あなたの蝋燭が消えるまで

晶迦

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2 望まぬ再会

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「それで、どうして昨日はあんな所にいたんですか?」

 黒い布と濃い一夜を過ごした次の日の朝。
 狭い部屋で黒い布と向かい合って話していた。

 一方は椅子に座り、一方は宙に浮いているという謎の構図だが、そもそも人間と布という異質な組み合わせであるから今更だろう。あと、布がしゃべることにはもう慣れた。

「その、自分はここの総合病院に行かなくてはならなかったんですけど……」

 私が出してあげたスマートフォンのマップを指さす黒い布。
 朝起きた時に目の前に浮遊する黒い布を見た瞬間から、昨夜のことが夢ではなかったという現実がつきつけられた。そのため、私はだるい体を動かし、こうして布の話を聞いている。

「迷ってしまって……」

 10キロ先にある総合病院を指さす布に、何がどうなってこうなったのか問いただしたい。
 どう迷ったら、こんな10キロも離れた場所にたどり着くのか……。

「……連れて行ってあげますよ」

「ほ、ほんとうですか?!」

 感動した様子の黒い布には申し訳ないが、これは善意が故ではない。
 こんな方向音痴に任せていたら、一生この辺をうろつかれるだけだと思っただけだ。

「どうせ私の通ってる大学の道中にありますし、ついでに送ります」

「あ、ありがとうございます!」

 今日は昼から授業があると言って、今からこの黒い布を送ることにした。
 そんなに急いでいるわけではないとこの布は言っていたが、できるだけ早めに届けてあげた方がいいだろう。なにせ、遠慮の塊だと昨日の夜に十分知ったから。





「―――で、これがシートベルトです」

「なるほど……」

 黒い布を助手席に乗せ、シートベルトの締め方を教える。
 多分、締めなくてもいいだろうなと思うけど、一応教習所で習ったことを遵守する。
 教習所の先生も、まさか布を助手席に乗せるとは思ってもなかっただろう。

「助手席に乗る人は、これを締めないといけません」

「そうなんですね」

 熱心にこちらの話を聞く布に、いたずら心がわく。
 真剣な顔をしたまま、私は言う。

「あなたがシートベルトしなかった場合、私は刑務所行きになります」

「え?!」

 どうやら刑務所の意味は分かっていたようだ。
 総合病院を知っている布だが、シートベルトを知らなかったから少し心配していた。
 冗談が通じて嬉しい。

「嘘です」

「な……!」

 こちらを向いて固まっている布に満足し、ゆっくりとアクセルを踏む。
 もちろん、シートベルトは二人?とも装着済みだ。

「行きますよ」

 いつもよりも慎重に加速し、今日はいつもよりも運転に時間がかかった。







「はい、着きましたよ」

 総合病院の近くに路駐し、興味津々で外を見ている黒い布に声をかける。
 この布は車に乗ったことがなかったのだろう。窓にくっついている様子は、とても面白かった。

「え?……ああ!ありがとうございました」

 やっと自分の目的地に着いたことに気づき、そのまま車の外に出た。
 こちらを振り返った布は何かを言っていた。しかし、私には聞こえない。

 そして、黒い布は今、自分がしたことに固まってしまう。

 私はそれに気づかなかった振りをして、黒い布に手を振り車を発進させた。
 固まってしまった布の様子は少し心配だが、あそこから迷う心配はないだろう。

「ほんと、優しい布さんだったなぁ……」

 あの布は最後の最後に、自分がものをすり抜けられることがバレてしまったのだ。
 全く、爪の甘い布だ。

 本当はシートベルトをしてもすり抜けられるのに、わざわざこちらに合わせてしてくれて、自分で飛んでいった方は早いのに車に乗ってくれた。本来であれば、私に送ってもらわなくてもたどり着いただろう。地図をみせた時に、あの布は納得した様子だったから。

 こちらのお節介に付き合ってくれた優しい黒い布。
 なかなか貴重な体験だったなと思いながら、アパートへと向かう。

 今日、大学は休みだから。














「―――でさぁ」

「え~、めっちゃウケる!」

 ザワザワ

 黒い布を総合病院に送り届けた次の日。
 私はいつも通りに大学に来ていた。

 昨日の出来事が、まるで夢のだったかのようだ。
 変わらない大学の様子に、変わり映えしない教室。
 そして、自然に彩られた窓の外。

(……いつも通りだなぁ)

 大学の生協ショップで買ったおにぎり頬張りながら、ぼんやりと遠くの山を眺める。
 昼休みは人が活発になる時間帯で、この賑やかさもいつも通りだ。
 そのことに、少し物足りなさを覚える。

(きっと、昨日の出来事が衝撃的すぎたんだろうな)

 頼りなく揺れるあの黒い布が、脳裏にちらつく。
 あと今更だけど、黒い布って呼び方は不便かもしれない。

 あだ名をつけるべきか迷っていると、そばに人の気配を感じた。
 窓から目を離し、そちらへと視線を向ける。

「何してるの?」

 その人の気配の正体は、大学でよく一緒に話す人だった。
 彼女とは、興味のある分野がかぶっていて最近話すようになった。

「いや、ボーっとしてた」

 曖昧に笑いながら、おしゃれな彼女を眺める。
 可愛らしい感じの服装で、化粧もそれに合わせている。
 服装は適当で化粧もしていない私とは真逆の存在だ。

ひいらぎちゃん、今日の昼ごはんはそれ?」

 彼女の手元にあるスムージーを見る。
 どうやら今回のブームはスムージーになったらしい。

「まあね。トキちゃんは?」

 食べてしまったおにぎりの包みを見せる。
 また買い食いをしたのかと言われるのだろう。

「今日も買い食いね」

「言うと思った」

 そして、互いに顔を見合わせて笑った。
 ふと時計を見ると、そろそろ授業が始まる時間になっていた。

「もう時間か……」

 横にいる彼女を見ると、死んだ魚の目をしていた。
 とても今から授業を受ける学生の顔じゃない。

「……頑張らない程度にやろっか」
 
 バイトをやりまくっている彼女のことだ。また、無理をしたのだろう。
 そう思い、労いの意味を込めてそう言った。

「ハァー、疲れるわー……」

 ブラック企業に勤めている社会人のようなため気をつく彼女に、大学生とはこんなに疲れている人のことをいうのだろうかと疑問を抱かされる。

 その日の授業をなんとか乗り越えたが、帰宅後は再来週に迫ったテストに頭を悩ませることとなった。











「ん、この神経がここの……いや違う」

 本棚に埋もれていた参考書を引っ張り出し、頭を回転させる。
 どうやら私の脳には油をさす必要があるようだ。
 脳の歯車がきしんでしょうがない。

「………」

 時計を確認してみると、バイトに行かなければならない時間になっていた。
 解けない問題に頭を曇らせたまま、のそのそとバイトへ向かう。

 さっきまで嫌々やっていた勉強が、無性にしたくなってきた。
 そして、かわりにバイトに行きたくなくなった。
 時間がある時には勉強をしたくなくなるが、他にやることができた時に勉強したくなるのはどうしてだろうか。

(まあ、行きますけども)

 うだうだと考えながらも、バイトに行かないわけにはいかなかった。
 そう簡単にサボれるほど、現実は甘くない。











「お、終わった……」

 なんとかバイトをこなし、やっとのことで帰路につく。
 今日の月明かりがあり、それなりに歩きやすい。

 ふと、最近出会った黒い布を思い出す。
 確か、前回はここら辺の電柱にいたような気がする。

(ん?)

 懐かしい思いに浸っていると、その電柱のそばにあった家の異常な様子に目がいく。
 夜の10時にも関わらず、その家は煌々としてる。
 普通は部屋の一部だけに明かりがついているはずなのに、その家はすべての部屋に明かりがついていた。

 どうしても気になって、その家のそばにそっと近寄る。
 光を目指して飛んでいった虫が、コンコンと壁にぶつかっていた。

 そばまで行くと、意外に人の気配が多いことに気づく。
 一体なにが起きているのかと思っていると、人の気配が一斉に止まったのを感じた。

(え?)

 まさか自分がいるのがバレたのかと思った。
 しかし、その後に続いた人々のすすり泣く声に、「ああ」と思った。

 この家の誰かが亡くなったのだ。

 納得がいき、その場から離れようとした時。
 私は目を見張った。

「なんで……」

 黒い布がその家の2階の窓に浮いていた。
 そう、私が総合病院に送り届けたあの布だ。

 大きな鎌を持ち、ユラユラと揺らめいている姿を見間違うはずがない。
 
 ずっと見つめていると、ソレと目が合った。
 その瞬間、私は駆けだした。

 



 そのままアパートにつき、私は急いで身支度を整えて布団に入った。
 そして、枕に顔をうずめた。

(そっか、あの布は『死神』だったのか)

 納得した一方で、「どうしてあの布が」と思った。
 正体を知らなかった方が、不思議な思い出として胸に秘められたのに。

 『死』に似つかわしくないあの黒い布の様子を思い浮かべながら、私はどうしてかわからない虚しさを胸に抱いた。


















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