
 聞き慣れぬ短い悲鳴が上がった。燃えていた炎が空気に千切られるようにしてその炎を散らすと、頭を押さえて縮こまっている見慣れぬ男と共に、ミハエルを抱えたサディンが現れた。サリエルが情けない悲鳴と共にうずくまったのを見て、サディンが屋根を見上げる。
 
「父さん!母さん連れてきて!ミハエルが!」
「なんだかよくわかんねえけどわかったあ!」
 
 どうやら隣の真っ黒な男は協力者らしい、悪いことをしたとは思わないが、ただならぬサディンの様子にエルマーは了承をすると、すでにそのやりとりを聞いていたらしいナナシが、寝巻きのままパタパタと玄関を軽い足取りで飛び出した。
 
「サディン!」
「お、御使い様…!」
 
 真っ白な服の裾をはためかせなが駆け寄ってきた自分よりも上位な存在に、サリエルが慌てて傅く。サディンの腕の中のミハエルを認めると、ナナシはその腕に縋り付くようにして近づいた。
 
「解毒はしたんだけど、全然起きなくて…」
「魔力が減ってる。中に入れて、ナナシがやる。える、ダラスのところにお話ししてきて!」
「ミュクシル!」
 
 ナナシの一言に、エルマーが屋根から飛び降りた。声ひとつで召喚した金の三つ目の異形の幽鬼に跨ると、そのまま瞬きのうちに飛び出した。馬よりも早いミュクシルでかければ、夜明け前には着くだろう。サディンはナナシに言われるがままにミハエルを部屋に運び込むと、そっとベットの上に寝かせた。
 久しぶりに入った自室のベットの上に、ミハエルが寝ている。ナナシはミハエルの布を取り払うと、明らかな陵辱の後に痛そうな顔をした。
 
「…今は聞かない。サディン、あなたはミハエルのそばにいる。大丈夫、すぐによくなるから。」
「わかってる…。」
 
 ナナシはそっと手の平をかざすと、魔力枯渇で休眠状態のミハエルの体をゆっくりと治癒していく。サディンが直したであろう骨折の痕も、その上からそっと柔らかな光を当てるように治していく。治癒の下手くそなサディンが頑張って治そうとしたらしい。ナナシはその様子がわかった。うちの子は本当に素直じゃないなあなんて思いながら、今は治すことに集中する。
 
「ミハエル、あとはゆっくりお休みして、お腹いっぱいご飯食べるする。サディン、あなたはきちんと向き合いするしてください。ミハエルが頑張ったのだから、サディンはそれに応えるべき。」
「ミハエル、」
 
 ナナシの言葉に小さく頷くと、ひどく痛そうな顔をしながらズルズルと座り込む。その手は指を絡めるようにして、しっかりとミハエルの白い手を握りしめたまま、そのベッドサイドにもたれかかるようにして、サディンはミハエルの枕元に突っ伏した。
 ナナシはゆるく微笑むと、そっとその赤毛を撫でる。こんなに思い合っているのに、なんでうちのこは不器用なのだろうと思いながら、扉の隙間からちょこんと顔を出していたウィルに向けて、静かにね。と合図を送る。
 あとは、二人きりにしてあげよう。サディンが真っ先にここにきたのは懸命な判断であった。魔力枯渇はポーションだけでは補えない。自身の体が心身ともに深くダメージを受けると、全ての機能を緩やかにして生命を維持しようとするのだ。それはナナシやサディンのように膨大な魔力を持っているものから分けてもらうのが一番の回復につながるのだが、サディンはそれをしなかった。頭のいいサディンが、自身にもそれができることを失念してしまうほど慌てていたらしい。
 
 ミハエルは、今は穏やかな寝息を立てながら、くうくうと眠りについている。サディンはその血色の戻った頬をひと撫ですると、小さく鼻を啜ってミハエルの手を己の額にくっつけた。
 まるで懺悔をするかのようなそのサディンの後悔を知らぬまま、ミハエルはむにゅりと口を動かした。

 
 
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