あなたの蝋燭が消えるまで

晶迦

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5 本当は

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 『死神』からの試験をくぐり抜け、私はいつもの生活に戻った。
 もう傍にあの情けなくてかわいい『死神』はいない。
 ただ、あの気ままな一人の生活に戻るだけだ。

「でもまあ、いなくなったらそれはそれで……」

 寂しい。

 口には出さなかった。
 言ってしまうと、現実を突きつけられてしまうような気がしたから。

 朝の大学の自習室でそんな独り言を呟くが、日々は刻々と過ぎていた。
 時間は、私の気持ちなどそっちのけだ。

 今日も今日とて授業を聞き、バイトに勤しむ。
 そんな普通の日になる。

 はずだった。
















「………いや、なんで『死神』さんがいるの」

「す、すみません……」

「おいおい、お前腰低すぎだろ!」


 それも二人。一人増えてる。
 『死神』の増殖。なんか語感がいやだ。

 バイトが終わりアパートに帰宅すると、とんでもない状況になっていた。
 『死神』さんがいるのはまだいいとして、もう一人の方は一体なんなんだ。

「はぁ、……まさか今回も試験ですか?」

「い、いえ!違います!」

「うへぇ、お前そんな性格じゃ、モゴッ!」

「すみません、ちょっと失礼します」

 そう言って二枚の黒い布が一瞬で消え、しばらくしてまた現れた。
 そして、なぜか一方の布は白っぽい縄のようなもので縛り付けられていた。

「お待たせしました……」

「………いや、大丈夫ですよ」

「ンー!」

 モガモガ

 左側に視線を向けないように、右側にいる『死神』にだけ視線を集中する。
 消えた一瞬で、一体何が起きたのかとか考えてはいけない。
 色々と精神衛生上によくない予感がする。

「その、今回来た理由なんですけど……」

「はい」

「例の試験の結果が上に好評だったらしく……」

「はあ」

「これからも『相棒』としてお傍にいさせて頂くことになりました!」

「わあ、言い切った」

「フガガ」

 告白するような勢いの『死神』に気圧される。
 そんなに恥ずかしがっていうことでもないだろうに。

 そして、前回の抜き打ち試験と同様に拒否権がない状況。
 『相棒』となるのは最早決定事項のようだ。
 一度でいいから、その決定を下した『死神』の上層部に会ってみたい。
 そして、あわよくば頬をつねりたい。

