憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

歌声よ

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「そこまでにしておきなさいな。」

シェリアがフスカを切りつけた。それに対して、急に雰囲気を変えたフスカが何やら派手な力を使おうとしたのだろう。しかし、それを新たに現れた水と癒しがまとめて封じる。

「全く、あなた達ときたら。」

そして、呆れたと言わんばかりにため息を一つ。フスカ、シェリア、オユキ。この三人は水と癒しの手によるものだろう水球に今は捕らわれている。水牢とでも言えばよいのか、オユキが何とはなしに、未だに手に持つ剣で切り付けてみたところで、ふんわりと受け止められそれ以上何があるでもない。フスカの纏う金の焔は水に消え、シェリアにしてもオユキの残していた剣を手にどうにもならぬと動きを止めている。
シェリアが最後に抗して飛び込んできたのは、意外と言えば意外。騎士、それも近衛を務めている以上は横槍を入れることなど誇りに懸けて行いはしないだろうと考えていた。しかし、昨夜頼んだことが存外効いたらしく、己の誇りよりも頼みを大事にした結果だとよくわかる。色の無い世界では気が付かなかったのだが、改めて周囲に目を向けてみれば顔色の悪い相手もいるし、水と癒しではない他の柱らしき存在もナザレアのすぐそばに。どうやら目的は果たせたらしい、そんな達成感を胸に抱いてしまえば急にオユキは己の疲労を実感する。ついでに、かなり派手にやらかしている左手の怪我が痛みを。
それこそ、重症には違いない。ここまでの間、鈍い痛み程度にしか感じはしなかったが、見ずともわかる程には酷い怪我ではある。

「もう少し、色々自重なさいな。本当に。」
「いいじゃない。私にとっては好ましいわよ。」
「どうかしら、場を乱したといえばそうだったでしょう。」

疲れたように、呆れたように。ため息とともに、そう零す水と癒しに他の二柱もそれぞれに感想などを呟いている。

「全く。あなた達は止めもせず、楽しんでいたのでしょう。それと、フスカ。切りつけられて血を流した。それを恥じる気持ちも理解は及びます。この場に立つ資格の有無と言えばいいのか、意識の外に置いた相手が自信を切りつけた事に、いら立つ気持ちも理解できない事は無いのですが。」
「ええ。少々大人げなかったですね。」

余裕綽綽と言えばいいのだろうか、既にオユキがつけたはずの傷は血を流していない。シェリアが切り付けて胸元を切り裂いたはずの一撃も、既に残っているのは断ち切られた布が別れて垂れていること位。腰元に在る翼を阻害しないためだろう。首周りに巻き付けられたチョーカー、その先に取り付けられているリングに通す形で体を覆っていた布が、そこに真っ向からシェリアが切り込んだこともあって、既に役に立たない物に。
振り返ってみれば、オユキの衣装にしてもあちらこちらが焼け焦げた上に、辛うじて交わしていたフスカのかぎづめによってあちらこちらも裂けている。散々に流した汗を吸って、それはもう酷い有様だ。暴漢に襲われでもしたのか事故に巻き込まれたのかと、オユキ自身己を評してそう言いたくなる程度には見事にボロボロだ。ここまでになったのは、こちらに来てからというもの早々縁の無い事ではあったが、かつてはそれなりにゲームの中では似たような状態にはなっていた。

「不満を隠そうともしていないのだから。」
「感謝あるのですが、それとこれとは。」
「はいはい。そういった話はまた聞きますから。」

それはそれは不機嫌そうに。そんな様子を見ながら、オユキは何やら視界が霞んできたりと、なかなか愉快な状況に己が置かれていることを実感はしている。フスカを相手に意地を通す為、少なくともこの場に集まっている者達に、特にメイに対して、自身の伴侶を傷つけたのならばどうなるかを示して見せようという心算があったのも事実。その結果は、己がなした成果は最早目に見えず。頼んだ相手に曲げさせた結果が一つ。

「オユキも。全てを癒すことはしませんので、きちんと時間を取って休む様に。」
「感謝を。」

うつらうつらと、どうにも眠気を我慢できそうにないが、流石にこの状況で眠るのはまずいと。そう考えているところに、オユキを閉じ込めている水の塊からするりと伸びてきた一部が半ば炭になっている左腕に。少々痛みとむずがゆさを覚えると思って見ていれば、直ぐに酷い火傷が解消される。そこから流れる血も、直ぐに洗い流され少々の傷跡が残る程度に。しかし、改めて手を握ろうとすれば鈍い痛みがしっかりと残されている。前回のトモエに引き続き、これにしてもしっかりと反省しろという事らしい。まぁ、見た目だけどうにかなれば、トモエに対してどうにか面目も立つ。恐らくどころでは無く、あの有様であればかつての世界の医療技術があったとして後遺症は残った。それがこちらでは、こうして多少の戒めを与える程度で済むのだから、有難いものだ。

