憧れの世界でもう一度

五味

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12章 大仕事の後には

二度目は、反対側を

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流石に不義理だろうと、リース伯爵家に一度顔を出し。少年たちに教会を回る順番について、相談してきてほしい。そう頼めば、実に快く受け入れられた。その際、しっかりとメイからトモエとオユキは棘を刺されたが。
公爵の礼品、メイの手を借りた、街歩きの衣装。さて、これを来たのは一体何度目なのかと。
その言葉に、いつも一緒にいる少年たちが具体的な回数を応えたのを聞きながら、早々にその場を辞して、以前は片側しか見て回れなかった店舗を冷かして回る。

「本日は、お手数をおかけいたします。」
「どうぞ、私どもにはお気遣いなく。言葉にしても。」

生憎と、通常の護衛よりも近い位置に護衛として、侍女の体を取っている近衛がいはするが。位は聞いていないが、そもそも行儀見習いとして出されることもあるだろう。随分と慣れた仕草で侍っている。以前アナが言っていたように、面倒が無ければ隠す物では無いらしく、戦と武技の神、その聖印があしらわれた首飾りを身に着けている。
オユキ達が渡した時には、簡素な紐だったが、今は鎖に変わっている。短い時間だったというのに、用意したのか、他と変えたのか。

「シェリア様も、どうか楽に。私共も側に誰かがいる、それに慣れているわけではありませんので。」
「様は不要です。特にこうしている間は。そうですね、それでは、屋敷の中では。」

外、特にこういった役割を演じているなら難しいが。そう言われれば、随分と気安い人物なのだと改めて評価を変える。それは、この人物を付けてくれた相手も含めて。
異邦人、それに理解があるというのは、やはり有難い。

「勝ったものについては、以前木札を見せれば馬車迄、そのようになっていましたが。」
「はい。私がお持ちさせて頂いております。」
「それでは、よろしくお願いしますね。見た目で分からぬ物、その説明を求めることもあるかもしれませんが。」
「畏まりました。」

通常の護衛よりも近い位置にいる。だからこそ頼めることもあるとして。そう話をすればあっさりと頷いてもらえるものだ。そんな話をしながら歩きながら、トモエが思い出したように口にする。

「以前は、水路を巡る事も出来る。その様な話でしたが。」
「公爵様に願えば叶えていただけそうではありますが。」

生憎と、時間があるのは、恐らく今日だけではある。

「私から、申し入れをさせて頂きましょうか。」
「いえ。日がありません。それに公爵様も慣れぬ旅程で疲れている中、私たちが離れるまでにせねばならぬ事。それを行っておられるでしょうから。」

以前、使用人はリース伯爵が。そのような話もあったが、だからと言って何もしないという訳でも無い。それこそ両者の協議が必要になる。
何より、公爵には南区、その問題がある。やむを得ぬ。貴族として避けられぬ理由もあり、長く空ける事になったが、それこそ報告を聞き、対策を指示。それも急な物に対して行うだけで、恐らく数日がつぶれる。その合間にもリヒャルトとファルコ。まだ年若い二人に、新しい事を試す場、そこでひとまず必要な事を伝えねばならぬのだ。
道中、考えを纏め、ある程度は行っているようではあったが、補佐役の選定からなにから、今頃は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている事だろう。

「それと、近衛の方の務めかは分かりませんが。」
「表にいる間は次女。どうぞそのように。」
「補填は、改めて。」
「巫女様の側仕え、その栄誉だけでも十分ですとも。既に頂いた物もありますから。」

付けられた近衛にしても、今は正直名前程度しか分からないのだ。今後は生活の一部。使用人は家具のように。そんな言葉に覚えもあるが、身の回りに置く家具。それも早々手に入らぬ品であるなら、来歴程度は当然知っておきたいものだ。今は流石に時間が無い。それこそ、始まりの町に戻ってから。そうなるのだが。

「おや。こちらでは初めて見ますね。」
「同郷の物、その手によるものでしょうか。」

そうして話しながらも、路面に面したガラス張りのショーケースを覗いていれば、面白い店舗がある。衣桁には、染め物では無く刺繍となっているが、実に鮮やかな羽織が並んでいる。片隅には付け下げ等も置かれている。

「染め物は無いのですね。それにあちらでは見ない紋様です。」
「糸、布を染めても、そこからというのが無いのでしょうか。羽織と、下に着る者。どれも女性向けの物でしたか。」
「そうですね、殿方向けの物は並んでいないようです。オユキさんは、打掛等誂えますか。今頼めば、ちょうど用意時期になるかとも思いますが。」

トモエに言われてオユキは、ただ知識として覚えているものを探る。

「確かに、夏も終わるでしょうが。」

そして、改めて己の体躯を見下ろして、苦笑いをする。七五三。その印象を出ないのではないかと。その懸念は正しくトモエにも伝わったようで、半歩さがったトモエが改めてオユキの全身を見ている。

