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1巻
1-2
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奈津の全身から力が抜けたところを見計らって、真山はズルズルと滑らせるようにソファに押し倒す。わずかに開いた唇の隙間から、熱くぬめった舌が入り込む。
もう、なにも考えられなかった。
たった三時間前まではただの上司と部下だったのに、今はこうして柔らかな粘膜を触れ合わせている。ふわふわと海に浮かんでいるように気持ちがいい。真山が奈津のことをどう思っているのかなんて、今はどうでもよかった。
弱っている女が目の前にいたから試しに味見してやろうと思っただけかもしれない。奈津が落ち込んでいるから、同情心から体で慰めてやろうと思っているのかもしれない。一回ヤって、簡単に捨てられる可能性もある。
でも、もうそれでいい。今はただ、彼を一番近くで感じたい。
「んっ、ふぁ……ぁ、んっ」
「結城……っ!」
二人で夢中になって唇を貪り合った。真山の大きな体に覆い隠されるようにソファに押し付けられ、何度も唾液を交換する。
奈津も真山の太い首に腕を回して、これが同意の上の行為であることを伝えた。奈津の剥き出しの太ももには先ほどから熱く硬い塊が押し付けられていて、あまり経験が多くない奈津は恥ずかしさのあまり足を硬直させることしかできない。唇の端からはどちらのものともつかない唾液が零れ落ちる。真山がそれを舌で辿ってまた吸い上げた。
一体どれだけそうしていたのか。
奈津の唇がぽってりと腫れ上がる頃、真山はやっと唇を離した。それでも名残惜しそうに、唇を軽く触れ合わせたまま喋る。
「結城、……いいか?」
興奮のためか掠れたセクシーな声が奈津の脳みそを溶かす。キスだけでこんな風にされてしまうなんて、最後までしてしまったらどうなるのだろう。薄く目を開いて首肯する。うっとりと微笑んだ真山の色気にくらくらした。
もしも奈津の人生の幸福度を表すグラフがあるとしたら、絶対今が一番のピークに決まっている。
「なんなら日曜まで泊まっていけ。着替えも、下着くらいならあるから」
しかしそんな浮ついた気持ちも、真山の一言で一気に引き戻された。
――女性用の着替えが、あるんだ。
3
真山が引っ越してきてから半年。四六時中監視していた訳ではないが、なんとなく部屋に女性を呼んではいないものだと思っていた。会社でも冗談めかして彼女募集中だと言っていたし、少なくとも隣に住んでいる奈津がそれらしい人と鉢合わせすることもなかった。
でも、彼女が、いたらしい。思っていたよりもショックを受けている自分にがっかりした。イケメンで、仕事ができて、出世頭で、優しくて気が利いて、誰よりモテる。そんな真山に彼女がいないほうがおかしいのに。
一夜限りの相手でもいいと思っていたが、彼女がいるなら話は別だ。浮気相手にはなりたくない。彼女のために置いてある下着を着せるつもりだなんて、彼はなんて残酷なことをするんだろう。
奈津は表情を凍りつかせ、身を捩って抵抗し始める。すると真山は目の色を変えて奈津の動きを封じ込めた。
「おい、今さら逃げるなんて許さねぇぞ」
「……っ、やだ! 嫌です、放して下さいっ!」
「なんでだよ! さっきまで完全に堕ちてたじゃねーか!」
どこか傷付いたような悲しみの響きを含んだ怒声を上げる。その大声に奈津はびくりと体を竦ませた。
「ひっ! こ、怖い……や、やだやだ、本当に放してっ!」
涙をボロボロと零して暴れる奈津に、真山が怯んだように手を放す。その隙をついて、なんとか真山の下から抜け出した。
「うっ、浮気相手は、嫌です! 課長になら、遊んで捨てられてもいいって思ったけど……、彼女さんがいるなら、その人にも失礼だと思いますっ!」
涙のいっぱい溜まった目で言っても迫力などない。それでも言わないよりマシだ。言いたいことだけ叫んで、慌てて手櫛で髪を整える。すぐに自宅に逃げ帰るつもりだった。逃げ場所が隣だというのもなんとも間抜けな話だが仕方ない。
しかしソファから立ち上がろうとした奈津は、その直後うしろから抱きつかれてまたソファに逆戻りさせられた。
「きゃっ、やめて下さい! 放して!」
しかし真山の腕は緩まない。
「やだ。……なぁ、捨てないけどさ。俺になら遊ばれて捨てられてもいいって、本当?」
「もう違います! 彼女さんがいるなら嫌だって言いました! ……私……、私ずっと課長のことが好きだったんです。でももう、今日で終わりにします」
そう言うと、奈津の双眸からまた水滴が溢れる。これまでの真山との数少ない思い出が走馬灯のように蘇った。
去年のバレンタインデーに義理チョコと偽った本命チョコを渡したら、『なんだ、本命かと思ったのにな』と大袈裟に残念がるフリをしてくれたこと。仕事がずれ込んで一人で社員食堂に行った時、同じく昼食が遅くなっていた課長と二人きりで食べたこと。その日食べた白身魚のフライ定食の味は今でも覚えている。同じミスを繰り返して本気で叱責されたこともあったっけ。その時は風邪のひき始めで体調が悪くて、それに気付いた課長はすぐ病院に行くよう言ってくれた。そして、診察を受けたらインフルエンザだった。
「だから彼女ってなんのことだよ」
奈津の背中に胸板をぴったりとくっつけた真山が、耳元で低音を響かせる。頭の中に直接声を注ぎ込まれるような感覚に奈津の背筋が粟立つ。
ともすれば真山にその場で服従してしまいそうになりながらも、力を振り絞って反論した。