 ブーン ブーン

「あ、ちょ、ちょっと失礼します」

 布の一部が急に光り始めたかと思ったら、『死神』が急にどこかに行ってしまった。
 部屋には私と縛られた黒い布が一枚。

「………」

「フガフガ」

 左側は絶対に見ない。
 もう天井を見ちゃう。

「フガッ!」

 あー、だんだん目がライトでチカチカしてきた。

「フガーッ!」

「うるさっ!」

 仕方なく声のする方に目を向ける。
 哀れな黒い布は、白い謎の文明でできた縄らしきものでぎゅうぎゅうに縛られている。

「なんですか……、それ解いてほしいんですか」

「フガガ」

 同意するように布が揺れるが、非常に残念なお知らせをする。

「私は『人』なんで、『死神』文明のその縄は対処不可能です」

「フガー!」

「いや、だから無理ですって!」

 地面に這いつくばってにじり寄る黒い布が、次第にゴキブ……Gに見えてきた。
 生理的に無理。

「ちょ、そんな風に近寄ってこないで!」

 手足をばたつかせた勢いで、にじり寄ってきていた黒い布の塊を踏んずけてしまった。
 
「あ」

「フギュ」

 してはいけない声が聞こえてきたが、足元は決して見ない。
 見なければ、起こっていないことと同義のはず。

「………おい」

「あ、解けてる」

 明瞭な声のする方を見ると、例の白い縄が解けていた。
 結構緩い縄だったのかもしれない。

「オレ様を踏んずけるとは何事だ!」

「いや、アレは事故ですって」

「何!?」

 なかなか騒がし……賑やかな『死神』のようだ。
 こうしてみると、『死神』にも個性があるのだとわかる。

「――ったく、流石あいつの『相棒』なだけはあるな」

 明らかにあの『死神』を知っているような口ぶりに、好奇心がうずいてしまった。
 もし過去に戻れるなら、「好奇心は猫をもころす」とこの時の自分の言いたい。

「あの『死神』とは長い付き合いなんですか?」

 興味津々で聞くと、黒い布は得意げにバサッと動く。
 布の大きさはこちらの『死神』の方が小さいように感じる。
 ここにも違いがあるようだ。

「聞きたいか?いいだろう、聞かせてやろう!」

「わー、すごーい」

 鼻高々な様子の『死神』を適当におだてておく。
 黒い布がどんどん上昇していっているが、あのままでは上の階にいってしまいそうだ。

「奴は悪魔だ」

「いや、『死神』では?」

 初っ端からとんでもないことを言い出した『死神』に、思わずツッコミを入れる。
 なにが悪魔だ。あんなに情けない悪魔がいてたまるか。

「いや!本当にあいつは悪魔なんだ!」

「はあ」

「今のあいつがおかしいんだよ!」

 あまりの熱弁に、少し心が傾く。
 もしかすると、あの『死神』も昔はやんちゃだったとか。

「やっぱり『相棒』に感化されるってのは本当だったんだ……」

「ん?どういうことです?」

 怯えた様子の『死神』の言葉に、引っ掛かりを覚える。
 感化ってなんだ。感化って。

「『死神』はな、『人』の『相棒』ができるとその『人』の内面が『死神』に反映することがあるんだよ。それがまさに今のあいつだ……」

「ほお。……ほお?」

 ちょっと待って。
 つまり、どういうこと?

「私の内面があんなに情けないって言いたいんですか?!」

「ああ、あれがお前の本質なんだろうよ」

 うそだ……!
 あの『死神』のことを暴いてやろうと思ったら、思わぬ墓穴を掘った。
 まさか、あの情けない性格が自分の本質だったなんて……。

「み、認めない……」

「現実を受け入れな」

「いやだ……!」

「諦めの悪い奴だな」

 立場が逆転してしまった。
 冷静な方が目の前の『死神』になって、騒がしい方が私になっている。
 なんという屈辱。

「何を話していたんですか?」

「「!?」」

 急に現れた『死神』さんに、私とあの『死神』は体を寄せあう。
 なんだか無性に、あの情けないと思っていた『死神』がこわくなった。
 ……この隣にいる黒い布が「やつは悪魔だ」とか言って脅かしてきたから。

「………随分と仲良くなったんですね」

「いえ!そんなことはないです!」
「いや!そんなことないぞ!」

 なぜだろう。
 だんだんと『死神』さんの口調が流暢になってきた気がする。
 悪魔への覚醒が間近なのだろうか。

「……まあ、いいです」

 どうやらお許しをいただけたようだ。
 そっと肩の力を抜く。

「後でメイソンに聞きますので」

「え”!オレ?!」

 哀れな生贄に合掌する。
 隣の布は、二度と風になびくことができなくなるのだろう。

「ちょ、こいつは?!」

 人様を指さすとはいい度胸だ。
 そして、私を巻き込むな。逝くなら一人で逝ってくれ!

「俺の『相棒』をこいつ呼ばわりとは……。偉くなったものですね、メイソン」

「ひぃ!すみませんでした!」

「………」

 こ、こっわーー!
 本当の『死神』さんはこうだったのか……。
 なんか、いかに自分が情けない性格だったのかが付きつけられてる気がする。

「あ、その、『相棒』の件は……承諾してもらえますか……?」

 さっきまでの様子が嘘のように、私に対して腰を低くして話しかけてくる『死神』さん。
 ここでノーと言えるほど、私の肝は座ってない。小心者でわるかったな!

「あ、ハイ、モチロン」

 隣の布から気の毒そうな視線を感じるが無視だ。
 君の方は、これから地獄の事情聴取があるのを忘れてないか?
 
「ほ、本当ですか!う、嬉しいです……」

 このドモりも、自分の内面なのだと思うと面白がってもいられない。
 まさかこんな形で自分の中身を知るとは……。
 『死神』じゃなくて『鏡』に改名した方がいいんじゃないだろうか。

「これから、よろしくお願いします」

「……ハイ」

 全然よろしくされたくなーい!

 心の叫びをなんとか呑みこむことに成功した。
 そして、用事を済ませた彼らは私の部屋から消えていった。

 しかし、この時の私は大切なことを忘れていた。
 そう、『死神』の心を読む能力のことを。


「……まあ、追々丸め込めばいい」
 
 悪魔のような『死神』がそんな恐ろしいことを言っていたのに気づいたのは、そばにいたメイソンという『死神』だけだった。

「……強く生きろ、人間」

 メイソンはそう呟くしかなかった。






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