20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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見えない二人 

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「いいか、余計なことはひっ……とことも口にするな。俺の首と体がバイバイする、理解したか? ほら返事」
「イザルの首と体がバイバイする、だろう」
「そっちじゃねええええええ‼︎ お前が自分の正体あかさねように一生喋んなって言ってんだよ‼︎」
「一生は無理だ。俺とお前の二人旅、楽しく行こうじゃないかイザ、キャインッ‼︎」

 スンスンと情けなく鼻を啜る音がする。紛れもなく、シグムントのことである。美しい銀髪の上に、豪華にも三段のアイスクリームをこさえたシグムントは、イザルがよしというまで口を開くなと体でわからせられたのだ。なら最初から回りくどい言い方ではなく、そう言ってくれればよかったのに。シグムントの内心はこうである。 
 二人がまず向かったのは、手短な宿だ。ククルストックにいくつかある宿のうちの、ギルドが経営する『猫の足』という名の安宿だ。
 職業斡旋や討伐依頼等、ギルドの仕事はもちろん。簡単な装備やら薬も売っている。イザルも山暮らしをする前に立ち寄ったことがある馴染み深い場所である。
 
「にしたってよお……」

 イザルの鋭い視線が、奇異の目を向ける人々を黙らせる。
 ギルドの前までつく間に、不毛な憶測を引きずって来てしまったのだ。原因は分かりきっている。無駄に顔がいいシグムントを抱えているからだ。
 道中、イザルの腕の中であどけない美貌を晒していたシグムントは、それはもう目立った。銀灰の瞳で物珍しそうに辺りを見回すわ、ポカンとした市井の人々に呑気に手を振るわ。
 その見目通りの鷹揚さを存分に曝け出したおかげで、イザルはどこぞの令嬢と逃避行をしたことになっていた。無論、そんな憶測を耳にするたびに睨みつけてきたが、その態度の悪さがさらなる信憑性を持たせていたとは思わない。
 結局抱きかたが悪いのかと、片腕で小脇に抱えてギルドまできた。余計に視線に背中を刺されてしまったが。
 
 ギルド、猫の足の扉を開けば、頭上からはカウベルが出迎えの挨拶をしてくれる。温かみのある木造造りのギルド兼宿屋は、今日もそこそこに賑わっている。一度中に足を踏み入れれば、昼間から酒を飲む冒険者たちの活気が、軽快な音楽と共に二人を取り巻く。

「うわあ……すごい、たくさんいっぱい声がするなあイザル!」
「たくさんかいっぱいか、どっちかにしてくれ」

 相変わらず、ギルドの中でも二人に向けられる目は変わらない。しかし、市井の人々とは違い、一応は人の力量を見定めることのできるものたちも多い。故に、妙な目線は向けられても、ほとんどは一瞬である。
 

「おら、あんまキョロキョロすんな」
「すまん」

 持ち前の太々しさで値踏みするような視線を潜り抜けたイザルは、真っ先にカウンターへと向かう。そこにはメガネをかけた若い男が座っていた。ゴツン! と音がして、ギョッとした顔で見上げられる。音の出所はシグムントである。小脇に抱えていたせいで、不可視の角がカウンターにぶつかったのだ。

「え、いまカウンター蹴りましたか?」
「蹴ってねえ。ぶつかっただけだ」
「え……あ、その、小脇に抱えられてる人がですか⁉︎」

 職員のギョッとした目線を受け止めたシグムントはというと、小さな両手で頭を押さえるように悶絶していた。イザルは平然としているが、そんな珍妙な挨拶をしたおかげで一気に怪しまれた。
 職員が取り乱すような相手、というだけで、ギルドの中でくつろぐものたちの警戒心はブワリと膨らむ。一挙手一投足を見逃すまいとする視線を、再び背中で受け止める。イザルは面倒くさそうに頭を掻くと、虹彩を光らせるように凄んだ。

