ヤンキー、お山の総大将に拾われる。-理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について-

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これはさすがに想像していなかった。

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「お供しますとも。」
「即答かよ。」

 膝を突き合わせておはぎを食べている午後、蘇芳が仕事に行っている間にお市を連れて十六夜が顔を出しに来た。
 ぼんはお隣の砂かけ婆のオトメさんに預けてきているらしく、今日は十六夜の嫁感謝祭だということだ。

「あらまあ、貴方ったら。本当に外界に目がないのですから。」
「お市さんはいいの?俺が十六夜借りても。」
「構いませんよ、それよりも天嘉殿には勘違いさせたお詫びを申し上げに来ただけですのに、こんなお茶菓子までいただいて…」
「お市、これは立派な職務だ。烏天狗の名にかけて、必ずや任務を全うして帰還する。」
「はいな、お好きになさいまし。」

 結局化け葛籠を捕獲は三日前に行くという話だったのだが、天嘉の悪阻が重かったために二日ほどグロッキーだった。だいぶマシになった今日、十六夜には、蘇芳と共に天嘉のスーツケース探しについてきてほしいということを言ったのだ。ここに来るまでに持っていた荷物だということを説明すると、珍妙なからくりをしまっているのではないかと期待したらしい。
 十六夜が食い気味について行くと言ったのには、そういった理由があったのである。

「しかし、銀の装甲を纏いし葛籠…なんでもいたいけな滑車がついているとか。」
「ああ、まあ重い荷物入れるしな、移動が楽になるようにかな。」
「まあ、葛籠に滑車が?それってすごく便利ねえ。さすが天嘉様、はいからだわあ。」
「はいから…?」

 ぽん、と手を多々いて目を輝かせるお市は、十六夜とは違った目線で感動したらしい。やはりどこの世界でも、留守を守る女が働きやすい環境整備には余念がないようだった。

「して、外界へと本格的に出向かれるというのはいかほどの期間でございましょうか。数日かかるようでしたら、入用なものを確認したく。」
「あー、いやトランク拾ってきてからだからなあ。でもそんな長くはいかねーよ。日帰り。お市さんにもお菓子買ってくんね。」
「まあ、それは楽しみですねえ。外界は人型しか行けないもの、貴方はご迷惑をおかけしないようにね。」
「承知仕った。」

 フンスと意気込む十六夜は、相変わらずに烏面を外さない。どうやら素顔は嫁にしか見せないらしく、成程そういったことで誠意を表すのかと天嘉は十六夜の操立てのあり方に感心していた。

 そんなこんなでお市のお許しもでた天嘉は、翌日には早速向かう運びとなった。
 外界に通じる山の境界までは蘇芳が抱いて飛んでくれるらしい。天嘉はツルバミに頼んで、己が初日に身に纏っていた動きやすい服装を用意してもらうことにした。

「天嘉殿、やはり大変なご苦労をなさっておいでだったのですねえ。このような襤褸を纏って山に向かうなど、口減らしにでもあわれましたか。」

 げこ、とツルバミが悲しげな表情で用意してくれたダメージデニムは、天嘉の気に入りの一本である。
膝小僧がお寒ぅございますねとツルバミによって丁寧に布があてがわれ、塞がれたダメージ部分。なるほど祖母が孫の服にワッペンを縫い止めるのはこのような心持ちなのだなあと思った。

「いやこれダメージデニムつってさ、わざと穴空いてたんだけど…」
「はあ、わざわざ召し物に穴を…人とはやはり不思議なものですなあ…」

 なんだかんだ言いながら、文句も言わずに繕われたそれに足を通す。細身のスキニーはぴたりと天嘉の細くしなやかな足のラインを強調させている。
 ツルバミは、その細腰で子を孕むのは大変な苦労がありそうだなあと見つめてしまうくらい、天嘉の腹は薄く、尻は小さい。
 カットソーにシャツを羽織れば、多少くたびれた生地感は否めないが、ようやく人心地がついた。

「なにやら股引きのような珍妙な召し物ですなあ。それが下着ではないので?」
「下着!?」
「カルサオのようなものでしょうか」
「なんだかるさおって」

 ツルバミはきょとんとした顔で、カルサオとは葡萄牙ポルトガルから日本に宣教師とともに伝わった股引きのことだと言ってくる。歴史の勉強をまさかここに来てするとは思わず、逆にツルバミにとっての常識が天嘉には分からなかった。なのですげぇ物知りだなあと言うと、ツルバミは照れたようにげこりと鳴いた。

「なんだ天嘉、そんな下着姿でうろついて。」
「だから下着じゃねえんだけど!?スキニーだよ!!こういう服なの!!」
「はあ、そういえばそんなもの着ていたな。おお、膝の破れは直してもらったのか。寒そうだったからなあ。よかったなあ天嘉。」
「そうですね!!」

 膝のお洒落な開放感はおさらばしたが、まさか下着下着といわれると気恥しくなってくるから不思議だ。現代っ子な天嘉は何も間違ってはないはずなのにである。
 そう言えば小豆洗いの小太郎が履いているのが股引きかあと思い至ると、蘇芳が来ている天狗装束の袴はなんだと気になった。