「か、課長の彼女さんのことです! 着替え置いてるんですよね? 気まぐれで連れ込んだ部下にそんなの着せたら怒られますよ」
じたばたともがく奈津の力など、普段から鍛えている真山にはなんの抵抗にもならないのだろう。あっさりと腕の中に閉じ込められてしまった。
そういえば真山は学生時代山岳部に入っていて、今でもたまに昔の仲間と山登りに行くと言っていた。実用的な筋肉を前にして、平均的な体力しかない奈津が敵うはずもない。そんな奈津を絶対逃がすものかとでも言うように抱きとめながら、真山はうなだれてため息をついた。
「はぁ……。彼女なんかいないっていつも言ってるだろ。会社で聞いてなかったのか」
「うそ!」
「ほんと。こんなシチュエーション三年ぶりだよ。だからほら、もうガチガチ」
もぞ、と背中に腰を押し付けられ、奈津は一瞬で赤面する。さっきまで奈津の太ももに押し付けられていた熱い塊がそこにある。
「お。耳まで赤くなったぞ。結城は素直で可愛いな」
真山のまとう空気が途端に甘くなる。ねっとりと奈津を包み込んで、もがいてももがいても逃げられないような空気。
「か、か、かわ……っ? ひゃうっ!?」
不意に耳殻をべろりと舐められ、奈津は気の抜けた悲鳴を上げた。
「ふふ、なんだその鳴き声。見るたびに思うよ、結城のこと可愛いって。いつも一生懸命に仕事してるところも、休憩室でココアを飲んでニコニコ笑ってるところも、控えめで大人しいところも。……ずっと好きだったんだ」
ドクン、と心臓が跳ねた。あまりの衝撃に声が出ない。
もしかして今のは、奈津の脳みそが作り出した都合のいい幻聴だろうか。恋人募集中だと言っていた課長に彼女がいるとわかってショックを受けすぎ、一時的にオーバーヒートしているのかもしれない。
「う、うそです……」
「嘘じゃない。まぁ、突然言われても困るよな。どうしたら信じてくれる? そうだ、奈津に近付きたくて引っ越しまでしたって言ったら信じてくれるか?」
「はいっ!?」
思わず振り返った奈津に、真山が冗談めかすように笑った。
でも目が笑っていない。予想もしていなかった、かなりハードな告白に、奈津はなんと返していいのかわからない。さりげなく下の名前で呼び捨てにされたことすら聞き流してしまった。
「上司だからな、奈津の住所はすぐにわかった。このマンションの空きが出るのをずっと待ってたんだ。まさか隣の部屋が空くとは思わなかったが」
「……そう、だったんですか?」
偶然真山が同じマンションに引っ越して来たと浮かれていたのに、これは真山本人によって仕組まれていたらしい。少々、というか多大にストーカーチックな行動に引きながらも、真山への長い片想いが実ったことに気付き、じわじわと胸が熱くなる。
真山が自分なんかに恋をしていたなんて普通だったら信じられない。しかし、好きだからと引っ越しまでして来た人間の言うことを信じない訳にはいかないではないか。
でも。
「……あれ? じゃあなんで女性の着替えがあるんですか?」
奈津の疑問に、真山が眉をぴくりと動かした。やっぱり実は彼女が、と思いかけた奈津に、「絶対に、絶対に勝手に帰るなよ」と真山は言い置き、奥の部屋へと向かった。すぐに戻った真山の手には小さな衣装ケースがある。無言で差し出され、奈津は躊躇いつつも手を出した。
「見てもいいんですか?」
「あぁ」
どこか開き直ったようなその態度に、奈津はなんだか嫌な胸騒ぎを覚える。
「じゃあ、失礼します。…………はぁ!?」
中にしまってあったのは、一枚ずつジッパー付きの透明なビニール袋で個包装された、風か鳥が攫っていったはずの奈津の下着だったのだ。
4
広いリビングのフローリングに座り、二人はビニール袋に入った下着を挟んで向かい合っていた。
ビニール袋には、一袋ずつ丁寧に日付と色、柄が書き込まれたシールが添付されている。そんなところに、普段と同じく入念で細かい仕事ぶりが見てとれてげんなりした。端から見ればシュールな光景だが、あくまでも真面目な、話し合いという名の取り調べである。
「なんで盗ったんですか!」
奈津が声を荒らげると、真山はふんと鼻を鳴らした。
「奈津が好きだからに決まってるだろう。俺もまさか自分にこんな性癖があったなんて驚いている」
「……!」
もう開き直ることに決めたのだろう。あまりにも堂々とした態度に、奈津は頭が痛くなった。
「おー、また赤くなった。やっぱり奈津は可愛いな」
「なっ! 誤魔化さないで下さい! こんなに集めてどうするつもりだったんですか? ま、まさか、変なことに使ってるんじゃ……」
「変なことってなんだ。オナニーか?」
「真山課長! ……きゃーっ!」
悲鳴を上げて真山の口を塞ぐと、思いっきり嬉しそうに掌を舐められた。尻尾を踏まれた猫のように飛び上がって驚いた奈津は、手を押さえて逃げようとして、またあっさりと捕まった。学習能力がなさすぎる自分にがっかりである。
「奈津が言い出したんだろう。まぁこれでオナってると言いたいところだが、使うと汚れるしな。この下着に直接触れていた奈津のおっぱいを想像したり、ビニール袋の中に奈津の気配を感じて酒を呑んでいた」
「っ!!」
気持ち悪すぎるのだが。あからさまにドン引きした奈津にちゅっとキスを落としてから、真山は胡座を掻いて踏ん反り返った。
「じゃあ逆に聞くが、なんで駄目なんだ」
「え、な、なんでって、」
「理由を言ってみろ。いつも言ってるだろう、反論するなら相手が納得する材料を用意しろと。なんでだ」
おかしい。なぜ奈津のほうが詰問されなければいけないのだろうか。夜のベランダに忍び込んで下着泥棒をするなど、奈津の常識では絶対にやってはいけない行動だ。というか、それ以前に犯罪ではないのか。