「何見てんだてめえら。拝観料とるぞ」
「おお、ここはどういう場所だイザル」
「黙れシグムント。後で教えてやる」

 明らかにカタギではないだろう。ギルドの年長者に紛れてイザルへと不躾な視線を向けた駆け出しの若者も、討伐依頼ばかりを好んで選ぶ荒くれものも。視線一つでイザルは黙らせる。
 ギルド内は治外法権で、諍いごとはもちろん御法度である。無論イザルも決まり事を犯したわけではなのだが、その場にいたものたちは一斉にギルド職員である若い男へと視線を向ける。言うなれば、職員なんだからなんとかしろ。なんか知らんけどやばそうだから。といった具合だろう。
 職員の男の名は、トートといった。そしてトートは、己がカウンターに立っていたことを後悔しかけていた。理由は、美貌とは違った意味で人の視線を離さない美丈夫を前に、職員としてどう対応すべきか考えあぐねていたからだ。
 何か逃げ道を探さなくては。まずは、素性の知れない男にギルドカードを提出してもらうべきだろう。緊張の中、己の職務を思い出したトートの喉がゴクリとなる。頭上から降り注ぐ圧力に耐えるように勇気を振り絞ろうとした時。トートのメガネに一つの可能性が映り込む。

「あ……も、もしかして靴を買いに来たのかい?」
「ああ、あと宿泊」
「あいにく女性用の靴は切らしてて……、だ、男性用の靴ならすぐに出せるけど」
「履けりゃあなんだっていい、見せろ」

 もぞりと動いたかと思うと、小脇に抱えられていたシグムントが床に下ろされる。イザルよりも頭ひとつ分低い小柄な体躯を見て、トートは女性と勘違いしたようだった。
 トートの視線がシグムントの傷だらけの素足を見て、イザルへと向けられる。しかしその訝しげな視線も、イザルが目を細めるだけで終わった。急に忙しなくなったトートの姿に、不思議そうに首を傾げるのはシグムントだけだ。イザルはただ腕を組んで待つだけで、目の前に目的の靴が用意される。
 旅をするには必要な、魔物の皮で作られたブーツ。つま先にはプレートが仕込まれているため重さはあるが、歩きやすさと防御力は折り紙付きだ。焦茶色で、紐で編みあげるタイプのブーツを目の前に、シグムントの顔はわかりやすく輝いた。

「わあ!靴なんか出してどうしたんだ。もしかして俺にくれるのか?」
「いつまでも素足でいられたらこっちだって迷惑なんだよ。ったく、おいシグムント、こいつはてめえの出世払いにしておくからな!」
「おい聞いたか店主よ。イザルは優しさを素直に差し出せない面倒臭いところもあるんだ。だが、ふふ、……照れておる」

 キャイン! と子犬の鳴くような声はもちろんシグムントである。側から見れば、どこぞの令嬢に暴力を振るう悪辣漢に他ならない。引き攣り笑みを浮かべるトートを気にもせず。イザルは無言で金を払うと、シグムントの胸にブーツを押し付ける。
 
「なあ、あんたさっきも頭ぶつけてたろ。その……いろいろ大丈夫なのかい?」

 言外に、その男と一緒にいて。という言葉が含められているのだが、シグムントには伝わるわけもなく。 

「ああ、気にかけてくれてありがとう。俺のつのが」
「シグムント」
「……俺の募る思いをカウンターが受け止めてくれたのだ」

 などと、妙なキメ台詞じみたことを口にする始末。
 背後に感じるイザルの牽制が功を奏した。シグムントは、己の機転に心底感謝をしていた。また頭にこぶを重ねられたらたまらない。角が見えていないというのに、器用にも角をよけて拳骨を落とすのがイザルだ。心配げなトートの視線だけはありがたく受け取ることにした。

「宿泊」
「わ、わかった今やるよ、部屋なら二階の角部屋がすぐ入れるけど……」
「雨風凌りゃどこだってかまいやしねえよ」
「そうかい、ならほら。この台帳にサインを」

