ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

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椎葉山にて

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「説明。」
「い、いやあ…あのぅ、」

 先程に引き続き、睡蓮はまたしても詰め寄られていた。理由はお察しの通り、椎葉の山に帰りたいと申したからだ。
 まあ、睡蓮からしてみれば、日帰りで、と言う言葉がつくのだが、琥珀は大いに勘違いをしているようで、今朝方のご機嫌とは打って変わっての不機嫌顔であった。
 
「順序…というか、由春様に許可をもらわなきゃ水脈渡りなんて出来ないもの…」
 
 できるか分からないのに、琥珀についてきてと言うのも変だろう?そう言って、己なりに慮ったのだと言うことを伝えて見たのだが、琥珀の眉間の皺は一向に減らぬ。睡蓮の右腕に抱きついてる由春はと言うと、まるで他人事といった具合に、ご機嫌斜めのまま睡蓮の腕に抱きついて、恨めしそうに琥珀を睨む。
 
「ふん、そんなに行きたくないのなら、お前は留守番して居れば良い。私と睡蓮で仲良く椎葉へ行くからな。」
「それを俺が許すと思ってるのか。ぶっ飛ばすぞクソガキ。」
「元服が済んだからといって威張りおって!!お前なんかより由春のが偉いんだからなクソ天狗!!」
「あァ!?」
「わああもう喧嘩しないでってばああ!!!」
 
 ギャンギャンと吠える二人の間に入り、なんでこの二人は犬猿の仲なのだろうと、その細い肩に疲労を乗せた睡蓮は、少しだけ草臥れた顔でため息を吐いた。
 
「日帰りですってぇ…、琥珀もついてきてくれるなら、安心かなって思ったのに…」
「お前、マジで変な意味なく日帰りで行くんだよな。」
「変な意味とは…?」
 
 睡蓮の不思議そうな顔に、ぐ、と琥珀の声が詰まった。てっきり、先日の閨事で無体を働いたせいで、愛想が尽きて実家へ帰ります。とかそういう意味で、椎葉へ戻るといっているのかと思ったのだ。
 睡蓮の反応を見る限りではそう言うわけではなかったらしい。琥珀はしばらく睡蓮を見つめていたが、詰めていた息を吐き出すと、頭をかいてぼそりと呟いた。
 
「いい、お前が椎葉に顔見せに行くってんなら、俺もついていく。」
「許してくれるのう!」
「コブ付きってぇのは認めたくねえけどな。」
「おいそれは由春のことかぶっ飛ばすぞ。」
 
 琥珀の言い様に、くってかかろうとする由春をどうどうと宥めると、睡蓮はくすぐったそうに可愛らしく笑う。
 
「なんか、僕が戻って歓迎されてなかったらって、まだ少し不安だったけど…、二人が一緒なら怖くないや…。」

 などと曰うから、今にも掴み合いになりそうだった二人は、渋々その距離を離してばつが悪そうにする。睡蓮の右腕にくっつくようにして由春が身を寄せると、睡蓮の肩口に顔を埋めてぽそりと呟いた。
 
「仕方ないから、我慢してやる。」
「ふふ、ありがとうございます由春様、」
「ふん、できる主人は侍従の願いを叶えてやることだからな。構わんさ。」
 
 もちろん、その中にお前も入っているといわんばかりに、小馬鹿にするような笑みで琥珀を見やる由春の姿を、睡蓮は気がつかない。己の視界の外、預かり知らぬところで、また大人気ないやりとりが始まりそうになっているのだが、原因の睡蓮はというと、もう椎葉のことに思いを馳せているらしい、胸を高鳴らせたまま、頭の中で日程を組みたてるのであった。
 
 
 
 椎葉の山に日帰りで遊びにいくと決めてから、まず由春は水喰におねだりをした。
 無論、己の不在の間に神域である滝壺を任せるという引き継ぎのようなことなのだが、これは二つ返事で了承された。しかし、まあそのせいで椎葉の山に向かう日はずれ込んでしまった。
 水喰が、この日なら構わぬと指定をしてきた為だ。日帰りとは言ったものの、わずかの間でも幸と絹里の側を離れるのであれば、存分に満足するまで愛でてから。などという大変に頭の悪いことを、あの無表情で宣ったのだ。
 己の尊敬すべき父親であり、神である水喰のそんな言葉を聞いて、由春は産まれて初めてなんとも言えない気持ちを味わったと後に語った。
 
「とと様はもしかしたら、とんでも無く親馬鹿なのかもしれん。」
「んなの、今更だろうがよ。」
「そうですねえ、なんというか家族愛か深くていらっしゃるから、」

 琥珀と二人、龍の姿を取った由春の作り出した泡の中で、それを抱えられながら水脈を渡る。睡蓮も琥珀も、水脈の中にどうやって入るのかと思っていたが、集まった滝壺の前で、唐突に龍の姿をとって現れた由春に、予備動作無しで水をぶっ掛けられて大いに仰天した。
 今は、薄い被膜越しに虹色に光る水の中を、水喰よりも細い龍の体が空を飛ぶように駆けている。
 見事な龍の証である長いひげを水の流れに遊ばせ、肉食の獣のようにも見える顔に諦めの色をのせながら、口吻を動かして喋る。水の波紋のように届く由春の声は、謳っているかのようと言われるのに、身内の間柄では不遜な態度は変わりない。

「わあ、でっかいお魚!」

 睡蓮が泡にへばりついて、目を輝かせて頭上を見やる。天嘉が言う、世界の海を詰め込んだような大きな建造物が外界にはあるというのだが、それってこんな感じだろうかと琥珀も上を見上げた。

「お前ら私の話を聞いてたか?もしやこういった小さな突っかかりがきっかけで親子の確執が生まれるのかもしれぬ、は、なるほどこれが反抗期…?由春のような無垢で貴き御心にもそういった俗物的な感情があったとは。ふむ…これが一皮剥ける…というやつか。」
「よく喋る龍だなお前は。」
「由春様、あれ!あれなんですか!」
「あれは石に藻がくっついただけだ馬鹿者。」

 亀のような石を見上げて睡蓮が燥ぐ。水の中は由春の縄張りだ。知らぬことなどなにもない、高揚する睡蓮を嗜めるように雑に答えると、そろそろ出口が近いらしい。頭上に白い玉砂利が敷き詰められるかのように地上に近い川辺りの空が見えてきた。

「上がるぞ、琥珀。飛ぶ準備をしろ。」
「へいへい。」

 泡にほっぺをくっつけて見ている睡蓮の、その細い腰に腕を回し引き乗せる。由春の体が上に向かって持ち上がり、その長く白い尾に添うようについている透き通った緑青の鰭を羽のように広げた。
 紫の瞳が不思議な色を宿す。途端に水流が竜巻のように巻き起こり、それは不思議な壁となって由春の周りに流れていく。
 薄い水の被膜を突き破るかのように、勢いよく由春が水面を引き摺りながら外の世界に繰り出した。
 鳥の手に毛皮をつけたような手で掴んでいた泡が弾ける。その中から睡蓮を抱えたまま、宙返りをするかのように背中から見事な猛禽の翼を広げた琥珀が、ばさりと羽根を散らして滞空する。
 その羽を吹き上げるかのように上空を駆ける由春はというと、まるで薄玻璃を散らすかのようにして身をひねって鱗を空に溶かしながら、その鬣を薄灰の髪を銀色に輝かせ、美しい白磁の肌を誇る人外の姿へと变化させた。

「ほらよ。」
「チッ」

 睡蓮を小脇に抱えた琥珀が、片腕を伸ばして落ちてくる由春の手を掴むと、翼を羽ばたかせてゆっくりと地上に降り立つ。

「僕、兎になってたほうがよかったかなあ。」
「ちまけぇほうが放り出されねえか不安だろう。」
「もしそうなったとしたら琥珀のせいだぞ。」
「お前が飛べるようになる方がはええだろう。」

 小言の応酬を繰り返していれば、由春が髪の毛をばさりと後ろに流す。あっという間に白い装束に銀糸の模様が張り巡らされると、実に満足そうに着物の裾をつまむ。

「わあ、なんだか久しぶりに見ました。由春様の正装束!」
「他の縄張りだからな、正装をせねば無礼だろう。ふふん、もっと褒め称えろ。いいぞ、好きに言え。」
「俺ァ天狗面置いてきちまった。」
「いや、それは戦装束だからむしろ付けてなくて正解じゃ…」

 睡蓮の左側に立ち、その肩を抱きながら宣う琥珀を見上げる。由春はというと、睡蓮の右側を陣取り、二人で睡蓮を挟むようにして仲良く肩を並べる。なんだかこの二人が揃うと、これが定位置なのだ。嬉しいけども、少しだけ歩き辛い。贅沢な悩みである。

 さわりと向かい風が吹いた。木っ端が導くようにして三人に進むべき道を示す。顔を上げた先には、一つ目小僧がぺこりとお辞儀をして待っていた。

「案内してくれるってよ。」

 琥珀に促されるようにして歩き出す。睡蓮の右手を由春が、左手を琥珀が握りながら、ひょこひょことついていく。懐かしい、この道を駆け抜けたのだ。沢沿いをなぞるようにして、案内をしてくれる小さな背に付いて行く。一つ目小僧は時折こちらを振り返っては、着いてきているか確認をしているようであった。

「睡蓮様は、お輿入れですか?」
「え?あ、違います。」

 どうやら聞きたいことがあったらしい。開口一番にそんなことを言われ、思わず面食らう。隣の琥珀の顔が一気に不機嫌になるのを慌てて宥めると、一つ目小僧も申し訳無さそうにしながら弁解をする。

「ええっと、波旬様のお嫁様方に似てらしたので…ごめんなさい…」
「波旬?」
「沼御前様の名前だよ、真名ではないけど、そう呼ばせてるって。」
「お嫁様方とは…また随分と奔放なのだな。」
「まもなくです、あ、ほら!見えてきました!」

 ぱたぱたと軽やかな足取りで駆け出した一つ目小僧の向かう先には、なんとも美しい透き通った薄青の池があった。周りを広葉樹が囲み、まるで道を作るかのように花が連なる。睡蓮が知っている、椎葉のお山でいっとう綺麗な場所。その見事さは、由春も頷くほどであった。



  
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