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1 出会い
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「お疲れ様でした」
そばにある明かりにたかってくる虫を払いながら、先程までバイトをしていた店から出る。
本当に夏の夜は苦手だ。無駄にジメジメしているし、なによりも虫がいる。
こんなに虫がいるのは、田舎だからだろうか。
まあ、そばに田んぼがあるから虫もわいてくるのだろう。
騒がしいカエルの合唱を聞きながら、月明かりのない帰り道を歩いている時だった。
……街灯のもとで浮いた黒い布を見つけたのは。
(……なんか変なのがいる)
一瞬、電柱に引っかかっている布かと思った。
だが、あの円柱の鉄に引っかかれる布があるとしたら、何かの賞をとれる気がする。それに、明らかに浮いている。そう、浮いているのだ。
数十メートル先のあり得ない光景に、とりあえず帰り道を変更することにした。
そしてそうする前に、少しの好奇心で例の布をよくよく見てみる。
ただの黒い布かと思っていたが、目をこらすとフードのような部分があり人に見えなくもない。足元は布自身の影のせいで暗くてよく見えないが、足がないのはなんとなくわかる。そして、明らかにヤバいモノが目に入っている。
「……いや、鎌は銃刀法違反でしょ」
白い街灯の明かりをうけて鈍く光る鎌。
遠目からでも、それの切れ味が包丁の比じゃないということが感じられる。
しばしの観察に満足し、すぐさまその場を去ろうとした、その瞬間。
黒い布がもの凄い速さでこちらに接近してきたのだ。
(!?)
人は自分の試行のキャパシティを越えると、本当に動けなくなるんだなぁとぼんやりと考える。
動かない足を諦め、風になびく鎌をしょった黒い布を見た。
その布が意外に良い生地そうだとわかるくらいに、接近されたその時。
「すみません!総合病院ってどこですか?!」
布がしゃべったことにも、聞かれた内容にも疑問を抱く前に、私は反射で答えていた。
「この近くにはありませんよ」
頭の片隅で、「こういう田舎では、大きい病院は山の方にあるんだよなぁ」とどうでもいいことを考えていた。
「す、すみません……。家にお邪魔してしまって……」
やけに腰の低い黒い布に、自分は何をしているだろうかと自問する。
パニックになっている黒い布のおかげで自分の方が冷静になり、慌てふためいているソレを気の毒に思い、借りているアパートの一室に案内した。
一人暮らしでは丁度よかった部屋が、黒い布のせいで狭く感じる。
近くで見てみると、この布、意外にでかい。
なお、あの物騒な鎌はいつの間にか消えていた。一体どこに収納したのやら……。
「いえ、……落ち着きましたか?」
慌てて片付けた部屋を無駄に見渡しながら、この黒い布と何を話すべきなのか考える。
この状況が夢の可能性もあると思いつつ、嫌にリアルなクーラーの風を感じる。
「はい……、すみません……」
(この布、謝ってばかりだな……)
布がしゃべるというホラー展開であるにも関わらず、腰の低すぎる布の態度のせいでまるでホラー感がない。そう思うと、急に緊張が解けてしまった。
「とりあえず今日はもう休みたいので、ここに泊まっていってください。話を聞くのは明日でもいいですか?」
めそめそしている黒い布を追い出すのは気が引け、明日に話を聞くことにした。
明日が休日でよかった。
人をこの狭い部屋に泊めたことはないが、今回は布を泊めるのだから問題ないだろう。
「い、いいんですか?ご迷惑じゃないですか?」
目はないが雰囲気でこちらの様子をチラチラとうかかがってくる黒い布。
ここで私が「迷惑だ」と答えたら、痛々しい笑顔で「そうですよね」と引き下がってしまうのだろう。
「やっぱり得体の知れない人間とはいたくないですか?」
わざとらしく悲しげな顔をしてそう言う。
黒い布は案の定、慌てて体を揺らす。
「いえ!そんなことは!」
……この布はきっといつか詐欺に引っかかってしまうだろう。
簡単にこちらの思惑通りになり、布の純粋さを心配する。
「……じゃあまず、ロフトに上がっていてもらえますか」
部屋の物置になっているロフトを指さす。
先程、急いで片付けたからある程度のスペースはあるはずだ。
「……?わかりました!」
どうして部屋の上の方に追いやられるのか疑問に思っているだろうに、唯々諾々とこちらの指示に従う黒い布。いろいろな意味を込めて、私はため息をつく。
「………お見苦しいものを見させないためですよ」
「??」
ふよふよとロフトに上がろうとしていた黒い布がこちらを見る。
いや、顔も目もないだけども。フードのぽっかりと開いた部分がこちらを見てきたので、おそらく私を見ていると予想した。
「見知らずの人間のお風呂に興味ないでしょう?」
「!!」
全身の布をバサバサと揺らし、なぜか慌てた様子でロフトに上がっていった。
ロフトの隅で縮こまっている布を見た私は複雑な気持ちになった。
(なんか……セクハラをしてしまった気分)
この感情が布の過剰な反応のせいではあるが、布の情緒に配慮しなかったこちら側も悪いだろう。
しかし、弁明するとしたら布にも「恥ずかしい」という情緒があるとは知らなかったのだと言いたい。
「………いってきます」
なぜか黒い布に向かってそう口にして、お風呂に向かう。
そして、部屋のドアに手をかけた時、かすかに聞こえた。
「いってらっしゃい……」
本当に小さかったが、確かにそう聞こえた。
私は布の思わぬ返事に、口角が上がってしまった。
こうして、黒い布との波乱の一夜が終わった。
そばにある明かりにたかってくる虫を払いながら、先程までバイトをしていた店から出る。
本当に夏の夜は苦手だ。無駄にジメジメしているし、なによりも虫がいる。
こんなに虫がいるのは、田舎だからだろうか。
まあ、そばに田んぼがあるから虫もわいてくるのだろう。
騒がしいカエルの合唱を聞きながら、月明かりのない帰り道を歩いている時だった。
……街灯のもとで浮いた黒い布を見つけたのは。
(……なんか変なのがいる)
一瞬、電柱に引っかかっている布かと思った。
だが、あの円柱の鉄に引っかかれる布があるとしたら、何かの賞をとれる気がする。それに、明らかに浮いている。そう、浮いているのだ。
数十メートル先のあり得ない光景に、とりあえず帰り道を変更することにした。
そしてそうする前に、少しの好奇心で例の布をよくよく見てみる。
ただの黒い布かと思っていたが、目をこらすとフードのような部分があり人に見えなくもない。足元は布自身の影のせいで暗くてよく見えないが、足がないのはなんとなくわかる。そして、明らかにヤバいモノが目に入っている。
「……いや、鎌は銃刀法違反でしょ」
白い街灯の明かりをうけて鈍く光る鎌。
遠目からでも、それの切れ味が包丁の比じゃないということが感じられる。
しばしの観察に満足し、すぐさまその場を去ろうとした、その瞬間。
黒い布がもの凄い速さでこちらに接近してきたのだ。
(!?)