「それに私だけでは、やはり。」
「紬で揃えるのも良いかとは思いますし、私としても、改めて紋付もと思いますが。」
「紬に羽織でしたら、確かにありそうですね。」

そうして二人で話していると、怪訝な顔の相手がいる事に気が付き、そちらにも話を向ける。侍女の役も得るのだ。主人の衣装、それについての話が分からぬというのは、確かに矜持に触れるだろう。

「申し訳ありません。異邦の基準で話を。」
「いえ、主に気遣いを頂く己の不明を恥じいるばかりです。」
「それこそ、別の世界の話です。知らぬのが当然という者でしょう。」

そう断って、トモエに目線を送れば、トモエからそれぞれについて説明がある。そして、理解を得たシェリアの反応は早い。

「私から後程手配を。」
「いえ、他に着られる方がいなければ、あまりに目立ちますから。」
「ですが、トモエさん。始まりの町でも、招かれることはあります。一応公爵様より頂いた物もありますが。」

ただ、それにしても一着のみだ。そして、オユキが濁した言葉にシェリルが気が付いてしまう。

「そういえば、衣装をしまっている箱が少なかったですね。」
「いえ、狩猟者としての物は、纏めて買い求めましたから。」
「始まりの町は訪れた事はありませんが、流石に難しいでしょう。王都で誂え、後から運ぶように手配をしておくべきでしたね。いえ、公爵様の怠慢でしょうか。」

放っておくとよくない方向に話が進みそうであるため、オユキが直ぐに言葉を挟む。大きな問題として、この人物は侯爵の麾下ではない。あくまで王家からの手配なのだ。

「元々私たちがあまり頓着しないたちですから。今の物にしても、ご縁があった折に、公爵様のご判断によるものです。実際、助けられた事もあります。王都では、私が役職を改めて得た、その事実もあり、そちらがどうしても優先されましたから。」
「成程。ご説明いただき、有難うございます。でしたら、この機会に是非手配を行いましょう。始まりの町では、やはり品が少ないですから。」
「そうですね。シェリアさんの目から見て、こうった装いは。」

貴族ではないが、それに仕え、場によってはその上位者として扱われる存在だ。分からぬ価値観、それの補填を求めればすぐに応えも帰ってくる。

「戦と武技、特にこの度オユキ様とアイリス様が祭祀で身につけられていたものに、共通の意匠があるので問題のないものかと。ただ。」

そこで言葉を切って、トモエとほぼ変わらぬ背丈のシェリアに、オユキは改めて頭のてっぺんから足先までを見られる。

「オユキ様の物は、図案を考える必要があるかと。」
「そうなりますか。」

どうしたところで、オユキの背は低い。手足も、正直短いのだ。らしいと言えばらしい。そう言った見た目ではあるが、華美な衣装、それを纏えば子供の背伸び。その印象をどうしても抜ける物では無いだろう。

「懐かしさを覚える物でもあります。形としては、これで、図案をお任せさせて頂く事は。」
「全霊を持って。」

どうにも、シェリアの返答にしてもクララに近しいものを感じるが。任せられ鵜なら問題ない。それこそ、トモエとの間で話してもらえばいいものだろう。オユキはそう決めて、トモエの意見を待たずに店舗に足を踏み入れる。金銭と言う意味では、正直なところ現状でもほとんど不自由がない。それほどに王都で得た物は多い。それに加えて、重要な祭祀、それを行った事に対する報奨金という者も存在する。
公爵麾下であればこそ、その領都で落としていくのもいいものだろう。特に区分けされていた一角。それが突然無くなる。そう言った苦境にあるのだ。

「その、無理にとは。」
「郷愁、悪いものばかりでは無いでしょう。無理を押すのは望みませんが、アイリスさんにしても、近しいものが文化圏のようですから。」
「でしたら、オユキさんとアイリスさんで対というのも面白そうですね。」

オユキが強引に誘えば、トモエも遠慮を抑えて楽しそうに店舗に向かって足を進める。ただ。

「アイリスさんと並ぶのは難しいと思いますが。」

祭祀の時もそうだったのだ。あまりに明確な差がある。

「和服であれば、案外と隠せるものですよ。背丈にしても、そう言った靴がありますから。慣れておくのもいいでしょう。」
「刀が振れない靴、それを履くのは気が進みませんが。」
「おや、当流派はあらゆる状況に。それを是とするものです。常に足場が悪い、それも良い鍛錬となるでしょう。」

切り替えがうまくいったらしいトモエが、そう笑いながらオユキに話す。
オユキの想定外の点。その唯一は、回るはずだった他の店に回れなかったことくらいだろうか。店員とトモエ。それからシェリルの三に人で、実に話が盛り上がってしまったのだ。気が付けば、オユキ以外の三人にとっては、日が沈む間際。他の護衛がしびれを切らして店内に入ってきたことで気が付き、その日はそれで終わりとなった。
アイリスの分まで含めれば、かなりの数の注文をすることになったし、必要な日数も相応ではあるが、それこそ王都に比べれば遥かに近いのだ。加えて公爵の領でもある。輸送はどうにでもなるため、一通り出来上がれば始まりの町に届くことになる。
帰り道、悲壮な顔でオユキに謝るシェリアを宥めるのには、オユキも苦戦を強いられたものだが。
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