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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー
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「ひ、ぁあ、あっ‼︎」
「お前が、望んだのだろう……っ?」
ぎしぎしと寝台の悲鳴が耳障りだった。室内の空気はこもるように濃度を増し、微かな水音と共にグレイシスの羞恥を聴覚からも煽る。素肌に触れるシーツの感触はどこもかしこも濡れていて、ひどく不快だった。
「ぁあーー……っ‼︎あ、あぁ、あ、あっだぇ……えも、い、っだ、っ、いっだ、あ、ああぁっ」
「は……っ、本当に、よく泣く……っ」
泣かせているのはお前のほうだろうと罵ってやりたいのに、グレイシスにはそれができなかった。
性器が引き抜かれようとした時、体は無意識にジルバに縋りついた。お腹の奥がジクジクと焼かれるように疼いて仕方がなかったのだ。もう、今日は終わりなのかもしれない。そう思った時に、ジルバはまるでグレイシスが縋るのを待ち侘びていたと言わんばかりに腰を振り下ろした。
おかげでグレイシスは女のように高い悲鳴をあげたし、ジルバの与える唐突な刺激に、本当に殺されるかと思った。
「ひぅ、ううっぁ、あぁっんっ、ぁ、ゃら、ぁあいっでぅ、うっ」
「もう、出すものも……ないか、っ」
「ひぃ、あ、あぁ、じ、ジぅ、ばっや、やぇ、でっ‼︎ も、いっで、お、おじ、まぃ……っうあっ、あぁーー‼︎」
指の股を押し広げるように、大きな手のひらがグレイシスの手に絡まった。ベッドに体を縫い付けられ、細い影によって、胸の突起も小ぶりな性器も不必要に刺激をされる。グレイシスの子宮を押し開くように打ち付けられる性器に、己が雄だということも失念させられる。
本当に、孕ませようとしている。ジルバの目はギラギラと光り、捕食者としてグレイシスを見つめていた。
まるで、細い影がグレイシスの脳や心臓に根を張るように、侵食しているかのようだった。
苦しい、苦しくて、それでも繋がれた手を見ると本当に愛されているような気にもなってしまう。こんなに激しく抱かれるのに、愛を囁かない。この男を前にして、グレイシスが抱える思いなど、きっと伝わるわけもないのだ。
大切にして、愛して、労わって、甘やかしてほしい。グレイシスが家族に向けられなかった素直な言葉を、ジルバになら向けられるんじゃないかと思ったこともあった。
それも結局口にできないのは、グレイシスを本能的に乱すこの男の乱暴なセックスのせいだ。
口から出かかった言葉は、己の嬌声でかき消される。前後不覚になりながら、もしかしたら、や、今なら。で出かかった勇気を、ことごとく砕いていく。
こんな男に溺れた己が悪いのか。毎度ひんひんと泣かされながら諦めるのが、グレイシスの常であった。
「っは……、グレイ、シス……」
「じ、ぅば……っ、ぁあ、じ、る……っ」
グレイシスの手を押さえ込む、ジルバの手に力が入った。手の中の空気を抜くように重ねられ、情けない声で名前を呼んだ唇を塞がれた。滑る舌がグレイシスの舌と絡まり、ぐっと根本を膨らませたジルバが茂みを押し付けるように深く挿入する。
「ーーーーっは、」
「ぁ、……‼︎」
ジルバの声が微かにもれた。それだけでグレイシスの神経は漣のように波打ち、四肢を突っ張らせるようにして潮を噴き上げた。ジルバの性器の形を腹に教え込まれた通りに上手に締め付ける。
仰反るようにして、口端から唾液をこぼして果てたグレイシスの腹の中に、夥しい量の精液が流し込まれた。
結腸の奥深く。カインを産み育てた部屋に、再び熱い精を受けたのだ。腹の奥が、喜んで飲み込んでいる。内壁が媚びるように絡むジルバの性器が脈打つたびに、ジルバの袋に吹きこぼれるように逆流した精液がかかる。
グレイシスの頭を肩口に埋めさせるように、ジルバがキツく抱きしめた。四肢をだらしなく投げ出したまま、力無く抱きしめられるグレイシスは、微かに頭を傾けるようにそれに応えた。
