こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

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 騎士団、団長室。書類作成をしていたサディンは、珍しい時間に扉がノックされたことで、執務を中断することとなった。時計を見ればもうすぐ終礼の鐘がなる。ペンを置くと、ため息一つ吐いてから立ち上がった。

「なんだ、っ…と、ミハエル。」

 扉の隙間を縫うようにして、サディンの胸に文字通り飛び込んできたミハエルに、思わずぎょっとする。仕事中は割り切って、あまりこういった行為をしてこないのだ。
 胸元に頭突きのごとく顔を埋められる。けほ、と噎せた後、その小さな頭に手を添える。

「仕事を終えたから返しに来た。」
「ジルバ…。」

 背中に回ったミハエルの腕に力が入る。背後にジルバが姿を表した事で、ああ、何かあったのだと察する。ぐすりと鼻を啜っているので、どうやら泣いているらしい。ミハエルのまつげが濡れているのがわかった途端、サディンの背後には暗雲が立ち込める。

「…おい。」
「まあ怒るな。その、すこしサリエル殿が暴走した。」
「説明の順番が違う。俺はまだミハエルが何をさせられたのかを聞いていない。」

 睨めつけるようににらまれて、ジルバは肩をすくめる。仕方なくことのあらましを説明すると、話の後半になるに連れて分かりやすく眉間の皺が増えていく。最終的には瞳には鋭い光を宿し、サリエルを出せとミハエルに言う。

「やだ…」
「お前、トラウマに触れられたんだぞ、そんなに泣いて、一体どこが平気なのか俺にはわからん。」
「いまは、やだ…です、」
「ミハエル。」

 顔を真っ赤にして、濡れた頬を押し付けるようにか細く言う。サディンは諦めたように小さくわかったとだけ言うと、ミハエルの下肢に巻きつけられたローブを見て何かを察したらしい。

「兵舎の風呂でいいなら、よっていくか?」
「はい…、」
「ジルバ。わかってるよな。」
「無論、何も言わんさ。」

 じわりとミハエルの耳が熱くなる。気を回してくれるのは有り難いのだが、指摘されたかのようで気恥ずかしくって仕方がない。ジルバは溶けるように姿を消すと、サディンはミハエルを抱き上げて椅子に腰掛けた。

「よ、汚れます…!」
「いいよ別に。それより、頑張ったんだな。偉かった。」
「っ…、お、男、らしくなかった…です。」
「男らしくってのは、意識して出来るものじゃない。俺だって意識してないけど、ミハエルはそう言って褒めてくれるだろう。」
「はい…、サディンのように、僕もかっこよくなりたいんです。」

 睫毛が濡れて束になったミハエルの、その緑の瞳が美しく輝く。濡れた顔は目に毒だ。サディンは少しだけ乱れたミハエルの頭を撫でると、そっと髪紐を解いた。

「これ、使ってくれてるんだな。」
「あ…なんで解くんですか。」
「乱れてたからな。どうせ洗うしいいかと思って。」
「………。」

 むん、と唇を尖らせて再び胸元に顔を埋める。長い髪がさらりと背中を撫でて、頬をピトリと胸板につけたミハエルは、どうやら今日は自分を甘やかすことにしたらしい。
 サディンは髪紐を片手に髪に触れると、その手触りのいい髪質を楽しむ。ミハエルが唇を尖らせるときは、何かしら照れているときだ。サディンが宥めるように背を軽く叩くと、ゆるゆると体を離した。

「髪…切ろうか迷ってたんです。」
「え、いやだ。」
「へ?」

 つい口をついて出てしまった。ミハエルが、髪紐で結べるくらいの短さですよ?といったが、それでもサディンは嫌だと続ける。ぽかんとしたミハエルに、サディンがむすくれる。その柔らかな頬を両手で持ち上げるようにむにりと触れると、サディンはようやく口を開いた。

