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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー
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「そもそも、なんでお前宛に招待状が来ていたのだ」
「あれが招待状に見えたのか」
「違うのか……?」
グレイシスの言葉に、ジルバは相変わらずの卑屈っぽい笑みを浮かべて答える。最初は行くつもりもなど微塵もなかった。
あの手紙が来たのは一月前だ。丁度目をつけていた、城下で行われる闇市。違法なルートで仕入れられた魔物たちの出所が、どこかで見たことのある地名だったことがきっかけだ。
「これは結構な宣戦布告だろう。部下の報告で場所はわかっていたからな。招待されたのなら行くべきだと好奇心が勝った」
「それがフィルハウンドだというのか……」
「ああ。ここから流れてきている魔物はキアオガエル。幻覚作用のある油を分泌するから、国家産業支援局員のように資格がなければ捕獲も許されん」
「もしかして、研究材料が減るから取り締まるのか。お前はもっと大きな捕物が好きだろう」
グレイシスの言葉に、ジルバはモノクルを光らせるように振り向いた。
背後では市井のお祭り騒ぎは続いている。こんなに賑やかな街並みが似合わない男もなかなかいないだろう。グレイシスはそんなことを思った。
「金の匂いがする」
「……そうか」
「金策は趣味の範囲だ。まあ、お前も忙しなくしていたからな。息抜きだと思えばいい」
ジルバの言葉に、ため息を吐く。どうせそんなことだろうとは思っていた。
グレイシスの翡翠の瞳は諦めの色を宿す。期待していたわけではないが、もう少しマシなことを言うかと思っていたのだ。
「俺の氷結魔法が入り用か」
「審美眼もな。グレイシス、こちらだ」
「待て、今度は何を見つけた」
ジルバに手を引かれるまま、ビスケットのようにも見える石畳を小走りに進む。こんな人混みの中をよく抜けられるものだ。グレイシスが渋い顔で人並みに揉まれる中、ついに危惧していたことが起きてしまった。
「っ、待てジル……ば……」
ずるりと手が滑ってしまった。グレイシスの手には、まるで抜け殻のようにジルバの手袋が残されていた。
慌てて顔を上げる。花冠や鍔の広い帽子などを召した、着飾った人々のせいで場所の確認が取れない。面倒なことになってしまった。グレイシスはわかりやすく顔に面倒臭いを貼り付けると、尻ポケットにジルバの左手袋を突っ込んだ。
場所はわからないが、花火のなる方向へと向かえば会場には着くだろう。グレイシスが人混みから逃げるように壁際に移動しようとした時、どこからか車輪の音が聞こえてきた。
「こんな狭いところで、馬車を通すなど……」
整った柳眉を歪めるように顔を顰める。どうやら花売りの馬車らしい。美しい衣装を見に纏った女達が、まるで群衆の目を奪うかのように花を散らしている。
すれ違う、一瞬のことであった。グレイシスの目は、女達が乗る馬車に違和感を覚えた。
「……なんだ……くそ、面倒ごとばかり巻き込みおって……。おいそこのお前、あの馬車はどこに向かっている」
「え?あれはセント・パルヴェール劇団の踊り子達だよ。行く場所なんて一つじゃないか」
「あれがか……」
どうやらあの馬車が今回の目的地へ向かう馬車らしい。グレイシスは仕方なくハンチングの先を上げるようにして馬車へ目を向けると、追いかけるように歩き出した。
もしかしたら、どこかでジルバに会うかもしれない。そんな期待も少しあった。全身黒色の男だ、探すのなんて造作もないことだろう。ジルバから与えられた懐中時計も使うことはないはずだ。
体を、人と人の隙間に滑らせるように群衆を抜けていく。誰もが楽しそうに笑い、はしゃぎ、気分よく歌っているものまでいた。
なるほどこれが祭りの賑わいか。グレイシスが知っている祭りとは随分と違う。