気がつけば、室内は汗と精液の匂いで支配されていた。肺を膨らませ呼吸するグレイシスの頭を支えるように、ジルバの手のひらが添えられた。
「じ、るば……っ……」
「……なんだ」
「あ……」
名前を呼んだのは無意識だった。疲労と睡魔と疲れによって、意識がおぼつかなかったのもあるかもしれない。ぼんやりとしたグレイシスとは違い、事後ですら涼しげな顔をしているように見えるジルバが、グレイシスの頬に手を添える。
言葉の続きを促すように、唇を親指で撫でられる。未だ腹の奥にジルバの性器を仕舞い込んだまま、グレイシスはぺしょりとジルバの親指を舐めた。
「……ふ」
もう意識が持たなかった。結局ジルバの問いかけに答えぬまま、くたりと眠りについたグレイシスを見つめ、ジルバは吐息を漏らすように笑った。
白い首筋に顔を埋める。がじりと肩口に噛み付くと、ジルバはしっかりと歯型を残した。
「孕むわけがないだろう」
ジルバの無骨な指先が、グレイシスのまなじりを優しく拭う。
妊娠薬を飲まなければ、子は孕まない。そんなもの、ジルバが一番知っている。それなのに、グレイシスを抱きながら孕めと言った。そんな己に対する呆れを漏らしたのだ。
年甲斐もなく、はしゃいでいた。縋りつかれて、ジルバは無表情の下で、つい極まってしまったのだ。
気絶するように眠ったグレイシスの体から、ゆっくりと性器を引き抜く。ごぽりと音を立てて精液を漏らすグレイシスの蕾は、赤い媚肉が呼吸をするように収縮していた。
汚れた寝具を変えるのが面倒だ。ジルバはグレイシスの横に寝転ぶと、その体を引き寄せるように抱き込んだ。
また何か、面倒なことを考えていたのだろう。情けなく泣きわめくグレイシスが、時折見せる表情の意味をジルバはきちんと理解している。
「言葉にしたら、腰を抜かすのは目に見えている」
珍しく呆れの色を宿した瞳が、幼い顔で眠る腕の中のグレイシスへと向けられた。地頭はいいのに、己のこととなると自己肯定感が途端に低くなってしまう可哀想な子。ジルバにとってのグレイシスはそんな評価だ。
抑制されて、人の前で気丈に振る舞うように育てられたグレイシスを泣き喚かせるのはジルバの特権だ。綺麗な箔を剥がして出てくる、剥き出しの感情で息をするグレイシスが、ジルバは一番愛おしいと思っている。
面倒で、好きでもない奴との間に子供をこさえるほど、ジルバはどうでもいい人生を生きてはいない。サジからは独善的な天邪鬼が服を着て歩いているような男だと評価されるほど、自他共に自己中心的であることを認めるジルバが、わざわざ人の下について己の能力を奮うのだ。
そんなもの、グレイシスによく見られたいからに決まっているだろう。面倒臭いから口には出さないが。
「子で縛っているのは、俺の方だと言えば安心するのか」
「ふぐ……」
「……ふ」
グレイシスの形のいい鼻をつまむ。妙な声を漏らす様子に危うく表情筋を刺激されかけた。
己の巣の中ではなく、グレイシスの縄張りの中がこんなにも心地よいと感じるのがすでに答えだ。雄蜘蛛が雌の巣にご厄介になるという本能はあながち間違いではないらしい。
寝具を影で引っ張るように体に被せると、ジルバはグレイシスの頭を胸に抱くようにして狭い巣の中でくるまった。明日、グレイシスの瞳に最初に映すものは、己以外は許すつもりはない。
熱がこもって、少しだけ苦しい。グレイシスは己の体が動かないことに気がつくと、ゆっくりと目を開いた。
視界が暗い。何も見えないが、何かが体に絡まっていることだけはわかる。独り寝をするか、カインと眠ることくらいしかないグレイシスは、一瞬金縛りにでもあったのかと思ったのだ。
すん、と鼻を効かせる。こもった匂いが嫌で、寝具をどかそうとみじろいだ。
「……ぐ、っ」
体を引き寄せられて、思わず声をあげそうになった。緩慢だった寝起きの思考は徐々に明朗になるとともに、グレイシスの顔はじわじわと赤く染まっていく。
肺いっぱいに吸い込んだのは、ジルバの匂いだ。パカりと空いた口は、グレイシスの動揺を如実に表している。
嘘だろう。もしかして昨日のまま、共寝をしたということか。丸くした瞳で、恐る恐る見上げる。体に絡みついていた腕がジルバのものであると認識すると、ぎこちない動きで顔の位置を戻した。
「……」
冷静になれ。グレイシスは、己の心に言い聞かせた。抱かれる以外で、共にベットで寝たことはない。というより、グレイシスが起きる頃にはジルバは姿を消しているので、正確に言えばジルバが眠っている姿を見たことがない、が正しかった。
グレイシスの金髪をくすぐるのは、ジルバの寝息だろうか。一生眠らない男だと思い込んでいた分、珍獣でも見るかのような目つきで再び確認してしまった。
「……寝て、いる」
枕に顔を埋めるようにしているが、黒髪の隙間から覗くジルバの瞳は閉じられていた。
獲物を狙う肉食動物のような慎重さで、グレイシスは数分かけて体の位置をずらした。ジルバに抱き込まれていた頭を枕に預け、まじまじと寝顔を見つめる。
思いの外、睫毛が長いことも知った。もっと寝顔を見てみたくて、息を止めながらゆっくりと寝具の中から手を出した。全身の筋肉を使うように、これもまた慎重な動きであった。
おかげで寝起きだというのに、グレイシスの眉間にはぐんと皺がより、仇を睨みつけるような怖い顔になっている。
細い指先が、黒髪に触れる。そっとずらすと、ようやくジルバの寝顔にありつけた。
「っ~~……、っ……」
呼吸をするのも気を使う。グレイシスが横目で窓を見やると、まだ陽も上らぬ早朝であることが伺えた。
体の節々が痛い。ベッドも湿っていて、実に不快だった。散々っぱらえらい目に合わせておいて、後処理の一つもしないで寝たらしい。そこまで考えて、ふと気がついた。
違う、今回だけである。今まで激しく抱かれた後も、朝目覚めれば綺麗にされていた。
もしかして、ジルバが目覚めていないからかと思い至り、グレイシスの喉はごくりとなった。
寝たふりができるじゃないか。今なら。どんなことをしても、寝ぼけたで済む。そう考えて、グレイシスはもう一度ごくりと喉を鳴らした。
「……まだ早いから、寝るか」
そう言って、一応の保険はかけておく。口にしたのは、二度寝をする決意表明を、グレイシスなりに自然に言ったつもりのものだ。
瞼を瞑る。ジルバの黒髪に鼻先を寄せるようにして寄り添うと、恐る恐る黒髪に手を添えた。
「ん……」
微かに寝息を漏らしたジルバの頭を、そっと抱える。今までやったことがなかったからこそ、度胸試しもあったのかもしれない。普段触れることのない素直な黒髪に指を通す。少しだけ汗の匂いがするのは、きっと昨日の名残りだろう。
「お前も、可愛いところがあるのだな」
空気を撫でるかのような、本当にささやかな声で宣った。
グレイシスの腕の中で眠るジルバが想像できなかったのだ。いつでも国中に蜘蛛の糸を張り巡らせて情報を集める男が、安心して眠っている。それが己の側だと思うと、少しだけ口元が緩んでしまう。
部屋が暗くてよかった。陽が高くなくてよかった。今グレイシスは、気の抜けた顔をしているに違いない。眠るジルバの体温が意外と高いことも初めて知った。
恋愛関係のもの達が行う普通を、グレイシスは今初めて経験している。抱かれるだけではない、誰かを甘やかす行為が、こんなにも満たされるだなんて思いもしなかった。
心臓が少しだけ忙しない。グレイシスがジルバの黒髪に顔を埋めようとして、下を向いた時だった。
「続けろ」
「はぁ……あ……っ‼︎」
グレイシスの腕の中で、灰色の瞳を涼やかに輝かせたジルバが見つめ返していた。
心臓が口から飛び出す勢いで体をのけぞらせたグレイシスが、酷使された体のこともすっかり忘れてベットの上から姿を消した。寝具を巻き込んで、どしゃりと落下したのだ。らしくない行動を起こすほど、大いに驚いたらしい。
むくりと腹筋を使って起き上がったジルバが、ベットの下で寝具に包まるようにして動きを止めているグレイシスを見下ろす。細い足だけを晒したまま、寝具の隙間から呪詛を吐くように随分なご挨拶が聞こえてきた。
「ふざけるなお前いつから目覚めていた」
「おはようも戸惑うほどの早朝だなグレイシス。侍女だってまだ起きていない頃だろう」
「忘れろ」
「今朝の話か。それとも昨日漏らしたことをか」
「~~‼︎」
ジルバの言葉にグレイシスが拳を振り下ろしたらしい。妙な動きをする寝具を前に、ジルバはグレイシスの腰であろう場所に腕を回すと、そのままひょいと持ち上げた。
驚愕したように動きを止めたグレイシスを、寝具ごと膝の上に座らせた。未だ不服とばかりに暴れる体を抱きすくめると、ようやく抵抗もおとなしくなってきた。
「……なんだ、お前変だぞ。なんで俺にそれをする」
「寝起きで気が抜けているんだ。大人しくしていろ」
「なんだそれは……、お前も気が抜けることが……」
気が抜けることがあるんだな、と続けようとしたらしいグレイシスが口を閉じる。寝具の隙間からちらりと見える翡翠の瞳が、ジルバの顔を見つめた。
探るような視線を前に、無言で見つめ返す。
「い、今だけだ。今だけ」
「そうか、今だけか。ならば次はないと思って楽しまなくては」
「く……っ」
声色に緊張を宿すグレイシスが少しだけ面白い。甘え下手は遺憾無く発揮されている。
これはジルバの気まぐれではない。こうしたいからしているのだと口にしたら、グレイシスは一体どんな反応を示すのだろう。背筋を伸ばすようにして
体を微動だにしないグレイシスの肩口だろう場所に、ジルバは頭をもたれた。
腕に抱いて、丁度いいと思える相手はきっと、グレイシスただ一人だろう。恐る恐る体を寄せるグレイシスに小さく笑うと、ジルバは顔を上げ、寝具の中を覗き込むようにしてグレイシスの唇を奪った。
日の出までまだ少しある。寝ぼけていたと誤魔化せる間は、互いの心に素直になってもいい気がした。
その日の昼。蜘蛛の巣に配属されたという不審な訛り男が城に姿を現したのだが、ユキモトの存在を蜘蛛の巣の連中に伝えるのをすっかりと失念していたジルバのおかげで、ユキモトは危うく城の地下が職場だと勘違いをする羽目になったのは余談である。
「お前が、望んだのだろう……っ?」
ぎしぎしと寝台の悲鳴が耳障りだった。室内の空気はこもるように濃度を増し、微かな水音と共にグレイシスの羞恥を聴覚からも煽る。素肌に触れるシーツの感触はどこもかしこも濡れていて、ひどく不快だった。
「ぁあーー……っ‼︎あ、あぁ、あ、あっだぇ……えも、い、っだ、っ、いっだ、あ、ああぁっ」
「は……っ、本当に、よく泣く……っ」
泣かせているのはお前のほうだろうと罵ってやりたいのに、グレイシスにはそれができなかった。
性器が引き抜かれようとした時、体は無意識にジルバに縋りついた。お腹の奥がジクジクと焼かれるように疼いて仕方がなかったのだ。もう、今日は終わりなのかもしれない。そう思った時に、ジルバはまるでグレイシスが縋るのを待ち侘びていたと言わんばかりに腰を振り下ろした。
おかげでグレイシスは女のように高い悲鳴をあげたし、ジルバの与える唐突な刺激に、本当に殺されるかと思った。
「ひぅ、ううっぁ、あぁっんっ、ぁ、ゃら、ぁあいっでぅ、うっ」
「もう、出すものも……ないか、っ」
「ひぃ、あ、あぁ、じ、ジぅ、ばっや、やぇ、でっ‼︎ も、いっで、お、おじ、まぃ……っうあっ、あぁーー‼︎」
指の股を押し広げるように、大きな手のひらがグレイシスの手に絡まった。ベッドに体を縫い付けられ、細い影によって、胸の突起も小ぶりな性器も不必要に刺激をされる。グレイシスの子宮を押し開くように打ち付けられる性器に、己が雄だということも失念させられる。
本当に、孕ませようとしている。ジルバの目はギラギラと光り、捕食者としてグレイシスを見つめていた。
まるで、細い影がグレイシスの脳や心臓に根を張るように、侵食しているかのようだった。
苦しい、苦しくて、それでも繋がれた手を見ると本当に愛されているような気にもなってしまう。こんなに激しく抱かれるのに、愛を囁かない。この男を前にして、グレイシスが抱える思いなど、きっと伝わるわけもないのだ。
大切にして、愛して、労わって、甘やかしてほしい。グレイシスが家族に向けられなかった素直な言葉を、ジルバになら向けられるんじゃないかと思ったこともあった。
それも結局口にできないのは、グレイシスを本能的に乱すこの男の乱暴なセックスのせいだ。
口から出かかった言葉は、己の嬌声でかき消される。前後不覚になりながら、もしかしたら、や、今なら。で出かかった勇気を、ことごとく砕いていく。
こんな男に溺れた己が悪いのか。毎度ひんひんと泣かされながら諦めるのが、グレイシスの常であった。
「っは……、グレイ、シス……」
「じ、ぅば……っ、ぁあ、じ、る……っ」
グレイシスの手を押さえ込む、ジルバの手に力が入った。手の中の空気を抜くように重ねられ、情けない声で名前を呼んだ唇を塞がれた。滑る舌がグレイシスの舌と絡まり、ぐっと根本を膨らませたジルバが茂みを押し付けるように深く挿入する。
「ーーーーっは、」
「ぁ、……‼︎」
ジルバの声が微かにもれた。それだけでグレイシスの神経は漣のように波打ち、四肢を突っ張らせるようにして潮を噴き上げた。ジルバの性器の形を腹に教え込まれた通りに上手に締め付ける。
仰反るようにして、口端から唾液をこぼして果てたグレイシスの腹の中に、夥しい量の精液が流し込まれた。
結腸の奥深く。カインを産み育てた部屋に、再び熱い精を受けたのだ。腹の奥が、喜んで飲み込んでいる。内壁が媚びるように絡むジルバの性器が脈打つたびに、ジルバの袋に吹きこぼれるように逆流した精液がかかる。
グレイシスの頭を肩口に埋めさせるように、ジルバがキツく抱きしめた。四肢をだらしなく投げ出したまま、力無く抱きしめられるグレイシスは、微かに頭を傾けるようにそれに応えた。
気がつけば、室内は汗と精液の匂いで支配されていた。肺を膨らませ呼吸するグレイシスの頭を支えるように、ジルバの手のひらが添えられた。
「じ、るば……っ……」
「……なんだ」
「あ……」
名前を呼んだのは無意識だった。疲労と睡魔と疲れによって、意識がおぼつかなかったのもあるかもしれない。ぼんやりとしたグレイシスとは違い、事後ですら涼しげな顔をしているように見えるジルバが、グレイシスの頬に手を添える。
言葉の続きを促すように、唇を親指で撫でられる。未だ腹の奥にジルバの性器を仕舞い込んだまま、グレイシスはぺしょりとジルバの親指を舐めた。
「……ふ」
もう意識が持たなかった。結局ジルバの問いかけに答えぬまま、くたりと眠りについたグレイシスを見つめ、ジルバは吐息を漏らすように笑った。
白い首筋に顔を埋める。がじりと肩口に噛み付くと、ジルバはしっかりと歯型を残した。
「孕むわけがないだろう」
ジルバの無骨な指先が、グレイシスのまなじりを優しく拭う。
妊娠薬を飲まなければ、子は孕まない。そんなもの、ジルバが一番知っている。それなのに、グレイシスを抱きながら孕めと言った。そんな己に対する呆れを漏らしたのだ。
年甲斐もなく、はしゃいでいた。縋りつかれて、ジルバは無表情の下で、つい極まってしまったのだ。
気絶するように眠ったグレイシスの体から、ゆっくりと性器を引き抜く。ごぽりと音を立てて精液を漏らすグレイシスの蕾は、赤い媚肉が呼吸をするように収縮していた。
汚れた寝具を変えるのが面倒だ。ジルバはグレイシスの横に寝転ぶと、その体を引き寄せるように抱き込んだ。
また何か、面倒なことを考えていたのだろう。情けなく泣きわめくグレイシスが、時折見せる表情の意味をジルバはきちんと理解している。
「言葉にしたら、腰を抜かすのは目に見えている」
珍しく呆れの色を宿した瞳が、幼い顔で眠る腕の中のグレイシスへと向けられた。地頭はいいのに、己のこととなると自己肯定感が途端に低くなってしまう可哀想な子。ジルバにとってのグレイシスはそんな評価だ。
抑制されて、人の前で気丈に振る舞うように育てられたグレイシスを泣き喚かせるのはジルバの特権だ。綺麗な箔を剥がして出てくる、剥き出しの感情で息をするグレイシスが、ジルバは一番愛おしいと思っている。
