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しおりを挟む「…殿下、誠に…」
「いや、よい。つくづくお前は出来る侍従だとおもったまでだ。」
「カイン?」
額を机にごちりとつけたカインが、低い声でそうのたまう。そのまま顔も挙げずに、喉を潰すかのような体制のまま、かすれた声で言葉を続けた。
「市井のことなんぞ、全て把握できているわけではないのだ。俺とて執務に忙殺されて城下に下ることも叶わぬ。ましてやそういった闇の部分が随分と昔から燻っていたとなると、もうこればかりはどうしようもない。」
「殿下…?」
「イズナ、お前たち国民にその責を負わせたのは、紛れもなく我らの采配が届かぬ故である。すまなかった。」
「で、殿下が謝るなどと!」
見方によっては、確かにカインは頭を下げているようにもみえた。イズナは顔を青褪めさせて駆け寄ると、カインに許可なく触れられぬまま、あわあわと手をまごつかせる。単純に、切って捨ててくれたらどれだけ楽だろう。イズナは確かにカインへの一方的な思慕を口にはしたが、こんな展開までは予測できなかった。
戸惑うイズナを捉えるかのように、ゆっくりとカインが顔を上げた。じとりとイズナを見つめると、むんずっとイズナの手首を掴む。
「で、殿下…?」
「いいか、イズナ。マイアはいずれ処刑をされる予定だった。まあ、もろもろ聞き出す前に手にかけたのは許し難いが、それでも奴の未来は決まっていた。」
「と、いいますと。」
「一応な、一応奴が手にかけたミハエルは俺の許嫁という枠に収まっている。第一王子の許嫁だ、だから殺されても仕方がないといえる。」
カインの言葉に、カルマとジキルがちろりとサディンを見た。ぐっと悔しそうな顔をしながら無言を穿いているあたり、やはり聞きたくなかったらしい。そういえば、カインにミハエルと付き合うことになったということを伝えていなかったなと、関係のないことが頭によぎった。
「つまり、お前が犯した罪というのは、許可なく単独行動をし、勝手にうちの騎士団を巻き込み、挙げ句独断で検挙したものを処刑したということだな。」
「は、い…」
小さな声で、コクリとうなずいた。サディンは展開が読めたらしい、眉間にシワを寄せたまま、じっとカインを見つめた。瞳の中に、半ば諦めの色を宿しながら。もし言葉にするなら、おいおい、待ってくれよ。そう言ってしまいそうな心地だった。
そんなサディンの心など、カインは慮らない。同じ空間にいるのに完全に余所者扱いである。カインは深く重いため息を、性懲りも無く吐き出した。
「その罪と、お前がいないことによって起こりうる、俺の執務への影響を考えてみろ。」
「はい?」
いまだ理解しかねるといった顔で戸惑いながら見つめてくるイズナに、カインはすぅっと深呼吸をした。
「お前が行ったのは確かに私刑の様なものだが、それでお前を裁いてみろ。あからさまに顰蹙をかうぞ!俺たちが見落とした市井の闇を、身を挺して取り除いたワケアリの男と、目が届かなかったわりに文句だけは言う王族と騎士団!!最悪の絵面だ!!どっちがいいかなんて最初から目に見えている!!なあサディン!?」
「殿下、視野の広い解釈は立派としか言いようがありませんな。だけどな、」
「聞いたかイズナ、騎士団の団長もああ言っている!!これからも粉骨砕身俺のもとで馬車馬のように働き続けるがいい!!」
「俺の話聞いてねえなコレ。」
サディンは諦めたかのようにだらしなく背もたれに背を預けると、結んでいた髪を解いた。なんだか考えることが多すぎて頭が痛くなったのだ。ああ、こんなことなら隣にミハエルを侍らせておけば、それだけでサディンは意識して、きちんと騎士としての本分を忘れずにいられたのに。
「…イズナ。お前がテウメシアンだとして、ヨナハンは何の半魔だ。」
「ヨナハンは、セントールだ。転化すると大型の馬の魔物に変わる。」
「セントール…、属性は。」
「確か、風だったと思うが…」
なんでそんなことを聞くのだと言う顔でイズナが見る。サディンは小さく息を呑むと、カルマが戸惑ったような目でイズナを見た。
「まってよ、無属性じゃないの?」
「…お前も半魔ならわかると思うが、俺たちは親の属性を受け継ぐ。無属性なんて親のどちらかが持っていない限り、半魔にはいないさ。」
「団長、」
カルマの言葉を遮るかのように、サディンが手を挙げる。ただならぬ空気だと悟ったのか、イズナは居住まいを正した。
「スミレが殺されたとき、ヨナハンはどんな様子だった。」
「ああ、ひどいことを言ってしまったと落ち込んでいたよ。ただ、」
「ただ?」
サディンの金眼がイズナを捉える。眉を寄せ、しばしの逡巡ののちに顔を上げた。
「気を張っていた。ヨナハンは、ずっと。」
「…俺たちが館に侵入を果たしたとき、ヨナハンを先に逃したのはイズナか。」
「逃げた…?」
「ミハエルを送り届けた後だ。まさか、知らないのか。」
「に、西門には戻っていなかったということですか?」
イズナの顔色が青醒める。そっと眴をして見たイズナの膝に置かれていた手のひらは、小刻みに震えていた。
「イズナ、あいつはどこにいる。」
「よ、ヨナハンは、西門にはいなかったと、おっしゃるのですね。」
「お前が手びきしたのではないのか?」
「そんなことをすれば、たちまち疑われるのは内部の人間でしょう。…ああ、もしかしたら、」
顔をこわばらせたまま、ぽそりとつぶやいた。まさか、そんな。恐ろしいことが頭をよぎって、体の芯から少しずつ熱を奪われていくようだった。
「無属性、その魔力を持つ人は、弟ではありません。」
「心当たりがあるのなら、教えてくれないか。」
「例の悪趣味なオークション会場の、金庫番の男が無属性です。」
「それは、ただの金庫番ってわけじゃないんだろう。」
イズナはサディンの言葉に小さく頷くと、金庫番の男は見張りも兼ねていると言葉を続けた。
「オークションの存在は秘密です。だから情報が漏れないように、少しでも綻びが出たら処理をする。雇われの暗殺者とでもいえばいいでしょうか。」
「それもヨナハンの情報か。」
「ヨナハンが同行したときに、オスカーから言われたそうです。いずれお世話になるからと。」
全く、笑えない冗談はやめてくれよと言いたくなってきた。サディンは背もたれに寄りかかると、虚空を見上げる。イズナにもヨナハンにも悪いが、次から次へとそんなに問題が起こるなんて、と諦観にもにた感情に苛まれ、もう半ばやる気を失ってしまったのだ。
「これで、終わりだと思ったのに…、また潜入…。」
「む。その口ぶりだとサディンはやる気があると捉えるが。」
カインのにやつき顔がうざったい。もう、ヨナハンはきっとしくじって捕まってしまったと思うほかはない。サディンは視界に入り込むライトの灯りから逃げるように視界を手で覆うと、申し訳なさそうなイズナの顔も見ないようにしながら、とりあえず一回帰りたいと弱々しい声で呟いた。
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