人は自分の試行のキャパシティを越えると、本当に動けなくなるんだなぁとぼんやりと考える。
動かない足を諦め、風になびく鎌をしょった黒い布を見た。
その布が意外に良い生地そうだとわかるくらいに、接近されたその時。
「すみません!総合病院ってどこですか?!」
布がしゃべったことにも、聞かれた内容にも疑問を抱く前に、私は反射で答えていた。
「この近くにはありませんよ」
頭の片隅で、「こういう田舎では、大きい病院は山の方にあるんだよなぁ」とどうでもいいことを考えていた。
「す、すみません……。家にお邪魔してしまって……」
やけに腰の低い黒い布に、自分は何をしているだろうかと自問する。
パニックになっている黒い布のおかげで自分の方が冷静になり、慌てふためいているソレを気の毒に思い、借りているアパートの一室に案内した。
一人暮らしでは丁度よかった部屋が、黒い布のせいで狭く感じる。
近くで見てみると、この布、意外にでかい。
なお、あの物騒な鎌はいつの間にか消えていた。一体どこに収納したのやら……。
「いえ、……落ち着きましたか?」
慌てて片付けた部屋を無駄に見渡しながら、この黒い布と何を話すべきなのか考える。
この状況が夢の可能性もあると思いつつ、嫌にリアルなクーラーの風を感じる。
「はい……、すみません……」
(この布、謝ってばかりだな……)
布がしゃべるというホラー展開であるにも関わらず、腰の低すぎる布の態度のせいでまるでホラー感がない。そう思うと、急に緊張が解けてしまった。
「とりあえず今日はもう休みたいので、ここに泊まっていってください。話を聞くのは明日でもいいですか?」
めそめそしている黒い布を追い出すのは気が引け、明日に話を聞くことにした。
明日が休日でよかった。
人をこの狭い部屋に泊めたことはないが、今回は布を泊めるのだから問題ないだろう。
「い、いいんですか?ご迷惑じゃないですか?」
目はないが雰囲気でこちらの様子をチラチラとうかかがってくる黒い布。
ここで私が「迷惑だ」と答えたら、痛々しい笑顔で「そうですよね」と引き下がってしまうのだろう。
「やっぱり得体の知れない人間とはいたくないですか?」
わざとらしく悲しげな顔をしてそう言う。
黒い布は案の定、慌てて体を揺らす。
「いえ!そんなことは!」
……この布はきっといつか詐欺に引っかかってしまうだろう。
簡単にこちらの思惑通りになり、布の純粋さを心配する。
「……じゃあまず、ロフトに上がっていてもらえますか」
部屋の物置になっているロフトを指さす。
先程、急いで片付けたからある程度のスペースはあるはずだ。
「……?わかりました!」
どうして部屋の上の方に追いやられるのか疑問に思っているだろうに、唯々諾々とこちらの指示に従う黒い布。いろいろな意味を込めて、私はため息をつく。
「………お見苦しいものを見させないためですよ」
「??」
ふよふよとロフトに上がろうとしていた黒い布がこちらを見る。
いや、顔も目もないだけども。フードのぽっかりと開いた部分がこちらを見てきたので、おそらく私を見ていると予想した。
「見知らずの人間のお風呂に興味ないでしょう?」
「!!」
全身の布をバサバサと揺らし、なぜか慌てた様子でロフトに上がっていった。
ロフトの隅で縮こまっている布を見た私は複雑な気持ちになった。
(なんか……セクハラをしてしまった気分)
この感情が布の過剰な反応のせいではあるが、布の情緒に配慮しなかったこちら側も悪いだろう。
しかし、弁明するとしたら布にも「恥ずかしい」という情緒があるとは知らなかったのだと言いたい。
「………いってきます」
なぜか黒い布に向かってそう口にして、お風呂に向かう。
そして、部屋のドアに手をかけた時、かすかに聞こえた。
「いってらっしゃい……」
本当に小さかったが、確かにそう聞こえた。
私は布の思わぬ返事に、口角が上がってしまった。
こうして、黒い布との波乱の一夜が終わった。
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