しかし仕事モードでそう言われると、だんだん自信がなくなってきて言葉に詰まる。そんな奈津を前にした真山が自信たっぷりに腕を組んだ。
「理由はないんだな」
「ありますよ! あの、それって窃盗ですよね? ……捕まります」
とりあえず直球で事実をぶつけてみた。
「見つからないようにする。奈津が通報しなければ発覚しないから問題ない」
だが、そんなことでへこたれる人間なら、最初から部下の下着泥棒などしないのである。
「通報は……まぁ課長だってわかったからしませんけどっ。ベランダから入るなんて危ないじゃないですか!」
「念のため命綱はつけている。だいたい山に登ればこれ以上の難所はいくらでもあるからな。別に危険でもなんでもない」
「下着泥棒のために命綱ですか!?」
唖然とした。恐らく普段から愛用している登山道具を流用したのだろうが、そんなことに大事な道具を使って悲しくならないのだろうか。
いや、ならないから使ってんだろうなこの人は、と自己解決する。
「まぁそんなに言うなら、今度からは奈津を脱がせて直接盗ることにするが。そろそろ使用済みが欲しかったんだ。他には?」
「いやいやいや、今さらっと変なこと言いましたよね? それも盗らないで下さい。下着って意外と高いんですよ。上下セットで買っているから、片方だけなくなったら使いにくいし!」
ブラだけ取られて着ける機会を失ったままのショーツを思い出す。
お気に入りだった淡い藤色の小花柄ショーツ。フルカップブラは胸全体を包み込む安定感があってヘビロテしていたのに、今はなんの因果か目の前でビニール袋に収められている。悲しい。
「だったら明日新品を買ってやる。二十セットくらいでいいか?」
「にじゅっ……! そんなにいりません! とりあえず課長が盗んだのを返して下さい」
「それは俺のコレクションだから返せない。うちに泊まるなら貸してやる」
「課長っ!」
「なら、代わりに盗ったのと同じ数だけ新しいの買ってやるよ。これでどうだ」
「…………もう、それでお願いします……」
結局金で解決することになった。だいたい、「貸してやる」の意味がわからない。あくまでもこれらの下着の所有権は奈津にあるはずで、真山はただ盗んだだけの仮の所有者だ。だが、惚れた弱みというやつなのか、真山の口がうまいだけなのか、結局返してもらうことはできなかった。
交渉も説得も譲歩の引き出し方も上手いやり手営業課長の彼に、奈津が太刀打ちできる訳がない。こんなところに仕事で培った能力を発揮しないで欲しい。切にそう思った。
「よし、下着の件はもういいな」
「全然よくな……きゃっ!」
今日何度目かの悲鳴を上げた奈津は、ひょいと抱え上げられた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「落ちると危ないから暴れるなよ?」
慌てて真山にしがみつくと、そのままずんずんと寝室まで運ばれて、中央に位置するダブルサイズのベッドに優しく下ろされた。また奈津が逃げ出すのを恐れるかのように、枕元のランプのスイッチを入れるや否や真山が覆いかぶさる。
薄暗かった寝室に、暖色系の優しい明かりが灯った。
ふと横目でランプを見た奈津は、それがあまりにもよく知っているデザインであることに驚く。レースの縁取りがされた笠と、温かみのある木目の台座。もしもこれが奈津の持っているランプと同じなら、スイッチの部分には雪の結晶のようなマークが入っているはずだ。
「あれ? そのランプって……?」
奈津の視線を追った真山は、瞬時に奈津の言いたいことを悟って気まずそうに笑った。
「あー、あれな。俺も買ったんだ」
「だってそれ……」
真山はデザインが気に入らなかったから奈津に譲ってくれたはず。ならば真山が追加で購入するなどありえないのではないか。
そう言って追及しようと思ったのに、無理やり顎を掴まれて、視線を正面に向き直らされた。真山の端整な顔が眼前にどアップで広がる。
「課長、まだ話終わってなっ……」
「もう黙れ。また明日聞いてやるから」
「んんっ!」
真山の唇が奈津のそれを塞いだ。美味しそうに口内を蹂躙し尽くした舌が、奈津の首筋に移動する。
熱い吐息が肌を掠めて、唾液で濡れた皮膚がチリチリする。ほとんど無理やりのような行為に抵抗しなければと思うのに、体は言うことを聞いてくれない。目の前にいるのは、おあずけされた獣のようなギラギラした目で奈津を見ている男。
お腹の奥がずくんと疼き、中途半端に火をつけられて燻っていた体が一気に燃え上がった。
「奈津……、奈津、好きだ。ずっとこうしたいと思ってた」
「……課長っ、ん、ぁあッ」
伸縮性のあるニットワンピースの胸元をぐいと引き下ろされる。ブラジャーも強引に下げられ、ぼろんと零れ出た乳房に真山が吸い付いた。
「ひぁんっ! ……あ、ぁッ、あ……! やだ、襟が伸びちゃう……から」
ちゃんと脱がせて。そう言うつもりだったのに。
「……ここで服の心配か。余裕だな」
熱心に乳首を求めていた真山が一瞬顔を上げ、焦れたような目で奈津を見上げる。
「きゃぁっ!?」
直後に襲ってきた強い刺激に奈津は思わず声を上げた。こちらに集中しろとでも言うように、真山が熟れた尖りに噛み付いたのだ。
決して傷付けようとしてやった訳ではないとわかる、本気で痛みを覚えるギリギリ手前の強さ。甘噛みの後に強く吸われ、奈津の体が大きく震える。
「ぅ、あ……、課長、私こういうの、あんまりしたことなくて……」
「こういうのって? セックスのこと?」
「……っ、はい」
