84 / 94
クロスオーバー
睡蓮とナナシ
しおりを挟む「ふぉ…」
「ひぇっ…」
睡蓮は、目の前にぺたんと座り込んでいる美人に、酷くうろたえた。
全くもって状況が掴めないのだ。少しばかし昼寝でもしようとして、瞼を閉じてしばらく。かぎなれぬ花のような香りがしたと思い目を開ければ、眼の前には見知らぬ景色が広がっていた。
「どなた…」
「どなた?」
己と少し違う色味を持つ人物が、鏡合わせのように首を傾げる。思わず放った言葉も、図らずとも同じものである。
雄なのか雌なのかはわからない。ただ、金色のお目々をキラキラと輝かせて、少しだけソワソワしているようだった。
「おみみ、つおい…」
「み、耳、ぼ、僕のお耳ですか?」
「うさぎさん、お耳かぁいいね。」
「へぁ…あ、ありがとうございます…」
褒められてしまった。目の前にいる人物も、自分と同じ妖かしなのだろうか。照れくさそうにお手てでお耳を押さえると、ちろりと目前の麗人を見つめる。
ふんす、と目を輝かせて、先程よりも距離が縮まっている気もする。這い這いするように、じりじりと近づいてくると、再びぺたんと尻を落ち着ける。警戒心はなさそうだが、敵意もないようで、小さな子どものように頬を赤らめて睡蓮を見つめてくるのが少しだけおかしい。
「あの、お名前は…」
「ナナシ!」
「ナナシさん、僕は玉兎の睡蓮です。ナナシさんは、なんの妖かしなのですか?」
「あやかしってなあに?」
睡蓮の発した聞き慣れぬ言葉に、コテリと首を傾げる。頭に生えているのは大きな獣の耳と、立派な角だ。お耳だけなら甚雨と同じ山犬なのだろうかと思ったが、角まで生えている。睡蓮も長いお耳を誑すようにして首を傾げると、困った顔をした。
「妖かしをご存知ないですか。ええっと、なんだろう、ええ、なんて言ったらいいんだろう!」
「ごぞんぢって、なあに?」
「ご存知ってのは、知っていますかって意味ですよぅ」
ナナシという眼の前の人物が、睡蓮の説明にバタバタとせわしなく尾を振り回す。どうやら新しい言葉を覚えたのが嬉しかったらしい。
「ごぞんぢ、かこいい!ナナシもごぞんぢするしたい!」
「するしたい?不思議な方言ですね…じゃ、じゃあ、ナナシさんはなんの妖かしですか?」
「あやかし、わかんないけど、えるのおよめさんだよう!」
「エルノオヨメさん?黄泉路のヨモツシコメさんの親戚ですかね、なるほど!」
「あい!」
ふくふくと笑うと随分と可愛らしい。ナナシはあまり頭は良くないようだが、それは睡蓮にしても同じである。
ナナシはというと、目の前の長いお耳を持つ可愛らしい青年に興味津々だ。ぎょくとやらよもつなんちゃらだの、なんだか聞き慣れぬ、そして言葉にもしづらそうな事をぽんぽんと放っては来たが、その眠そうな幅広の二重にルビーの瞳がとても魅力的で、そしてなによりも優しそうだ。
兎の獣人だろうか。垂れている長いお耳が、ナナシのお話を聞くときだけピクリと動くのに、胸の内側の柔らかい部分を刺激されて敵わない。
恐らく自分よりも随分と年下だろうに、しっかりとしている。
ナナシも、寝て起きたらここにいたのだ。こちらは前にも同じような経験をしているので同時ではいないが、目の前の睡蓮と言う名の彼は初めてだったらしい。真っ白な部屋を見渡しては、なにもないですねえといっている。
「ここ、こわいないよう。ナナシ、にかいめ」
指を二本たてたナナシが、くふんと笑う。ここでは己が先輩らしいことを理解すると、少しだけ自慢げに尾を揺らす。
その様子にホッとしたらしい、睡蓮が幾分か安堵の顔色になると、感心したようにナナシを見た。
「以前にもこちらに御出でになったのですか?」
「オイデ?オイデっておいでー!するやつ?いっしょの、おなじことば?」
「おいでー!とおなじですね、こっち来いとかの意味です。」
「ふぉ、おいでになるかこいい…ナナシもえるにつかうしたい!」
「ええっ、か、かっこいいですか?え?へ、へへっか、かっこいいですかね?そ、そんなことないと思いますけどっ」
話は逸脱したが、あまりかっこいいと言われる機会のない睡蓮は、己の問いかけの方向性を見事に見失った。頬を染め、なんてことないよという顔はしているくせに、その短い尾はせわしなく振り回されてもがれてしまいそうだ。ナナシと睡蓮、尾の短さは違えど、地頭の出来は似たようなものであった。
二人して、しかも片方は初見も初見の部屋に怯えていた癖に、なんとも和やかな雰囲気になってしまった。
ここは波長の合うマイペース同士が、時空を超えて邂逅を果たす部屋である。
20
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる