憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

宴の席

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オユキが音頭を取った後、さて、どの席に座ったものかと思えば、直ぐに声がかかる。

「オユキ、こっちだ。」

危機馴染みのあるミズキリの声に、そちらに向かえば、その席にはそうそうたる顔触れがそろっていた。
ミズキリ、トラノスケをはじめ、狩猟者、傭兵ギルドの長にルーリエラとイリア、カナリア、イマノル、クララ、ミリアムそんな馴染みのある顔ぶれが一堂に会していた。

「改めて、感謝を。」
「こっちからもな。悪いな、そっちの成果なのに。」

席に座ると、ブルーノとアベルからそう声をかけられるが、オユキとトモエもそれに対してはただそれが当然と答えるだけだ。

「私達だけで、消費しきれるものではありませんから。
 お世話になっていますし。」
「それが仕事であるよ。」
「とはいえ、こういった機会があれば、共に楽しもうと、そういうのも人の心でしょう。
 こちらも手土産など、頂いておりますし。」
「ああ、それなんですけど、狩猟者ギルドからは、これを。」

そういって、ミリアムが茶色い塊を机の上に置く。
パッと見れば、歪な木材にも見えるが、そこまで大きくないそれの断面は、艶やかな赤色をしており、白い脂が何処か透き通ったような光沢で、存在感を示している。
それには、あまり食事に頓着しないオユキも心当たりがある。

「ありがとうございます。」

生ハムの原木だろう。
これにはオユキよりもトモエが先に食いつき、お礼を言っている。

「儂からは、こちらを。」

そういってブルーノが、小さな樽を一つ机の上に乗せる。
生ハムに合わせて、樽に入っている物であれば、中身は推察できる。

「こちらの言葉では、ヴィノ、でしたか。」
「うむ。葡萄酒である。ハモン・ベジョータに合わせるなら、これであろうよ。
 どちらも、この町で作っているもので、魚に比べれば、値の張るものではないがな。」

ブルーノの言葉に、歓声を上げたのはトモエだけでなく、トラノスケとミズキリもであった。

「おお、この町で葡萄酒を作ってたのか。」
「ベジョータっていや、向こうじゃ高級品だったがな。」

その言葉に、ああ、そういえばどちらもずいぶんと酒に執心していたと、オユキが思い出しながら、話しかける。

「ミズキリは、ご存じなかったのですか。」

言外に、お好きだったでしょうにと、そういった色をにじませると、ミズキリは頬を掻きながら釈明するような言い方で、疑問に答える。

「まぁ、昔の仲間と会うことに意識を割いていたし、それ以外の時間は、ただただ狩猟者として動いてたからな。」
「ミズキリには世話になっておる。
 少し慣れれば、町を離れるものが多い故な。」
「にしても、そうか、森にブドウはあったもんな、そりゃ葡萄酒くらい作っているか。」
「特産だからな、それなりに町でも消費するが、ここの住人はエール派が多くてな。」
「いや、エールも好きだが。種類があると、嬉しくならないか。」

酒飲みたちがそうして話す中、オユキとトモエは、それぞれの机に置かれた鍋から木皿に中身をよそい、口をつける。
見た目はカニ鍋、そうとしか表現のしようもないが、見覚えのない野菜もふんだんに混ぜ、採って来た、魚やロブスターなども併せて煮込まれたそれは、河原で手早く調理した物よりも、格段に味が上だった。

「やはり、こちらの宿は、調理の技術が高いですね。」

トモエが腕を組みながら、そう零せば、イマノルとクララもそれに頷く。

「どうしても食事となると、宿では取りませんでしたが、これは素晴らしいですね。」
「ええ、とても仕事が丁寧だし、味のバランスもいいわ。
 それこそ、屋敷で出されれば、違和感も覚えないでしょうね。」

二人のその言葉に、頷いていると、フラウが両手にそれぞれ何かをもってかけて来る。

「あ、こっちに座ってたんだ、はい、パンの代わり。
 パエリヤね。普段はパンだけど、魚介ならこれって、お父さんが作ったの。
 あと、ありがとう。アルバリコケ。後で食べるね。」