「お前の髪がシーツに広がるのが好きだから、いやだ。」
「へぁ…」
「寝てるときもさわり心地いいし。」
「ちょ、」
「汗でお前の髪が素肌に張り付くのも興奮する。」
「す、すとっぷ…」

 真顔でそんなことを言われ、ミハエルは真っ赤に染まった顔を隠す様にして片手で顔を覆う。サディンに向かって手で制すようにもう片方の手を向けていれば、そっとその手を取られて抱き寄せられた。

「なあ、髪切るのか?」
「うっ」
「俺がこんなにお願いしているのに?」
「うぅ…っ」

 腰を引き寄せられ、耳元で囁かれる。ぴくんと震えた肩、その素直な反応がサディンの加虐心に火を付ける。それを理性でなんとか抑え込むと、ゆっくりと細い体を抱きしめる。
 そっとミハエルの甘い香りを楽しむかのように首筋に鼻先を埋めると、そっと布地をたくし上げるかのように触れた細い背についたかすり傷に気がついた。ああ、サリエルが具現化させたオスカーの感情に触れたせいかと、ジルバの言葉を不意に思い出した。
 ミハエルがこうして甘えているのは、きっと怖かったからなのだろうな。そう思うとサディンに縋り付くこの体が可哀想で愛おしい。


「…お前の仕事だ。だからお前の判断で行動するのは勿論自由だ。」
「…サディン?」
「だけどな、それでお前が泣いて帰ってくると、俺は本気でお前を閉じ込めてしまいたくなる。」

 先程とは逆だ。ミハエルはとくとくと心臓を高鳴らせながら、顔の横にサディンの頬がピタリとくっつくと擽ったそうにした。この腕の力で抱きしめられるのは嬉しい。きっと、ミハエルにサリエルのような尾があれば、ぶんぶんとせわしなく振っていることだろう。

「ミハエルは嫌だろ、自由を奪われるのは。」

 頬が離れて、代わりに労るような優しさを含んだサディンの手のひらがそっと頬を撫でてくれる。それにすり寄るようにミハエルが甘えると、サディンは愛おしそうに目を細める。

「嫌じゃないですよ。それがサディンのやりたいことなら、僕は貴方と一緒にしたい。」
「あんまり迂闊にそういうこと言うな。マジになるだろ。」
「サディンのほうが理性的ですよ、僕は貴方に対しては本能で生きてますから。」

 小さく笑ってそんなことを言う。ミハエルは男らしくなりたいと努力をしているようだが、サディンにとって、そんな言葉を、するりと出てくるミハエルのほうが、努力では得られない男らしさを持っていると思う。ミハエルのその言葉に、胸を柄にもなくときめかせたサディンは照れたように口を噤むと、生意気といって触れるだけの口づけをする。
 瞼を震わして甘受けすると、ミハエルの頬がじんわりと色づく。

「お前と付き合ってから、なんかバカになった気分だ。」
「え、そうですか?」
「ああ、団員からよく大人気ないって言われる…。」

 膝に載せたミハエルが、もぞりとうごく。サディンがそっと口づけたことで、微かに反応してしまったらしい。本人は気がついていないらしく、サディンがじっと下肢を見つめたことで漸く理解したらしい。笑えるくらいの勢いでそこを手で隠す。

「……ごめんなさい。」
「ふは、…お前は立派な男だよ、ミハエル。」
「い、言うタイミング最悪すぎです…。」

 サディンに足りないのは、多分デリカシーだ。ミハエルはそんなことを思って、きゅっとローブを握りしめる。
 サディンがおもしろそうに笑っている気配がして、それが少しだけ悔しい。ミハエルが必死で鎮めようとしているのに、大きな手のひらがそっと腰を撫でるから、ちょっとおさまりが悪くて敵わない。恥ずかしくてまた少しだけ泣きそうになると、サディンの手の動きが欲を孕んだ。

「これが俺のせいなら、責任とんなきゃな。」
「え、や、まっ、」

 まって、と言葉を紡げぬまま、その唇を口付けで塞がれたミハエルは、身動きを制されるような強さで抱き締められた。
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