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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)
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それから、どうなったかというと、先ずは大林が榊原の家に約束通り引っ越してきた。
それでもすぐにと言うわけではなく、会社への住所変更の手続きが意外と面倒くさかったのと、記入する同居人の部分に榊原の名前を書かなくてはいけなかったこともあり、そこにずっと悩んで手を出しあぐねていたのだ。
しかしそれも、榊原が今のマンションを引き払って大林の家に住むと言い出したので、大林はあの家の家財がこの狭い部屋に入りきるわけがないと、大慌てで手続きした。
提出するときまでヒヤヒヤしていたが、意外とバレずにすんなり通ったので拍子抜けをした。
榊原いわく、事務手続き程度で顧客情報なんて遡らないでしょ。と言われ、たしかになあと納得した。大林はそういうところがある。
そして、榊原はというと、それはもう素晴らしい手際で大林のスマートフォンを使い、彼女の浮気チェックもかくやと言わんばかりに須く連絡先を確認した。
オトモダチ専用のスマートフォンは解約したので、中に入っていたのは新庄のプライベート用の連絡先だったのだが、それは何故かあちらからブロックをされていたので連絡をとることは出来なくなっていた。
「ブロックされてんのはいいんだけど、普通逆じゃね。」
「俺の方から連絡しておく。」
「うん?」
「俺はブロックされてないし。」
「目がマジなんだよなあ…」
そんなに光を宿さぬ目で人のスマホを睨みつける奴があるかと、榊原から素早く回収をする。
この間も真剣な顔で電話をしてくると席を外したので、何かと思ってついて行けば、回収していたらしいアルミシートをジップロックに入れたものを取り出したので、大慌てでタックルしたばかりだ。
「梓は甘すぎる。ああいう輩は外でもやってんだから、今ここで仕留めておかないと後々世の中に悪い影響を」
「こわいこわい!つか言えるわけなくね!?俺なんて言うのよ、襲われましたって!?自業自得だから余計に嫌だ。」
「あのとき、殴っておけば良かった。いや、殴らせてからのほうが…」
「打算的に悩むな。普通の会社員の癖になんでそんなに顔が広いんだよ…サツに世話んなったことでもあるの?」
「まだ無いかなあ。」
「これからも無いでいてくれ、頼むわ…」
未だ納得していなさそうな榊原は、本日は半休である。溜まりに溜まった残業の時間相殺でもぎ取ってきたらしい。興味がないわけではないが、気にも留めていなかった榊原の職業が広告関係だと言うのは、同棲を始めてから知った。なるほど確かにさまざまな業界に顔が広いわけである。
デザインもするのかと聞くと、どうやら絵心がないらしい。しかしプラン力は卓越したもので、クライアントからの依頼も柔軟に対応する。先日テレビで放映されていた、大林の務めるアパレルブランドのCMも榊原が手がけたと聞いて、腰を抜かしたばかりだ。
「…俺てっきり後ろめたい職業かと思ったよ。ヤクザとか。」
「経済ヤクザにいそうとは良く言われるけどね。」
確かに。無言でまじまじと顔を見る。そう言われてみればそうである。曰く、ちょっとでも怖い顔をするとハッタリの信憑性が増すのだそうだ。顔の整った男の顔面の用途は実に幅広い。
フレンチリムの眼鏡を外すと、そっと机に置いた。榊原がそっと大林の頭を撫でると、ゆるく微笑む。
「なんでも聞いてくれていいよ。俺のこと。」
「…なんだそれ、」
「だってそう言うこと聞かれたことなかったからさ、素直に嬉しいよ。」
「甘い声で囁くな。」
じんわりと頬を染めながら、ふいと顔を背ける。そんな様子を、肩を揺らして笑っている榊原は、つれない年下の恋人を前に、やっぱり黒猫っぽいなあと思った。
その髪を梳くように撫でれば、チョンと唇を不服そうに突き出した大林が、何か言いたげな眼差しでこちらを見つめ返してきた。
「なんか、悪かったよ。」
「うん?」
「俺は諒さんの仕事も、年齢も、趣味とか嫌いな食べ物とか、なんも聞かないで好きになって。」
「それでも気軽にバイトしにきた梓は、豪胆な子だなあって感心したよ?」
「ごうたんって何。」
「男らしいってことね。」
