憧れの世界でもう一度

五味

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20章 かつてのように

何度でも

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かつての世界でも、すっかりと習慣と呼んでも良い事。
オユキにとって、トモエにとって。子供たち、孫たちは煩わしさを覚える事もあったかもしれないが、団欒の時間というのは、とにかくかけがえのない物であった。やむを得ぬ事情が無ければ、オユキは必ずその時間をトモエと取るようにしていたし、トモエにしても、少々遅くなろうともそれが当然とやはり待っていたものだ。
そして、すっかりと習慣になっていたその時間は、やはりこちらでも変わらぬ、変えられぬ事として。

「どうやら、アルノーさんに習って、皆思い思いに試しているようですね。」
「これは香草の使い方に覚えがありますね。」

夕食の席ではあるが、今日ばかりは色々と人を選び、安穏と出来る場を整えている。職務を持っているゲラルドとカレンに関しては、生憎と同席という訳にはいかないが、残りの者達は皆客人として。

「これは、良いものですね。火を贅沢に長時間使っていることもあり、ええ、実に心地よい熱を湛えています。」
「分かる物ですかと、そう聞くのは愚問なのでしょうが。」

そして、招いた覚えのない相手として、フスカがカナリアを従えて席についているのはご愛嬌。押し通ると言われれば、どうなる相手でもない。

「少し、ましになった様子。私たちが出来る助力もあるでしょう。」
「気に入らぬ相手には、という事ですか。」
「ええ。」

オユキが頼みたいことがある、それも気心の知れた相手に。そうした様子を隠しもせず、ゲラルドに明確にそう伝えて用意した場だ。ダンジョンに同行していなかったアベルは、しっかりと簡素な短剣を新たに身に着けている二人に一度目をやって、何やら溜息をついたりもした。アイリスについては、祖霊の加護を調整するのにやはり相応に疲労がたまっているのだろう。戦利品として持ち帰った肉の塊の攻略に勤しんでいる。生憎と、今は彼女について回り色々と習っているセラフィーナについては、そこまでといった事もない為遠慮を頂いているのだが。

「まぁ、言われてみれば、ええ、自覚もあります。」

とにかく荷物を抱え込み、その重さに抗しているだけといった期間を、暫く過ごしていたのだ。重さが潰せば、風など吹く余地もあるまい。風の墓場とかつて揶揄していたのは、己の種族の在り方だけなのか、無理に呼び起こした相手までもを含めてか。

「ただ、そうですね。やはり任せられる所は、いえ、それ以上を頼みたいと考えています。」

各々に食事を勧めながら、プリモピアットの段階で、本題に切り込むのはさて食卓における振る舞いとして正しいのかとオユキ自身考えもするが、敵うならドルチェの前には各々に決めて欲しいのだ。

「正直、今度の事は堪えました。」

隣国迄の旅。高速で移動はしているが、何処までもこの世界は広い。人跡未踏の地が何処までも広がる原風景というのは、確かに見ていて心躍るものはあるが移動中はやはり風景を楽しむ余裕もない馬車の中に放り込まれている。短い休憩時間、夜、そうした限られた時間で気分転換程度にしか楽しめはしない。
では、魔物の脅威が無い場所はどうかと言えば、先を急ぐたびである以上、やはり時間が取れる訳もない。休憩と補給を兼ねて、それでも一日逗留する程度。そして、その時間というのは旅の疲れを癒した上で、そこの支配階級の者達と挨拶をしていれば早々に終わる。
オユキは、まぁ良い。所詮出張などそのような物だ。時には片道14時間をかけて移動して、現地に6時間もいれば、また同じ時間をかけて戻る事などままあった。
仕事なのだ。納得もあれば、我慢も出来る。
ただ、オユキにとって仕事の場というのは、トモエを付き合わせるものではない。

「今後も続くと考えれば、やはり暗澹とした気持ちにもなった物です。」

期間は決まっている。そして、それを考えた上で計算をしてみれば。趣向を凝らされた食事が、何処か砂をかむような感覚だけを己に伝えて来るというものだ。随分と、懐かしくそれをオユキは感じながら。

「ですから、決めたのです。頼めることは頼もうと。」

この世界に感謝がある。己の両親がどうやら原因の一端を担ったらしいからと。
であれば、少々の苦役程度、こうして独立した世界となった者達が得た労苦に比べればどれほどのものかと。

「我が身の事ながら、実に情けの無い事ですが。」

そう考えはする。ただ、何処までもそれにトモエを付き合わせるのは違うのだと、叫ぶように己の思考を正そうとする声がある。

「ですから一先ず次。そこからです。アナさんに任せるとしますが、実際は、ローレンツ、シェリア。」

つまりは、オユキは音を上げた。
短い滞在期間。その全てを食いつぶすことが決まる、門を各地の神殿に置いて回るという旅路を続けることを。
仮にそれを成すとしても、今の形では無理だと。
かつてトモエと見て回ろうと話はしたが、今のままでいけば見て回るのではなく仕事と同じようになる。トモエの望む形とは、全く異なるものとなるとはっきりとわかった。観光などと嘯いている余裕など、間違いなくないのだ。片道が遠い場所もある。途中、中継点として門を置き、そこまでを短絡した所で結局はそこでもまた外交。仕事がついて回り、色々とまた難しい事になる。これまでまともに国交が機能していない国との事もある。そこでかかる時間までを考えれば、やはりというものだ。

