だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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守り人は化け物の腕の中

毒花、啄まれる 

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 流れるように美しい赤い髪は、獣の本性を少しでも滲ませると羽混じりになる。
 そんなことを知ったのは最近で、山主の一件が終わってからであった。
 なんでこんな瑣末事に気がついたかというと、九魄が目に見えて執着を表してきたからである。

「ヤンレイ」
「うるさい、俺にかまうな」
「俺はお前の妖魔だ。妖魔が己の守城を気にするなと言うのか」

 城の執務室の中。ヤンレイがこの部屋から出るのを許さないと言わんばかりに、九魄の手が扉を押さえている。
 狭くも広くもない部屋だ。それなのに、ヤンレイは九魄のせいで後ろに下がることもできないでいる。脚鱗にも見える翡翠色の籠手がついた手が押さえつけた扉は、成人であるヤンレイの力を持ってしてもびくともしない。

「どこに行こうとしている。またイムジンのところか」
「違う、書庫だ。書類を作るのに辞典がいる。お前が気にするようなことはもうない、一体なんなのだ!」

 ヤンレイの語気が荒くなる。振り向きざまに、背後に立つ九魄を払うかのように腕で押し返した。
 金色の瞳を持つ美丈夫は、ヤンレイの苛立ち混じりの振る舞いにも体幹を揺らすことなく、ただ冷めた目で見下ろすだけであった。

「お前、山主の件から妙だぞ。一体何を考えているのかがわからぬ」
「俺だけが理解していれば良い」
「九魄貴様、主人である俺にどういう振る舞いだそれは!」

 引き攣り笑みを浮かべたヤンレイが、九魄へと怒鳴り散らす。涼やかな顔をそのままに、長い指先で耳の穴を塞ぐように言葉を受け流す。そんな失礼な態度を前に、ますますヤンレイは苛立った。
 従順だったはずの九魄が随分な態度をとるようになったのだ。ヤンレイはそれが気に食わない。しかし、術でわからせてやろうにも九魄の方が力は上だ。
 だからこそ強く出れない。悔しそうに顔を歪めたが、そのまま怒りに身を任せ無駄な時間を過ごすつもりは毛頭なかった。守城は決して暇ではないのだ。
 小さく舌打ちをすると、ヤンレイは力任せに扉を引いた。

「うわ、っ」

 九魄の妨害はいつの間にか終わっていたらしい。軽い音を立てて開いた扉に肩透かしを食らうように、ヤンレイはどしゃりと尻餅をついた。
 こんなマヌケを演じたのは初めてである。たまたま執務室の前を通りかかったのであろう文官が、ポカンとした顔でこちらを見ていた。

「や、ヤンレイ殿……、いかがされましたかな……」
「……よい、気に留めるな」
「で、では失礼いたします」
「ああ……」

 ぺこりと頭を下げるように目の前を辞す文官を、床に座ったまま見送った。白い肌を耳まで赤く上気させ、フラフラと立ち上がる。
 九魄はその様子を面白そうに見届けていた。

「なん、っ」

 それはもう、いい音がした。勢いよく振りあげられた手のひらが、九魄の左頬を弾いたのである。
 ぽかんとする間もない。ヤンレイは一瞥を向けると、深衣を翻すようにして出ていった。

「……」

 黒髪が別れを告げるかのように扉の端に消えていくのを、九魄は左頬に紅葉を残したまま見つめていた。
 金色の瞳に暗い色を宿す。ざわりと纏う妖力が揺れて、一つに括った美しい赤髪が鳥の羽混じりへと変貌した。
 籠手のついた手で扉を掴むようにして、通路へと姿を現した。守城ヤンレイの妖魔九魄に、たまたま歩いていただけの侍女の一人が、妙な悲鳴をあげて座り込む。 
 纏う空気は電流をまとうかのようである。纏う怪しげな美貌に磨きをかける。
 その姿を、侍女が頬を染めてうっとりと見上げていた。
 衣擦れの音を立てるようにその場を去った。九魄が向かうはヤンレイのいるはずの書庫である。




