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第三章 王都攻防編

公爵領脱出計画①

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「帰ってきたぞ!」

 そんな声をあげながら屋敷に入ってきたのはバルトだ。
 すでに休息日にかかろうかというくらいには真夜中であり、当然屋敷は明かりが消され物静かだった。
 だが、カトリーナは食堂で絶やさず燃やされたランプの火を眺めながら、置き続けていた。
 日が変わるくらいまで起きているのは、前世の記憶をもったカトリーナには簡単なことだったのだ。まあ、暇には暇だったが。

「あ、おかえりなさい。随分遅かったのね」
「ああ……仕事がどうしても終わらなくてな。だが、すべて片づけてきた。来週はきっとゆっくりできる」
「それはよかった! あ、バルト様。ちょっとしたおつまみ用意しているんだけど、食べる?」
「ああ、ありがとう。ただ、馬を飛ばしてきたままだからな。少し湯あみがしたい」
「うん、手伝う」
 
 カトリーナはそういうと、慣れた様子でバルトの外套を受け取り、フックにかけた。
 そして、夜も待機している使用人に頼んで湯を用意してもらう。
 カトリーナはお湯を受け取ると、上半身を脱いでいるバルトの後ろにいって準備万端だ。
 最初こそその姿に顔を赤らめていたカトリーナだが、真夜中に使用人にまかせて自分は眺めているだけというのも気が引けたため率先してやることにしたの。今では慣れたもので、湯につけた布を固く絞って背中を拭きあげていく。

「いつも助かる。ありがとう」
「いいのよ。急いで帰ってきてくれるんだし。それは、その……私も嬉しいから」
「そ、そうか。それなら俺も急いだ甲斐があったというものだが……」

 そう言って互いに押し黙る。
 こういった湯あみの手伝いの機会は何度かあったが、いつも微妙な空気になってしまうのだ。
 今日も、カトリーナは逞しい背中をみながらドキドキと胸を高鳴らせる。

(あ、ここにも傷が……)

 そう思って、そっと横腹あたりに指を添えた。
 すると、それにバルトも気づいたのだろう。笑みをこぼして口を開いた。 

「その傷か……」
「こんなところに」
「その傷はな。実は、軍に配属されて間もない時に負ってしまったものなんだ」
「バルト様でも怪我をするのね」
「それはな。まあ、そのお陰で優秀な副官に出会えたのだからそう悪いものでもなかったがな」

 カトリーナは首を傾げながら問いかける。

「副官って、エミリオ様かカルラ様?」
「ああ……。その時はこの領地ではなく、違う場所に配属されていたのだがな。その時に戦場となった屋敷の中に取り残されていたのがカルラだったんだ」
「カルラ様が……」
「ああ。俺もまだ未熟だったからな。必死で庇っていたらこのとおり。槍を腹に受けてしまったんだ。その時は仲間に助けられてなんとかなったが、それからだな。カルラが俺のようになりたいと軍に入り浸るようになったのは」

 その話を聞いて、カトリーナは合点がいった。
 そういったシチュエーションであれば、カルラのあの想いは無理のないことだったのだろう。まあ、だからといって、今更バルトを譲ろうとは露にも思っていなかったカトリーナである。
 しかし、口ぶりからするとカルラの想いには気づいていそうなバルトに、少しだけ意地悪したくなるのも無理のないことだった。

「もしかして、カルラ様の気持ちに気づいていました?」

 そう問いかけると、バルトはしばらく押し黙り、唸り、それでもカトリーナが何も言わなかったら観念したのか言葉をこぼす。

「む、まあ、単なる尊敬ではないことは、な」
「そんな女心を放っておくなんて。バルト様も悪い人ですね。その分だと他にどんな女の子の気持ちをもてあそんでいたやら――」
「そんなことはない!」

 つい会えなかった寂しさとちょっとしたやきもちで冗談をいったカトリーナだったが、勢いよく振り向いて声を張り上げたバルトに驚きを隠せない。

「バ、バルト様!?」
「俺は、カトリーナだけだ。君だけを愛している」
「え、あ、あの……」
「それだけは、たとえ冗談だとしても疑わないでくれ」

 カトリーナはそういってまっすぐに向けてくれるバルトの視線に応えながら自省する。
 きっと、会えなくて寂しかったせいで心がやさぐれていたのだ。
 醜い嫉妬心を出したことに、恥ずかしくなりつつ、それ以上にバルトの愛の囁きにとんでもない羞恥に襲われた。

「ごめんなさい」
「いや、別に怒った怒ったわけではないんだが」

 そのまま向き合って視線を外しあう二人。
 沈黙と気まずさに襲われた二人だったが、バルトの言葉がその空気に亀裂を入れる。

「抱きしめていいか?」

 唐突なその言葉に、カトリーナは顔を赤らめながら頷く。
 すると、バルトはゆっくりとカトリーナを包み込み、そして強く抱きしめた。
 カトリーナはたくましい体躯ととても熱い体温にのぼせそうになりながら、その分厚い胸にすべてを任せる。

「……安心する」
「そうか」

 湯あみを始めると、大概はこういったいい雰囲気になる。
 だが、今日も例のごとく、カトリーナとバルトは簡単な夜食とお酒をつまみながらおしゃべりをしてそのまま別々の寝室にへと戻っていった。
 毎回毎回この調子だ。
 二人の初心加減にもいい加減辟易としているだろう。主に、脇で見守っているダシャが。

「こんなの毎回見せられるって何の罰ですか。っていうか、この分じゃ世継ぎなんて夢のまた夢ですね」

 そういって隣の部屋でため息を吐くダシャは眠い目をこすりながら自分も寝室へ戻っていく。
 仕えているカトリーナがいつでもことに及んでいいように控えているのだが、次の休息日にはさっさと寝てしまおうかと思っているダシャなのだった。
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