 人を威圧することに長けたイザルの端的な声に、急かされるように台帳を取り出した。
 ククルストックは魔物が蔓延る広大な森、木漏れ日森も近い街である。宿泊台帳とは名ばかりで、ギルドとして出入りする旅の者を管理する必要があるのだ。ギルドカードを見せてもらうのが一番早いのだが、自ら進んで掲示しないものほど一癖も二癖もある。今まさに、イザルがその筆頭である。そういった面倒くさそうな輩に向けられて編み出されたのが、トートの所持する特殊台帳だ。
 トートの指先が背表紙を二回なぞる。瞬く間に台帳のページがパラパラと捲られ、名前を記入する枠が浮かび上がる。

「名前書いたら、そこのピンで指さして血判をくれ。大丈夫、名前と血は本人識別のためだよ。念の為ね」
「へいへい」
「明日は朝食をここで摂る?」
「イザル、朝ごはんは食べたい」
「不要で」
「えーー‼︎」

 サラサラと台帳に必要事項を記入していく。イザルからしてみれば、ここで食べるよりも市井に出て朝食を買った方が安いのだ。というか、シグムントが物を食べるところなんて見たことがない。声を上げた本人は隣で不服そうにむくれているが、イザルからしてみれば靴の代金も泊まる為の代金も俺の金だ。である。
 狭量な男だと思うならいくらでも思えばいい。そんなに食いたいなら働けというのがイザルの持論だ。

「働かざる者食うべからずだ。靴も借しだからな。お前が金を稼げる一人前になったら食えばいい。」
「むう……」

 二人のやりとりを前に、トートは余計に困惑していた。しかし、一介のギルド職員がワケありそうな二人の関係性を追求することなど、到底出来はしない。本音は藪蛇だった時が怖い。が正解だが。
 シグムントの目線が、トートへと向けられる。引き込まれそうなほど美しい銀灰の瞳と目が合うと、不覚にもどきりとしてしまった。

「だそうだ、君も聞いていただろう。店主よ、こんな俺でも携われる仕事はあるのだろうか」
「え、そんな細腕で働くの?」

 シグムントは、誰からみても真っ先に非力。というか、か弱いが服を着て歩いているように見える。ギルドに集められる依頼は、当然体力勝負のものばかり。イザルから受け取った靴の代金をしまう代わりにトートが取り出したのは、ギルドに寄せられる依頼書の束だ。

「長期になるけど……農家の手伝いとか、あとは牛舎の掃除とかならまあ……君にもできそうだけど」

 トートの視線が、顔色を伺うようにイザルへと向けられる。視線が合うと、しっかりと睨みつけられて肝を冷やした。

「んな長く滞在するつもりもねえ。俺は剣を取りに来ただけだしな」
「え、剣?」
「んだよ」
「あ、いや……えっと……」

 トートは逡巡した。おそらく、剣を取りに来たというのなら、武具屋に向かうだろう。しかし、その武具屋は現在店主が行方不明である。武具屋の見習いから出された依頼のページを捲る。内容は、とある場所から店主を連れ出してほしいというものだ。
 行方不明なのに、場所がわかる。その矛盾した依頼は、駆け出しの冒険者では到底太刀打ちできない問題が含まれていた。

「……武具屋に行くんだろうから、一応言っておくけれど、今店主はいないんだ。あんた強そうだからいうけど、……店主は今木漏れ日森の奥、フォレストフォールにいる」
「……いつ帰ってくんだ。」
「帰ってこれないから、連れて帰ってきてくれという依頼が出ている。危険だし、月夜茸の群生する近くだから何人か腕に自身のある奴らが挑んでいったけど、みんな逃げ帰ってきてるんだ」
「フォレストフォール?」

 シグムントが首を傾げる。
 フォレストフォール。森の台所とも呼ばれるそこは、深夜の国で言う迷いの森のようなものだ。木漏れ日森の奥深く。魔素の濃い環境でしか育たない、幻惑作用のある胞子を飛ばす月夜茸の群生地。
 そこに迷い込んだのは、武器屋の店主だけではない。手渡された依頼書に目を通すイザルは、特筆事項として記載されている魔物、ヴィホルダーの文字に目を細める。