会話しながら胸を揉まれ、舌で乳首を転がされ、たまに思い出したように歯を立てられる。そのたびに奈津の腰が浮いて、体を、胸を、真山に押し付けるようになってしまうのが恥ずかしいのにやめられない。
奈津が今まで付き合ったことがあるのは、すぐに自然消滅してしまった高校生の時の彼が一人と、就職を機に別れてしまった大学生の時の彼が一人だ。就職してからは仕事を覚えるのに精一杯で新しい出会いを求める余裕がなく、やっと落ち着いた頃には真山に片想いを始めていた。
だから男性経験は大学生の頃の彼が最初で最後。しかも淡白な人だったから片手で数える程しかしたことがない。前戯は気持ちよくても挿入は苦痛を伴うばかりで、奈津はセックスにあまりいい思い出がなかった。
「そうか。それなら俺が一から教えてやるよ」
「……あの、だから……優しく、して下さい……」
最後のほうは、恥ずかしくてどんどん声が小さくなってしまった。
もしかしたら聞こえてないかもしれない、と思ったが、こんな至近距離で肌を触れ合わせていて聞こえないはずがない。喉の奥で唸った真山に、「無自覚に煽ったんだから自業自得だ」と、ふたたび噛み付くようなキスをされた。
5
優しくして欲しいとお願いしたはずなのに、そこから猛然と襲い掛かってきた真山はまったく優しくなかった。欲望を隠しもせず、上質そうな薄手のセーターとスラックスを素早く脱ぎ捨て、奈津の洋服も一瞬のうちに剥ぎ取る。
慣れた手つきでブラジャーのホックも簡単に外され、ベッドの下に放り投げられた。
「やっ……」
真山の手がショーツにかかったところで、奈津はその手を押さえて身じろぎする。
ここまできてやっぱり止めた、などと言うつもりはない。しかし、やはり最後の砦である薄い布を脱がされるのは恥ずかしくて、ついついその手に逆らってしまう。眉根を下げて小さく首を横に振ると、真山が意地悪く唇の端を上げた。
「じゃあ、このままでヤるか」
「……え?」
「別に構わないぞ。むしろそのほうが俺としては好都合だしな」
宝物を見つけた少年のように呟く真山に一体なにをと問う暇もない。あっさりとショーツから離れた手が奈津の太ももを下から持ち上げる。
「ひゃあぁっ! な、なんでっ、こんな格好……っ!」
ぐい、と開脚させられた奈津は必死に抵抗するが、足の間に真山が陣取っているためまったく閉じることができない。それどころかさらに足を広げられ、強い力で固定されてしまった。
「奈津を気持ちよくしてやるために決まってるだろ」
壮絶な色気を伴ってニヤリと笑った真山が、おもむろに頭を下げる。まさか、と思った瞬間には奈津の下肢に真山の口が寄せられていた。
「…………っ!」
初めての衝撃に声にならない悲鳴が漏れ、奈津は慌てて口を手で押さえる。
手始めに大きな舌でべろんと舐められたかと思うと、その直後、繊細な動きに変わった。唾液をたっぷりと絡ませた舌で下着越しに秘所をチロチロと刺激され、すぐにショーツはどろどろになってしまう。
「んっ……あんっ、だめ……汚れちゃうからっ」
しかし奈津にはわかっていた。ショーツが濡れているのは真山の唾液のためだけではない。先ほどから体の奥がきゅんきゅんと脈打っていて、そのたびにこぷりと淫らな蜜が零れ落ちている。興奮のためにふっくらと膨らんだ小さな丘を食まれると切なさと気持ちよさに襲われて、「ふぁん……」とため息にも似た声が漏れた。
「ん……、課長、わたし……」
「どうした? 気持ちいいんだろ?」
「……はい、……あっ……」
少し前までじたばたと暴れていた奈津だが、すっかり抵抗する気力をなくしてしまった。下腹部からせり上がる快楽で、全身が水飴のようにどろりと溶けてしまったみたいだ。足を開いて無防備な肉体を曝け出したまま、真山から与えられる刺激に素直な反応を返す。
たまにぴくんと足を震わせる奈津を見て、真山は「とりあえず一回イッておこうな?」と優しくささやいた。
「えっ……イクって……、やああんっ」
じゅん、と敏感な部分に強く吸い付かれ、奈津はその不意打ちに目を見開いて悲鳴を上げた。
今まで刺激されていた部分よりも少し上にある、怖いくらいの快感を生み出す小さな肉の粒。薄い下着と一緒に口に含んで嬲られると、べっとりと濡れた布の感触がダイレクトに伝わって腰が砕ける。分厚い舌で円を描くようにぐりぐりと押し潰されると、体が溶けてなくなってしまいそうな錯覚さえした。
「ふあぁっ、そこっ……そこやだぁっ!」
「イイの間違いだろ? 奈津は意外と素直じゃないんだな」
気持ちいいのに、いや気持ちいいからこそ、自分がおかしくなってしまいそうで怖いのだ。イヤイヤと首を振ると、真山に似合うと褒められたダークブラウンの髪がパサパサと音を立ててシーツに沈む。
しかし見え透いた嘘をついた奈津を戒めるかのように真山はさらに花芯を攻める力を強める。奈津の羞恥を煽るためなのか、じゅるじゅると派手な音を立てながらショーツにむしゃぶりついている。
「ふぁ、あっ、ア、……あああぁっ!」
ぎゅっと握った枕に顔を擦り付けるようにして、奈津は体の中を駆け巡る強い快感をやり過ごした。きゅうっと体が丸まって、突き放したいはずの真山の頭を太ももで挟んでしまう。お腹の奥のほうで、なにかが小さな爆発を起こしたような感覚。目の前が真っ白く塗り替えられた気がした。
「んっ……な、に……?」
しばらく放心状態になっていた奈津がやっと我に返る。荒い息のままで途切れ途切れに言葉を発すると、真山が軽く目を瞠った。
「なんだ、今までイッたことなかったのか?」
「わか……ない……。こんなの、初めて、で」