面倒で、好きでもない奴との間に子供をこさえるほど、ジルバはどうでもいい人生を生きてはいない。サジからは独善的な天邪鬼が服を着て歩いているような男だと評価されるほど、自他共に自己中心的であることを認めるジルバが、わざわざ人の下について己の能力を奮うのだ。
そんなもの、グレイシスによく見られたいからに決まっているだろう。面倒臭いから口には出さないが。
「子で縛っているのは、俺の方だと言えば安心するのか」
「ふぐ……」
「……ふ」
グレイシスの形のいい鼻をつまむ。妙な声を漏らす様子に危うく表情筋を刺激されかけた。
己の巣の中ではなく、グレイシスの縄張りの中がこんなにも心地よいと感じるのがすでに答えだ。雄蜘蛛が雌の巣にご厄介になるという本能はあながち間違いではないらしい。
寝具を影で引っ張るように体に被せると、ジルバはグレイシスの頭を胸に抱くようにして狭い巣の中でくるまった。明日、グレイシスの瞳に最初に映すものは、己以外は許すつもりはない。
熱がこもって、少しだけ苦しい。グレイシスは己の体が動かないことに気がつくと、ゆっくりと目を開いた。
視界が暗い。何も見えないが、何かが体に絡まっていることだけはわかる。独り寝をするか、カインと眠ることくらいしかないグレイシスは、一瞬金縛りにでもあったのかと思ったのだ。
すん、と鼻を効かせる。こもった匂いが嫌で、寝具をどかそうとみじろいだ。
「……ぐ、っ」
体を引き寄せられて、思わず声をあげそうになった。緩慢だった寝起きの思考は徐々に明朗になるとともに、グレイシスの顔はじわじわと赤く染まっていく。
肺いっぱいに吸い込んだのは、ジルバの匂いだ。パカりと空いた口は、グレイシスの動揺を如実に表している。
嘘だろう。もしかして昨日のまま、共寝をしたということか。丸くした瞳で、恐る恐る見上げる。体に絡みついていた腕がジルバのものであると認識すると、ぎこちない動きで顔の位置を戻した。
「……」
冷静になれ。グレイシスは、己の心に言い聞かせた。抱かれる以外で、共にベットで寝たことはない。というより、グレイシスが起きる頃にはジルバは姿を消しているので、正確に言えばジルバが眠っている姿を見たことがない、が正しかった。
グレイシスの金髪をくすぐるのは、ジルバの寝息だろうか。一生眠らない男だと思い込んでいた分、珍獣でも見るかのような目つきで再び確認してしまった。
「……寝て、いる」
枕に顔を埋めるようにしているが、黒髪の隙間から覗くジルバの瞳は閉じられていた。
獲物を狙う肉食動物のような慎重さで、グレイシスは数分かけて体の位置をずらした。ジルバに抱き込まれていた頭を枕に預け、まじまじと寝顔を見つめる。
思いの外、睫毛が長いことも知った。もっと寝顔を見てみたくて、息を止めながらゆっくりと寝具の中から手を出した。全身の筋肉を使うように、これもまた慎重な動きであった。
おかげで寝起きだというのに、グレイシスの眉間にはぐんと皺がより、仇を睨みつけるような怖い顔になっている。
細い指先が、黒髪に触れる。そっとずらすと、ようやくジルバの寝顔にありつけた。
「っ~~……、っ……」
呼吸をするのも気を使う。グレイシスが横目で窓を見やると、まだ陽も上らぬ早朝であることが伺えた。
体の節々が痛い。ベッドも湿っていて、実に不快だった。散々っぱらえらい目に合わせておいて、後処理の一つもしないで寝たらしい。そこまで考えて、ふと気がついた。
違う、今回だけである。今まで激しく抱かれた後も、朝目覚めれば綺麗にされていた。
もしかして、ジルバが目覚めていないからかと思い至り、グレイシスの喉はごくりとなった。
寝たふりができるじゃないか。今なら。どんなことをしても、寝ぼけたで済む。そう考えて、グレイシスはもう一度ごくりと喉を鳴らした。
「……まだ早いから、寝るか」
そう言って、一応の保険はかけておく。口にしたのは、二度寝をする決意表明を、グレイシスなりに自然に言ったつもりのものだ。
瞼を瞑る。ジルバの黒髪に鼻先を寄せるようにして寄り添うと、恐る恐る黒髪に手を添えた。
「ん……」