「あ、おいっ」
視界に映った、全身黒づくめの男。グレイシスは足早に近づくと、慌てて男の手を握りしめた。そして、握りしめてから気がついた。ジルバのように、黒ではない左手だということに。
「なんやあ、お。別嬪さん」
「人違いをした。すまない」
「どうしたで、迷子かや?人探しなら、俺も手伝ってやろうか」
男は人好きのする笑みを浮かべると、グレイシスを見下ろした。
随分と上背がある。もしかしたらジルバと同じくらいかもしれない。グレイシスは男に掴まれた手を引くようにして外す。瞳に警戒の色を宿すと、一歩後退りをして男を見上げた。
「身分を明かせ。貴様が信用に足る人物だということを証明しろ」
「なんや、迷子になっちょって随分な態度やな」
「違う、あちらが逸れた。俺が悪いわけではないさ」
「わかったちや。なんや訳ありかあ面倒くせえのう……」
黒髪で、眠たげな目元の男はユキモトと言った。牧師らしく、このフィルハウンドへは観光できたという。出身地はジルガスタントだそうで、過去に一度だけ見た一柱ユルグガング・セフィラストスの姿が忘れられずにこの地に来たらしい。
グレイシスの記憶に引っかかる名前ではあったが、深くは口にしなかった。おそらくサジの仕える神のことだろうが、安易に口にしてどんな影響を及ぼすかもわからない。
「ほんなら、俺と同じ背格好の黒づくめを探したらいいがやろう。しかも集合場所もわかっちゅう。俺がいるか?」
「要らぬ。さっさと散れ」
「おんしの男にちゃんと説明してくれよ、俺は怪しいもんと違うっちゅうこと」
「一人で行ける。あっちへ行けと言ってるだろう‼︎」
グレイシスの何が気に入られたのかはわからないが、ユキモトは結局断ってもついてきた。おかげで妙な輩に絡まれることもなかったが。
辺りは少しずつ暗くなり始めているようだった。橙色を滲ませる空を見上げれば、自然とグレイシスの心も焦ってくる。騒がしくしていた町の人々も少しずつ毛色が変わり始め、ちらほらと正装をしているもの達も見かけるようになった。
「みんなあ劇団見に行く奴らあで」
「……正装すべきなのか」
「そらあ、舞台見る時ばあは」
「……」
グレイシスは、改めて己の身なりを見た。変装とはいえ、明らかにこの場にそぐわない身なりである。
そんなことに気がつくと、突然取り残された気持ちになった。ジルバは、一体なんの意図があってグレイシスにこのような格好をさせたのだろう。
途中から姿を消したのも気に食わなかった。隣のユキモトへと視線を向ける。牧師だというだけあって、黒い礼装は違和感なく馴染んでいる。
「俺は、この格好しか」
不貞腐れたように言葉を続けようとしたグレイシスの耳が、クォ、という聞きなれない鳴き声を捉えた。
視線を泳がすように、周囲を見回す。なんとなく耳に残る声の主が気になって、グレイシスはゆっくりと歩み出した。
「あ、おおい。道わかるがか?」
ユキモトの声に応えないまま、グレイシスは足早に歩みを進めた。人の流れを操るように、馬車がビスケットの坂道を登っていく。歩く雑踏の音が、コツコツと硬質なものに変わる頃には、空は赤らみ、グレイシスの目の前には立派な円形舞台が現れた。
そこだけ、丘の一部を窪地状にくり抜いて作られたかのような舞台だ。
白い階段がまっすぐに下へと続き、整備された客席が曲線をかくように舞台の周りをすり鉢状に飾っている。柔らかな風が吹いて、青々とした草木が揺れた。
クォ、不思議な声が、再び聞こえた。グレイシスは眼下の舞台に気を取られながらも、入場を待つ人々とは反対の方向へと歩みを進めた。
「なあおんし、待ちや!」
「なんの鳴き声だ」
「あ? 鳴き声?」
グレイシスに追いついたユキモトは、息切れをしていた。
翡翠の瞳が見つめる先は、円形舞台の丁度裏手側の壁だ。その根本を隠すかのように繁る草むらの中から、確かにクォクォと不思議な鳴き声がしていた。
「知らん、カエルやないがか」
「カエル……」
草むらを踏み分けるように、グレイシスは壁へと歩み寄った。壁の根本を睨みつけるようにして、じっくりと検分するように壁沿いを歩く姿は滑稽だろう。
