憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

久しぶりに

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「私とオユキさんの間での事は、互いに納得があっての事です。」

シグルドだけでなく、子供たちにそれぞれで立ち会う事を許さない理由というのは、単純明快。勝利条件の設定、試合における決まり事をきちんと作る事が出来ないからだ。そして、どうにかそれが出来たとして勝気の強い少年は、容易く暴走する。
あくまで立ち合いを望まれた時、そこにあるのは命のやり取りではない。己はここまでを出すと、そうまずは決める。相手がそれを超えたのであれば、ただ見事だと、そちらの勝ちだと褒める。強くなろうと、ひたむきにそれを望む少年達では、欲を捨てろとそう話したところでというものだ。かつてトモエがオユキに価値を拾われた要因。己の手の打ちには、更なるものがある。しかし、それを使う事が出来ない。だが、その上で己が負けたと認める。ただそれだけの事、しかし非常に難しいその一事が行えないうちは、監督の下でなければとてもではないが認められない。

「ですが、そうでない場では、やはり違う事が求められるのです。」
「あー、怪我、させないつもりだったんだよな。」

そして、トモエの前で揃って座る少年達。シグルドは何処かバツが悪そうにそのような事を呟く。

「怪我で済んだ、想像した物より軽傷で済みました。しかし、これが治らぬ怪我であれば、シグルド君。」
「そっか。それは、嫌だ。」
「ええ。ですから今後も私が良しというまで、勝手に試合の申し込みを受ける事は許しません。例え他の誰か、私よりも強いどなたかが仲裁に立つとしてもです。」

そう、この世界、技術に限ればともかく、総合でトモエよりも強い相手などいくらでもいる。アベルやルイスといったいよいよ上澄みを礼に出さずとも、平均的な傭兵はトモエが本気で刃を振るおうとも、その体に傷がつくかも怪しい。反応速度は、さして変わらない。しかしそこからあまりにも冗談じみた速度で事を成すことができる相手ばかり。シグルドにとって、周りにいる年長者というのは基本がそれだ。己がどれだけ無理に振舞ったところで、相手の方でどうにかしてくれる。根底にあるその甘えを払拭し、更に己の欲と上手く付き合って。先の長い話にはなる。

「アベルのおっさんとかがいてもか。」
「ええ。彼は貴方の師ではありません。」

例え正式に弟子入りしていないとはいえ。

「貴方達に教えると決めたのは、私です。受けると決めたのは、貴方達です。万一の時、後悔を得る結果があった時。その責を取るのは私です。」

だからこそ、教えるという事は軽くない。軽くしようと思えば、いくらでもできるがトモエにその気はない。だからこそ、方々から頼まれる物、それを尽く断っている。

「いや、俺が決めた事だろ。」
「それを決めるに値するものを与えたのが、私です。」

そこまで気負わなくても良いだろうと、シグルドの思いやりとしての言葉に、トモエはそれは認められぬとただ応える。

「ですから、私が良しと言えば、その結果起きるものは、ええ、私も。」

ただ、既に起こったことについて、トモエの裁量で行えることは少ない。

「ご心配なく。私からカナリアさんに頼んでおきますので。一先ずはマルコさんを頼んでいただきますが。」
「いや、そこまでしてもらわなくても。」
「この程度はします。先にも言いましたが、私が良しと言えば、それは私の指示した鍛錬の延長です。ならば、必要な事は行いますとも。」
「そっか。本当に、運が良かった。」

何処か噛み締める様なシグルドの言葉に、残りの四人も揃って頷く。だが、当然釘をさすことも忘れない。

「では、改めて心構えの話です。何度も繰り返していますが、必要な力を、必要とされるだけ使う。ええ。何度となく教えたはずですね。」

そして、改めて憂いを払った上で、トモエが問題視せざるを得ない部分について、少年たちに言い聞かせる。
無駄を嫌い、無くす。それこそが流派の掲げる理念。だというのに、決着をつけるに十分以上どころか過剰と呼んでも差し支えの無いシグルドの振る舞いは、何足る事かと。
起きた事の責を負う、だからこそ責任者などと呼ばれる。そして、当然その職務の内には、再発防止のために指導を行う事も含まれる。繰り広げられる光景は、種類こそ違えどやはり人の世、役割のある世界で変わりはない。

「いや、でも、正直わかんなくね。」
「もう、分かるでしょ。剣落としたじゃない。」
「だが、素手での方法を習ったぞ。」

そして、トモエの言葉にそれぞれの理解に応じた言葉を返すのは、何も反発する為ではない。より理解を深めるために口に出しているのだから、それにただトモエは応えるだけだ。

「ええ。ですからそこで決まりごとが必要になります。以前の話で言えば、素手での戦いを知らぬシグルド君。あなたが剣を落とせばオユキさんは拾うまで待ったでしょう。」
「そういや、そうだっけ。」
「だが、トモエさんとオユキは。」
「先にも述べましたが、私たちは私たちの中で納得のいく形があります。それに、まぁ、ああいった場だからこそ選んだものでもあります。」

トモエがオユキの喉を貫き、更にはそのまま喉を半ばから引き裂いて決着とした。それを見た少年たちとしては、成程、立ち合いにおける決着とはその果てとしてあるものはそれかと、そうした勘違いが生まれても仕方がない。それについては、トモエも確かに反省している事ではある。だが、次回以降オユキがそれを望めば、トモエはまた同じ位置に決着を置く。捨て身で価値を、捨ててこそ浮かぶ瀬もあれと飛び込んでくるというのならば、改めて深さを思い知らせその程度ではと水底に沈めるだけだ。それをオユキが望んでいる事でもあるのだから。

