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黎明F -審判編-
第12話 生贄
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「んーっ、んーっ♡」
アリリは俺に唇を突き出してキスを強請ってくる。
今の俺は魔力が皆無に等しく、魔術なんて使えない筈なのに、アリリを魅了状態にしてしまうなんて。今まで色欲の悪魔の能力は擬態以外に使ってこなかった故、何故こうなってしまったのか皆目見当がつかない。
「お、おいアリリ……離れてくれ、俺はアヴァリスを」
「そんなぁ……シンさんは私よりもアヴァリスみたいな大人の女性タイプの方が好みなんですかぁ?」
「そういう事じゃないっ! 今は一刻を争う状況なんだ、早くアヴァリスを倒さないと……!」
「別にぃ……倒す必要無いじゃないですかぁ」
「えっ……!?」
「シンさんはぁ……もうこの件から手を引いて、私とずっと一緒に居れば良いんですよぉ♡」
アリリは突然とんでもない事を言い出した。
そもそもこの件に首を突っ込ませたのはアリリじゃないか、と言いたくなったが、おそらく魅了状態で思考が狂ってしまっているのだろう。これはアリリの本心ではない。
「……そういう訳にはいかない。一緒に居るためには、今から起ころうとしている不幸を阻止しなきゃいけない」
「アヴァリスも言ってたじゃないですかぁ……貴女にはこれが比にならない程の絶望が控えているってぇ……」
アリリはヘラヘラと笑いながら、こちらには目を合わせずそう言った。
しかしアリリの言葉に、俺は違和感を感じたのだ。そもそも倒す必要は無い発言が意味不明ではあるのだが、その後に“絶望が控えている”だなんて……まるでアヴァリスを倒すと俺に絶望が降りかかると言っているみたいだ。単に魅了状態で思考が狂っているだけであればそれでいいのだが……いや良くはないが。
“へぇ……そんな思いがあるのね? でも貴女からしたら見ず知らずの人が死んだって、別に何も変わらないでしょう?”
確かにラグナロクは絶対に止めなくてはならない儀式だと思っているが、あの反応から察するに、アヴァリスは色欲の悪魔を絶望させる事に執着してはいるものの、シン・トレギアスを絶望させる事はあまり執着していない……あくまでメインは色欲の悪魔であると捉えられる。
考えてみれば、アヴァリスの行動は謎が多い。
入念に考えて冷静に行動しているかと思いきや急に感情的になったり、色欲の悪魔である俺に自分の計画がわかるよう助言したり。
何より、冷静になっている時のアヴァリスは俺を痛めつけはするが、殺そうとはしないのだ。まぁ最後に絶望した後の姿を見たいからというのもあるのだろうが、まだアヴァリスには裏があるように思える。
「——アリリ、アヴァリスの何を視た?」
「……」
アリリは先程アヴァリスと対峙した際に、きっと千里眼で内面を視たはずだ。そう思い、俺は何を視たのかを問うと、アリリは途端に黙り込んで露骨に目を逸らしたのだ。
「どうして答えてくれないんだ……?」
「そ、それは……隙ありっ」
「んむっ!?」
アリリが一瞬普段と同じような表情に戻った事で演技を疑ったそのとき、俺を無理矢理黙らせるかのようにアリリは俺に勢いよく唇を重ねてきた。しかもただ唇同士を合わせるだけでなく、まるで互いの粘膜を混ぜ合わせるかのように舌を絡み合わせてきた。
——途端、頭の中に情報が流れ込んでくる。
色欲の悪魔は魔力枯渇に陥った際、人間を視界に捉えると自分の意思とは関係無しに“魅了”を対象に発動し、向こうからせがむようにさせ、粘膜接種による魔力供給を行うそうだ。
——じゃあ、今俺は……!
俺はアリリから魔力を供給しない為に離れようとするが、それに気付いたアリリはガッチリと物凄い力で俺を抱きしめて逃げられないようにしてきた。
「ぷはっ……困った表情も、抵抗もしないでくださいよぉ……可愛すぎて思わずキスしちゃったじゃないですかぁ♡」
「大丈夫かアリリ……!? 魔力は吸い取られてないか? 体の具合は何とも無いか!?」
「……」
唇が離れると、俺がアリリの魔力を奪ってしまっていないか確認するべく、真っ先にアリリの身を心配する。そんな俺の様子に、アリリはキョトンとした表情でただ見つめるだけだった。
「……アリリ? まさか、俺に魔力を」
「——はぁ……ほんっとにどこまでもお人好しなんですね、シンさんは」
すると魅了状態のはずのアリリは呆れたような表情をして、ため息混じりにそう言った。
「え……アリリ?」
「ん、どうしたんですか」
「いや、魅了状態のはずじゃ」
「ええ、魅了されてますよ……半分だけ」
「は、半分?」
「選ばれし勇者ですよ私っ。だからデバフの影響を受けないんです! いちいちデバフされてたら悪魔とか魔王とか倒せないじゃないですか」
そう言うとアリリは自信満々に笑みを浮かべながら選ばれし者の証である選定の剣を見せつけてきた。この剣は特殊な加護を受けているらしく、“魔”を滅する事が出来る。
故に、選ばれし者である人間はこの剣を握る事を許され、魔王や悪魔を倒す事が出来るという事だ。
人体に影響を及ぼす悪魔の特殊な魔術の影響を受けないのも、恐らく選定の剣に付随している加護の影響なのだろう。
「影響を受けないんなら何で半分は魅了されたんだ?」
「——さぁ、どうしてでしょうねっ」
アリリは先程とはまた違った、悪い事を考えてる時みたいな笑みを浮かべながら俺にそう返した。
いや“どうしてでしょうね”って言われても……選ばれた事がないから俺に問い返されてもわからない。
「……それはともかく、何でこんな事」
「——キス、したかったんですよ」
「は?」
「ああいや違う違うそういう意味じゃなくてっ! その……粘膜接種だったら、無理矢理にでもシンさんに魔力を供給出来るかもって思って」
「何で……」
「だってシンさん、絶対他人から魔力を貰おうとしないだろうし……だから、強行手段に出たんですっ! うんっ!」
「……」
「でも不思議ですね。そういう事を一回すると案外、心の中で秘め続けて滾ってた感情って治まっちゃうんですね」
「……え?」
「わっ、私だって年頃の女の子ですからっ! そりゃ一丁前に性欲とかある訳でっ……でも職業柄そーゆーの発散出来なくって……だからっ、あの……えと……」
アリリは顔を赤くしながら焦るようにそう言った。
そもそも年頃の女の子って言うが……前世はOL、つまり中身は一度社会人を経験した大人って事だ。寿命尽きるまで生きたのか、社会に耐えられなくなってしまったのかまではわからないが。
「あぁそうかよ」
俺は適当に返すと、アリリに背を向けてその場を去ろうとする。
「——どこに行くんですか」
「……アヴァリスを倒す。ラグナロクを止める」
「魔術使えないのにどうやって倒すんですか……諦めず戦えば奇跡が起きて力を取り戻せるとでも思ってるんですか!?」
「……そう、願いたいな」
「っ……戦う必要、無いんですよ……アヴァリスを倒しても、シンさんが死んでも同じなんです」
「どういう事なんだ、それは」
「……ラグナロクの儀式に必要な生贄は4つ……孤独な魂”、“魔物に身を染めし魂”、“生まれながらに麗しき風の魂”、“罪を犯せし魂”」
アリリは、物凄く言いたくなさそうに渋々話し始めた。
それを踏まえると、“孤独な魂”は数年前から行方不明になっていた少女イルマ・バレンディアが、“魔物に身を染めし魂”はスライムに寄生されていたアイリア・ルーミデンスが、“生まれながらにして麗しき風の魂”はリーヴァル曰く“すごくきれいなひと”であり“風”というのは、諸説あるが昔の時代では顔の事を表していたという事もある為シェリー・フーミオが、“罪を犯せし魂”は過去に暴力事件を起こし死者を出した事で服役中だったディエン・ソートスが当てはまるだろう。
「確かに、被害者の女性達に当てはまるな」