「なんだこの、ヴィホルダーって魔物は」
「む、知らんのか。土属性魔法を放つ一つ目巨人のことだ。灰色の皮膚に、こーーんなに大きな目玉が顔の中央についている」
「なんだ、あんた魔物に詳しいんだな。学者さん?」
「学者さんじゃないぞ、シグムントだ」

 どうやら武器屋の店主はフォレストフォールから伝達魔法を使って救助要請をしたようだ。もうすでに足止めを食らってから三日が経っているらしく、その安否が危ぶまれている。
 依頼達成の報酬には、武具屋で扱う一番いい剣を与えると書いてあった。よほど切羽詰まっているらしい。報酬目当てで何人かは挑んだらしいが、皆見知らぬ魔物に怖気付いて帰ってきているとのことだ。
 
「彼が帰ってこないと武具屋は開けないよ。依頼達成報酬が魅力的だから選ぶ人は多いけど……この通り危険が伴うから、こっちとしても被害が増えないように早く終わって欲しい依頼なんだよね」
「……」
「イザル、ここは避けては通れまいよ。お前は武具屋に用事があるのだろう?」

 渋い顔をして依頼書を睨みつけているイザルの顔を、窺うようにシグムントが見上げる。

「もしあんたが受けてくれて、そんで依頼達成してくれたなら、ここの宿代と靴代はタダでいい。どう?」
「マジで」
「魔物のことなら俺が詳しいぞイザル。もしかしたら何か力になれるかもしれんし、なあ。俺も連れてけ」
「別嬪さんもそういってることだし、ここは一つ!」

 顔に面倒臭いを貼り付け逡巡する。しかし、すでに答えは決まっていたようだ。イザルはトートからペンをもぎ取ると、依頼を受注することにしたらしい。
 イザルの腕に手を添えるように、依頼書を覗き込む。シグムントとイザルの近い距離感に、トートは妙な勘ぐりを振り払う。依頼を受けてくれるのならなんだっていい。力量をわきまえずに受注する馬鹿者が減りさえすれば、トートとしても御の字である。
 トートの瞳が、イザルのペンを握る手を映す。指が太くゴツゴツしていて、手首から肘にかけての筋肉は、わずかな動作でもしなやかに動く。依頼を受けに来るものたちに比べると、イザルの手のひらは剣に慣れている。見栄えだけを気にするような装備も付けてはいない。どちらかというと、散歩でもしに来たかのような身なりである。
 トートがイザルを見つめていれば、隣にいたシグムントが嬉しそうにはにかみながら宣った。

「主人、イザルは強いぞ。君は人を見る目があるなあ」
「え? あ、ああ、……まあこういう仕事をしてるとね」
「靴もありがとう、大事に履こう。無事に帰ってくるから何も心配しなくていい」
「それをなんでお前が言うんだ。おら、鍵受け取れ。さっさと部屋行くぞ」
「あ、待ってくれイザル、わっ」

 靴をインベントリにしまったイザルが、再びシグムントを抱え上げる。
 ギルドが職場ということもあり、トートは様々な者達を目にしてきた。しかし、こんなに関係性が見えない二人を見たのは今日が初めてだった。
 イザルはシグムントと呼ばれた麗人をぞんざいに扱う癖に、足の傷のことを気にかけている。小脇に挟むような抱き方はいかがかとも思うが、この依頼の報酬の一部として掲示した靴代と宿代の無料の話も、結局はシグムントの為になるのだが、気がついているのだろうか。

「本当にわっかんないなあ、あの二人」

 二階へと続く階段を軋ませて登っていく。そんな二人の背中を、階下の者達はさりげなく目で追っている。
 イザルはその場にいるだけで威圧を放っているような男だ。姿が見えなくなると、その場にいた者達は皆ほっとしたように、詰めていた息を吐き出していた。
 ゆっくりと会話が戻ってくる。静かだったのは聞く耳を立てていたからなのだが、その気持ちもわからなくない。トートは苦笑いを浮かべると、受け取った依頼書を進行中の台帳へと移した。
 
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