「ですが、シグルド君、名前を聞いておけばよかったですが、あの方と命のやり取りを望んだわけでは無いでしょう。お互いに。」
「おい。頼むからうちの訓練所でそこまで物騒な事をしてくれるなよ。」

結局は其処だ。シグルドの二の太刀は、ともすれば致命傷になった。お前は本当にそこまでの結果を望んだのか。トモエからの質問はそれに尽きる。そして、その覚悟があり、結果を受け入れられるというのであれば、尋常な立ち合いの結果。ならば良しと応える。

「ええ、流石に狩りている場で血なまぐさい事は、私も遠慮があります。」
「町中で事を起こす前には、代官にも話を通してくれよ。」
「勿論ですとも。」

ルイスにも、トモエがその辺り躊躇は無いと伝わったようで、掣肘役は他に回ることが決まったらしい。アベルが戻ってくれば、そちらにも口交じりに話が行き、少々釘を刺されるだろう。もしくは、余程の理由が無ければ、オユキやトモエの前にそういった勘違いをしている人間が来ることがないように事前に手を打つか。

「ともかく、今日の事今直ぐに消化するのも難しいでしょう。少し簡単にしてしまえば、皆さんが試合を望むとき、そこで得たいものは何か。それを改めて考えなさいという事です。」
「得たい物、勝ったってこと意外にか。」
「勝って得られるものは枠だけです。それを実際に使うのも、使わないのも、その権利を勝者が手に入れるのです。」

さて、これでは難しすぎるだろうか。トモエとしても話しながらそのように考えてしまう。

「でも、トモエさんは前、勝は認めて。イマノルさんも、勝ったって。」
「ええ。イマノルさんはこれまでの矜持に懸けて、それを選びました。しかし、無かったことにしても良かったのです、イマノルさんは。」

かつて、こちらに来て今なら間もないと呼んでもいいころ。そこで得た結果があった。そして、トモエの言う通り、イマノルが得た物をどう扱うかを決めた。そして敗れたトモエはただ勝った相手を讃えた。慰めとして、憤りを、どうにもならぬ感情を吐き出す先を求めたシグルドに声をかけたのは、オユキだ。トモエは、皆伝という立場を持ち、師として立つからこそ言えない事もある。

「ですから、皆さんは、改めて事に臨むときに一つ呼吸を置く癖をつけましょう。戦場では、難しいですから、その前に。」

だから、他の観点としてオユキから。それにしても、オユキもミズキリからかつて言われた言葉でしかない。そのミズキリにしても、人から言われて心掛けていると、そう語っていた言葉を。

「少し、考えるのです。選択の前に。本当に必要なのか、手に入れたいものがそこにあるのか。もしくは、相手の想いに応えようと、そう思えるだけの誠心が相手にあるのか。」
「あんちゃんが、俺が頭を下げただけで良しとしてくれた時は。」
「ええ。それでも、その時確かにあなたの本気は伝わりましたよ。」

本当に、どうにもならない色々を一先ずは全てを飲み込んで。それをつまらぬ意地だと、下らぬものだと蔑むものがどれだけいたとして、彼が本気で願っている事、それを過たぬだけの矜持をこの少年は確かに示して見せた。彼の後ろに置きたい相手、それを守る為であれば、突然現れて何やら偉そうな相手に頭を下げて見せた。ともすれば、彼が無自覚とはいえ己の肩に置こうとしていた、とても大切な荷物、それがただ落ちる可能性とてあったというのに。

「さぁ、一先ず、忘れぬように。今はそれで十分です。」

こうして話していても構いはしないが、生憎と時間が互いに限られている身だ。人任せにして狩猟者ギルドに成果は持ち込んでもらっているが、一応は確認の為顔を出さねばならない。トモエとオユキにしても、いよいよ人任せにしている事だが、期間の報告も兼ね、狩猟者ギルドに手土産をもって顔を出す必要もある。今ではすっかりと誰も彼も気に詩は無い方が気になっているが、ゲームの時分からそうであったのだからと、オユキにとっては小さな木片が意外と大事な物ではある。

「では、早速今日注意したことを改めて意識しながら、打ち込みの時間です。」
「ああ。」
「皆さんでしたら、司教様や助祭様、修道の位をえて居られる方に聞いてみるのも良いでしょう。」

教会には、いよいよそれぞれに異なる道へと邁進する相手がいる。何もトモエとオユキばかりに習う必要もない。武の道だけでも、あまりに広大で、無数に進む先がある。それぞれの進む先を照らす明かりなど、いくらあったところで困る物でもない。

「あー。」
「おや、どうかしましたか。」
「いや、こういった話を俺らがしだすと、ガキどもも巻き込んで夜遅くなったりするからな。」
「それは、困りましたね。」

説教が仕事なのだ。それはオユキよりも、トモエとは比べるべくもなくという事だろう。ただまぁ、たまに教会に顔を出せば気が付けばあれやこれやと話が移り、気が付けば体力が切れた子供たちから眠り始める、そう言った事はままあった。ならば、同じことが起こっても良いだろう。
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