戸惑う奈津の様子を満足げに見つめた真山は口元を拭う。それから小柄な奈津に覆いかぶさるようにして耳元に口を近付ける。
もう、なにも考えられなかった。
たった三時間前まではただの上司と部下だったのに、今はこうして柔らかな粘膜を触れ合わせている。ふわふわと海に浮かんでいるように気持ちがいい。真山が奈津のことをどう思っているのかなんて、今はどうでもよかった。
弱っている女が目の前にいたから試しに味見してやろうと思っただけかもしれない。奈津が落ち込んでいるから、同情心から体で慰めてやろうと思っているのかもしれない。一回ヤって、簡単に捨てられる可能性もある。
でも、もうそれでいい。今はただ、彼を一番近くで感じたい。
「んっ、ふぁ……ぁ、んっ」
「結城……っ!」
二人で夢中になって唇を貪り合った。真山の大きな体に覆い隠されるようにソファに押し付けられ、何度も唾液を交換する。
奈津も真山の太い首に腕を回して、これが同意の上の行為であることを伝えた。奈津の剥き出しの太ももには先ほどから熱く硬い塊が押し付けられていて、あまり経験が多くない奈津は恥ずかしさのあまり足を硬直させることしかできない。唇の端からはどちらのものともつかない唾液が零れ落ちる。真山がそれを舌で辿ってまた吸い上げた。
一体どれだけそうしていたのか。
奈津の唇がぽってりと腫れ上がる頃、真山はやっと唇を離した。それでも名残惜しそうに、唇を軽く触れ合わせたまま喋る。
「結城、……いいか?」
興奮のためか掠れたセクシーな声が奈津の脳みそを溶かす。キスだけでこんな風にされてしまうなんて、最後までしてしまったらどうなるのだろう。薄く目を開いて首肯する。うっとりと微笑んだ真山の色気にくらくらした。
もしも奈津の人生の幸福度を表すグラフがあるとしたら、絶対今が一番のピークに決まっている。
「なんなら日曜まで泊まっていけ。着替えも、下着くらいならあるから」
しかしそんな浮ついた気持ちも、真山の一言で一気に引き戻された。
――女性用の着替えが、あるんだ。
3
真山が引っ越してきてから半年。四六時中監視していた訳ではないが、なんとなく部屋に女性を呼んではいないものだと思っていた。会社でも冗談めかして彼女募集中だと言っていたし、少なくとも隣に住んでいる奈津がそれらしい人と鉢合わせすることもなかった。
でも、彼女が、いたらしい。思っていたよりもショックを受けている自分にがっかりした。イケメンで、仕事ができて、出世頭で、優しくて気が利いて、誰よりモテる。そんな真山に彼女がいないほうがおかしいのに。
一夜限りの相手でもいいと思っていたが、彼女がいるなら話は別だ。浮気相手にはなりたくない。彼女のために置いてある下着を着せるつもりだなんて、彼はなんて残酷なことをするんだろう。
奈津は表情を凍りつかせ、身を捩って抵抗し始める。すると真山は目の色を変えて奈津の動きを封じ込めた。
「おい、今さら逃げるなんて許さねぇぞ」
「……っ、やだ! 嫌です、放して下さいっ!」
「なんでだよ! さっきまで完全に堕ちてたじゃねーか!」
どこか傷付いたような悲しみの響きを含んだ怒声を上げる。その大声に奈津はびくりと体を竦ませた。
「ひっ! こ、怖い……や、やだやだ、本当に放してっ!」
涙をボロボロと零して暴れる奈津に、真山が怯んだように手を放す。その隙をついて、なんとか真山の下から抜け出した。
「うっ、浮気相手は、嫌です! 課長になら、遊んで捨てられてもいいって思ったけど……、彼女さんがいるなら、その人にも失礼だと思いますっ!」
涙のいっぱい溜まった目で言っても迫力などない。それでも言わないよりマシだ。言いたいことだけ叫んで、慌てて手櫛で髪を整える。すぐに自宅に逃げ帰るつもりだった。逃げ場所が隣だというのもなんとも間抜けな話だが仕方ない。
しかしソファから立ち上がろうとした奈津は、その直後うしろから抱きつかれてまたソファに逆戻りさせられた。
「きゃっ、やめて下さい! 放して!」
しかし真山の腕は緩まない。
「やだ。……なぁ、捨てないけどさ。俺になら遊ばれて捨てられてもいいって、本当?」
「もう違います! 彼女さんがいるなら嫌だって言いました! ……私……、私ずっと課長のことが好きだったんです。でももう、今日で終わりにします」
そう言うと、奈津の双眸からまた水滴が溢れる。これまでの真山との数少ない思い出が走馬灯のように蘇った。
去年のバレンタインデーに義理チョコと偽った本命チョコを渡したら、『なんだ、本命かと思ったのにな』と大袈裟に残念がるフリをしてくれたこと。仕事がずれ込んで一人で社員食堂に行った時、同じく昼食が遅くなっていた課長と二人きりで食べたこと。その日食べた白身魚のフライ定食の味は今でも覚えている。同じミスを繰り返して本気で叱責されたこともあったっけ。その時は風邪のひき始めで体調が悪くて、それに気付いた課長はすぐ病院に行くよう言ってくれた。そして、診察を受けたらインフルエンザだった。
「だから彼女ってなんのことだよ」
奈津の背中に胸板をぴったりとくっつけた真山が、耳元で低音を響かせる。頭の中に直接声を注ぎ込まれるような感覚に奈津の背筋が粟立つ。
ともすれば真山にその場で服従してしまいそうになりながらも、力を振り絞って反論した。
「か、課長の彼女さんのことです! 着替え置いてるんですよね? 気まぐれで連れ込んだ部下にそんなの着せたら怒られますよ」
じたばたともがく奈津の力など、普段から鍛えている真山にはなんの抵抗にもならないのだろう。あっさりと腕の中に閉じ込められてしまった。
