ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

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兎の肉は柔らかかった

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 力強い羽は、その体躯の見事さを物語る。琥珀は実に大きな鳶になって人里に降り立っていた。周りの鳥獣とは一線を画す。そんな貫禄を有した姿で、天嘉が苦労をして探し出す電波を発信する塔の上に降り立った。この御嶽山周辺も、随分と様変わりした。鉄の塔が突き刺さる山は上手く周辺の妖かしと共存しているようである。稀に電線にマカミや野良一反木綿が引っかかる以外は、至って穏やかなときが流れている。
 まるで睨めつけるように山道を見下ろす。滅多には通らないが、この蛇の寝そべったような道を鉄の化け物が走るのだ。

 この山道の反対側へ向かえば境界だ。天嘉はそこから落ちてきたところを蘇芳に拾われた。ならば、それに準ずるなら琥珀はただ待つのみである。猛禽の瞳孔が一点を見つめる。待てど暮らせど一向に嫁御候補は現れず、夕日が沈むまではと粘ってみたものの、いい加減に飽きてきた。
 ああ、なんだか面倒になってきた。琥珀は仕事をしていたのだと偽装するように小さな葉などを羽に差し込みつつ羽繕いをして体裁を取り繕うと、さて撒いてきた十六夜への言い訳はどうしようかと思ったその時だった。

「ピャーーーッ」
「あ?」

 何やら奥の森の方で悲鳴が上がった。耳を澄ませば、泣きそうな声で助けて!と叫んでいる。なるほどこれを言い訳にすればいいかと羽ばたくと、その空を切り裂くかのような見事な羽根さばきで悲鳴の元へと向かう。

「なんだあ、兎一羽でねえの。」
「こんなんじゃ良い獲物とは言えんじゃろう。」

 そう言って、老人が真っ白な兎の耳を鷲掴んで持ち上げている。なるほど先程の悲鳴はあれらしい。間抜けにも人の罠に嵌って窮地に立たされているのだと理解すると、琥珀はわざと大きな羽音で空を叩くように存在を知らしめる。

「ああ!!でた!!でたな大鳶!!今日こそ剥製にしちゃる!!」
「ハッ、」

 人間の唯一の武器である銃口が、黒光をして琥珀を捉える。そんなもので殺せると思っているのがすでに面白い。琥珀は鋭い嘴を開くようにして馬鹿にするように笑う。天嘉がその光景を見たら、おそらく卒倒するに違いない。しかし、若天狗は好戦的だ。琥珀は羽を折り畳むと、滑空するように人の顔目掛けて鉤爪を振り上げる。まるで鳥の動きではない、そのトリッキーな一打をまともに受けた猟師は、頓珍漢にも上空に向けて発砲した。

 空を切り裂くかのような音が響き渡る。御嶽山の大鳶。山の猟師が挑んでは顔に傷を作って逃げ帰る。まるで山を守るかの如く、こうして捉えた獲物を諦めざる負えない羽目になる。例にももれず、本日も泣き寝入りをする羽目になった猟師どもは、まるで戦利品かのごとく、手に持っていた兎を横取りされて飛び去られてしまった。

「鳥め!!」

 喧しい爺共の喚く声を聞きながら、琥珀は柔らかな肉をその鉤爪で掴みつつ、山頂の大杉の枝に降り立った。可哀相に兎は今から喰われるのだと腹を括っているかのように、ぷるぷるとその小さき身を震わせながら、まるで経でも唱えるかのごとくであった。

「おい、お前も一介の妖かしなら、人くらい化かしてみろってんだ。」
「ひぇ、あ、ぁわ、」
「睡蓮、お前さん弱っちいのになんで人里まで降りてきた。」
「こ、琥珀っ、ぼ、僕はっ」
「泣くな泣くな。わかった、道に迷ったんなら連れて帰ってやるからよ。」

 やれやれ。琥珀は仕方無しと行った顔で、間抜けな玉兎である睡蓮を掴む。めそめそと赤い瞳を潤ませながら、ぴすぴすと鼻を鳴らしては、動いたら腹に鉤爪がめり込むとでも思っているのだろう。カチンコチンに固まってしまったかのように体を硬直させる。
 睡蓮は、水喰の屋敷にここ数年使え始めた侍従兎だ。幸が由春を出産し、育児に忙殺されて倒れることを心配した水喰によって召し上げられた兎の妖かし。いまや水神とされる水喰の側仕えであり、言わば神使のようなものだというのに、引っ込み思案な性格が祟ってか酷く口下手であった。

「いい加減首がつかれた。ほら、さっさともどんな。」
「う、うん…」

 琥珀が境界を抜けて里へ戻ってくれば、まるで羽を散らすかのようにして本性である人型にもどる。足で掴んでいた筈の睡蓮は、いつの間にかその腕に抱かれていた。ちんまい兎姿の睡蓮を地べたにおろしてやれば、ぴょこぴょこと足をならすかのように歩いた後、ぽひゅんと情けない音を立てながら本性を現す。
 まるで新雪の様な真っ白な髪に、上等なふかふかの毛皮をまとったお耳がピンと立つ。泣きそうに潤んでいる赤眼は、りんご飴のように艷やかで美味そうだし、なによりも柔らかな体を琥珀は気に入っていた。こぶりな尻に鷲掴んでも余りそうな、立派なふかふかの短い尾をくっつけて、種族柄だろうか。まだ幼さの残るあどけなく、庇護欲を唆るかのような少年地味た愛らしい顔立ちで琥珀を見上げる。

「琥珀、えっと、ありがとう…」
「お前、なんであんなとこにいたんだ。というか、間抜けに罠なんぞはまっちまって…」
「うひゃ、い、いたいっ!いたいっ!」
「あーあー、侍従のくせして足痛めやがって。仕方ねえなあ」

 情けない顔をしたまま、痛めた足を守るかのようにそっと触れる。琥珀はため息一つ。まあこれも職務のうちかと割り切ると、睡蓮の前に背を向けて膝をつく。

「飛ぶとまた怪我させっかもだしな。おぶされ。」
「ええっ!?」
「手当しに家帰るんだよ。母さんいるだろうし、頼むから羽の根本は毟らないでくれよ。」
「あ、あいよ…」

 琥珀の背中に、小柄な睡蓮の体が遠慮がちに重なった。首に回された細い腕をしっかりと固定するように組ませると、自分の手が回ってしまいそうなほどの手足の細さに、すこしだけどきりとした。

「こ、こはくん」
「そんな変な名前じゃねえもの」
「こ、こ琥珀!」
「こが多いなあ…」

 背後で琥珀の一言にころころと顔色を変える様子が面白い。睡蓮は、なんというか、誂いがいがある。琥珀の一言一句に振り回されてくれるのが気に入りで、ついこうして揚げ足を取ってしまう。
 さくさくと道草を踏みしめるたびに、肌が白い事で仄かに赤らんだ膝小僧が時折琥珀の腰を締めてくる。おぶさるのが下手くそなのだ。

「琥珀、えっと、なんでおんもに出たんだい…」
「嫁取り。親父に習って拐かしやすそうな雌さがしに。」
「え…」
「俺も元服したしな。番来るの待つのも構わねえが、まあ迎えに行ったほうが早いだろうよ。」
「む、むかえに…」

 琥珀の背後で、なにやは落ち込んだらしい睡蓮が、こちんと琥珀の後頭部におでこをくっつける。そうするとへこたれた長いお耳が耳を擽るのだ。琥珀は擽ったそうにぶるぶると頭を振ると、睡蓮は慌てて顔を上げた。

「ご、ごめんよう!」
「構わねえけど、耳は伸ばしといてくれや」
「僕の耳なのに言うことをきかないんだよ。」
「なら垂らしとけ。」

 うう、情けない声を漏らしながら、ぺたんと長い耳を抑える。なにやらしょぼくれている睡蓮に、琥珀は腹でも痛いのかと思う。そうこうしているうちに家へつくと、庭いじりをしていたツルバミがぎょっとした顔で琥珀を見た。

「ゲコォ!!こ!琥珀どの、睡蓮どのにお怪我をさせたのですか!?」
「ちげえよ。」
「助けてもらったんだ。ツルバミ、迷惑かけてごめんね、」

 気恥ずかしそうにひょこりと顔を出した睡蓮に、ツルバミはホッとした。粗忽者と言われている琥珀からしてみたら、何でもかんでも俺のせいかと言いたいところだが、まあ言われても仕方のない行いをしてないわけでもない。結局渋い顔をして閉口した。

「ひとまずこちらへ!!天嘉どのー!!天嘉どのー!!」
「おい母さんをまず呼ぶのかよ!」

 ぴょこぴょこと跳ねながら奥へと消えていったツルバミに溜め息を吐くと、琥珀はそっと上がり框に睡蓮を座らせた。ぐすりと鼻を啜りながら、落ち込む様子の間抜けな玉兎の腫れた足を見ると、そっと足首を持って履物を脱がす。

「固定したら楽んなんだろうよ。動かさねえほうがいいだろうけど。」
「由春さまのお世話できなくなっちまうの?」
「世話焼くのもいいけど、あいつだってもう分別つくとしだぜ、一人でできるようにしてやんな。」
「まだ十五だよ?一人で寝るのもかわいそうじゃんかよ。」
「共寝してんのか!?」

 睡蓮の言葉に、琥珀が驚く。由春の野郎、あんな立派な体躯をしておいて、まだ睡蓮に甘えているらしい。大方腹黒を隠して睡蓮をいいように使っているのだろう。この気のいい兎は有難うに弱い。

「あんだよう、琥珀だって十八にもなって天嘉殿と共寝してるって言ってたよう、普通のこったろう?」
「してねえ!母さんは親父で手一杯だあ!」

 なるほど由春は琥珀を使って嘘を吹き込んだらしい。なんだか辱められた気がして酷く腹が立つ。機嫌が悪くなったとわかったらしい、びょっと長いお耳をぴん立てると、あわあわと執り成そうとする。

「こ、琥珀も、僕と寝る!?」
「そらどういった意味だ莫迦!」
「あいてっ!」

 睡蓮の突拍子もない発言に、つい琥珀の拳が飛ぶ。ぱこん!といい音を立てて殴った琥珀の頭上に、これまた勢いのいい拳が落とされた。

「いっでぇ!!」
「琥珀!お前いじめっ子はだせえからやめろって言ったろうが!!」
「天嘉殿!」

 頭を押さえたまま、涙目の睡蓮が天嘉を見上げる。琥珀はというと、余程その一発が効いたらしい。うおおと頭を抑えて悶絶していた。
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