20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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魔王とシェアハウス 

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「犬猫じゃねえってのにな」
「ヒュトーだ」
「なんだそれ……」

 それは自己紹介になるのだろうか。

 イザルは怪訝そうな顔をして、毛布にくるまったシグムントを見た。身から出た錆、もとい、動けなくなっていたシグムントを回収したイザルは、今更ながらに後悔し始めていた。
 シグムントが己とは真逆の性格をしていた為、どう扱っていいのかわならなかった。が正しいが。
 しかし、シグムントを助けたことは尻拭いでもあるのだが、それにしても元魔王が低体温で死ぬとかはやめてほしい。間抜けな死因でイザルまで断罪されたらたまったものではない。
 そんなイザルにとってはのっぴきならない理由で、仕方なくシグムントの世話を焼いてやることにしたのだ。
 一先ずイザルがしたことは、湯船に服のままのシグムントを突っ込むことだった。寒いなら風呂が手っ取り早いだろう。そう思っての善意だが、イザルは人の世話なんてまともに焼いたこともない。つまり、雰囲気だ。
 突っ込まれた湯の熱さには、流石のシグムントも意識を取り戻したようだった。
 吹きかえした命は確かにイザルの世話のおかげではあるのだが、目覚めたら湯の中。目を丸くしたシグムントは、そのまま湯加減も何もない。熱湯のような湯の中で無様に溺れるかのごとく暴れた。
 おかげでイザルは元気になったじゃねえか。と、己の気遣いが功を奏したと勘違いをしたし、ひゃあひゃあと喚くシグムントは、ここが地獄の熱湯風呂かと半泣きになった。
 シグムントは人生で初めて、熱い湯の中で服を剥かれた。もしかしたらこれは喰われる前の下拵えかと思ってしまうほど乱暴ではあったが、ついでのように傷を治癒されてようやく気がついた。 

「俺は助けられたのだな。てっきり新手の拷問かと思った」
「世話焼いてやったのに、そんなこと言うのかてめえは」

 頭頂部にできた大きなたんこぶは、あまりにも抵抗するせいでイザルからお見舞いされた一発だ。家まで運んでくれた手は優しかったのに、その後は背負投げかのごとく湯に突っ込んだのを、世話というのだろうか。そのあたりは腑には落ちていない。
 もしかしたら人間の常識だと、これが正しいのかもしれないなあ。シグムントは相変わらずの呑気さで、考えることをやめた。
 きっと、イザルの優しさは不器用なのかもしれない。そんな、再びたんこぶを重ねるようなことは、流石に口にはしなかった。

「足の傷も、世話になった。毛布もありがとう。イザルはヒュトーを拾った初めての人間だな」

 先程よりもシグムントの待遇は改善されていた。今は与えられた柔らかな毛布にくるまり、イザルのベッドの上にちょこんと座っている。

「だからさ、ヒュトーって種族名か? 魔王は魔王じゃないのか」

 そんなシグムントの目の前で、イザルは机に頬杖をついて足を組んでいた。その表情には、シグムントを拾って帰ってきたことに対する若干の後悔も滲んでいる。
 美しい銀灰の瞳が、イザルから目を逸らすように窓を見る。外の雨は酷い。シグムントが空気を読んでイザルの家を出たとしても、これでは二度手間にしかならないだろう。そうなると、イザルからの信頼を勝ち取るには身分を明かすほかはないだろう。シグムントはううん、と咳払いをすると、再びイザルを瞳に映した。

「自己紹介をしようか、イザル。俺は人が言う魔王とは少しだけ違うのだ」
「ああ?」
「まず、ヒュトーとは蛇だ。毒と炎を得意とする、角の生えた蛇だと思ってくれていい」
「ヒュドラとはちげえのか?」
「あれはまたちがう。ヒュドラは頭が五つだし、俺のように人型を取らぬ。何より俺は魔物ではなく魔族だ」

 シグムントは念を押すように、ちなみに龍も違う。と付け加える。イザルは、やはり蛇も龍の一種だと思っていたらしい。ほお、などとシグムントの話に反応を示していた。

「まて、魔族と魔物はちげぇのか」
「ん?ああ、人型や、そうなれるものが魔族だ。二足歩行で意思疎通が出来るものと認識すれば問題ない」
「紹介が雑すぎないか……」
「そうか?まあ、だからヒュドラは魔物だな」

 討伐をすることが非常に難しく、姿を表すとその周辺を毒の沼に変えてしまうヒュドラには、イザルも苦戦を強いられた経験がある。沢山の魔物を屠ってきたが、一番実入りがよく、一番面倒くさい魔物という印象が、イザルの中でのヒュドラであった。

「ヒュトーはな、深夜の国にしかいない。だから金に困ったら、俺を狩るといい。きっと良い金になる」
「……本気で言ってんのかてめえ」
「というか、拾われた命は拾ったものの手中だろう。イザル、金に困ったら相談してくれ」