そういうが早いか、直ぐに机に皿を置くと、他の机にも運ぶのだろう、また奥へと素早く戻っていく。

「ああ、こちらにも、こういった穀物があるのですね。」
「この町じゃ作ってないが、王都のほうじゃ当たり前のようにあるな。
 まぁ、スペインといえば、やはりこれだしな。」

珍しくミズキリが以前の世界を引き合いに出して、そう話す。
元々、ゲームの中では現実を感じさせる単語を避けていた彼だが、どうやらそれを忘れるほどに、彼の琴線に触れるものであるらしい。

「ミズキリは、好きなのですか。」
「ええ、王都に行くたびに、食べる程度には。」

オユキの疑問にはルーリエラが応える。
パエリヤの中には、オユキ達が採って来た魚介がふんだんに使われ、そのほかにも、この地でとれる野菜だろう、そういった物も見え隠れしている。
ただ、オユキが気になったのは、その上に置かれている、レモンのように扱われる、緑の厚い皮を持った、輪切りの果実だ。
ほのかに酸味を感じさせる、爽やかな香り。
どうにも、その匂いに食欲をそそられ、まだ木皿にポトフを残してはいるが、その果物を取り、口に運んでしまう。
見た目と香りにそぐわず、程よい酸味、鼻に抜ける香り、皮の苦みと、果肉の甘さに、思わずオユキは嬉しくなる。
その様子に、ポトフの主役としてその存在を主張していた、蟹の肉を口に運んでいたトモエも楽し気にその姿を見る。

「あら、オユキはリマが気に入りましたか。私も好きですよ。
 惜しむらくは、旬より早いので、香りが弱い事でしょうが。」
「リマ、ああ、ライムですか。はい。この香りが良いですね。確か、旬は秋口から冬にかけてでしたか。」
「ええ。森の中では、この町から少し離れるけど、群生している一角があるわ。」
「そうなのか。それなら、今度取りに行きたいな。酒にも合うんだ、特に蒸留酒にな。リモンはないのか。」
「そっちは、海沿いが主ね。あなたも好きな果実があるのね。」

リモン、レモンか。それを契機にルーリエラとミズキリがあれこれ話始める。
河は近くにあるが、さて海となればどうであったか、そんなことをオユキは思い出そうとするが、直ぐにそれを手放し、料理を楽しむことにする。
離れた席でも、見た目にも分かるほどに異なる人種、いや、そもそも人かどうかも分からないのだが、髪の色、肌の色をした面々が料理を口に運んで歓声を上げつつ、手すきになれば手に持ったジョッキを掲げて、それを呷っている。
幸福の形、その一つを表現すれば、まさにこの状況を上げるだろう、そんな楽しい空間がそこにはあった。
美味しい食事と飲み物、それを多くの人が共有し、楽しむ。
それを供してくれている、宿の人には申し訳なく思うが、まぁ、裏方は何処にでも必要だ、そんなことを考えながら食事に手を付けながら、あれこれと席の人と話す。
その合間には、他の席からもちらほらと人が訪れては、オユキとトモエに、この席を用意したことにお礼を告げる。
ホストとして、それに対応しながらも、食事を続けていると、フラウと珍しくフローラが大きな平たい皿を抱えて、オユキ達の机へと運んでくる。

「今日はありがとうね。はいよ、これが今日の焼き物だよ。」

そういってフローラが机に置いたのは、グラタン、と言えばいいのだろうか。
未だにふつふつと、容器にほど近い場所は泡立っており、焦げる乳製品の芳ばしさが食欲をそそる、そんな一品であった。

「自慢の一品だよ。味見したけど、すごくおいしかったんだから。」

フラウが胸を張って言う姿に、トモエがそれを誉めながら、お礼を言う。
それに対して、アベルが良く通る声で、一言口に出す。

「各員、本日骨を折ってくださった方にお礼を。」

その言葉に、これまでそこかしこで宴に興じていた傭兵達が揃って頭を下げながら、お礼を言えば、フローラは大したことじゃないと笑い飛ばし、フラウは照れてしまったのか、慌てたように裏に戻っていく。

「まったく、あの子はまだまだだね。」

そう零して戻るフローラからは、貫禄すら感じるほどであった。
勿論、フラウが自慢するだけあって、出されたグラタンの味は、文句どころか、誉め言葉しか出ないような仕上がりであった。
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