89 / 151
88
しおりを挟む
「………。」
空気が重い。カインは己の執務室で、まるで裁判官のように席に座したまま、机を挟んで向かい合っているサディンとイズナを眺めていた。茶が飲みたいと言ったカインに、腰を浮かせたイズナが制されてしまったせいで、ジキルの入れたクソまずい茶を飲むことになったのも不服だ。おのれサディン。じとりと目線を送りながら、カップを傾ける。
「渋…」
「蒸らし過ぎなんだよ。殿下の場合、この茶葉は濾過式のほうが好まれる。」
「知らねえもんよ、普通に入れるじゃだめなのか。」
「おいまて、まさかティーポットとカップを温めずに入れたのか…、くそ、やはり俺が淹れれば良かった…。」
眉間にしわを寄せながらカップを傾けるサディンは、その渋さになんとも言えない顔をすると、ちらりとイズナを見た。その様子だと、本当にカインに対しての悪意はないらしい。咳払いをすると、サディンはゆっくりと本題に入った。
「殿下にうまい茶を入れるためにも、素直に話をするのが手っ取り早いよな。イズナ。このままだとお前の席はなくなっちまうぞ。」
「…俺は、」
サディンの言葉に、くやしそうに顔を歪めたイズナは、膝に乗せていた手のひらをゆっくりと握りしめる。俯いて、しばし逡巡をする。何から言おうか考えているようだった。
やがて気持ちを切り替えたらしい、イズナは先程とは違う、目上の者に対する丁寧な口調で話しだした。
「ミハエル殿のことは、申し訳ありません。」
「……。」
「俺が、ここに来た動機からお話します…。」
イズナの謝罪に無言で返したのは、それは直接本人に言えという意味合いも含めてだ。前置きにそれを持ってきたということは、恐らくそこまで見越していなかったのだろう。愚かな男だ、そこまで策略する地頭があるなら、何故ミハエルが選ばれたときに止めなかったのか。と思い、ああ、止められなかったのだと理解した。
「俺は彼処の娼館から連れ出されました。弟と。」
「まて、お前とヨナハンは兄弟なのか?」
「ともに育ってきたのです。例え腹が違おうと、あれは俺の弟です。」
「義兄弟ってやつ?ふうん、…娼館から連れ出された。」
復唱をしたサディンの後ろで、マリーが引き攣った声を上げた。ガタンと音を立てて背後の棚にぶつかると、その赤い瞳を見開いてイズナを見つめる。
「おまえは、」
「イズナ、お前が連れ去られたときは3人じゃなかったか。」
「ああ…、途中で一人は連れてかれて…、待ってください…そんな、嘘だろう…」
口を抑えて絶句するマリーを見つめていたイズナの表情が、徐々に驚愕に染まっていく。イズナはずっと、もう一人は居なくなってしまったと思っていた。孤児院で三人引き取られ、そして気づけば二人しかいなかった。ああ、きっと見つかってしまったのだ。そうして、3人目の子供は魔物に食われたと、そう思っていた。
「まて、まさか…」
「ぼ、ぼくは…っ、」
「…いや、違うな…、そこではないな…、生きていて嬉しいが、理由はそれだけじゃないんだ…。」
まさか、戻っていただなんて。イズナはくしゃりと前髪を握るように俯くと、声を震わした。マリーは小さく震える手をそっと伸ばす。イズナのもとによろよろと近づくと、その横にひざまずいて膝に手を添えた。
「よ、ヨナハンは、なんであの娼館にきたの…、」
「マリー、怯えさせてすまない。…サディン団長。貴方は疑問に思ったことはありませんか。」
「疑問?」
「ええ、例えば。あの魔物の出どころとか。」
イズナの目は真っ直ぐにサディンを見た。マリーの問いが関係しているということだろうか。己よりも小柄な半魔のマリーを見て、イズナは少しだけ泣きそうになっていた。
「…ナーガと契約していたのは、マイアだな。それを加味してもマリーの父親が魔物を使って孕ませたのなら、その契約者は父親だろう。なら、」
「ワーウルフは、ここらへんにはいない魔物です。」
イズナは淡々と語る。いわく、二人が孤児院を出たのは、引き取られたからではないという。その孤児院の長である女が言っていた、自分達は忌諱されるものなのだと。ヨナハンもイズナも、ここらではとんと見ない魔物の血を引いている。だからきっと、あれは貴族の戯れで孕まされたに違いないと。
貴族の戯れ。その頃、奉仕活動の一環で出入りをしていた貴族といい仲になったという、その孤児院務めの女が聞いたのは、特定の貴族のみしか出入りのできないオークションがあるということだった。そして、そこにはめったにお目にかかれぬ魔物がいると言う。それを聞いて、イズナは思い至った。