 城内が騒がしい気がする。
 ヤンレイは眉間に皺を寄せたまま、書庫の天井を見上げた。
 提灯のような灯りが、微かに揺れている。地震とは違う、上の階で何か大きなものでも動かしているかのような振動だ。
 そんなことを考えて、再び書類へと目を落とす。
 ヤンレイは宣言通り書庫にいた。守城として、導師であるイェンから先日の山主との一件についての報告書を認めろと言われていたのだ。
 守城の仕事では、これが一番苦手だった。頭は回るのだが、いかんせん文章を綴るということに苦痛に感じてしまう。報告書と一度向き合うとなると、長くて二刻は時間を潰す羽目になるのだ。

 日付、時間帯、出した青院の部隊編成、終了時刻、現場の状況報告。破損物品やら、戦闘になった場合は妖魔の種類や使用妖術に、効果的だった術。被害者はいるのか、見届け人はいるのか。どんな道を使って向かったのか、討伐を行なった場所の緯度やら、妖魔の負傷の有無に、場所を示す簡易的な地図まで描かねばならない。
 これらの記録を綿密にすることで、いずれ同じような妖魔が襲ってきた時に有利に動くことができるのは理解している。それでも、部隊編成やら戦闘になった場合の術の種類、イムジンが出していた陣形の指示などの専門用語の飛び交う青院管轄の問いかけについては全くわからない。
 だからヤンレイには辞典が必要だったのだ。提出期限は今日の夕刻まで、魏界山の結界の件で口頭での報告や、タイラン用の妖魔使役の書類などを準備するうちにすっかり期限が近づいていたことを忘れていたのだ。

長い黒髪を一つにまとめたヤンレイは、表情に影を落としていた。どう頭を捻っても浮かばない言葉に筆が止まってから、もう随分と経っている。

「またお前は書類で苦しんでいるのか」

 そんな姿を隠すほどの影がかかる。聞き慣れた声の相手に暗い顔を向ければ、イムジンが呆れた顔で立っていた。

「……イムジン様」
「一陣は打草驚蛇を行った。ほらここだ、先に偵察を投げたってことになるな」
「だ、だそう……」
「紙よこせ、漢字はこうだ」

 イムジンは無骨な手では想像もつかないほど、滑らかな筆致で綴る。山賊の頭の方がしっくりくる見た目の割に、実に字がうまかった。
 
「俺が両利きでよかったなヤンレイ。こうして書類作成を手伝ってやれる」
「一線を退かれたのでは?あなた、なんでこちらにいるのです」
「溜まった休みを治癒に当ててんだ。将軍をやめたつもりは微塵もねえぜ」
「その腕で……?」

 ヤンレイの瞳が、イムジンの失われた片腕へと向けられる。そこは白い包帯がしっかりと巻き付けられていた。
 大怪我だというのに、この男はそれを感じさせないほど平常に見える。
 そんな訝しげなヤンレイの瞳に気がついたのか、イムジンはにい、と男臭い笑みを浮かべた。

「誘っても閨に来ないのは書類が忙しかったからか。果てはこの俺に気を遣ったのか」
「……今こうして忙しいことを目の当たりにして、邪魔をするのですか」
「何せ片腕がこうだもんでな。何かと不便ではある。どうだ、その書類、このイムジンが手伝ってやってもいいぞ。不備が出るようなことがあれば、俺に文句を言えとイェンに言ってやる」
「それは……」

 イムジンの甘い囁きに、ヤンレイの顔が僅かに明るくなる。
 苦手な書類を押し付けられるのなら、一晩体を許したっていいだろうと思ったのだ。イムジンとの夜が気に入らないわけでなはいのだ。片腕一本を失ったからといって落ち込むようなたまでもないのも知っている。
 筆を握るヤンレイの手に、イムジンの手が重なる。そのまま手の甲を撫でるようにして袖の中に忍ばせる目の前の将軍に、教え込まれた奥底の熱がじわりと灯った気がした。
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