ふうん、だなんて気のない返事をしているが、その表情は少しだけ嬉しそうだ。それでも、大林は勘違いをしている。そもそも、大林が知らないのだから、それはこちらも同じと言うことに。
職業は知っていた。体を売っていたことも言われていたので知ってはいるが、榊原だって、大林の嫌いな食べ物や、趣味などは知らない。二人して同じ土俵に立っているのに、元来生真面目な大林だけが居た堪れなさそうにしていることが可愛くて仕方がない。
「梓は、和菓子よりも洋菓子が好きでしょ。ラム酒のきいた洒落たやつ。」
「なんで?」
「だってそれしか減らないし。おかげで俺はバランス取るのに羊羹ばっか食ってる。」
大林が榊原の家のハウスキーパーまがいのバイトをするのに整えた環境作りで、休憩時間に食べらえるようにと用意したお菓子類。そんな小さな気遣いで、何が好きなのかを知ったとき。榊原は嬉しくなってしまったのだ。おかげで栗羊羹にハマってしまったのも、多分大林のせいである。
「俺の家に来て、少しずつ気を許して、そんで自分を出してくれる。その中から梓のことを少しずつ知っていくって言うのも、なかなかにいいもんだよ。お前が俺のネクタイ見て怒ったようにさ。」
「あれでズボラなんだなってのは真っ先に理解した。」
あと、限界集落のコンビニ見たいなラインナップの冷蔵庫。
そう付け加えて、してやったりと笑いかける大林の、無邪気な表情だって榊原のものである。今は、きちんとのアイデンティティを取り出した我が家の冷蔵庫の中身の一切を、大林が取り仕切っているのも嬉しい。
「俺たちは俺たちの足並みがあるよ。だから、こうやって、余すことなく見せて。」
「うん、でもネクタイは買い替えに行こうな。」
「それ、まだ言うじゃん。なら次の休みの時にね。」
「車出してくれんなら、いいよ。」
その時は、きっと服装も大林が選んでくれるのだろう。榊原はいいよ、と返すと、戯れるようにこめかみに口付けた。
無邪気で、面の皮が厚くて、大人気なくて、裏表も人に対する好き嫌いもはっきりしているだらしがなくて、面倒臭い男。それを大林の手でしっかりと魅力的な男に仕上げていくのが、目下の目標でもある。
面倒臭い男好きなのかと思った。そういった榊原の言葉を不意に思い出した。あの時は馬鹿にされているのかとも思ったが、今ならきちんと答えられる。
面倒臭いのは、諒さん一人で十分だと。
それでもすぐにと言うわけではなく、会社への住所変更の手続きが意外と面倒くさかったのと、記入する同居人の部分に榊原の名前を書かなくてはいけなかったこともあり、そこにずっと悩んで手を出しあぐねていたのだ。
しかしそれも、榊原が今のマンションを引き払って大林の家に住むと言い出したので、大林はあの家の家財がこの狭い部屋に入りきるわけがないと、大慌てで手続きした。
提出するときまでヒヤヒヤしていたが、意外とバレずにすんなり通ったので拍子抜けをした。
榊原いわく、事務手続き程度で顧客情報なんて遡らないでしょ。と言われ、たしかになあと納得した。大林はそういうところがある。
そして、榊原はというと、それはもう素晴らしい手際で大林のスマートフォンを使い、彼女の浮気チェックもかくやと言わんばかりに須く連絡先を確認した。
オトモダチ専用のスマートフォンは解約したので、中に入っていたのは新庄のプライベート用の連絡先だったのだが、それは何故かあちらからブロックをされていたので連絡をとることは出来なくなっていた。
「ブロックされてんのはいいんだけど、普通逆じゃね。」
「俺の方から連絡しておく。」
「うん?」
「俺はブロックされてないし。」
「目がマジなんだよなあ…」
そんなに光を宿さぬ目で人のスマホを睨みつける奴があるかと、榊原から素早く回収をする。
この間も真剣な顔で電話をしてくると席を外したので、何かと思ってついて行けば、回収していたらしいアルミシートをジップロックに入れたものを取り出したので、大慌てでタックルしたばかりだ。
「梓は甘すぎる。ああいう輩は外でもやってんだから、今ここで仕留めておかないと後々世の中に悪い影響を」
「こわいこわい!つか言えるわけなくね!?俺なんて言うのよ、襲われましたって!?自業自得だから余計に嫌だ。」
「あのとき、殴っておけば良かった。いや、殴らせてからのほうが…」
「打算的に悩むな。普通の会社員の癖になんでそんなに顔が広いんだよ…サツに世話んなったことでもあるの?」
「まだ無いかなあ。」
「これからも無いでいてくれ、頼むわ…」
未だ納得していなさそうな榊原は、本日は半休である。溜まりに溜まった残業の時間相殺でもぎ取ってきたらしい。興味がないわけではないが、気にも留めていなかった榊原の職業が広告関係だと言うのは、同棲を始めてから知った。なるほど確かにさまざまな業界に顔が広いわけである。
デザインもするのかと聞くと、どうやら絵心がないらしい。しかしプラン力は卓越したもので、クライアントからの依頼も柔軟に対応する。先日テレビで放映されていた、大林の務めるアパレルブランドのCMも榊原が手がけたと聞いて、腰を抜かしたばかりだ。
「…俺てっきり後ろめたい職業かと思ったよ。ヤクザとか。」
「経済ヤクザにいそうとは良く言われるけどね。」
確かに。無言でまじまじと顔を見る。そう言われてみればそうである。曰く、ちょっとでも怖い顔をするとハッタリの信憑性が増すのだそうだ。顔の整った男の顔面の用途は実に幅広い。
フレンチリムの眼鏡を外すと、そっと机に置いた。榊原がそっと大林の頭を撫でると、ゆるく微笑む。
「なんでも聞いてくれていいよ。俺のこと。」
「…なんだそれ、」
「だってそう言うこと聞かれたことなかったからさ、素直に嬉しいよ。」
「甘い声で囁くな。」
じんわりと頬を染めながら、ふいと顔を背ける。そんな様子を、肩を揺らして笑っている榊原は、つれない年下の恋人を前に、やっぱり黒猫っぽいなあと思った。
その髪を梳くように撫でれば、チョンと唇を不服そうに突き出した大林が、何か言いたげな眼差しでこちらを見つめ返してきた。
「なんか、悪かったよ。」
「うん?」
「俺は諒さんの仕事も、年齢も、趣味とか嫌いな食べ物とか、なんも聞かないで好きになって。」
「それでも気軽にバイトしにきた梓は、豪胆な子だなあって感心したよ?」
「ごうたんって何。」
「男らしいってことね。」
ふうん、だなんて気のない返事をしているが、その表情は少しだけ嬉しそうだ。それでも、大林は勘違いをしている。そもそも、大林が知らないのだから、それはこちらも同じと言うことに。
職業は知っていた。体を売っていたことも言われていたので知ってはいるが、榊原だって、大林の嫌いな食べ物や、趣味などは知らない。二人して同じ土俵に立っているのに、元来生真面目な大林だけが居た堪れなさそうにしていることが可愛くて仕方がない。
「梓は、和菓子よりも洋菓子が好きでしょ。ラム酒のきいた洒落たやつ。」
「なんで?」
「だってそれしか減らないし。おかげで俺はバランス取るのに羊羹ばっか食ってる。」
大林が榊原の家のハウスキーパーまがいのバイトをするのに整えた環境作りで、休憩時間に食べらえるようにと用意したお菓子類。そんな小さな気遣いで、何が好きなのかを知ったとき。榊原は嬉しくなってしまったのだ。おかげで栗羊羹にハマってしまったのも、多分大林のせいである。
「俺の家に来て、少しずつ気を許して、そんで自分を出してくれる。その中から梓のことを少しずつ知っていくって言うのも、なかなかにいいもんだよ。お前が俺のネクタイ見て怒ったようにさ。」
「あれでズボラなんだなってのは真っ先に理解した。」
あと、限界集落のコンビニ見たいなラインナップの冷蔵庫。
そう付け加えて、してやったりと笑いかける大林の、無邪気な表情だって榊原のものである。今は、きちんとのアイデンティティを取り出した我が家の冷蔵庫の中身の一切を、大林が取り仕切っているのも嬉しい。
「俺たちは俺たちの足並みがあるよ。だから、こうやって、余すことなく見せて。」
「うん、でもネクタイは買い替えに行こうな。」
「それ、まだ言うじゃん。なら次の休みの時にね。」
「車出してくれんなら、いいよ。」
その時は、きっと服装も大林が選んでくれるのだろう。榊原はいいよ、と返すと、戯れるようにこめかみに口付けた。
無邪気で、面の皮が厚くて、大人気なくて、裏表も人に対する好き嫌いもはっきりしているだらしがなくて、面倒臭い男。それを大林の手でしっかりと魅力的な男に仕上げていくのが、目下の目標でもある。
面倒臭い男好きなのかと思った。そういった榊原の言葉を不意に思い出した。あの時は馬鹿にされているのかとも思ったが、今ならきちんと答えられる。
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