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単純明快
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近づくに連れて、香辛料の食欲をそそる香りが立ち上る。蘇芳は嫁のご機嫌取りに土産を片手に羽を広げて家に帰れば、なるほど今日は宴の日らしいとご機嫌に微笑む。
カレーは宴の食べ物だ。天嘉が最初に作ったときは喰らうのにかなりの精神力を要したが、いざ口に含めばなるほどうまい。こうも癖になる味を作り出す嫁の手腕には毎度頭が下がる思いであった。
出処は、海底で修行を積む兵への慰労と、日付感覚を養うためのものだという。大鍋で作るそれは、皆で分け合って食らうのだ。故に宴。天嘉は手抜きだとのたまうが、蘇芳も息子も屋敷のものも、じつのところその日を楽しみにしているというわけだ。
そんな具合に食欲をそそる匂いに気を良くした蘇芳が、今日はカレーを食って天嘉も食おうかと算段をつけて庭先に降り立つ。息子に総大将を継がせた今、実に蘇芳は我儘になった。天嘉は二人目の子供扱いしてくるが、それも実によろしい。
「おおい、帰ったぞ!」
「おや、おかえりなさいまし蘇芳殿。本日はもう帰りにならないのかと思っておりましたよ。」
侍従頭の優秀なツルバミがさくりと嫌味を放つ。蘇芳はもう慣れているようで気にすらせずに、その小さき体に土産を乗せる。天嘉はもう寝ているのだろうか。顔を見せぬいけずな嫁を探す蘇芳は、正しく犬のようである。
「もう天嘉はねたか?」
「いいえ、カレーを温め直しておりましたゆえ、お帰りはお待ちになってらっしゃると思いますよ。」
「ふむ、なら奥座敷かな。」
蘇芳の後ろをぴょこぴょことついていく。まだ起きているなら、今宵は月も美しい。晩酌がてら縁側でしけこむのもよいなあと思いを馳せながら、そっと奥座敷の襖を開ける。しかし、蘇芳の思惑は早々に崩されたのであった。
「まじでか。」
「まあ、大変に睦まじくていらっしゃる。」
しけ込もうとした縁側に天嘉はいた。その股の間に鳥獣に変化した琥珀を仰向けに挟んで、その豊かな羽毛を優しく揉み込むようにして甘やかしていたのだ。立派な猛禽の体躯を腹天にして、随分と甘えている。天嘉が大きな鳥になる二人を可愛らしいと思っているのは知っていたが、それにしても自身もされたことのない甘やかし方である。
「すごくずるい。」
「うわびびった。」
背後から天嘉を抱えるように腰をおろした旦那に、思わずびくりと体を揺らす。蘇芳が帰ってきても、どく気はないらしい。その目をパチリと開けて姿を確認した後、また心地良さそうにクルルと喉を鳴らして和む。
鋭い猛禽の足を折りたたみ、時折尾羽根をふくらませる。よほど気持ちがいいらしい。天嘉の手元の椿油を見る限り、どうやら手入れを甘えているらしい。
「琥珀、お前も元服したのだ。そろそろ母に甘えず己で手入れをしなさい。」
「親父だって母さんに髪結んでもらうじゃん。」
「それとこれとは別だろう。」
「え?別なの?」
一緒じゃねえんだ。天嘉がじとっと蘇芳を見つめる。意味合い的には同じだが、まあそこは親の威厳もあるわけで。
「そんなに言うなら俺が手入れをしてやろう。」
「げっ」
「はは、案ずるな。丁寧にしてやるからな。」
「あ、いや、だ、だいじょぶ…」
天嘉の足の間でジタバタと暴れた後、何とか体を起こした琥珀が人型に戻る。蘇芳の手入れは雑なのだ。嫁にはあんなに丁寧に世話をするくせに、息子が相手だとコリほぐしも何もない。全身あざだらけになるのもザラである。
「うむ、やはり我が子はいくつになっても甘やかしたくなる気持ちはあるな。」
「ぎゃっ」