微かに寝息を漏らしたジルバの頭を、そっと抱える。今までやったことがなかったからこそ、度胸試しもあったのかもしれない。普段触れることのない素直な黒髪に指を通す。少しだけ汗の匂いがするのは、きっと昨日の名残りだろう。
「お前も、可愛いところがあるのだな」
空気を撫でるかのような、本当にささやかな声で宣った。
グレイシスの腕の中で眠るジルバが想像できなかったのだ。いつでも国中に蜘蛛の糸を張り巡らせて情報を集める男が、安心して眠っている。それが己の側だと思うと、少しだけ口元が緩んでしまう。
部屋が暗くてよかった。陽が高くなくてよかった。今グレイシスは、気の抜けた顔をしているに違いない。眠るジルバの体温が意外と高いことも初めて知った。
恋愛関係のもの達が行う普通を、グレイシスは今初めて経験している。抱かれるだけではない、誰かを甘やかす行為が、こんなにも満たされるだなんて思いもしなかった。
心臓が少しだけ忙しない。グレイシスがジルバの黒髪に顔を埋めようとして、下を向いた時だった。
「続けろ」
「はぁ……あ……っ‼︎」
グレイシスの腕の中で、灰色の瞳を涼やかに輝かせたジルバが見つめ返していた。
心臓が口から飛び出す勢いで体をのけぞらせたグレイシスが、酷使された体のこともすっかり忘れてベットの上から姿を消した。寝具を巻き込んで、どしゃりと落下したのだ。らしくない行動を起こすほど、大いに驚いたらしい。
むくりと腹筋を使って起き上がったジルバが、ベットの下で寝具に包まるようにして動きを止めているグレイシスを見下ろす。細い足だけを晒したまま、寝具の隙間から呪詛を吐くように随分なご挨拶が聞こえてきた。
「ふざけるなお前いつから目覚めていた」
「おはようも戸惑うほどの早朝だなグレイシス。侍女だってまだ起きていない頃だろう」
「忘れろ」
「今朝の話か。それとも昨日漏らしたことをか」
「~~‼︎」
ジルバの言葉にグレイシスが拳を振り下ろしたらしい。妙な動きをする寝具を前に、ジルバはグレイシスの腰であろう場所に腕を回すと、そのままひょいと持ち上げた。
驚愕したように動きを止めたグレイシスを、寝具ごと膝の上に座らせた。未だ不服とばかりに暴れる体を抱きすくめると、ようやく抵抗もおとなしくなってきた。
「……なんだ、お前変だぞ。なんで俺にそれをする」
「寝起きで気が抜けているんだ。大人しくしていろ」
「なんだそれは……、お前も気が抜けることが……」
気が抜けることがあるんだな、と続けようとしたらしいグレイシスが口を閉じる。寝具の隙間からちらりと見える翡翠の瞳が、ジルバの顔を見つめた。
探るような視線を前に、無言で見つめ返す。
「い、今だけだ。今だけ」
「そうか、今だけか。ならば次はないと思って楽しまなくては」
「く……っ」
声色に緊張を宿すグレイシスが少しだけ面白い。甘え下手は遺憾無く発揮されている。
これはジルバの気まぐれではない。こうしたいからしているのだと口にしたら、グレイシスは一体どんな反応を示すのだろう。背筋を伸ばすようにして
体を微動だにしないグレイシスの肩口だろう場所に、ジルバは頭をもたれた。
腕に抱いて、丁度いいと思える相手はきっと、グレイシスただ一人だろう。恐る恐る体を寄せるグレイシスに小さく笑うと、ジルバは顔を上げ、寝具の中を覗き込むようにしてグレイシスの唇を奪った。
日の出までまだ少しある。寝ぼけていたと誤魔化せる間は、互いの心に素直になってもいい気がした。
その日の昼。蜘蛛の巣に配属されたという不審な訛り男が城に姿を現したのだが、ユキモトの存在を蜘蛛の巣の連中に伝えるのをすっかりと失念していたジルバのおかげで、ユキモトは危うく城の地下が職場だと勘違いをする羽目になったのは余談である。
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選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
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