そういえば真山は学生時代山岳部に入っていて、今でもたまに昔の仲間と山登りに行くと言っていた。実用的な筋肉を前にして、平均的な体力しかない奈津が敵うはずもない。そんな奈津を絶対逃がすものかとでも言うように抱きとめながら、真山はうなだれてため息をついた。
「はぁ……。彼女なんかいないっていつも言ってるだろ。会社で聞いてなかったのか」
「うそ!」
「ほんと。こんなシチュエーション三年ぶりだよ。だからほら、もうガチガチ」
もぞ、と背中に腰を押し付けられ、奈津は一瞬で赤面する。さっきまで奈津の太ももに押し付けられていた熱い塊がそこにある。
「お。耳まで赤くなったぞ。結城は素直で可愛いな」
真山のまとう空気が途端に甘くなる。ねっとりと奈津を包み込んで、もがいてももがいても逃げられないような空気。
「か、か、かわ……っ? ひゃうっ!?」
不意に耳殻をべろりと舐められ、奈津は気の抜けた悲鳴を上げた。
「ふふ、なんだその鳴き声。見るたびに思うよ、結城のこと可愛いって。いつも一生懸命に仕事してるところも、休憩室でココアを飲んでニコニコ笑ってるところも、控えめで大人しいところも。……ずっと好きだったんだ」
ドクン、と心臓が跳ねた。あまりの衝撃に声が出ない。
もしかして今のは、奈津の脳みそが作り出した都合のいい幻聴だろうか。恋人募集中だと言っていた課長に彼女がいるとわかってショックを受けすぎ、一時的にオーバーヒートしているのかもしれない。
「う、うそです……」
「嘘じゃない。まぁ、突然言われても困るよな。どうしたら信じてくれる? そうだ、奈津に近付きたくて引っ越しまでしたって言ったら信じてくれるか?」
「はいっ!?」
思わず振り返った奈津に、真山が冗談めかすように笑った。
でも目が笑っていない。予想もしていなかった、かなりハードな告白に、奈津はなんと返していいのかわからない。さりげなく下の名前で呼び捨てにされたことすら聞き流してしまった。
「上司だからな、奈津の住所はすぐにわかった。このマンションの空きが出るのをずっと待ってたんだ。まさか隣の部屋が空くとは思わなかったが」
「……そう、だったんですか?」
偶然真山が同じマンションに引っ越して来たと浮かれていたのに、これは真山本人によって仕組まれていたらしい。少々、というか多大にストーカーチックな行動に引きながらも、真山への長い片想いが実ったことに気付き、じわじわと胸が熱くなる。
真山が自分なんかに恋をしていたなんて普通だったら信じられない。しかし、好きだからと引っ越しまでして来た人間の言うことを信じない訳にはいかないではないか。
でも。
「……あれ? じゃあなんで女性の着替えがあるんですか?」
奈津の疑問に、真山が眉をぴくりと動かした。やっぱり実は彼女が、と思いかけた奈津に、「絶対に、絶対に勝手に帰るなよ」と真山は言い置き、奥の部屋へと向かった。すぐに戻った真山の手には小さな衣装ケースがある。無言で差し出され、奈津は躊躇いつつも手を出した。
「見てもいいんですか?」
「あぁ」
どこか開き直ったようなその態度に、奈津はなんだか嫌な胸騒ぎを覚える。
「じゃあ、失礼します。…………はぁ!?」
中にしまってあったのは、一枚ずつジッパー付きの透明なビニール袋で個包装された、風か鳥が攫っていったはずの奈津の下着だったのだ。
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広いリビングのフローリングに座り、二人はビニール袋に入った下着を挟んで向かい合っていた。
ビニール袋には、一袋ずつ丁寧に日付と色、柄が書き込まれたシールが添付されている。そんなところに、普段と同じく入念で細かい仕事ぶりが見てとれてげんなりした。端から見ればシュールな光景だが、あくまでも真面目な、話し合いという名の取り調べである。
「なんで盗ったんですか!」
奈津が声を荒らげると、真山はふんと鼻を鳴らした。
「奈津が好きだからに決まってるだろう。俺もまさか自分にこんな性癖があったなんて驚いている」
「……!」
もう開き直ることに決めたのだろう。あまりにも堂々とした態度に、奈津は頭が痛くなった。
「おー、また赤くなった。やっぱり奈津は可愛いな」
「なっ! 誤魔化さないで下さい! こんなに集めてどうするつもりだったんですか? ま、まさか、変なことに使ってるんじゃ……」
「変なことってなんだ。オナニーか?」
「真山課長! ……きゃーっ!」
悲鳴を上げて真山の口を塞ぐと、思いっきり嬉しそうに掌を舐められた。尻尾を踏まれた猫のように飛び上がって驚いた奈津は、手を押さえて逃げようとして、またあっさりと捕まった。学習能力がなさすぎる自分にがっかりである。
「奈津が言い出したんだろう。まぁこれでオナってると言いたいところだが、使うと汚れるしな。この下着に直接触れていた奈津のおっぱいを想像したり、ビニール袋の中に奈津の気配を感じて酒を呑んでいた」
「っ!!」
気持ち悪すぎるのだが。あからさまにドン引きした奈津にちゅっとキスを落としてから、真山は胡座を掻いて踏ん反り返った。
「じゃあ逆に聞くが、なんで駄目なんだ」
「え、な、なんでって、」
「理由を言ってみろ。いつも言ってるだろう、反論するなら相手が納得する材料を用意しろと。なんでだ」
おかしい。なぜ奈津のほうが詰問されなければいけないのだろうか。夜のベランダに忍び込んで下着泥棒をするなど、奈津の常識では絶対にやってはいけない行動だ。というか、それ以前に犯罪ではないのか。
しかし仕事モードでそう言われると、だんだん自信がなくなってきて言葉に詰まる。そんな奈津を前にした真山が自信たっぷりに腕を組んだ。