男らしい腕によって抱きすくめられた琥珀が、情けない悲鳴を上げる。元服したのだと引き合いに出す癖に、蘇芳は未だに目に入れても痛くないとのたまう。嬉しいが恥ずかしい。ジタバタ暴れる琥珀の整った顔を鷲掴みにすれば、まるで首を捻るかのようにして唇を押し付ける。
「むうううううう!!!」
「わはは、戯れるな戯れるな。」
戯れてませんけど!琥珀はべちべちと蘇芳の腕を叩いて顔を引き剥がす。我が子愛しくとも、していいことと悪いことがあるだろう。ごしごしと唇を擦りながら天嘉に突っ込むように抱きつくと、バサリと羽を出して飛び立った。
「ギャッ!飛んでる!!やめえ、パニクんなら一人でパニクれって!」
「いい加減接吻すんのやめてっていってくれよ!」
「いいじゃん愛情じゃん!減るもんじゃねえじゃん!」
「減らねえけども!!」
わたわたと屋根の上まで飛び上がった琥珀が、天嘉にしがみついて喚く。フッとあたりが暗くなったかと思えば、どうやら遊んでいると思ったらしい。琥珀よりも二回り大きな体躯の鳶に転化した蘇芳が、翼を広げて二人の真上に現れる。
「ばっかそのデカさで降り立つんじゃねえ!!」
「親父縮まって!!屋根こわれちまうから!!」
「よきかなよきかな」
「よきかなじゃねえあああぁぁぁあ!!」
その後はもうお察しである。けたたましい音を立てて奥座敷の縁側の屋根が半壊する結果になった。まあ、要するに蘇芳は酔っていた。分別もつかず、ご機嫌に息子の唇を奪い、屋根の一部まで奪ったのだ。翌日のツルバミの怒り様やら、天嘉の淡々としたお説教には、なぜだか琥珀までもが参加する羽目になってしまったのは解せないが、そろそろ本気で独り立ちを考えるきっかけにはなった。
「んで、それをおいらに言って何になるのさ。」
日付変わってそれから3日後。琥珀がだらしなく寝そべりながら、先日の有様を語る。突然突撃をされた身にもなってほしいと、鼬と山犬の間の子である松風は、その通った鼻筋を縮めるかのように渋い顔をする。
「んだよ松風。琥珀くん可愛そうって慰めてくんねえの。」
「年上のおいらに生意気な態度とる若天狗にかける情けなんて微塵もねえもの!」
ごりごりと青藍のお下がりである薬研で漢方を磨り潰しながら、松風はけっと吐き捨てる。琥珀は今、天嘉に頼まれて蜆と二日酔いに効く薬を買いに来ていた。甚雨と青藍の一人息子である松風は、山犬の血が多いせいか体格も実に男らしい。自分のことをおいらと呼ぶことを辞めれば雌にもモテるだろうにとぼやく青藍は、こちらも天嘉と同様息子の結婚を心配しているらしい。
「だってよ、幸だって自業自得ですねえとか言ってんだぞ。あれは完全に俺は被害者だと思うなあ。」
「幸さん二人目妊娠してんだからあんま絡まんでやんなさいよ。そういや睡蓮が琥珀に話あるって言ってたっけなあ。」
「俺は用事ねえもの。」
「琥珀がこっぴどく振られるの、そういうとこだと思うよおいら。」
あいよ、と言って薬紙に包まれた薬を差し出される。有り難くそれを頂戴すると、いい加減嫁困らすのも程々にしてやんなと蘇芳へのお小言も託された。琥珀もそう思う。
「というか、若天狗も御母堂には頭上がんないのな。うはは、かあいらしいじゃないの。」
「やかましい。俺の母さんに勝てる奴がいるなら是非お手合わせ願いたいもんだっての。」
「ちげえねえや!」
軽口を叩きながら、店を構える松風に礼を言ってその場を辞す。後は蜆だ。我儘な父親は、塗り壁のとこの蜆がいいと宣っていた。蜆なんてどこも同じだろうと言ってはみたが、河童と共に養殖している蜆は実に美味いのだと熱く語られた。どうやら新婚旅行先で知り合ってから、こちらの里にまで足をのばして店を構えているらしい。海坊主が手伝いに来ているとかなんとかで、こんな内陸でも生け簀に海水と淡水を混ぜられると喜んでいた。自らの特性を活かした画期的な方法で、現在塗り壁の中でも軽石混じりの体を持つものが引っ張りだこだとか。