なる程、俺は望まれて生まれてきたのではないということを。
「俺たちは、競りにかけられた魔物を親に持つんだって、ようやく理解した。ヨナハンがわざわざオスカーの元で働くことになったのはそれを探るためだ。ワーウルフも、テウメシアンも、異国の魔物だしな。そして、それを競り落とした中に、マリーの父親もいたということも、俺たちは調べ上げた。」
「…ああ、そうか。ならお前がわざわざ城に入り込んだのは、俺たちを使って検挙しようって腹だったのか。」
「巻き込んだのは済まない、でも、あの娼館を潰すには万全を期さなくてはいけなかった。バックには貴族が付いている。長く凝り固まった膿の塊さ。」
イズナの話を聞いているうちに、サディンもカインも、そして蜘蛛の巣の二人も渋い顔をする。まったく、なんて策略家だ。狡猾な狐の魔物の血はしかと引き継がれている。その地頭の良さで生き抜いてきただけはあるなと思った。
イズナは城の中から采配をし、ヨナハンは信頼を得て、内側から城のものを手引する。
異母兄弟でも、息のあった連携は悔しいことにサディン達を翻弄させた。全くもって腹が立つ。しかし、真実を語ったイズナはというと、その瞳に哀しみの色を宿しながらカインを見る。
「イズナ…」
「カイン殿下、イズナは確かにそういった下心ありきで貴方様に侍りました。しかし、この身を捧げ尽くしたいと思えるお方は御身のみ。信じてくれぬとは思います。ですが、」
「イズナ。」
「は、」
頭の痛そうな顔をしたカインは、かくんと項垂れると、聞いたこともないような重い溜め息を吐いた。まるで一月分の疲れを吐き出すかのようなそれに、イズナの顔色はサッと悪くなった。
空気が重い。カインは己の執務室で、まるで裁判官のように席に座したまま、机を挟んで向かい合っているサディンとイズナを眺めていた。茶が飲みたいと言ったカインに、腰を浮かせたイズナが制されてしまったせいで、ジキルの入れたクソまずい茶を飲むことになったのも不服だ。おのれサディン。じとりと目線を送りながら、カップを傾ける。
「渋…」
「蒸らし過ぎなんだよ。殿下の場合、この茶葉は濾過式のほうが好まれる。」
「知らねえもんよ、普通に入れるじゃだめなのか。」
「おいまて、まさかティーポットとカップを温めずに入れたのか…、くそ、やはり俺が淹れれば良かった…。」
眉間にしわを寄せながらカップを傾けるサディンは、その渋さになんとも言えない顔をすると、ちらりとイズナを見た。その様子だと、本当にカインに対しての悪意はないらしい。咳払いをすると、サディンはゆっくりと本題に入った。
「殿下にうまい茶を入れるためにも、素直に話をするのが手っ取り早いよな。イズナ。このままだとお前の席はなくなっちまうぞ。」
「…俺は、」
サディンの言葉に、くやしそうに顔を歪めたイズナは、膝に乗せていた手のひらをゆっくりと握りしめる。俯いて、しばし逡巡をする。何から言おうか考えているようだった。
やがて気持ちを切り替えたらしい、イズナは先程とは違う、目上の者に対する丁寧な口調で話しだした。
「ミハエル殿のことは、申し訳ありません。」
「……。」
「俺が、ここに来た動機からお話します…。」
イズナの謝罪に無言で返したのは、それは直接本人に言えという意味合いも含めてだ。前置きにそれを持ってきたということは、恐らくそこまで見越していなかったのだろう。愚かな男だ、そこまで策略する地頭があるなら、何故ミハエルが選ばれたときに止めなかったのか。と思い、ああ、止められなかったのだと理解した。
「俺は彼処の娼館から連れ出されました。弟と。」
「まて、お前とヨナハンは兄弟なのか?」
「ともに育ってきたのです。例え腹が違おうと、あれは俺の弟です。」
「義兄弟ってやつ?ふうん、…娼館から連れ出された。」
復唱をしたサディンの後ろで、マリーが引き攣った声を上げた。ガタンと音を立てて背後の棚にぶつかると、その赤い瞳を見開いてイズナを見つめる。
「おまえは、」
「イズナ、お前が連れ去られたときは3人じゃなかったか。」
「ああ…、途中で一人は連れてかれて…、待ってください…そんな、嘘だろう…」
