20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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堕界編

いざ穴の中

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 鬱蒼とした森の中で、なんとものんびりとした歌が響いている。
 眠そうなシグムントの声と、まだあどけないメリーの声が、歌詞もない曲を口ずさむのだ。小さいもの同士がゆらゆらしながら手を繋いで歩く様子は、さながらお散歩中の孫と祖父だ。
 薄い腹を満たしたメリーの先導で、イザル達は森に歩を進める。まっすぐだと思っていた城壁への道筋は、茂みに隠れ生えるキノコを辿るように、ジグザグに進んでいた。

「このままいくとね、女王蜘蛛がいるから」
「それも、おじちゃんが言ったのか?」
「うん、あのね、おじちゃんもね、僕たちと同じなんだよ!」

 草むらを揺らすと、ぽわりと胞子が舞い上がる。無毒な夜光茸が光を放つほどの暗さの中を、メリーは己の庭のように進んでいく。
 おじちゃんはね、長生きなんだよ。そう言ったメリーは、話し相手が欲しかったと言わんばかりに嬉しそうに笑う。

「この辺は、決まった道順に進まないと死んじゃうかもしれないから」
「よく気もしれずに森を渡ってきたな、俺たちは」
「人里にまだ近いところなら大丈夫だよ、桃色のお花が咲き始めたらまずいけど」

 辟易とした表情を見せるルシアンに、メリーはあっけらかんと宣った。桃色のお花とは、女王蜘蛛の糸に触れて変異した毒草のことだ。頬白花という、小さく白い花が桃色に染まったそれは、女王蜘蛛の棲む土地にのみひそやかに咲くという。
 花は強力な媚薬の材料だ。別名女王の口付けとも呼ばれる媚薬は、今や闇市でも滅多にお目にかかれないほどの禁止薬物となっている。

「その知識も、おじちゃんか」
「うん。他にもね、おじちゃんは生きてくためにいろんなことを教えてくれたんだ」
「女王蜘蛛の口付けが頬白花と同じだっつうのは、大人でも知らなかったぜ」
「え、そうなの?」

 イザルの目の前を歩くメリーは、ふうんと気のない返事をする。間抜けなお歌はそれから少しだけ続いて、やがて見えてきたのは白く美しい城壁だ。
 メリーはシグムントの手を離すと、ちょこちょことかけだした。地べたに密着するかのように貼り付けられた城壁の白は、夕日によってその表面をジリジリと赤く染めている。

「そろそろ寝床を決めないと」
「なんで、もう直ぐ堕界つくよ?」
「え?」

 イェネドの言葉に、メリーが不思議そうに首を傾げた。小さな手には、その辺で拾ったらしい細長い木の棒を手にしている。
 子供が隠れられそうな背丈の草を掻き分け、注意深く城壁と地面の境目を睨みつけ数歩歩くと、メリーは手にしていた棒をずぶりと地面に突き刺した。
 一体何をしているのだろう、大人達の視線を背中に受けながら、メリーは地べたに這いつくばるようにして土をほじくり返す。
 他の地面とは違って、そこだけは比較的柔らかそうな土であった。やがてメリーは麻袋のようなものを掘り起こすと、それををグッと引っ張った。

「んしょ、っと」
「手伝おう」
「黒目のお兄ちゃんは、もう一個引っこ抜いて!」
「なんだこれ、土嚢か……?」

 腕まくりをしたルシアンが、言われるがままに麻袋を脇に避ける。袋をどかしたそこにあったのは、子供一人分が通り抜けられるほどの穴であった。土を術によって部分的に固め、崩れないようにしている。
 大の大人が抜けるには狭いそこを、土嚢で塞ぐようにして隠していたらしい。メリーの秘密の抜け穴は、イザル達を出迎えるかのようにポカリと口を開けていた。

「……俺、獣化したら入れるかも。」

 ルシアンの隣で、イェネドが呟いた。小さな空間へは、早速地べたに腰を下ろすかのようにしてメリーが入っていった。
 イェネドが尾で地べたを撫でている。どうやら狭いところには入りたくなる習性らしい。若干キラキラした瞳で穴を見つめるイェネドの横で、ルシアンは試すような目線を己の兄へと向けていた。

「イェネドは入れても、俺らは」
「やって見なきゃわかんねえだろうが」
「ふわあ、随分と狭い穴だなあ」

 相変わらず呑気なものである。シグムントは感心したように穴を見つめていた。
 メリーがひょこりと穴から顔を出す。なんで降りてこないのだろうと、不思議に思ったようだった。

「お兄ちゃん達、早く!」
「なら俺から行こう。うむ」

 急かすメリーに乗せられて、シグムントが一歩前に出る。地べたへ四つん這いになると、その上半身を器用に狭い穴へと入り込ませる。小さな尻をルシアン達に向けながら、外套を土で汚して上半身を飲み込ませる。若干尻でつかえはしたが、メリーが引っ張ってくれたらしい。シグムントは情けない悲鳴と共に壁の中へと吸い込まれていった。
 
「いかなきゃいけないんなら、いくっきゃないだろう」
「お前は手段があるだろうが……」

 ふんす、と意気込んだイェネドが、黒い霧を纏うようにして狼の姿へと転化する。そのままズボリと狼の頭を穴の中に突っ込んだはいいものの、どうやら肩で詰まったらしい。
 本能が刺激されるのかは知らないが、なぜだか尾はご機嫌に揺れている。イェネドも入れないのだとしたら、穴を広げる他はなかった。
 
「はあ……もういい、イェネドどいてろ。俺がやる」
「お得意の土魔術か。お前は芸達者でいいな」
「褒めてんのそれは」

 ルシアンの言葉に、イザルは呆れたように宣った。いちいち物言いが鼻につく。我が弟ながら、嫌味でしかコミュニケーションを取れないのはいかがなものかと密かに思う。
 しかし、どうやら本当に褒め言葉だったらしい、イザルが目線を向けると、ルシアンは腕を組んだまま片眉を上げて応えていた。

「マジかよ……」
「アゥア」
「お前はこっちだ」

 ルシアンによって、首の肉を掴まれ引き摺り出されたイェネドが、間抜けな声を漏らす。地べたに爪痕を残すようにして回収されると、ポカリと口を開けた穴の前にイザルが立った。

「あんま広げんのも……まあ、元にもどしゃあいいか」
「できるのか」
「できるんじゃなくて、やるんだよ」

 イザルの目の前では、シグムントとメリーが穴からひょこりと顔を出していた。手で虫を祓うようにして後ろに下がらせると、穴の両縁に手のひらを添えた。
 じんわりと魔力を土壁へと流し込む。どうやら穴を固定している術は拡張術らしい。手のひらに伝わる感覚を頼りに、イザルは他人の施した拡張術へと干渉する。
 最初から土属性魔法を使うことなく、誰でも馴染むことのできる無属性魔法で作られている。手のひらから伝わる術者の明晰な知能や先を見る力は、旅の経験が長いイザルだからこそ気づいたことだ。この通路は、誰かが上書きすることを見越している。

「やるじゃないか」
「だから、お前はなんでいちいち上から目線だ……」

 疲れたような顔つきで宣うイザルの横では、イェネドが嬉しそうに尾を揺らしていた。ふんふんと穴の周りを検分する姿が気に食わなくて、どかりと尻を蹴った。
 ギャイン! という情けない声と共に穴の中に落ちた姿を確認すると、イザルは地べたに腰掛けるようにして穴に体を通す。

「せめえな……」
「図体がでかいせいだろう」
「てめえも変わんねえ位だろうが」

 吐き捨てるように宣うイザルの体が、半分ほど中に吸い込まれた時だった。ルシアンの硬い靴底を肩に感じて思わず見上げる。文句の一つでも口にしようとしたが、それはできなかった。

「さっさといけ、俺が詰まってる」
「ああ⁉︎ っ、どわ、っ」

 グッと力を込めるように、体を足で押し込まれた。イザルはあっという間に受け身もないまま穴の底へと落ちてしまった。どすんと重い音を立て強かに打ちつけた腰の痛みは、うずくまるようにして逃す羽目になった。

「くそがよ……」
「わあ、だ、大丈夫かイザル!」
 
 駆け寄ってきたシグムントが、顔を覗き込む。その背後を見上げれば、穴はイザルの背丈ほどの位置に空いていた。おのれルシアン。きっとあの時の説教の仕返しを、いまさらしくさったに違いない。忌々しげに顔を歪めるイザルが腹筋の力で起き上がれば──── 
 
「邪魔だ、どけ」
「がは、っ」
「わうんっ」

 今度はルシアンを背中で受け止める羽目になった。シグムントでもあるまいに、再び地べたに転がったイザルの上に、イェネドまでもが遊ぶように重なった。
 一人だけ涼しい顔をしたルシアンはというと、おのれの外套についた土汚れを気楽に払っているところであった。

「てんめ、っいい加減にしやがれ‼︎」
「なんだやるのか。こんな狭いところで?」
「お兄ちゃん達、崩れちゃうからはしゃがないでよ!」
「これイザル。そんな怖い顔をしたらメリーが怯えるだろうが」

 なんで俺が叱られにゃいかんのだ。イザルはそんな不服をしっかりと顔面に貼り付けながら、今度こそよろよろと立ち上がった。堕界の入り口に来るまでに、こんなにも疲弊するとは思わなかった。
 いつ戦闘になるかもわからないのに、無駄な体力を消費したことにため息を吐く。やはり多人数は向いていない。イザルがしみじみと思いながら顔を上げれば、地中トンネルの内部を見上げる。

「こりゃあ、また……」
「まるで異世界へと繋がっていそうな気配だろう。深夜の国なら迷宮になっていたかもしれん」

 内部は、壁に張り付く蛍光蟲のわずかな灯りを頼りにしているようだった。土を食べて生きるこの虫は、夜光茸と同じ成分を体から作り出す。
 何かに気がついたルシアンが、蛍光蟲の一匹を壁から外す。そのまま土壁の一部を指でほじるようにして剥がしとってみせた。

「ほお、虫寄せの香を練り込んでるのか。随分と頭が冴えるものがいる」
「違うよ黒目のお兄ちゃん、この土の成分だけ倍加術をかけたって言ってた」
「ということは、この土の成分がそもそも虫寄せになっているのか?」
「うん、蛍光虫が好きなやつだけ増やしたって、おじちゃんが言ってた」
「……」

 また、おじちゃんの話だ。錬金術師だってそんなことは思いつかないだろう。ルシアンが黙りこくると、メリーはシグムントの手を引くように、ちょこちょことトンネルの中を歩き出した。

「ボス……」
「わかってる」

 イェネドの耳打ちに、イザルは面倒くさそうに返した。銀灰の瞳が、前を歩くシグムントの後ろ姿を見る。いつもよりも口数が減っている気がするのは無視できないだろう。小さな違和感に舌打ちをした。シグムントがまた、無意識のうちに何かを感じ取っているのかもしれない。

「わかってて、平気なんだ……。やっぱりボスは度量が違う……」
「本当に気がついてないだけなんじゃないか」

 イェネドの感心した言葉に、ルシアンは呆れたような瞳でイザルの背中に目をうつす。
 己が外した蛍光蟲をイザルの後頭部にくっつけたのだが、見事に気がついていないらしい。イザルの漏れ出る魔力に反応してか、より一層輝いているその蟲に口元を震わせると、ルシアンは誤魔化すように咳き込んだ。


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