「蘇芳のきてるあれは?あの、仕事着。裾引き絞った袴みてえなの。」
「あれは裁付袴だ。袴に脚絆が縫い付けてある。まあ、伊賀のものが着ていたので伊賀袴ともいうが。」
「いまでいうとサルエルかあ。」
「猿得る…まあ、猿のように軽快には動ける。成程、猿を得る。面白い言い回しだなあ天嘉。」

 あ、うん。と違うのになあと思ったが、まあ蘇芳が納得したのならいい。
 天嘉はここに来てスルースキルを身に着けたのである。流されやすい日本人が得たと思っても実は不得手なものが多いその能力を、確実に成長させていく天嘉は、ある意味ここに来てからノーといえる勇気も体得しているのだが、それに本人の自覚はない。

 蘇芳は、てっきり裁付袴を着た自分が好きなのかと勘違いをして、態々着流しの寝間着からそれに着替えてきたのだが、忍者っぽいといわれただけだった。
 しかし十六夜がこちらに来たときも、山に行くならこれだと言わんばかりに裁付袴出来たので、なんなく天嘉は自分のスキニーが気になってシャツを腰に巻きつけて尻を隠した。おかしい、何も間違ってはいない筈なのに。

 謎の敗北感に嫁が苛まれているとは露知らず、腰に巻きつけて下肢を隠したシャツが仕事をし、天嘉の細腰が強調されてそわそわする蘇芳を、しょうもない物を見る目でツルバミと十六夜が見ているなどとは天嘉の預かり知らぬこととなった。

 今日も御嶽山は平和である。これもひとえに蘇芳の神通力のなせるわざなのだが、総じて妖力と適当なことを抜かしている為にあまり有り難みがでないのが玉に瑕である。

 いざ向かわん、化け葛籠捕獲作戦。十六夜が物々しく縄などを持ってくるものだから、天嘉は熊でも生け捕りにするのかと少しだけ戦いた。




 御嶽山境界。外の世界へとの隔たりは、祠で区切られている。
 天嘉がまろびでるようにして落ちた亀裂は、妖力のあるものにしか見えない狭間の境であり、やまのけの瘴気に触れた天嘉が妖かしの気を纏ってしまったことにより、偶然口を開けたそこに吸い込まれるように落ちたということだ。
 普通の人は特に気にせず歩いている。その足の下に、あやかしが住む世界があるとは知らずに。

 常人には知覚できないその亀裂を抜けると、蘇芳たち妖かしが外界と言っている御嶽山表面だ。入るときは亀裂に落ちるように、そして出るときは普通に注連縄を跨ぐ。まったくもってあべこべなこの御嶽山裏面が、今の天嘉の生活区域であった。

 羽音が柔らかく響く。そっと注連縄の内側に降ろされた天嘉は、目に見えない被膜のようなものがあることに気づいた。

「なんこれ…変な感じ。」
「それが境界だ。稀に力のある迷い子がこちら側に来るが、大体は番に喚ばれる。まあ、外界とこちら側では流れる時間が違うからな、帰る頃には数年は経っているだろう。」
「神隠しの原因じゃね?」
「まあな、本能的に喚ばれているのを理解しているのだ。そういう物は大抵血筋にこちらの縁がある。人間の世界で生きづらく感じているものも多いと聞く。まあ、御嶽山に喚ばれたのはお前が初めてだが。」

 蘇芳は、全国津々浦々、妖かしが住まうのは霊山や神にゆかりのある土地だと言う。このように表面と裏面に分かれているらしく、各地の神隠しによって失踪した人間が離れた土地で見つかるなどというのは、境界を渡って移動しているからだそうだ。
 
 もうこちら側に縁を結び、半妖として家庭を持つ者もいるという。単純にあるべき場所に帰っただけなのだが、人はそれを良しとしないらしい。
 生きづらく苦しい場所に囚われ続けるくらいなら、終の棲家を縁のある場所で過ごしたいという彼らの思いは、当たり前に持つべきものなのにだ。


「俺も縁があんのかな。それとも、単純に迷い込んだだけ?」
「まあ、皆人間だと言いはるからな。最初のうちは。しかしこちらで暮らすことで徐々に馴染む。そうすると少しずつ思い出してくるものだ。」
「ふうん…」

 天嘉が無意識に腹を撫でた。男の身でありながら孕むというこの異常さを受入れた体も、そうなのだろうかと思ったのだ。
 天嘉は孤児だ。元の世界との縁も少ない。しかし、お前は妖怪だと言われてもしっくりこない。難しい顔をしている天嘉の様子に小さく笑うと、蘇芳は大きな手で肩を抱いた。

「たとえ外界のものに、お前が人里へ戻れと言われても、俺はお前を手放すことはしない。必ずうちに連れて帰るから安心しろ。」
「まあ、別に俺がいなくなっても慌てるの叔父さんだけだろうし…て、え。」

 メディアに取り沙汰されることもないだろう。そう続けようとした天嘉の目に、ありえないものがうつった。
 後ろで控えていた十六夜が、肩から綱を降ろす。スッと仮面の内側で目を細めると、静かに言った。

「奥方様、あちらが化け葛籠でございます。」
「うわあ…」

 天嘉の目の前に現れたのは、その身をボコボコにへこまし、滑車やら取手やらに蔦を絡ませた歪なトランクがひとりでに動いている姿だった。




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