こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 イズナが姿を変えたテウメシアンという魔物は、実に面倒くさかった。足元の空間をいちいち切り離すものだから、地面に降り立つたびに次の地面へと飛び映らねばいけないのだ。
 あの真っ黒な空間がどこに繋がっているかはわからない。だけど、もしそこに落ちたとしたら、戻るのには骨が折れそうだ。

「お前が私の邪魔をするというのなら、この爪で食らってやるまで!!」
「っと、まじかよ。」

 獲物を威嚇するかのように吠えたイズナが、その手足に黒い魔力のゆらぎを乗せて襲いかかる。どうやら真っ黒な足先に攻撃されれば腐食するらしい。イズナはサディンのいた場所をえぐり取るかのように足で攻撃をすると、その場所の草木が徐々に枯れていくのを確認した。

「カルマとジキルが泣くな。あいつら、本職は庭師だから。」
「笑わせるな。人を殺めることに長けた庭師など、聞いて呆れるわ!」
「それ、お前が言うのもなかなかにおもしれえな。」

 飛び上がったサディンが、イズナの鼻先にピンポイントで結界を施した。鋭い嗅覚で敵の位置を把握していたのに気がついたのだ。獣の瞳孔を細めると、大口を開けてむりやりサディンを飲み込もうとした。

「やめといたほうがいいと思う。」

 呆れたような声色を含んだ言葉が落ちた。赤髪をざわめかせ、指先から皮膚がめくれていくように滑らかな鱗が腕を覆っていく。明らかに普通の転化とは違う。しかし、それを不審に思う余裕はなかった。
 隙を出したなら仕留めるまで、言い訳は殿下への反逆とでも言えばいい。
 イズナの鋭い犬歯がサディンの身体を貫こうとしたとき、猛烈な灼熱を感じ、まるでのけぞるかのように体を離した。

「ああ、やめとけって言ったろう。」
「くぁ、あっ、あぇ、な、なにっ、」

 まるで神経の末端まで走るような痺れと悪寒に、イズナはげえげえと胃液を吐き出すと、その耳と尾を怯えたようにへたらせながらサディンに目を向けた。一体、己の身に何が起こったのかさっぱりわからず、ただ焼けてしまうかのような口内の痛みに震えるイズナの目の前には、捻れた角をつまみながら呆れた目を向けるサディンがいた。

「母さんの祝福強いんだよね。ほら、害されると俺の魔力って、魔物や半魔には毒になるし。」
「しゅ、くふ…」
「わかんねえよな、まあそういう奴だと思って。」

 まるで悪魔のような姿で、豊かな尾と耳をさらしたサディンは、まるで神的存在かのような魔力を纏い、気だるそうな顔でこちらを見返してくるのだ。ただただその視線を身に受けながら、イズナは肩で呼吸をするかのように毛を逆立てては、口端からぼたぼたと血を零した。

「イズナ、なんで陥れた?全てはお前の謀なのだろう?」
「俺はっ、」
「なあ、わかりやすく行こうぜ。俺はあんまり長話は好きじゃない。」

 自分よりも小さなサディンが近づくたびに、イズナはじりじりと後ずさりをすると、ぺたりと耳を低くする。逆らってはいけないような、そんな存在感であった。サディンの見た目は明らかに魔物のようである。第一騎士団の団長が半魔などと聞いたことはない。ブルブル震える様子に小さくため息を吐いたサディンが、ゆっくりと同じ目線になるようにしゃがみ込む。

「イズナ、お前はカインのそばに侍りながら、何故謀をした。主を陥れようとしたのか?」
「俺が、カイン様を陥れるなどと!!」
「獣クセェな、話しづらいから元に戻れよ。」
「ぐぅ、っ…」

 指を弾いて、鼻先を覆った結界を解いた。イズナはその身の魔力を霧散させるようにして人の姿に戻ると、荒い呼吸をしながら崩折れた。サディンの毒が人の姿にはキツかったらしい。インベントリから毒消し作用のあるポーションを取り出すと、その顎を掴んで無理やり飲み込ませた。

「んぐっ、く、ぅ、うーーー!!」
「暴れるな、毒消しだ。」
「っ、かはっ、」
「気分は?」
「っ、最悪だ…!!」

 くつくつと笑っているサディンは、どうやらサドの気があるらしい。イズナが渋い顔をして見上げるのを、気分が良さそうに見下ろしている。立ち上がろうとしたイズナの首裏を抑えると、再びべしゃりと地べたに押し付けられる。頬についた土の感触がただ不快だった。

「なあ、教えてくれよ。俺はお前に優しくしたいんだ。」
「サディン!!おまえなにを!!」
「ほら。お前のご主人さまがここまで来た。」

 イズナの魔力が霧散したことで、元の色付いた中庭に戻っていた。砂利を蹴るかのようにしてかけてきたカインが、己の侍従に乱暴をするサディンをみて鋭い視線を向けた。

「サディン!穏やかではないな!」
「だんだんムカついてきた。しかもどこに腹立っていいかわかんないやつ。」
「お前は、何を言ってんだ?」

 イズナの背中に腰掛けたサディンが、静かにキレていた。元はと言えば、問題を起こした娼館が悪いのはわかっている。だけども、こんなにややっこしくなる未来がわかっていたのなら、最初からサディンや蜘蛛の巣に頼めと思ったのだ。

「ミハエルが、犯されることなんてなかった。」
「おまえ、」

 サディンの下で、ぴくりとイズナが反応する。ちらりと見たその様子は、動揺をしているようだった。まるで、その言葉を聞いて悔いているかのようにもとれるその反応が、ただただ腹が立つ。

「ミハエル殿は、」
「お前が心配する筋合いか?」
「っ、」

 くしゃりと顔を歪め、ごつんと地べたに額をつける。もう抵抗はしていないイズナの背から腰を上げると、カインがそっと手を貸そうとした。

「貴方様が、手を貸すことなどなりません。」
「イズナ、」
「…そんな目で見ないでください。全て、お話しますから。」

 イズナはそう言うと、カインの手を使わずに起き上がる。膝の土を払っているうちに駆けつけたカルマたち3人は、どうやら一段落したらしいと言うことしかわからなかった。
 
「縄はかけますか。」
「お前が逃げる気ないのはわかるからいらね。」
「甘いですね。」
「優しさだけがとりえだもんで。」

 サディンがそう言うと、その場にいた面々は皆一様に渋い顔をする。そんな思った通りの反応を返さないでくれよと思いつつ、どうやらカインが部屋を貸してくれるらしい。わらわらと集まってきた近衛の連中に、侍従とサディンが手合わせをしただけと適当に説明をしてくれた。訝しげな顔をするものもいたが、それはサディンの微笑みによって黙らされる。
 暗い顔をしたイズナをサディンとジキルではさみながら、カインのよこにはカルマがついた。

「いつからジキルは子連れになったのだ。」
「あれね、一応二人だけの群れ。」
「群れ。」

 カルマへそれ以上は語らなかったが、カインも大人だ。なんとなく察したらしい。後ろを歩くサディン達には、これからじっくりと話を聞く所存である。自分の侍従のことだ、己が責任を取らねばなるまい。
 カインは少しだけ憂鬱になっていたことで、ようやく気がついた。自身がわりとイズナを気に入っていたのだということを。
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