青々とした草の隙間から、レモンのような爽やかな黄色を目にした時、グレイシスは地べたに膝をつくように、声の主をまじまじと見つめた。
「あれが招待状に見えたのか」
「違うのか……?」
グレイシスの言葉に、ジルバは相変わらずの卑屈っぽい笑みを浮かべて答える。最初は行くつもりもなど微塵もなかった。
あの手紙が来たのは一月前だ。丁度目をつけていた、城下で行われる闇市。違法なルートで仕入れられた魔物たちの出所が、どこかで見たことのある地名だったことがきっかけだ。
「これは結構な宣戦布告だろう。部下の報告で場所はわかっていたからな。招待されたのなら行くべきだと好奇心が勝った」
「それがフィルハウンドだというのか……」
「ああ。ここから流れてきている魔物はキアオガエル。幻覚作用のある油を分泌するから、国家産業支援局員のように資格がなければ捕獲も許されん」
「もしかして、研究材料が減るから取り締まるのか。お前はもっと大きな捕物が好きだろう」
グレイシスの言葉に、ジルバはモノクルを光らせるように振り向いた。
背後では市井のお祭り騒ぎは続いている。こんなに賑やかな街並みが似合わない男もなかなかいないだろう。グレイシスはそんなことを思った。
「金の匂いがする」
「……そうか」
「金策は趣味の範囲だ。まあ、お前も忙しなくしていたからな。息抜きだと思えばいい」
ジルバの言葉に、ため息を吐く。どうせそんなことだろうとは思っていた。
グレイシスの翡翠の瞳は諦めの色を宿す。期待していたわけではないが、もう少しマシなことを言うかと思っていたのだ。
「俺の氷結魔法が入り用か」
「審美眼もな。グレイシス、こちらだ」
「待て、今度は何を見つけた」
ジルバに手を引かれるまま、ビスケットのようにも見える石畳を小走りに進む。こんな人混みの中をよく抜けられるものだ。グレイシスが渋い顔で人並みに揉まれる中、ついに危惧していたことが起きてしまった。
「っ、待てジル……ば……」
ずるりと手が滑ってしまった。グレイシスの手には、まるで抜け殻のようにジルバの手袋が残されていた。
慌てて顔を上げる。花冠や鍔の広い帽子などを召した、着飾った人々のせいで場所の確認が取れない。面倒なことになってしまった。グレイシスはわかりやすく顔に面倒臭いを貼り付けると、尻ポケットにジルバの左手袋を突っ込んだ。
場所はわからないが、花火のなる方向へと向かえば会場には着くだろう。グレイシスが人混みから逃げるように壁際に移動しようとした時、どこからか車輪の音が聞こえてきた。
「こんな狭いところで、馬車を通すなど……」
整った柳眉を歪めるように顔を顰める。どうやら花売りの馬車らしい。美しい衣装を見に纏った女達が、まるで群衆の目を奪うかのように花を散らしている。
すれ違う、一瞬のことであった。グレイシスの目は、女達が乗る馬車に違和感を覚えた。
「……なんだ……くそ、面倒ごとばかり巻き込みおって……。おいそこのお前、あの馬車はどこに向かっている」
「え?あれはセント・パルヴェール劇団の踊り子達だよ。行く場所なんて一つじゃないか」
「あれがか……」
どうやらあの馬車が今回の目的地へ向かう馬車らしい。グレイシスは仕方なくハンチングの先を上げるようにして馬車へ目を向けると、追いかけるように歩き出した。
もしかしたら、どこかでジルバに会うかもしれない。そんな期待も少しあった。全身黒色の男だ、探すのなんて造作もないことだろう。ジルバから与えられた懐中時計も使うことはないはずだ。
体を、人と人の隙間に滑らせるように群衆を抜けていく。誰もが楽しそうに笑い、はしゃぎ、気分よく歌っているものまでいた。
なるほどこれが祭りの賑わいか。グレイシスが知っている祭りとは随分と違う。
「あ、おいっ」
視界に映った、全身黒づくめの男。グレイシスは足早に近づくと、慌てて男の手を握りしめた。そして、握りしめてから気がついた。ジルバのように、黒ではない左手だということに。
