憧れの世界でもう一度

五味

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27章 雨乞いを

もはや被害者

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「わかりました」

オユキから、木材は用意したので雨乞いの場を整えてくれと、そうカナリアに告げてみれば。何やら悟りを開いたような、ただただ諦観を前面に出した表情でそう答えが返ってきた。その姿に、何やら追い詰められたとき、どうにもならない類の仕事を言いつけられる者たちは、確かにあのような表情になっていたなと。そんな、少し昔を懐かしむような思いに駆られはする。あまりにも急な日程の短縮以来であったり、どこかで止まっていた仕事が、先方からの連絡であったり、担当者の救援要請であったり。そうした流れで顕在化した時には、一丸となって対応しなければいけないとして、そのように旗が振られる事もあったものだ。

「その、協力ができるところは、させて頂きますので」
「ええ、是非とも」
「つきましては、手順の確認、いえ、今回ミリアムさんの手によって用意をして頂いた木材の処理ですね」

ミリアムへの情報共有が終われば、さて、そろそろ屋敷に戻ると伝えて。始まりの町で、そうしたことがあったとトモエからの話には聞いていた。しかし、実際に木々が自ら避けるようにして道を空ける様と言うのは、オユキにとっては初めて見るものであり。何とも幻想的な光景ではあった。自分の足で歩くと、そうしても良かったのだがそれが当然とばかりにシェリアに抱えられ、大きな穴の開いた、森と繋がっているため外からは分からぬだろうが壁と屋敷の穴を抜けてみれば。いったい何事かと言わんばかりに、カナリアもそこで待っていた。そして、顔を合わせるなりオユキが話を振ったため、そうした表情を浮かべることに相成ったと言う訳だ。

「手順と言いましても、木材は切り出すしか」
「では、手始めにお願いするとしましょうか」
「あの、オユキさん、それよりも屋敷と壁の穴は」

言われて、オユキとしても少し考えてみる。屋敷の穴に関しては、まぁ、応接間からあいているわけだ。ならば、正直そこは後回しでも構いはしないだろうと。問題になるだろうもう一つの穴。壁にしっかりと、今は木々が覆っているのだがそこに空いた穴。聞いた話によれば、壁も魔道具であると。

「機能は、失われていないようですが」
「あの、オユキさん」
「オユキ様」

特に魔物が中にと言う事もなさそうだと、オユキはただそう決断を下してみる。以外と言うほどでもないのだが、今オユキたちの暮らす場は壁から非常に近い位置に。そして、十分な護衛もいる以上は、この屋敷で問題なく防衛も行えるだろうと。強いて言えば、この問題を作ることで、こうしてわかりやすい騒ぎを起こすことでクレリー家からの人物が動く余地を作り、魔国相手にも交渉として使える手札を与える心算ではある。理解の及んでいる者にとっては、結果として実に都合の良いとそう見える物であるには違いない。

「ミリアムさんの手によるものだから、と言う事なのでしょうか」
「それは、まぁ、そうと言えばそうですけど。あの、私のはやしたこの木を切るとして」
「ミリアムさんに痛みがいくというのであれば、確かに問題ですね」

屋敷の応接間、そこも既にアンソクコウノキによって蹂躙されている。樹高がどれも十メートルを超えるような樹木だ。応接間の地面から伸び、根が床材として敷き詰められていた石畳を破壊し、そのままの勢いで間違いなくこの屋敷の上階も。屋内の物は、何とはなしにそのまま残しても構いはしないだろうと考え、さらにはそこから外に空いた穴にしても。壁を覆う森についても、正直同様でと考えてはいる。他の一切は伐採してとそう考えていたオユキとしては、何やらもの言いたげなミリアムの様子に質問を。

「いえ、今はもう切り離しましたから、感覚は伝わってないんですけど」
「とすると、使おうとしている間はあると、そういう事ですか」

だとすると、ここまでの事をするとなれば、かなりの衝撃を感じたのではないかと。

「そのあたりは、人の方々とは感覚が違いますから。切られても、こう、痛みがあったりはしませんし。こう、髪を切られた程度と言えばいいんでしょうか。前に、色々話したときに、そのあたりなのだろうと」

そう、ミリアムからの回答を興味深く聞いていれば。

「あの、話がそれていますけど、木精によって発生した樹木と言うのはですね、伐採するのが難しいと」
「はて、その割には」

そう、シェリアがそれが当然とばかりに伸びてくる枝を尽く払っていたのだ。ならば、容易いとまではいわずとも、できるものだとばかり考えていたのだが。

「シェリア」
「では」

確認のため、もう一度とオユキがシェリアに頼んでみれば、それが当然とばかりに手近にあった枝の一つを切り落とす。

「問題、なさそうですが」

一体、どこに問題があるのかと。結果を見ても、よく分からぬと主従揃っての視線にカナリアがやはり力なくうなだれる。ミリアムのほうでは、先ほどの話もあったのだ。既に散々に示されたことでもあり、もはやすっかりとあきらめが顔に浮かんでいる。