「武国には、ええ。色々と関係もあります。後はテトラポダに向かう時くらいでしょうか。」

木々と狩猟の神、戦と武技の神。この神殿くらいは、流石に培った、積み上げたものもある。トモエも否とは言うまいし、いよいよそれぞれの国で多少の無理を頼める相手が今この場にいる。そちらを頼る形でとすれば、まだ楽しめる行程になるだろう。

「オユキ。しかし、それは。」
「ええ。門を作るための奇跡、それを得るために恐らく別の事が用意されるかとも思いますが、正直、どうにでもなると考えています。」

アベルが、では本当にそれが可能なのかと問うてくるがオユキからの回答は単純明快。

「始まりの町、ええ、此処で基本は得るのでしょうから。」

次に運ぶべきものは、この後未だに日程も確定していない祭りを執り行う事でとなるのだろう。
ただ、それがこの町での事であり、移動を強要されず、トモエと、気心の知れた相手とかつて何度でも繰り返したこうした時間を過ごすことができるのならば。やはりそれは過去に何度も合った事。今更それを行うのは、オユキ自身果たしてどうかと思わないでも無いのだが。

「オユキさんばかりに負担がかかるというのであれば。」
「それも、どうなのでしょう。前にメイ様に話した事でもありますが、やはり私ばかりがという事などありませんから。」

そもそも奇跡を得ているのは、この世界で暮らす者達だ。切欠として都合が良い存在であるから、目も行きやすいが他に負担が無いかと言われれば、当然そんなはずもない。オユキなどよりよほど分かりやすく積み上げたものがあるアイリスも、幾度となくかなりの負荷を得ている。メイにしても。

「それに、こうして頼み受け入れて下さるとなれば、ええ、間違いなく負担はそれを承諾した方にも向かうでしょう。」

まぁ、実に諸々。
政治的な面でも、それぞれに対して負担が向かう事は間違いない。これは、マリーア公爵にしても。

「意外と言えば、失礼かしら。」
「そう見えるよう振舞ってきた、それはそうですから。」

アイリスから、何処か楽し気に揶揄されるがまぁ原因はいよいよオユキにある。トモエはやはり早々に己を定め、それ以外の事は適当に流していた。散々に積み上げた流派としての力の使い方、それが思想となるほどには出来上がっている。
こうして屋敷に腰を落ち着けて、明日の事に困る事もない状況。元より貴族制と知ってはいたのだ。あまりに無体な事が起こるとは考えていなかったが、それでも最低限はと考え動いた結果。

「どうやら、私の我儘は可愛いものらしいですから。」
「確かに、な。」

さて、どうにも反応を見たい二人から特に何もないぞと思い、少々おどけて見せるのだが。

「その、主体として頼むお二人からは。」
「正直、拍子抜けと申しましょうか。」

ほとんど話しているのはオユキだけ。そして、その当人が口に運ぶ量が最も少ない。だからこそ、ちょうどよく食事の速度も揃い、二番目の主菜を飛ばしたこともあり、今はドルチェがそれぞれの前に置かれている。王都でしっかりと買い込んでいたところが、方々に目撃されたのだろう。礼品とばかりにそれなりの量が届いているコーヒーだけを楽しむ者もいるが。

「拍子抜け、ですか。」
「前置きもありましたからな。今度は如何なる難事を言いつかったものかと。」
「まったくです。」

各々カップを傾けながら、そのように口に出すものだ。

「気が付いているからとも、考えたのだがな。」
「アベルさん。」

さて、何やら不穏な事を口に出すなとオユキが責めるような視線を向ければ。

「司教殿に確認を取ったのだ、こちらでも。その方らは神殿までどれほどの時間を要するのかと。」
「来て間もないころに、凡その位置関係を改めて伺いました。」
「で、あればオユキ。その方が提示した期間では足りぬと、直ぐに分かる物であろう。」

オユキにしても、アベルの言葉に頷くしかない。
創造神からも言われたのだ。助けを求めるのを待っていたのだと。

「ですが、期間を短縮する奇跡も得られましたから。」

そのために得られた奇跡がある。5つに分かれた、新しい魔術。一つは馬車、一つは安息の結界。後分かっているものは、門を何処に繋ぐか指定するための物。あと二つはいよいよ未だにわからぬが、それにしても間違いなく旅の助けとなる物だろう。期間内に事を終えるために。

「足りぬ。」
「無理をしても、どうにかと言った所ですな。」

そして、行軍、オユキとトモエを連れて旅をする役職を持つ二人から。

「正直、今回の魔国への旅はそれを思い知らせるためでもあったのだ。」
「アベルさん。」

二度目は、先ほどとも違う意味を込めて。
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