だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

文字の大きさ
58 / 97
こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

4

しおりを挟む
 クォ、とカエルが喉を膨らませるように鳴いた。どうやら声の主はこいつらしい。グレイシスは、そっと見慣れぬカエルに手を伸ばそうとした。その時だった。

「触ったらいかん‼︎」
「っ……」

 伸ばそうとした手を、ユキモトによって掴まれた。緊張感の孕む強い口調に、思わずグレイシスは体をこわばらせた。奇妙な色のカエルは、ユキモトの声に驚いたのか、逃げるように草むらへと消えていった。

「離せ」
「……さっきのはキアオガエルだ。間違えん、ああいう色はそうおらん」
「知っているのか?」
「初めて見たわ。けんど、ギルドに登録しちゅうもんならわかるやろう。おまん、箱入りか」

 ユキモトの呆れ混じりの目線がグレイシスへと向けられる。
 第一騎士団にはいたが、ギルドには当然登録はしていない。素材になる魔物だって、全てを知っているわけじゃない。ユキモトの言葉を前に、グレイシスは何も言い返せなかった。
 本で読んできた知識と、実際に見た本物では大きく差が出る。分かってはいても、それを指摘されたようで少しだけ悔しかった。

「……おい、用がないなら、さっさと戻りや。俺はあいつは放っておけん」
「あいにくそれは俺も一緒でな」
「おんし、一体……」

 グレイシスの言葉に、ユキモトが怪訝そうな顔をした。
 翡翠の瞳が、辺りを見渡す。キアオガエルを発見した壁沿いからそう遠くない位置に、劇団のものだろうテントが張られていた。
 グレイシスの翡翠の瞳が、鋭さを宿してテントの近くに停められている馬車を見た。グレイシスが違和感を感じた先程のすれ違ったものと同じものに見受けられる。
 黙りこくり、無言で一点を見つめるグレイシスに、ユキモトは引き攣り笑みを浮かべた。

「まさかと思うが」
「俺は調べさせてもらう。どうせ近くにあいつもいるのだろう」
「なあ、あいつって誰ながや!」

 吐き捨てるように宣ったグレイシスが、一歩踏み出した。その影を、踏みつけるようにしてユキモトも背を追いかける。
 辺りは、夕闇に覆われていた。仰々しいあかりと、弦楽器の奏でる劇中曲が壁の向こう側から聞こえてくる。辺りの気配を伺うように、グレイシスはそっと馬車へと近づいた。

「おい」
「静かにしろ、何か話している」

 馬車の影に隠れるように、身を隠すグレイシスの隣にユキモトが滑り込む。細い指先を立てるかのように窘めると、ユキモトは慌てて口をつぐんだ。

「いいか、しくじるなよ。バレたら面倒なのは分かっているだろう」
「分かってる。こいつは金のカエルだからな。他国に売っちまいさえすれば、俺たちの身は国が守ってくれるだろう」

 盗み聞きしたのは、キアオガエルから抽出した油を他国に売りつける話だ。幻覚作用のある油を軍事用に改良したものを横流しする。劇団が公演目的で旅をするという名目で、他国から招かれる形で売り捌くということか。
 シュマギナール原産のカエルだ。なるほど、ここには商売道具を調達するために来たというわけか。

 グレイシスの目が細まる。今この場で二人を拘束しても、観客は人質扱いになるだろう。舞台中に、何か起こされては被害が大きくなる。話は聞いた、ただ一人では何もできないこともわかっていた。
 
「どうするが」
「……ここから離れる」
「見逃すがか」
「違う」
 
 グレイシスは、気を張り詰めさせながら身を隠していた馬車の底に触れた。夜の冷え込みだけが理由ではないほどに冷えている。
 ユキモトが、真似するように手を添えて確かめる。眉を寄せる表情は、おそらくグレイシスと同じことを考えているのだろう。

「分かった、いくわ。けんど、あいつらがおらんなってからにするで」

 囁くユキモトに、頷きだけで返した。草を踏み鳴らす音が遠ざかる。息を殺してやり過ごしたグレイシスは、慎重にその場を離れた。
 壁の影がわずかな明るさによって晒される中を慎重に進んだ。円形の壁の周りは開けている。もし見つかれば、隠れることは不可能だろう。先ほどとは違った緊張感を抱く中、ユキモトは口を開いた。

「キアオガエルを冬眠状態にしちょって、運びゆうがか。くそ、面倒やなあ」
「お前、ただ観光行きたわけじゃないだろう。同じ現場を見たんだ。隠してないで素直に言え」
「……ここに来たがは、あの劇団を追いかけてや。察しちゅう通り観光やない」
「理由は」
「仕事道具を盗まれたがよ、あいつらに」