「職業相談も嫁の努めかあ。」
そう考えたら、琥珀の嫁に取られる方も大変かもしれん。そんなことを思いながら市井を歩く。
「旦那、旦那。ちょっと立ち寄りなよ、」
「悪いね、この間未亡人で痛い目あったんだ。しばらくは大人しくするさね」
「あん、いけず。あたいのこと覚えといてね。」
「あんたみたいな別嬪、忘れるほうが無理ってもんだなあ。」
化け狐だろうか。客引きをするように琥珀にしなだれかかった女妖怪を軽くあしらう。琥珀が元服してからは、やれ若天狗が嫁取りをするそうだとどこぞから広まってしまい、こんな具合に引く手あまたであった。しかしながらどれも軽薄そうな雌ばかり、こうも雁首揃えて手を惹かれては、流石に琥珀も己の身の振り方が悪いのかと言う話になってくる。
手を振って別れた後、目的の蜆を手に入れた琥珀は、なんとも贅沢で不毛な悩みを懐きながら、総大将の嫁ってだけで大変そうだなあと考える。
「ああ、だから親父も母さんを拐かしたのかあ。」
なるほど、確かにそうすれば相手も覚悟は決まると言うだろう。ならばやはり市井の雌は駄目だ。肩書きに気を取られて仕事をしないかもしれない。もっとこう、拐かされた後も男らしく腹を括ってくれるような、そんな雌がいい。
琥珀は一人ごちた後、ならば人里からぴんとくるものを拐ってくるかと決めたらしい。天嘉に相談しても良かったが、親父とて一人で全て行ったのだ。琥珀にだってできぬ訳はないだろう。拐かして、孕まして、そうして愛とやらを育めばよい。蘇芳の嫁取りをツルバミから聞いていた琥珀は、なんと効率の良いことかと一重に関心をした。
その解釈は天嘉とは違うことも勿論聞き及んでいる。それはそうだろう、人と天狗は解釈も種族も違うのだから。
「光明、見出しちまったかも。」
若く、申し分のない色男だ。自身の容姿が特別いいとかの自覚はないが、まあ周りがそういうのだからそうなのだろう。早くから嫁を娶り、孫でも見せたら天嘉も喜ぶに違いない。そんな誤った解釈は、実に蘇芳の血を引いた天狗らしい考えであった。
カレーは宴の食べ物だ。天嘉が最初に作ったときは喰らうのにかなりの精神力を要したが、いざ口に含めばなるほどうまい。こうも癖になる味を作り出す嫁の手腕には毎度頭が下がる思いであった。
出処は、海底で修行を積む兵への慰労と、日付感覚を養うためのものだという。大鍋で作るそれは、皆で分け合って食らうのだ。故に宴。天嘉は手抜きだとのたまうが、蘇芳も息子も屋敷のものも、じつのところその日を楽しみにしているというわけだ。
そんな具合に食欲をそそる匂いに気を良くした蘇芳が、今日はカレーを食って天嘉も食おうかと算段をつけて庭先に降り立つ。息子に総大将を継がせた今、実に蘇芳は我儘になった。天嘉は二人目の子供扱いしてくるが、それも実によろしい。
「おおい、帰ったぞ!」
「おや、おかえりなさいまし蘇芳殿。本日はもう帰りにならないのかと思っておりましたよ。」
侍従頭の優秀なツルバミがさくりと嫌味を放つ。蘇芳はもう慣れているようで気にすらせずに、その小さき体に土産を乗せる。天嘉はもう寝ているのだろうか。顔を見せぬいけずな嫁を探す蘇芳は、正しく犬のようである。
「もう天嘉はねたか?」
「いいえ、カレーを温め直しておりましたゆえ、お帰りはお待ちになってらっしゃると思いますよ。」
「ふむ、なら奥座敷かな。」
蘇芳の後ろをぴょこぴょことついていく。まだ起きているなら、今宵は月も美しい。晩酌がてら縁側でしけこむのもよいなあと思いを馳せながら、そっと奥座敷の襖を開ける。しかし、蘇芳の思惑は早々に崩されたのであった。
「まじでか。」
「まあ、大変に睦まじくていらっしゃる。」