口を抑えて絶句するマリーを見つめていたイズナの表情が、徐々に驚愕に染まっていく。イズナはずっと、もう一人は居なくなってしまったと思っていた。孤児院で三人引き取られ、そして気づけば二人しかいなかった。ああ、きっと見つかってしまったのだ。そうして、3人目の子供は魔物に食われたと、そう思っていた。
「まて、まさか…」
「ぼ、ぼくは…っ、」
「…いや、違うな…、そこではないな…、生きていて嬉しいが、理由はそれだけじゃないんだ…。」
まさか、戻っていただなんて。イズナはくしゃりと前髪を握るように俯くと、声を震わした。マリーは小さく震える手をそっと伸ばす。イズナのもとによろよろと近づくと、その横にひざまずいて膝に手を添えた。
「よ、ヨナハンは、なんであの娼館にきたの…、」
「マリー、怯えさせてすまない。…サディン団長。貴方は疑問に思ったことはありませんか。」
「疑問?」
「ええ、例えば。あの魔物の出どころとか。」
イズナの目は真っ直ぐにサディンを見た。マリーの問いが関係しているということだろうか。己よりも小柄な半魔のマリーを見て、イズナは少しだけ泣きそうになっていた。
「…ナーガと契約していたのは、マイアだな。それを加味してもマリーの父親が魔物を使って孕ませたのなら、その契約者は父親だろう。なら、」
「ワーウルフは、ここらへんにはいない魔物です。」
イズナは淡々と語る。いわく、二人が孤児院を出たのは、引き取られたからではないという。その孤児院の長である女が言っていた、自分達は忌諱されるものなのだと。ヨナハンもイズナも、ここらではとんと見ない魔物の血を引いている。だからきっと、あれは貴族の戯れで孕まされたに違いないと。
貴族の戯れ。その頃、奉仕活動の一環で出入りをしていた貴族といい仲になったという、その孤児院務めの女が聞いたのは、特定の貴族のみしか出入りのできないオークションがあるということだった。そして、そこにはめったにお目にかかれぬ魔物がいると言う。それを聞いて、イズナは思い至った。
なる程、俺は望まれて生まれてきたのではないということを。
「俺たちは、競りにかけられた魔物を親に持つんだって、ようやく理解した。ヨナハンがわざわざオスカーの元で働くことになったのはそれを探るためだ。ワーウルフも、テウメシアンも、異国の魔物だしな。そして、それを競り落とした中に、マリーの父親もいたということも、俺たちは調べ上げた。」
「…ああ、そうか。ならお前がわざわざ城に入り込んだのは、俺たちを使って検挙しようって腹だったのか。」
「巻き込んだのは済まない、でも、あの娼館を潰すには万全を期さなくてはいけなかった。バックには貴族が付いている。長く凝り固まった膿の塊さ。」
イズナの話を聞いているうちに、サディンもカインも、そして蜘蛛の巣の二人も渋い顔をする。まったく、なんて策略家だ。狡猾な狐の魔物の血はしかと引き継がれている。その地頭の良さで生き抜いてきただけはあるなと思った。
イズナは城の中から采配をし、ヨナハンは信頼を得て、内側から城のものを手引する。
異母兄弟でも、息のあった連携は悔しいことにサディン達を翻弄させた。全くもって腹が立つ。しかし、真実を語ったイズナはというと、その瞳に哀しみの色を宿しながらカインを見る。
「イズナ…」
「カイン殿下、イズナは確かにそういった下心ありきで貴方様に侍りました。しかし、この身を捧げ尽くしたいと思えるお方は御身のみ。信じてくれぬとは思います。ですが、」
「イズナ。」
「は、」
頭の痛そうな顔をしたカインは、かくんと項垂れると、聞いたこともないような重い溜め息を吐いた。まるで一月分の疲れを吐き出すかのようなそれに、イズナの顔色はサッと悪くなった。
1
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
ユッキー
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
竜人息子の溺愛!
神谷レイン
BL
コールソン書店の店主レイ(三十七歳)は、十八歳になったばかりの育て子である超美形の竜人騎士であるルークに結婚を迫られていた。
勿論レイは必死に断るがルークは全然諦めてくれず……。
だが、そんな中で竜国から使者がやってくる。
そしてルークはある事実を知らされ、レイはそれに巻き込まれてしまうのだが……。
超美形竜人息子×自称おじさん
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる