慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -家出編-

第1話 流行りの異世界転生

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 異世界転生。
 俺が住んでた国ではやたら流行ってた作風。
 大体事故なり神様のミスやらで突然死んで、魔術の使える異世界に、何故かめっちゃ強い能力携えて生まれ変わり、そして何故かヒロインにモテて、男女比率がイカれてる。そんなもんばっかりだった。
 設定こそぶっ飛んでるものが多かったが、結局主人公が無双してハーレムして終わり。

 ——少なくとも、俺には合わなかった。

 ◇

「……」

 気がつくと、俺は地面を這っていた。
 手が小さい。何も喋れない。立てない。
 ここは何処だ? 俺はどうなった?

「ほーらシンー。お前は僕と、シェリルの……フフッ、僕達の子供なんだぞー?」

 途端、俺は何者かに突然体を持ち上げられた。
 シン? まさか俺の事を言っているのか?
 シェリル? 母親はそんな名前ではなかった筈だ。
 俺を持ち上げているコイツは……もちろん父親でもなければまず面識すら無い。

「ふざけないでッ!!」

 突然、女の怒声が部屋内に響き渡る。

「何だよシェリルー、君と僕の子だぞ?」
「気持ち悪い……アンタと付き合った覚えも、結婚した覚えもない……ましてや子を孕ったなんて!」
「そう言われてもなぁ……シンを産むまでシェリルは僕にゾッコンだったじゃないか」
「私の名を呼ばないでっ!! アンタの事なんて知らない……気色悪いっ!! ソイツもっ!!」

 女は心底不快そうな表情で、俺を指差しながらそう叫んだ。
 どうやらこの状況を見るに、俺はこの男とシェリルという女との子供という事になっているらしい。いや俺は黒月くろつきれい、日本生まれ日本育ちの純日本人なのだが。

「子供の前だから歯向かっても大丈夫と思ったら大間違いだこの野郎ッ!!」

 すると男は俺をソファに置くと、シェリルという女に向かっていき、何の躊躇もなくその顔を殴ったのだ。首を絞め、髪を引っ張った。馬乗りになって胸を執拗に揉んだり……まるで人形みたいだ。
 ——これは、何かの悪い夢か? それとも何だ、俺は転生でもして外国人にでもなったのか?

「あぅっ!! ぐぅううっ……ご……ごべ……」
「アァッ!? 聞こえねぇなぁ!!?」
「ゴッ……ごめんなざぃっ……!! 私がっ……悪がっだ、がら……!!」

 殴られた女は、泣きながら縋るようにそう言った。
 よくわからないが、結婚とかすると関係って突然悪化するものなのか? 俺には理解出来ないが、これが俗にいう蛙化現象というやつなのだろうか?

「よく言えたね。いいか、シェリルは僕の妻であり、シンは僕とシェリルの愛の結晶こどもだ。それは、揺るがないからね」
「……はい……」

 男は突然優しく囁くようにそう言って、女の頭を撫でる。女は虚ろな瞳で男を見上げながら、弱々しい声で頷いた。その様を見て満足したのか、男は不気味な笑みを浮かべながら何処かへ行ってしまった。
 この時の俺は、まだ目の前の光景が他人事のように感じていた。やたらリアルな夢で、目が覚めたら当たり前のように生きているんだと。
 だから、なんて……不謹慎なことを考えていた。

「うぁー」

 俺は何か喋ろうと声を出すが、どうやら今の俺は赤ちゃんらしく、まともに喋る事が出来なかった。俺の声を聞いて、女はボロボロの顔をこちらに向けて自分の子供を、虚ろな瞳で認識する。
 女は俺を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がって、こちらに向かって歩いてきた。

「……」
「……っ!?」

 女は、ポケットから小さいナイフを取り出した。
 どうしてそんなものがポケットに入っているのか些か疑問だったがそれ以上に、それを持ってこちらに歩いてくるという事がどんな意味を持つかなんて……さっきの男との会話を鑑みればバカでもわかる。

 ——愛の結晶である子供おれを、殺すつもりだ。

 だが何とも思わなかった。そもそも逃げる気も無いし、そもそも身体がまだ未発達な赤子なので逃げられないだろうし。
 ナイフを取り出した事に驚いて、目の前の女が俺を殺そうと企んでいる事にも驚きはしたが、考えてみれば俺は一度は死んだ身だ。生きる事に対しての執着は無い。

「……」

 女が俺の前まで来て、俺を虚ろな瞳で見下ろした。ナイフを強く握りしめる音が聞こえた。

「っ……!」

 女はナイフを逆手に持ち替えて、勢いよく振り上げる。その瞬間、女の虚ろな瞳に感情が灯る。それは憎悪のようだった。
 そして、遂に女は手に持ったナイフを勢いよく俺に向けて振り下ろしたのだ。

「…………」

 ナイフは俺の顔……の横、地面に深々と突き刺さっていた。狙いが外れたのか、わざと外したのかはわからない。だが、もしわざと外したのならば……それは一体何故なのだろうか?
 女は地面にナイフを突き刺し、俺の上に四つん這いになったまま動かなかった。ただ、息遣いが荒いという事だけしかわからなかった。

「……あなたに……生まれてきただけのあなたに……罪は、ないわ」

 途端、女は震えた声で弱々しくそう告げた。

「たまたま、私とアイツの子として生まれてきただけなの……わかってるの……わかってる……けど……私は、あなたの母親には……なれない……ごめんね……」

 女の声は、とても苦しそうだった。さっさと俺を殺して仕舞えば楽になれるだろうに、女はそれをせず、俺に触れる事すら無くただ謝った。
 それが本心では無い事はなんとなくわかった。きっと俺という存在を消したい気持ちでいっぱいだっただろう。だが同時に、例え不本意だったとしても、俺は自身の遺伝子が継がれた新たな命でもあるのだ。

 ——女は、自分の感情を……殺したのだ。
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