憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

異空と流離の神

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夜の出来事は、やはり疲れがしっかりと溜まっていたため、オユキが早々に睡魔に負ける事となった。そうすればどうにもならず、その場は解散となり、明日は一体何をとアベルとしては聞きたいのだろうが、トモエも知らぬ以上はそれが出来ずに翌日を待つこととなった。

「マリーア公はご存知か。」
「うむ。先日な。よもやとは思ったが。」

アベルの方では、実にやきもきとしながら夜を過ごしたのだろう。そして、彼にしても色々と考えを改めたらしい。それほどに、あの少女の言葉がどうにもならぬと多くを置いた元騎士の心に深々と刃を突き立てたらしい。

「その方は独立の意思はないと、その宣誓は受けたはずなのだがな。」
「無論、そこは違えぬとも。しかし領を富ませ、己の領民を豊かに。当然の務めでもあろう。」
「頼むから、マリーア公まで悪い影響を受けてくれるなよ。」

そして、結果として朝が少し過ぎたころにお忍びで王太子が公爵家を訪れている。
今は以前も使った、外からの目が遮れる少し奥まった庭園で、席を囲んでお茶など嗜んでいる最中だ。

「それと、持祭の少女達だが。」

お忍びとしてとはいえ、そうするだけの名目も当然ある。

「生憎と、相応に疲れておったようでな。急な事でもある。」

新しい奇跡を得たのはオユキであっても、運び届けたのは少女達でもある。そちらに対して、お褒めの言葉を与えるためにという、実に分かりやすい表向きの理由をもって、王太子はこの場を訪れている。

「婦女子の準備に時間がかかるのは常の事でもある、待つのが我らの器量でもあるだろう。」
「で、その間に説明をしちゃくれないかね。」
「あの子たちも参加しますし、一緒の方が良いかとも思いますが。」

ただ、想像はあるのだろうとアベルに向けて。
この席には、すっかりと身を固めて今の所一言も発していないカナリアも同席しているのだ。メリルはもう一つの分かりやすい理由、新しい魔術によって用意され、王家に納める馬車の最終点検の為今かなり慌ただしくしている。お忍びとはいえ、そう言った理由がある以上確認の目を持つだけの人員は当然ついて来ているのだから。要はお忍びと言っても、公式の訪問ではない、その程度のものでしかない。

「俺らが、大げさに驚くわけにもいかないからな。というか、そのカナリアも何も知らないと、そんな顔だぞ。」
「はて、馬車の中であれこれと話したので、カナリアさんにも予想があるかと思いましたが。」

二週間近く、あれこれと話し込んだのだ。カナリアが残した覚書というのもそれはそれは愉快な量になっている。

「恐れながら、私などでは巫女様の遠大な思慮には。」
「カナリアといったか、構わん。ここはあくまで私的な場だ。よいな、デズモンド。」
「まぁ、この後褒めるべき相手も、疲れている所に正式な作法と言われれば酷な話でもある。」
「ご厚情、真に有難く。」

そうして、実に恐縮してといった様子のカナリア。その様子にオユキとしては、こちらで暮らす中で彼女にしても色々と学ぶ場があったのだろうと、感慨深く感じる者ではある。元来、彼女の種族はいよいよこういった事に重きを置く存在と、そう聞こえない話を色々と聞いたのだから。

「では、その、オユキさん。」
「改めて、カナリアさんの種族の方々ですね。公爵様の良き取引相手になって頂ければと。」

人が、それも間違いなく上澄みと呼んでも良い物たち。それらが研鑽の果てに蓄える様な、そんなマナの量をさして、誤差と言い切る種族。これからいくらでもマナがいる。魔石で賄えるものばかりではない。今後公爵の特産とすべき、短杖を使っての道中の安全確保の手段。あまりにもそれを求める者が多いと、そう分かっている商品。その用意を人が行おうと思えばとてもではないが、無理があるのだ。
それさえあれば、道中の護衛だけをきっちりと行えば採取をすると決めた狭い区間、そこでの安全が確かに確保される。今現在、頭を悩ませるものが多い、その解決手段が確かにあるのだ。そして、今回の多くの手配、公爵の配慮に対するオユキからのお礼として。

「ですが、長老たちは。」
「そうですね。現状では、特に魅力的な提案もありませんから。」

同席者から、国に配慮しろと、そう言えとオユキと公爵に愉快な視線の圧があるが、それは放置する。
独立を願う領と同じだ。では、それに見合うものを。それで話が終わるのだ。

「どうしても、カナリアさんは隣国迄同行いただきます。」
「はい。それは私も理解が。楽しみでもありますし。」
「では、カナリアさんと同じことが出来る事が、まったくいない。やはりそれでは困ります。」
「あの、そちらの都合は分かりますけど。そもそも、魔国とは比べ物にならない位遠いですよ。世界樹の側ですから。」
「向こうから来ていただきますから、問題ありません。」