 おおらかに口にする言葉にしては、随分と自己犠牲がすぎる。イザルは不快そうに眉を顰めると、シグムントの整った顔を見る。どこからどう見ても人である。いや、半魔か。とにかく魔族と言われてもあまりわからない。イザルはここにきて、元魔王であるシグムントをまじまじと見た。

「深夜の国ってのは、なんだ」

 その単語は、太陽の国ではあまり浸透していなかった。シグムントからしてみれば、魔界と呼ばれる方がしっくりこない。いずれにせよ、認識の違いは今後に響いてくるだろう。シグムントは、深夜の国について語ることにした。

「人間の住む国は太陽の国というだろう。俺達の住む国はその逆で深夜の国という。なぜか人は魔界というが、俺達魔族の中にはイザル達のような暮らしに憧れを持つものもいるのだよ」

 あと、ずっと夜しかないから、深夜の国。魔王も、ただその時に存在する魔族のなかで力が強かっただけだと言った。
 きっと人間の考える魔王とは意味が違う。シグムントは、たまたま生き残っただけの、悪運の強いヒュトーである。
 深夜の国が分厚い雲に覆われているのは、空だけでは無いのだ。
 
「太陽の国は素晴らしいな、空に感情があるのだと初めて知った。この森は美しい。とくに、散策ができるというのが美徳だ」
「あいつらが……人間に憧れを……?」

 シグムントの言葉に、イザルは驚きを隠せなかった。
 魔族が人間に憧れを持つ? それは一体どういう冗談だ。イザルの知っている奴らは醜悪で、理性もない。人に危害を加えるし、その規模を大きく膨らませて国だって襲う。
 それに比べて、シグムントはイザルの知っている魔族とは違う。理性的であどけない。人間の世界に憧れを持つと言ったが、そんな酔狂な阿呆はシグムントだけではないのかと思うほど、突拍子もない話に聞こえる。

「俺たちの認識とお前の話が違うのはよくわかった」
「イザルが言っているのは、多分だが霧の魔物ではないか?」
「霧の魔物?」

 聞き慣れぬ言葉に、今度はイザルがシグムントに目を向ける。白い手が懐から一つの魔石を取り出す。黒曜石のように美しいその石は、イザルにとってはなんの変哲もないものだ。

「これは、悪意の種だ」
「悪意の? 魔石じゃねえのか」
「うむ、まあ、俺達の国は悪意の種と呼んでいる」

 シグムントの手によって、黒い魔石はそっとベット脇のテーブルの上へと置かれる。普通の魔石に比べると純度が高いのだろう。光も通さぬほどの漆黒だ。

「霧の魔物、それは黒い霧を纏っているからそう呼ばれている」
「それは同じだな。悪さをする奴らの認識はそれだ」
「うん、だが俺はどうだ? 俺だけでない、深夜の国の魔族達の中に、黒い霧を纏ったものは居たか?」
「……」

 シグムントの言葉に、イザルの記憶が呼び覚まされる。魔界。基、深夜の国を駆け抜けたイザルが対峙した魔物たちに、黒い霧を纏うものは少なかった。普通の魔物とは違う、シグムントのいう霧の魔物。あれは、深夜の国だけでなく太陽の国でも目にしたことがある。
 霧を纏わない魔物たちと比べると、奴らは段違いに戦闘能力が高かった。霧の魔物は総じて面倒臭い。それがイザルの認識であった。しかし、区別はないと思っていた。今日この時までは。

「つまり、あれか。俺たちはその霧の魔物と魔族を一緒にしてたってことか……」

 知っている常識と違うことが起きると、どうにも駄目だ。イザルは眉間を揉み込むと、インベントリから煙草を取り出す。指に挟まれた細長く丸められた紙を前に、シグムントは不思議そうに首を傾げる。
 煙草の先端に火をつけ燻らせるイザルを前に、ようやく合点が行ったと言わんばかりに頷いた。

「なるほど、口の中を燻して殺菌をしているのか」
「…………」

 イザルの渋い顔は、煙草の苦味だけではないだろう。正解を期待しているらしいシグムントの顔へと、イザルは煙草の煙を吹きかける。
 無垢な瞳を向けられて、少しだけ苛立ったことの腹いせでもあった。

「ちげぇ」
「う、けほっ……」
 
 えほえほと噎せこむシグムントに、イザルは満足そうに肺を汚す。長く白い睫毛を煙で濡らし、口元を両手で覆ってむせる。その姿は誰が見ても魔王には見えないだろう。イザルは咥え煙草でシグムントの頭を鷲掴むと、意地悪く笑みを浮かべて宣った。

「魔王の癖に煙たいのが嫌なのか」
「っ、いやだ。臭い」
「そりゃ体に悪いもんで出来てるからな」
「え?」

 毛布をずらすようにして、イザルの手がシグムントの顔を晒す。灰皿代わりの小さな器へと押し付けるように煙草を揉み消していれば、無骨な手にシグムントの手が触れた。
 からかってやったつもりが、やけに鎮痛そうな表情で見つめ返してくる。文句の一つでもあるのだろうか。