「分かっているのでしょうけれど。」
「はい。流石に、これに甘えるような真似は致しませんとも。」
「分かっているのか、いないのか。」

オユキは、そろそろ立っているのも億劫だと思い始めている。この後も宴は続くのだろう。目的としていた柱、ナザレアが連なる祖にしてもようやくこの場に顕れたのだ。ならば、ここからが本番と言っても差し支えが無いはずなのだが、流石にオユキとしてはどうにもなりそうもない。若しくは、オユキを早々にこの場から外すために、眠気を醒まそうとしていないのか。

「オユキさんは、此処まででしょう。体力の回復の為に、眠る必要もありますから。」
「オユキ様は、それほどですか。」

水と癒しの言葉に、シェリアが不安げにオユキを見る。ただ、それに対してオユキが何かを返すほどの体力もそこまで残っていない。視界は霞、眠りの誘いをもはや断てそうにない。うつらうつらどころでは無く、既に目を開ける為だけに集中力と忍耐が必要であり、自身が立っているのかもよく分からなければ手に持っているはずの武器がどうなっているかもよく分からない。生前の鍛錬の結果として、武器は流石に落としていないだろうし己が二本の足で立っているだろうという事は信じているのだが。最早言葉を返すだけの余力もない。

「ああ。」
「もう、ああした状態ですから。」

外野がオユキを好きに評している。
その声にしても、オユキは最早夢半ば。何処か遠くから聞こえるとして、どうにか耳に届いているような、何とか認識できているようなそういった有様だ。シェリアがオユキを見て、納得を作った以上はこのまま連れて帰られることだろう。この場にいる者達の中では、無意識下とでも言えばいいのか、そこで信頼している相手が抱えるのなら無理に抵抗することも流石に無い。

「オユキ様は、流石に私が連れ戻さねばならないでしょうね。」
「ええ、そうすると良いでしょう。」
「本当に、よもや私に傷をつけるとは。貴女は流石に、注意を向けていれば。」
「それは、そうなのでしょう。私としても、場を乱す行いであったことは理解しています。」

シェリアがそう話しながらも、フスカに対して己の非礼を簡単に謝る。正式に謝罪をというのであれば、それはオユキが行う事であるし、彼女の非は確かに主人であるオユキが背負うべきものでもある。昨夜に頼んだことがあり、シェリアはただそれを果たしただけという事もあるのだから。既にオユキは夢現。どうにも境界が曖昧になってしまっている。華と恋、それからナザレアの祖であるらしい、こちらも立派な角があるのかと思えばそのような事は無く。親である相手、親でもある神性から角を引き継いでいるのではないかとトモエの解釈を聞いていたのだが、こちらはいよいよ普通というのもまたおかしいのだが、美しい女性の姿をしている。豊饒と癒しと処女性と。そうした物をかつての世界では司っているらしい相手。その相手からオユキに向けられる視線というのは、随分と好意的な物。華と恋にしても、こうしてオユキがトモエに傷をつけられたことを許さぬと切った啖呵を喜んでいる。
ならば、この祭りは、少なくともこうしてふらりと参加したオユキが散々な目に在ってはいるのだが、成功と言っても良いものではあるのだろう。こうして己が見すぼらしい有様になっているのも、良かったのだろうと。

「本当に、楽しませてくれた事。」
「あら、あなたも気に入ったのかしら。」
「そうですね。本当に私が求める華やかな舞台になっていましたから。」

そう語るのは、ナザレアの祖と華と恋。

「私は、好きよ。オユキも、トモエも。」
「ええ、私も気に入りました。互いに互いを想い合う、尊重し合う。その関係は確かに素晴らしいと。それよりも、優美な舞と歌が。」
「私も、カリンとヴィルヘルミナを選んで良かったと、今心からそう思っています。」

美と芸術も、ナザレアの祖が語る言葉に、褒めた相手に追加で声を掛ける。
ならばあとは、もう好きにしてくれればいいのではないかと。オユキはいい加減に集中を、起きている事に注力するのをやめてしまう。今度目が覚める時は、どの程度の時間が流れるのか。せめて明日の朝にでも目が覚めれば良いのだが、ここまでしっかりと疲労して、身にため込んだものを放出したのだから結果として時間がかかりそうな気もする。

「オユキ様。」
「シェリア。有難う御座いました。」
「どうか、お気になさらず。」
「いえ、また今度改めてお礼を。」

どうやら水の牢は既に解かれているらしい。既に六に感覚も無いのだが、近くから聞こえるシェリアの声。それに身を委ねてしまう。いよいよ起きているのももはや限界。

「暫く、寝ます。」
「ええ、どうぞゆっくりとお休みを。後の事は、この場に残る物に任せてしまいましょう。」

さて、招かれた側としては、此処まで散々にやらかし場を去るのは問題がある。そうオユキにしても考えているのだが、後は残った者達。昨夜同様に頼んだ少女たちが恐らくどうにかしてくれそうなものだ。

「あとで、あの子たちにもお礼を言わなければなりませんね。」

あまり意識を割いていなかった。集中した先では、やはり他に気が回らない。だが、頼んだ相手であり、こちらに感謝を示す機会を考えていた子たちだ。何某かの役割は担ってくれた事だろう。今度は、それを聞いて。
そんな事を考えているうちに、オユキはいよいよ眠りにつく。響く歌を、子守歌代わりに。
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