オユキの言葉に、カナリアだけでなく、心底理解が出来ぬと言いたげな顔が並ぶ。

「今回私たちが得た門、それにしてもカナリアさんの世界におられた方、その協力がありますから。」

オユキは、かつての世界の創造神、その在り方を聞いた。
そして、司教の言葉を、改めて考えた。
今は失われた神、その主語がかかるのは果たしてどこなのかと。

「異空と流離の神、そう呼ばれていました。」

そして、かつて月と安息にしても、それを口にした。今は、座が無いと。そもそも、それは本当に増える事が無いのかと。

「異なる空、それは何処にあった物でしょう。流離、故郷を離れて彷徨うのは。」

さて、そう呼ばれるにふさわしい相手。それは、本当に極最近になって聞いたばかりではないかと。

「ですから、お呼びいたしましょう。アイリスさんの祖霊様より頂いた言葉もあります。」

そうして、オユキが話していれば普段よりも遅い時間まで眠ってしまった少年達も、庭に出て来る。必要な顔ぶれは、もう少しとも思うが、それこそオユキの予定でしかない。より明確に、それを力で叶える相手をこれから名を呼び、頼むのだ。相応の負荷をオユキは得る事になるが、ここまでを踏まえて、唯々諾々と移動の最中寝かしつけられていたのだ。今となっては、門を二つ得た時、その時よりも少し劣る程度には快復しているとカナリアからも言われている。王都にも、随分と早く到着したため、門一つであれば、これからの時間で十分に回復は見込めるだろう。そう言った腹積もりもオユキにはある。今度は門までを得る事は無いからと。

「しかし、かつての創造神様は、まだお眠りだと。」
「それも間違いでは無いでしょう。しかし、起こす方法が無いと、そんなわけもありません。」

何となれば門を主として司る相手だ。寧ろ、此処で起こさねば、どうにもならぬ。

「だとすると、門を使うには。」
「恐らく、寝たままでも、十分以上という事ではあるのではないかと。いよいよ神々の力など、私どもが測れる物では、無いでしょうから。」
「それにしても、異空と流離か。先の時には冠たるその名も聞くことは叶わなかったが。」
「その様な名で。」

そして、こちらに来て改めて与えられた呼び名に、当然忌避感を示す者がいる。彼女たち、かつての世界で崇めた者達にとっては、間違いのない創造神でもある。

「カナリアさんは、既に正しい名前もご存知ですか。」
「当然です。それすら知らず、私たちの抱える飛べぬ翼を持つ同胞、その解決など。」
「では、そうですね。トモエさん。」

ここまでの流れでという訳でも無い。なんだかんだと、旅の最中トモエとオユキの時間というのは当然あったのだ。寝台に横たわるオユキを見舞うトモエという、オユキとしては非常に格好のつかない物ではあったが。
そして、そこで色々と話をしたものだ。
この世界の神話、その根底を形作ったのは、オユキの母によるもの。そして、方々からかき集めた上で、新たなものとするときに、創造神たる象徴として、天動説であるこの世界において、最低要件が定められている。

「流石に、どちらかは悩みましたが。」

そして、トモエとしても大いに悩むものはあった。
オユキとの話し合いでも、どちらかだろうと、そこまでは簡単に話が進んだのだ。しかしどちらかと言われれば、どちらとも決め手に欠けた。カナリアの翼が白ではなく、特定するに足る色をしていれば、直ぐに決められたのだが。

「どちらとも、運ぶものではあるのです。しかし、カナリアさんがそこまで創造主であると、そう断言するのであれば遣いでは無いのでしょう。」
「私たちが、一体どれだけ彼の神を。」
「空を自由に駆ける以上は、風も司る事でしょう。加えて、種族として寿命による死が存在しないと。」

そうであるならば。
彼女たちがかつて己を創造したと崇める相手は、光と熱を司る燃え上がる炎を形としたような、そのような相手であるに違いはない。燃え上がる炎は気体に熱を、間にいくつか課程は含むが気流を、風を生む。そして、眠りにつかせるために、その神話が示すように水を司る物のそばに置かれているのだろう。

「運ぶものとして、その名もお持ちの方です。」

オユキが、こうしてトモエに話を振るまでに時間を取ったのは、シグルドを待っての事だろう。

「風が、死んでいたのよ。これまでは。過去ばかりを思う者達、その心が生むものは、倦んで風の墓場に。私は、そのような者ではないというのに。」

元は、光と熱を司る神。翼を持つ人の形で描かれることも多い相手。その相手の声が届くと同時に、冬を感じるはずの空気が、一度に熱をはらむ。
輝く金の髪、深紅の翼。それを携えた相手が、動作に伴って炎を巻き上げて、訪れる。

「それは、この世界そのものが。ここ暫くは、新しい風が私の頬を撫でるようになったのよ。だから、既に目を覚ましているわ。応えなかったのは、さっきも言った通り。私を墓場にという声に、どうしてもそれは出来ないもの。」

かつての世界から、どれほど己が削られようとも連れてこようとそうした神だ。すなわち、そうされた相手を使おうというのは、まさにこの神の加護を得ようと望む、それと等しい。
では、神の加護を得るためにこの世界で何をしなければいけないのかと言えば、簡単だ。試練を受けて、それを超えるのだ。

「私を乗り物と、そうするというのであれば、それに相応しいだけの物を示しなさい。力を戻すための供物だけ、それ以外を示せるというのなら、ええ、それも考慮しましょうか。」
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