「理由はないんだな」
「ありますよ! あの、それって窃盗ですよね? ……捕まります」
とりあえず直球で事実をぶつけてみた。
「見つからないようにする。奈津が通報しなければ発覚しないから問題ない」
だが、そんなことでへこたれる人間なら、最初から部下の下着泥棒などしないのである。
「通報は……まぁ課長だってわかったからしませんけどっ。ベランダから入るなんて危ないじゃないですか!」
「念のため命綱はつけている。だいたい山に登ればこれ以上の難所はいくらでもあるからな。別に危険でもなんでもない」
「下着泥棒のために命綱ですか!?」
唖然とした。恐らく普段から愛用している登山道具を流用したのだろうが、そんなことに大事な道具を使って悲しくならないのだろうか。
いや、ならないから使ってんだろうなこの人は、と自己解決する。
「まぁそんなに言うなら、今度からは奈津を脱がせて直接盗ることにするが。そろそろ使用済みが欲しかったんだ。他には?」
「いやいやいや、今さらっと変なこと言いましたよね? それも盗らないで下さい。下着って意外と高いんですよ。上下セットで買っているから、片方だけなくなったら使いにくいし!」
ブラだけ取られて着ける機会を失ったままのショーツを思い出す。
お気に入りだった淡い藤色の小花柄ショーツ。フルカップブラは胸全体を包み込む安定感があってヘビロテしていたのに、今はなんの因果か目の前でビニール袋に収められている。悲しい。
「だったら明日新品を買ってやる。二十セットくらいでいいか?」
「にじゅっ……! そんなにいりません! とりあえず課長が盗んだのを返して下さい」
「それは俺のコレクションだから返せない。うちに泊まるなら貸してやる」
「課長っ!」
「なら、代わりに盗ったのと同じ数だけ新しいの買ってやるよ。これでどうだ」
「…………もう、それでお願いします……」
結局金で解決することになった。だいたい、「貸してやる」の意味がわからない。あくまでもこれらの下着の所有権は奈津にあるはずで、真山はただ盗んだだけの仮の所有者だ。だが、惚れた弱みというやつなのか、真山の口がうまいだけなのか、結局返してもらうことはできなかった。
交渉も説得も譲歩の引き出し方も上手いやり手営業課長の彼に、奈津が太刀打ちできる訳がない。こんなところに仕事で培った能力を発揮しないで欲しい。切にそう思った。
「よし、下着の件はもういいな」
「全然よくな……きゃっ!」
今日何度目かの悲鳴を上げた奈津は、ひょいと抱え上げられた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「落ちると危ないから暴れるなよ?」
慌てて真山にしがみつくと、そのままずんずんと寝室まで運ばれて、中央に位置するダブルサイズのベッドに優しく下ろされた。また奈津が逃げ出すのを恐れるかのように、枕元のランプのスイッチを入れるや否や真山が覆いかぶさる。
薄暗かった寝室に、暖色系の優しい明かりが灯った。
ふと横目でランプを見た奈津は、それがあまりにもよく知っているデザインであることに驚く。レースの縁取りがされた笠と、温かみのある木目の台座。もしもこれが奈津の持っているランプと同じなら、スイッチの部分には雪の結晶のようなマークが入っているはずだ。
「あれ? そのランプって……?」
奈津の視線を追った真山は、瞬時に奈津の言いたいことを悟って気まずそうに笑った。
「あー、あれな。俺も買ったんだ」
「だってそれ……」
真山はデザインが気に入らなかったから奈津に譲ってくれたはず。ならば真山が追加で購入するなどありえないのではないか。
そう言って追及しようと思ったのに、無理やり顎を掴まれて、視線を正面に向き直らされた。真山の端整な顔が眼前にどアップで広がる。
「課長、まだ話終わってなっ……」
「もう黙れ。また明日聞いてやるから」
「んんっ!」
真山の唇が奈津のそれを塞いだ。美味しそうに口内を蹂躙し尽くした舌が、奈津の首筋に移動する。
熱い吐息が肌を掠めて、唾液で濡れた皮膚がチリチリする。ほとんど無理やりのような行為に抵抗しなければと思うのに、体は言うことを聞いてくれない。目の前にいるのは、おあずけされた獣のようなギラギラした目で奈津を見ている男。
お腹の奥がずくんと疼き、中途半端に火をつけられて燻っていた体が一気に燃え上がった。
「奈津……、奈津、好きだ。ずっとこうしたいと思ってた」
「……課長っ、ん、ぁあッ」
伸縮性のあるニットワンピースの胸元をぐいと引き下ろされる。ブラジャーも強引に下げられ、ぼろんと零れ出た乳房に真山が吸い付いた。
「ひぁんっ! ……あ、ぁッ、あ……! やだ、襟が伸びちゃう……から」
ちゃんと脱がせて。そう言うつもりだったのに。
「……ここで服の心配か。余裕だな」
熱心に乳首を求めていた真山が一瞬顔を上げ、焦れたような目で奈津を見上げる。
「きゃぁっ!?」
直後に襲ってきた強い刺激に奈津は思わず声を上げた。こちらに集中しろとでも言うように、真山が熟れた尖りに噛み付いたのだ。
決して傷付けようとしてやった訳ではないとわかる、本気で痛みを覚えるギリギリ手前の強さ。甘噛みの後に強く吸われ、奈津の体が大きく震える。
「ぅ、あ……、課長、私こういうの、あんまりしたことなくて……」
「こういうのって? セックスのこと?」
「……っ、はい」
会話しながら胸を揉まれ、舌で乳首を転がされ、たまに思い出したように歯を立てられる。そのたびに奈津の腰が浮いて、体を、胸を、真山に押し付けるようになってしまうのが恥ずかしいのにやめられない。
奈津が今まで付き合ったことがあるのは、すぐに自然消滅してしまった高校生の時の彼が一人と、就職を機に別れてしまった大学生の時の彼が一人だ。就職してからは仕事を覚えるのに精一杯で新しい出会いを求める余裕がなく、やっと落ち着いた頃には真山に片想いを始めていた。
だから男性経験は大学生の頃の彼が最初で最後。しかも淡白な人だったから片手で数える程しかしたことがない。前戯は気持ちよくても挿入は苦痛を伴うばかりで、奈津はセックスにあまりいい思い出がなかった。
「そうか。それなら俺が一から教えてやるよ」
「……あの、だから……優しく、して下さい……」
最後のほうは、恥ずかしくてどんどん声が小さくなってしまった。
もしかしたら聞こえてないかもしれない、と思ったが、こんな至近距離で肌を触れ合わせていて聞こえないはずがない。喉の奥で唸った真山に、「無自覚に煽ったんだから自業自得だ」と、ふたたび噛み付くようなキスをされた。
5
優しくして欲しいとお願いしたはずなのに、そこから猛然と襲い掛かってきた真山はまったく優しくなかった。欲望を隠しもせず、上質そうな薄手のセーターとスラックスを素早く脱ぎ捨て、奈津の洋服も一瞬のうちに剥ぎ取る。
慣れた手つきでブラジャーのホックも簡単に外され、ベッドの下に放り投げられた。
「やっ……」
真山の手がショーツにかかったところで、奈津はその手を押さえて身じろぎする。
ここまできてやっぱり止めた、などと言うつもりはない。しかし、やはり最後の砦である薄い布を脱がされるのは恥ずかしくて、ついついその手に逆らってしまう。眉根を下げて小さく首を横に振ると、真山が意地悪く唇の端を上げた。
「じゃあ、このままでヤるか」
「……え?」
「別に構わないぞ。むしろそのほうが俺としては好都合だしな」
宝物を見つけた少年のように呟く真山に一体なにをと問う暇もない。あっさりとショーツから離れた手が奈津の太ももを下から持ち上げる。
「ひゃあぁっ! な、なんでっ、こんな格好……っ!」
ぐい、と開脚させられた奈津は必死に抵抗するが、足の間に真山が陣取っているためまったく閉じることができない。それどころかさらに足を広げられ、強い力で固定されてしまった。
「奈津を気持ちよくしてやるために決まってるだろ」
壮絶な色気を伴ってニヤリと笑った真山が、おもむろに頭を下げる。まさか、と思った瞬間には奈津の下肢に真山の口が寄せられていた。
「…………っ!」
初めての衝撃に声にならない悲鳴が漏れ、奈津は慌てて口を手で押さえる。
手始めに大きな舌でべろんと舐められたかと思うと、その直後、繊細な動きに変わった。唾液をたっぷりと絡ませた舌で下着越しに秘所をチロチロと刺激され、すぐにショーツはどろどろになってしまう。
「んっ……あんっ、だめ……汚れちゃうからっ」
しかし奈津にはわかっていた。ショーツが濡れているのは真山の唾液のためだけではない。先ほどから体の奥がきゅんきゅんと脈打っていて、そのたびにこぷりと淫らな蜜が零れ落ちている。興奮のためにふっくらと膨らんだ小さな丘を食まれると切なさと気持ちよさに襲われて、「ふぁん……」とため息にも似た声が漏れた。
「ん……、課長、わたし……」
「どうした? 気持ちいいんだろ?」
「……はい、……あっ……」
少し前までじたばたと暴れていた奈津だが、すっかり抵抗する気力をなくしてしまった。下腹部からせり上がる快楽で、全身が水飴のようにどろりと溶けてしまったみたいだ。足を開いて無防備な肉体を曝け出したまま、真山から与えられる刺激に素直な反応を返す。
たまにぴくんと足を震わせる奈津を見て、真山は「とりあえず一回イッておこうな?」と優しくささやいた。
「えっ……イクって……、やああんっ」
じゅん、と敏感な部分に強く吸い付かれ、奈津はその不意打ちに目を見開いて悲鳴を上げた。
今まで刺激されていた部分よりも少し上にある、怖いくらいの快感を生み出す小さな肉の粒。薄い下着と一緒に口に含んで嬲られると、べっとりと濡れた布の感触がダイレクトに伝わって腰が砕ける。分厚い舌で円を描くようにぐりぐりと押し潰されると、体が溶けてなくなってしまいそうな錯覚さえした。
「ふあぁっ、そこっ……そこやだぁっ!」
「イイの間違いだろ? 奈津は意外と素直じゃないんだな」
気持ちいいのに、いや気持ちいいからこそ、自分がおかしくなってしまいそうで怖いのだ。イヤイヤと首を振ると、真山に似合うと褒められたダークブラウンの髪がパサパサと音を立ててシーツに沈む。
しかし見え透いた嘘をついた奈津を戒めるかのように真山はさらに花芯を攻める力を強める。奈津の羞恥を煽るためなのか、じゅるじゅると派手な音を立てながらショーツにむしゃぶりついている。
「ふぁ、あっ、ア、……あああぁっ!」
ぎゅっと握った枕に顔を擦り付けるようにして、奈津は体の中を駆け巡る強い快感をやり過ごした。きゅうっと体が丸まって、突き放したいはずの真山の頭を太ももで挟んでしまう。お腹の奥のほうで、なにかが小さな爆発を起こしたような感覚。目の前が真っ白く塗り替えられた気がした。
「んっ……な、に……?」
しばらく放心状態になっていた奈津がやっと我に返る。荒い息のままで途切れ途切れに言葉を発すると、真山が軽く目を瞠った。
「なんだ、今までイッたことなかったのか?」
「わか……ない……。こんなの、初めて、で」
戸惑う奈津の様子を満足げに見つめた真山は口元を拭う。それから小柄な奈津に覆いかぶさるようにして耳元に口を近付ける。
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