しけ込もうとした縁側に天嘉はいた。その股の間に鳥獣に変化した琥珀を仰向けに挟んで、その豊かな羽毛を優しく揉み込むようにして甘やかしていたのだ。立派な猛禽の体躯を腹天にして、随分と甘えている。天嘉が大きな鳥になる二人を可愛らしいと思っているのは知っていたが、それにしても自身もされたことのない甘やかし方である。
「すごくずるい。」
「うわびびった。」
背後から天嘉を抱えるように腰をおろした旦那に、思わずびくりと体を揺らす。蘇芳が帰ってきても、どく気はないらしい。その目をパチリと開けて姿を確認した後、また心地良さそうにクルルと喉を鳴らして和む。
鋭い猛禽の足を折りたたみ、時折尾羽根をふくらませる。よほど気持ちがいいらしい。天嘉の手元の椿油を見る限り、どうやら手入れを甘えているらしい。
「琥珀、お前も元服したのだ。そろそろ母に甘えず己で手入れをしなさい。」
「親父だって母さんに髪結んでもらうじゃん。」
「それとこれとは別だろう。」
「え?別なの?」
一緒じゃねえんだ。天嘉がじとっと蘇芳を見つめる。意味合い的には同じだが、まあそこは親の威厳もあるわけで。
「そんなに言うなら俺が手入れをしてやろう。」
「げっ」
「はは、案ずるな。丁寧にしてやるからな。」
「あ、いや、だ、だいじょぶ…」
天嘉の足の間でジタバタと暴れた後、何とか体を起こした琥珀が人型に戻る。蘇芳の手入れは雑なのだ。嫁にはあんなに丁寧に世話をするくせに、息子が相手だとコリほぐしも何もない。全身あざだらけになるのもザラである。
「うむ、やはり我が子はいくつになっても甘やかしたくなる気持ちはあるな。」
「ぎゃっ」
男らしい腕によって抱きすくめられた琥珀が、情けない悲鳴を上げる。元服したのだと引き合いに出す癖に、蘇芳は未だに目に入れても痛くないとのたまう。嬉しいが恥ずかしい。ジタバタ暴れる琥珀の整った顔を鷲掴みにすれば、まるで首を捻るかのようにして唇を押し付ける。
「むうううううう!!!」
「わはは、戯れるな戯れるな。」
戯れてませんけど!琥珀はべちべちと蘇芳の腕を叩いて顔を引き剥がす。我が子愛しくとも、していいことと悪いことがあるだろう。ごしごしと唇を擦りながら天嘉に突っ込むように抱きつくと、バサリと羽を出して飛び立った。
「ギャッ!飛んでる!!やめえ、パニクんなら一人でパニクれって!」
「いい加減接吻すんのやめてっていってくれよ!」
「いいじゃん愛情じゃん!減るもんじゃねえじゃん!」
「減らねえけども!!」
わたわたと屋根の上まで飛び上がった琥珀が、天嘉にしがみついて喚く。フッとあたりが暗くなったかと思えば、どうやら遊んでいると思ったらしい。琥珀よりも二回り大きな体躯の鳶に転化した蘇芳が、翼を広げて二人の真上に現れる。
「ばっかそのデカさで降り立つんじゃねえ!!」
「親父縮まって!!屋根こわれちまうから!!」
「よきかなよきかな」
「よきかなじゃねえあああぁぁぁあ!!」
その後はもうお察しである。けたたましい音を立てて奥座敷の縁側の屋根が半壊する結果になった。まあ、要するに蘇芳は酔っていた。分別もつかず、ご機嫌に息子の唇を奪い、屋根の一部まで奪ったのだ。翌日のツルバミの怒り様やら、天嘉の淡々としたお説教には、なぜだか琥珀までもが参加する羽目になってしまったのは解せないが、そろそろ本気で独り立ちを考えるきっかけにはなった。
「んで、それをおいらに言って何になるのさ。」
日付変わってそれから3日後。琥珀がだらしなく寝そべりながら、先日の有様を語る。突然突撃をされた身にもなってほしいと、鼬と山犬の間の子である松風は、その通った鼻筋を縮めるかのように渋い顔をする。
「んだよ松風。琥珀くん可愛そうって慰めてくんねえの。」
「年上のおいらに生意気な態度とる若天狗にかける情けなんて微塵もねえもの!」