「なに」
「……イザル、お前は過酷な訓練を行っているのだな」
「あ?」
「その小さき紙を火に焚べて、毒素を体に取り込むのだろう。お前はやはり、仕事柄毒耐性が無いといけないと、つまりはそういった意味合いがあるのだな」

 開いた口が塞がらないとはこのことか。やはりシグムントには人の暮らしとはどういうものかの知識がない。認識を改めるのは、シグムントもまた同じである。イザルは斜め上の勘違いをする元魔王へと、呆れた目を向けた。
 そんなイザルの目の前で、煙草の吸い殻を手で摘む。何をするつもりだと黙って見ていれば、あろうことか口を開けて吸い殻を喰らおうとした。

「っ、莫迦やめろ!」
「う、っ!」

 バチンと音がするほどの勢いで、イザルはシグムントの手から吸殻をはたき落とした。分別の付かぬ赤子ではあるまいし、何を率先して喰らおうとするのだとイザルが声を荒げれば、シグムントはいけしゃあしゃあと宣った。

「俺は毒耐性があるからな、味を覚えねばお前の万が一に備えられぬだろう」
「備えなくていいんだ! つかてめえ、まるで居座るかのような口振りじゃねえか」

 なんだか嫌な予感がする。心なしかイザルの目元も痙攣していた。こういう時の嫌な予感というのは、実によく当たるのだ。
 イザルの勘は見事に当たった。照れたように背筋を伸ばすと、明るい声色でシグムントは宣った。


「ああ、どうやら俺が死ぬのはイザルに都合が悪そうだと気づいてな」

 だから、迷惑をかけないようにお前の目の届く範囲にいようかと思う。
 可愛らしく微笑むシグムントを前に、イザルの頭は言葉の意味を正しく受け取るまでに時間がかかった。
 二本目に火をつけようとしていた手から、煙草が落ちる。じわじわと脳に浸透していった言葉のおかげで、運動機能に支障をきたしたのかとさえ思った。

「あと、てめえは怖いからやめてくれ。俺はシグムントだ。好きに呼べばいいがてめえは嫌だ」
「おま、お前……」
「お前は構わぬ」
「ちげえ……」

 どうやら、シグムントはイザルの打算を正しく理解したらしい。目の届く範囲にいようと思う……確かにそちらのほうが都合が良いのには変わりないのだが、イザルは一人で穏やかに暮らしたかったのだ。それが、何が悲しくて魔王とシェアハウスなど。天地がひっくり返ろうとも、こんなことは許されない。

「……聞くが、てめ……、お前は殺そうとした俺と一緒に住むのは構わねえのか……」

 イザルがてめえと言いかけたのを、言い直したのに気がついたらしい。シグムントは嬉しそうにはにかむと、それは問題ないと言った。

「俺はお前に助けられ、そして拾われた命。野良ヒュトーだとでも思ってくれ」
「それを冗談にするつもりは……」
「冗談……、すまないが俺は今真剣な話をしたつもりなんだ。誠意が足りなかっただろうか」
「…………いや、いい。もういい」

 純粋が過ぎて、これは疲れる。イザルは困ったように眉を下げるシグムントから目を逸らすと、がくりと項垂れた。こんな末路が待っていたとは、人生とは実に難儀なものである。
 犬猫じゃねえってのに。まじでそうだ。イザルは、人を殺しでもしたかのような治安の悪い表情を隠すように顔を覆う。己の自業自得に対して自己嫌悪を繰り返し、やがて顔を洗うかのように手のひらで顔を擦ると、指の隙間からシグムントを見た。

「俺の知っている常識が、イザルの常識と重なればいいのだが」

 だなんて、クソ真面目な面で、早速馴染もうとしている。シグムントがイザルとの生活に順応しようとしても、イザルが受け入れなければ始まらない。

「俺の家に椅子とベッドは一つずつしかねえ。それの意味わかってんのか」
「ああ、かまわない。椅子は、そうだな。風呂の椅子を貸してくれ」
「いや低いわ」

 馬鹿なのかもしれない。イザルは真面目くさった顔で困り果てているシグムントを見つめた。見目はいい、イザルよりずっと細いので、おそらく幅は取らないだろう。ならベッドくらいは貸してもいいかと考えて、シグムントのマイペースに自身が引き摺られていることに気がついた。

「ああ、もう、面倒くさい……」
「うむ、慣れるしかあるまいな」

 お前が言うか。表情で雄弁に語るイザルの渋い顔を知った上で、シグムントはにこやかに宣った。剣呑な視線を前にしても、俺と同じ目の色だなあ。うふふ。などと言ってみせる。一事が万事こんな具合のおかげか、文句を言う気も失せてくる。
 イザルは呑気に懐くシグムントへと、人生で一番大きな舌打ちを返事としたのであった。



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