「なんやあ、お。別嬪さん」
「人違いをした。すまない」
「どうしたで、迷子かや?人探しなら、俺も手伝ってやろうか」
男は人好きのする笑みを浮かべると、グレイシスを見下ろした。
随分と上背がある。もしかしたらジルバと同じくらいかもしれない。グレイシスは男に掴まれた手を引くようにして外す。瞳に警戒の色を宿すと、一歩後退りをして男を見上げた。
「身分を明かせ。貴様が信用に足る人物だということを証明しろ」
「なんや、迷子になっちょって随分な態度やな」
「違う、あちらが逸れた。俺が悪いわけではないさ」
「わかったちや。なんや訳ありかあ面倒くせえのう……」
黒髪で、眠たげな目元の男はユキモトと言った。牧師らしく、このフィルハウンドへは観光できたという。出身地はジルガスタントだそうで、過去に一度だけ見た一柱ユルグガング・セフィラストスの姿が忘れられずにこの地に来たらしい。
グレイシスの記憶に引っかかる名前ではあったが、深くは口にしなかった。おそらくサジの仕える神のことだろうが、安易に口にしてどんな影響を及ぼすかもわからない。
「ほんなら、俺と同じ背格好の黒づくめを探したらいいがやろう。しかも集合場所もわかっちゅう。俺がいるか?」
「要らぬ。さっさと散れ」
「おんしの男にちゃんと説明してくれよ、俺は怪しいもんと違うっちゅうこと」
「一人で行ける。あっちへ行けと言ってるだろう‼︎」
グレイシスの何が気に入られたのかはわからないが、ユキモトは結局断ってもついてきた。おかげで妙な輩に絡まれることもなかったが。
辺りは少しずつ暗くなり始めているようだった。橙色を滲ませる空を見上げれば、自然とグレイシスの心も焦ってくる。騒がしくしていた町の人々も少しずつ毛色が変わり始め、ちらほらと正装をしているもの達も見かけるようになった。
「みんなあ劇団見に行く奴らあで」
「……正装すべきなのか」
「そらあ、舞台見る時ばあは」
「……」
グレイシスは、改めて己の身なりを見た。変装とはいえ、明らかにこの場にそぐわない身なりである。
そんなことに気がつくと、突然取り残された気持ちになった。ジルバは、一体なんの意図があってグレイシスにこのような格好をさせたのだろう。
途中から姿を消したのも気に食わなかった。隣のユキモトへと視線を向ける。牧師だというだけあって、黒い礼装は違和感なく馴染んでいる。
「俺は、この格好しか」
不貞腐れたように言葉を続けようとしたグレイシスの耳が、クォ、という聞きなれない鳴き声を捉えた。
視線を泳がすように、周囲を見回す。なんとなく耳に残る声の主が気になって、グレイシスはゆっくりと歩み出した。
「あ、おおい。道わかるがか?」
ユキモトの声に応えないまま、グレイシスは足早に歩みを進めた。人の流れを操るように、馬車がビスケットの坂道を登っていく。歩く雑踏の音が、コツコツと硬質なものに変わる頃には、空は赤らみ、グレイシスの目の前には立派な円形舞台が現れた。
そこだけ、丘の一部を窪地状にくり抜いて作られたかのような舞台だ。
白い階段がまっすぐに下へと続き、整備された客席が曲線をかくように舞台の周りをすり鉢状に飾っている。柔らかな風が吹いて、青々とした草木が揺れた。
クォ、不思議な声が、再び聞こえた。グレイシスは眼下の舞台に気を取られながらも、入場を待つ人々とは反対の方向へと歩みを進めた。
「なあおんし、待ちや!」
「なんの鳴き声だ」
「あ? 鳴き声?」
グレイシスに追いついたユキモトは、息切れをしていた。
翡翠の瞳が見つめる先は、円形舞台の丁度裏手側の壁だ。その根本を隠すかのように繁る草むらの中から、確かにクォクォと不思議な鳴き声がしていた。
「知らん、カエルやないがか」
「カエル……」
草むらを踏み分けるように、グレイシスは壁へと歩み寄った。壁の根本を睨みつけるようにして、じっくりと検分するように壁沿いを歩く姿は滑稽だろう。
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