ごりごりと青藍のお下がりである薬研で漢方を磨り潰しながら、松風はけっと吐き捨てる。琥珀は今、天嘉に頼まれて蜆と二日酔いに効く薬を買いに来ていた。甚雨と青藍の一人息子である松風は、山犬の血が多いせいか体格も実に男らしい。自分のことをおいらと呼ぶことを辞めれば雌にもモテるだろうにとぼやく青藍は、こちらも天嘉と同様息子の結婚を心配しているらしい。
「だってよ、幸だって自業自得ですねえとか言ってんだぞ。あれは完全に俺は被害者だと思うなあ。」
「幸さん二人目妊娠してんだからあんま絡まんでやんなさいよ。そういや睡蓮が琥珀に話あるって言ってたっけなあ。」
「俺は用事ねえもの。」
「琥珀がこっぴどく振られるの、そういうとこだと思うよおいら。」
あいよ、と言って薬紙に包まれた薬を差し出される。有り難くそれを頂戴すると、いい加減嫁困らすのも程々にしてやんなと蘇芳へのお小言も託された。琥珀もそう思う。
「というか、若天狗も御母堂には頭上がんないのな。うはは、かあいらしいじゃないの。」
「やかましい。俺の母さんに勝てる奴がいるなら是非お手合わせ願いたいもんだっての。」
「ちげえねえや!」
軽口を叩きながら、店を構える松風に礼を言ってその場を辞す。後は蜆だ。我儘な父親は、塗り壁のとこの蜆がいいと宣っていた。蜆なんてどこも同じだろうと言ってはみたが、河童と共に養殖している蜆は実に美味いのだと熱く語られた。どうやら新婚旅行先で知り合ってから、こちらの里にまで足をのばして店を構えているらしい。海坊主が手伝いに来ているとかなんとかで、こんな内陸でも生け簀に海水と淡水を混ぜられると喜んでいた。自らの特性を活かした画期的な方法で、現在塗り壁の中でも軽石混じりの体を持つものが引っ張りだこだとか。
「職業相談も嫁の努めかあ。」
そう考えたら、琥珀の嫁に取られる方も大変かもしれん。そんなことを思いながら市井を歩く。
「旦那、旦那。ちょっと立ち寄りなよ、」
「悪いね、この間未亡人で痛い目あったんだ。しばらくは大人しくするさね」
「あん、いけず。あたいのこと覚えといてね。」
「あんたみたいな別嬪、忘れるほうが無理ってもんだなあ。」
化け狐だろうか。客引きをするように琥珀にしなだれかかった女妖怪を軽くあしらう。琥珀が元服してからは、やれ若天狗が嫁取りをするそうだとどこぞから広まってしまい、こんな具合に引く手あまたであった。しかしながらどれも軽薄そうな雌ばかり、こうも雁首揃えて手を惹かれては、流石に琥珀も己の身の振り方が悪いのかと言う話になってくる。
手を振って別れた後、目的の蜆を手に入れた琥珀は、なんとも贅沢で不毛な悩みを懐きながら、総大将の嫁ってだけで大変そうだなあと考える。
「ああ、だから親父も母さんを拐かしたのかあ。」
なるほど、確かにそうすれば相手も覚悟は決まると言うだろう。ならばやはり市井の雌は駄目だ。肩書きに気を取られて仕事をしないかもしれない。もっとこう、拐かされた後も男らしく腹を括ってくれるような、そんな雌がいい。
琥珀は一人ごちた後、ならば人里からぴんとくるものを拐ってくるかと決めたらしい。天嘉に相談しても良かったが、親父とて一人で全て行ったのだ。琥珀にだってできぬ訳はないだろう。拐かして、孕まして、そうして愛とやらを育めばよい。蘇芳の嫁取りをツルバミから聞いていた琥珀は、なんと効率の良いことかと一重に関心をした。
その解釈は天嘉とは違うことも勿論聞き及んでいる。それはそうだろう、人と天狗は解釈も種族も違うのだから。
「光明、見出しちまったかも。」
若く、申し分のない色男だ。自身の容姿が特別いいとかの自覚はないが、まあ周りがそういうのだからそうなのだろう。早くから嫁を娶り、孫でも見せたら天嘉も喜ぶに違いない。そんな誤った解釈は、実に蘇芳の血を引いた天狗らしい考えであった。
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