「でも、実は儀式に必要な生贄はこれら4つの魂だけでは無いんです。最後に必要な生贄は……悪魔の命です」
「悪魔の、命……」
アリリからラグナロクの儀式に必要な生贄に関しての情報を聞いて、俺は全てに合点がいった。
アリリが俺をアヴァリスとの戦いから遠ざけようとするのは、色欲の悪魔である俺が勝とうが強欲の悪魔アヴァリスが勝とうが最後のピースとして悪魔の命がハマり、どちらにせよラグナロクが起こる。
「それだけではありません。もしアヴァリスが倒された場合、シンさんは……」
「……俺がどうなるんだ?」
「これについて話すには、太古の昔に一度起こったラグナロクのその後について語る事になります」
「……手短に頼む」
——アリリはとある太古の昔……ラグナロクのその後の、とある悪魔の昔話を語り始めた。
アリリは俺に唇を突き出してキスを強請ってくる。
今の俺は魔力が皆無に等しく、魔術なんて使えない筈なのに、アリリを魅了状態にしてしまうなんて。今まで色欲の悪魔の能力は擬態以外に使ってこなかった故、何故こうなってしまったのか皆目見当がつかない。
「お、おいアリリ……離れてくれ、俺はアヴァリスを」
「そんなぁ……シンさんは私よりもアヴァリスみたいな大人の女性タイプの方が好みなんですかぁ?」
「そういう事じゃないっ! 今は一刻を争う状況なんだ、早くアヴァリスを倒さないと……!」
「別にぃ……倒す必要無いじゃないですかぁ」
「えっ……!?」
「シンさんはぁ……もうこの件から手を引いて、私とずっと一緒に居れば良いんですよぉ♡」
アリリは突然とんでもない事を言い出した。
そもそもこの件に首を突っ込ませたのはアリリじゃないか、と言いたくなったが、おそらく魅了状態で思考が狂ってしまっているのだろう。これはアリリの本心ではない。
「……そういう訳にはいかない。一緒に居るためには、今から起ころうとしている不幸を阻止しなきゃいけない」
「アヴァリスも言ってたじゃないですかぁ……貴女にはこれが比にならない程の絶望が控えているってぇ……」
アリリはヘラヘラと笑いながら、こちらには目を合わせずそう言った。
しかしアリリの言葉に、俺は違和感を感じたのだ。そもそも倒す必要は無い発言が意味不明ではあるのだが、その後に“絶望が控えている”だなんて……まるでアヴァリスを倒すと俺に絶望が降りかかると言っているみたいだ。単に魅了状態で思考が狂っているだけであればそれでいいのだが……いや良くはないが。
“へぇ……そんな思いがあるのね? でも貴女からしたら見ず知らずの人が死んだって、別に何も変わらないでしょう?”
確かにラグナロクは絶対に止めなくてはならない儀式だと思っているが、あの反応から察するに、アヴァリスは色欲の悪魔を絶望させる事に執着してはいるものの、シン・トレギアスを絶望させる事はあまり執着していない……あくまでメインは色欲の悪魔であると捉えられる。
考えてみれば、アヴァリスの行動は謎が多い。
入念に考えて冷静に行動しているかと思いきや急に感情的になったり、色欲の悪魔である俺に自分の計画がわかるよう助言したり。
何より、冷静になっている時のアヴァリスは俺を痛めつけはするが、殺そうとはしないのだ。まぁ最後に絶望した後の姿を見たいからというのもあるのだろうが、まだアヴァリスには裏があるように思える。
「——アリリ、アヴァリスの何を視た?」
「……」
アリリは先程アヴァリスと対峙した際に、きっと千里眼で内面を視たはずだ。そう思い、俺は何を視たのかを問うと、アリリは途端に黙り込んで露骨に目を逸らしたのだ。
「どうして答えてくれないんだ……?」
「そ、それは……隙ありっ」
「んむっ!?」
アリリが一瞬普段と同じような表情に戻った事で演技を疑ったそのとき、俺を無理矢理黙らせるかのようにアリリは俺に勢いよく唇を重ねてきた。しかもただ唇同士を合わせるだけでなく、まるで互いの粘膜を混ぜ合わせるかのように舌を絡み合わせてきた。
——途端、頭の中に情報が流れ込んでくる。
色欲の悪魔は魔力枯渇に陥った際、人間を視界に捉えると自分の意思とは関係無しに“魅了”を対象に発動し、向こうからせがむようにさせ、粘膜接種による魔力供給を行うそうだ。
——じゃあ、今俺は……!
俺はアリリから魔力を供給しない為に離れようとするが、それに気付いたアリリはガッチリと物凄い力で俺を抱きしめて逃げられないようにしてきた。
「ぷはっ……困った表情も、抵抗もしないでくださいよぉ……可愛すぎて思わずキスしちゃったじゃないですかぁ♡」
「大丈夫かアリリ……!? 魔力は吸い取られてないか? 体の具合は何とも無いか!?」
「……」
唇が離れると、俺がアリリの魔力を奪ってしまっていないか確認するべく、真っ先にアリリの身を心配する。そんな俺の様子に、アリリはキョトンとした表情でただ見つめるだけだった。
「……アリリ? まさか、俺に魔力を」
「——はぁ……ほんっとにどこまでもお人好しなんですね、シンさんは」
すると魅了状態のはずのアリリは呆れたような表情をして、ため息混じりにそう言った。
「え……アリリ?」
「ん、どうしたんですか」
「いや、魅了状態のはずじゃ」
「ええ、魅了されてますよ……半分だけ」
「は、半分?」
「選ばれし勇者ですよ私っ。だからデバフの影響を受けないんです! いちいちデバフされてたら悪魔とか魔王とか倒せないじゃないですか」
そう言うとアリリは自信満々に笑みを浮かべながら選ばれし者の証である選定の剣を見せつけてきた。この剣は特殊な加護を受けているらしく、“魔”を滅する事が出来る。
故に、選ばれし者である人間はこの剣を握る事を許され、魔王や悪魔を倒す事が出来るという事だ。
人体に影響を及ぼす悪魔の特殊な魔術の影響を受けないのも、恐らく選定の剣に付随している加護の影響なのだろう。
「影響を受けないんなら何で半分は魅了されたんだ?」
「——さぁ、どうしてでしょうねっ」
アリリは先程とはまた違った、悪い事を考えてる時みたいな笑みを浮かべながら俺にそう返した。
いや“どうしてでしょうね”って言われても……選ばれた事がないから俺に問い返されてもわからない。
「……それはともかく、何でこんな事」
「——キス、したかったんですよ」
「は?」
「ああいや違う違うそういう意味じゃなくてっ! その……粘膜接種だったら、無理矢理にでもシンさんに魔力を供給出来るかもって思って」
「何で……」
「だってシンさん、絶対他人から魔力を貰おうとしないだろうし……だから、強行手段に出たんですっ! うんっ!」
「……」
「でも不思議ですね。そういう事を一回すると案外、心の中で秘め続けて滾ってた感情って治まっちゃうんですね」
「……え?」
「わっ、私だって年頃の女の子ですからっ! そりゃ一丁前に性欲とかある訳でっ……でも職業柄そーゆーの発散出来なくって……だからっ、あの……えと……」
アリリは顔を赤くしながら焦るようにそう言った。
そもそも年頃の女の子って言うが……前世はOL、つまり中身は一度社会人を経験した大人って事だ。寿命尽きるまで生きたのか、社会に耐えられなくなってしまったのかまではわからないが。
「あぁそうかよ」
俺は適当に返すと、アリリに背を向けてその場を去ろうとする。
「——どこに行くんですか」
「……アヴァリスを倒す。ラグナロクを止める」
「魔術使えないのにどうやって倒すんですか……諦めず戦えば奇跡が起きて力を取り戻せるとでも思ってるんですか!?」
「……そう、願いたいな」
「っ……戦う必要、無いんですよ……アヴァリスを倒しても、シンさんが死んでも同じなんです」
「どういう事なんだ、それは」
「……ラグナロクの儀式に必要な生贄は4つ……孤独な魂”、“魔物に身を染めし魂”、“生まれながらに麗しき風の魂”、“罪を犯せし魂”」
アリリは、物凄く言いたくなさそうに渋々話し始めた。
それを踏まえると、“孤独な魂”は数年前から行方不明になっていた少女イルマ・バレンディアが、“魔物に身を染めし魂”はスライムに寄生されていたアイリア・ルーミデンスが、“生まれながらにして麗しき風の魂”はリーヴァル曰く“すごくきれいなひと”であり“風”というのは、諸説あるが昔の時代では顔の事を表していたという事もある為シェリー・フーミオが、“罪を犯せし魂”は過去に暴力事件を起こし死者を出した事で服役中だったディエン・ソートスが当てはまるだろう。
「確かに、被害者の女性達に当てはまるな」
「でも、実は儀式に必要な生贄はこれら4つの魂だけでは無いんです。最後に必要な生贄は……悪魔の命です」
「悪魔の、命……」
アリリからラグナロクの儀式に必要な生贄に関しての情報を聞いて、俺は全てに合点がいった。
アリリが俺をアヴァリスとの戦いから遠ざけようとするのは、色欲の悪魔である俺が勝とうが強欲の悪魔アヴァリスが勝とうが最後のピースとして悪魔の命がハマり、どちらにせよラグナロクが起こる。
「それだけではありません。もしアヴァリスが倒された場合、シンさんは……」
「……俺がどうなるんだ?」
「これについて話すには、太古の昔に一度起こったラグナロクのその後について語る事になります」
「……手短に頼む」
——アリリはとある太古の昔……ラグナロクのその後の、とある悪魔の昔話を語り始めた。
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