 面倒臭そうに顔を歪めたユキモトに、グレイシスの眉間の皺が深まった。その様子に嘘はなさそうだ。牧師の仕事道具とはなんだと、口を開いた時だった。

「それは座長の持つ魔導書のことかな」
「ひ、っ」

 グレイシスの背後をとるかのように現れたジルバが、驚愕の声を手のひらで覆った。尻のポケットに仕舞われていた手袋をするりと抜き去る。ジルバの手によって手袋が溶けるように消えると、それはいつの間にかグレイシスの口を覆う左手に収まった。
 気配などなかった。突然影から現れた美貌の半魔を前に、グレイシスを置いてユキモトは飛び退った。

「勝手に逸れておいて、お前は他の男に尻を振っていたのか」
「ん、んん」
「なんだ、聞こえない。俺は今、虫のいどころがあまりよくないんだ」
 
 弁明すらできないのは、お前が俺の口を塞いでいるからだろう。グレイシスは拘束されるように腹に回った腕を叩いて抗議する。
 灰の瞳が、鋭さを伴ってグレイシスの正面へと向けられる。その冷たい視線の前に立たされたユキモトは、怒らせてはいけない相手だというのをすぐに理解したらしい。
 その黒い瞳に警戒心を滲ませて、敵意がないことを示すように手のひらをジルバへと向けた。

「まちや、敵やないき……おまんのいう通り、魔導書よ。一緒におるがは、おまんと俺を間違うて声をかけられたがきっかけぜ」
「俺をこいつと間違えたのかグレイ。……ああ、このままではしゃべれないか」
「っ、ジルバお前……っどこに行っていた!」

 こんなやつ呼ばわりをされて引き攣り笑みを浮かべるユキモトの目の前で、口を開放されたグレイシスは声を荒げた。一人にしたのはお前の方だろうと、不満をありありと顔に浮かべる。
 そんなグレイシスの怒気が滲む声が、思いの外響いた。慌てるユキモトの表情の通りに、グレイシス達が元来た道から人の声がした。

「阿呆!何しゆう!」
「くそ」
「まて、レイピアは抜くな。お前達には俺に合わせてもらう」
「は?」

 ジルバの灰の瞳が人影を捉える。怪訝そうな顔をするユキモトとグレイシスを置いてけぼりにするかのように話を進めた等の本人は、ユキモトの襟首を掴むと、壁へと乱暴に押しつけた。

「イッテェ‼︎」
「なっ」

 唐突なジルバの行動に、グレイシスがギョッとしたのも束の間だった。
 ユキモトの耳元へ、ジルバが囁く。訳がわからない状況で狼狽えるグレイシスの横に立ったジルバは、その肩にぐったりとしたユキモトの腕を回した。

「何事だ‼︎……ジルバ殿ではありませんか! アリアナ様に呼ばれていたはずでしょう! この男は?」
「知り合いだ。どうやら弟と共に劇を見にきたらしいんだが、チケットを無くしたようでな」

 劇団のものだろうか、めかし込んだ中年の二人組はジルバを認知していた。その肩に腕を預けて頭から血を流すユキモトを前に、わずかに表情を歪めたものの取り繕う。
 失礼な態度を取らぬように意識をしているということは、ジルバが何者かも理解をしているということだ。

「それで、なんで頭から血を」
「ちょっとでも見たくて、よじ登ろうとしたんです……いてて……」
「すまないが、一室貸してくれないか。手当てをしたい。アリアナ嬢の元へは、その後に向かう」
「か、かしこまりました……。劇はご覧にならないので?」
「この状況で楽しめと?」

 ジルバの目線が、苦痛に顔を歪めるユキモトへと注がれる。その表情が功を奏したのか、男二人は渋々と言った様子で納得をした。
 流れるように、二人が嘘をついてその場をやり過ごした。ということは、グレイシスが弟役ということか。言いたいことは山ほどあったが、なんとか飲み込んだ。
 男達の目線が、盗み見をするようにグレイシスへと向けられる。
 その視線から逃げるように、グレイシスはハンチングの先を摘むようにして顔を逸らした。

「ついてこいグレイ。兄の面倒はお前が見ろ」
「……ああ、分かった」

 冷たいジルバの表情から、苛立ちが滲んでいる。こんなことになるなら、もっとしっかりと手を繋いでおけばよかった。
 己の不貞腐れたような態度に気がついて、グレイシスは顔を顰めた。
 消化しきれないものが、胸の内側で凝っている。グレイシスは、この場において足手纏いを演じたことが不服だった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...