「あの、それはシェリアさんが特別と言う訳では」

言われて、確かに近衛として身を成せるほどに特別な存在なのだと思い出す。生憎と、トモエはローレンツと共に外に散々に狩った魔物の残りもあるからと、屋敷には戻ってこずにそのまま外に向かった。であれば、仕方あるまいとオユキが袂に仕込んでいる小太刀をとりだして、そのまま切りつけてみるのだが。

「問題、ありませんが」

熱したナイフでバターを斬るような、流石にそのような感触ではない。生木を斬る、少しの手ごたえは確かに返ってくるのだが特に問題なく切りつけることが出来る。流石に小太刀ではやすやすと切り倒せるようなものではないのだが、何処を斬ったかが分かる様に軽く切り出すように振るったのだが、それで倒れるはずもない。落ちた木の欠片、まだらに白の見える木の皮もしっかりとついたそれをオユキは軽く摘み上げて。

「あの、ええと、もう、いいです」
「こちらに来て、高々一年と数か月、そんな相手に私の祖たる樹木が」

何やら、すっかりと諦めた様子の二人に取り合わず。

「切り出すだけでよいのなら、明日からトモエさんが」
「トモエ様、ですか。どうにも、香木として少しはとその様なご様子でしたが」

ならば、それに関しては必要な量をと考えはするのだが。

「言いたい事はわかりますが、流石に用途があって頼みがと言う事なら」
「それについては、後ほどまた話しましょうか」

トモエが好む香りだというのならば、他にも色々と用途の広い物でもある。今後の安定した供給をと考え、やはり視線がミリアムに。ただ、消費の為にと願うのなら相応の物をミリアム個人に対してと言う事なのだろう。今回のように、また激発させられるだけの事があれば等とオユキも考えたりはするのだが、流石に次以降はオユキ自身が望まぬもの、望まぬことに対して迄踏み込まなければならないだろう。ならば、それはやはり行うべきでは無い事なのだから。

「こちらでうまくいけば、神国でもとなるでしょうし」
「その時には、私以外の木精もいますし、是非ともそちらに頼んでもらいたいものです」
「あの、私も、そんなに回数を重ねるのは」

カナリアから、雨乞いという祭りを今後も取り扱う事になるだろうカナリアから何やら気後れするとそういった話をされる。ただ、オユキとしては、それが甚だ疑問でもある。

「カナリアさんは、こちらで位を改めて頂くのですよね」
「ええと、はい」
「であれば、持祭よりも上であったには違いないかと」

持祭の少女たち、そちらが身に着けている奇跡と言うのは、やはり相応の物でしかない。カナリアが振るうことが出来る奇跡、それもかなり融通を聞かせることが出来る奇跡。オユキがマナの枯渇に苦しんで居る時には、オユキの分までマナを供出してしまえるのだ。基本的には、無理だなどと言いながらも。

「司る祭り、その一つもできれば十分以上に」
「いえ、司祭ではなく助祭のくらいですからね、頂いていたのは」
「とすると、今回の祭祀でもって、その上にとなりそうなものですが」

水と癒しの教会で、過去の位を改めて受けて。さらに、そこから足を進めるには十分な物が。そのあたりは、流石にカナリアに任せることにはなるのだが、位を、返したものを改めてと望むには十分な成果だろうと。

「もしかして、族長様は」
「さて、気が付かないとそう考えるのもおかしな事かと」

恙無く執り行えるようにと、それはさぞ急ぎ詰め込まれていることだろう。これまでに、あの少女たちが度々そうなっていたように。あちらはまだ気心の知れた相手であり、まだ時間があるとして見逃されることも多く、手心も加えられていたには違いない。だが、カナリア相手にはそうした物は一切なかっただろう。

「初回位は、手伝ってほしいと」
「そのような甘え、私も、かつての創造神様も認めはしませんよ」

そして、応接間に、しっかりと今も空いている穴から、そう声が響く。姿はない、恐らく声だけを届けているのだろう。これまでは、カナリアだけにとしていたには違いないのだが、いよいよこちらで新しく生まれた己の同族の逃げ道を達に来たようでもある。

「既に、必要な事は伝えました。今回用意された木材、それを使って雨が降らぬのであれば、ええ、要はあなたの怠慢です」

実に容赦のない言葉に、何やらカナリアがぐったりと。

「では、後の事はお任せしましょうか」

そうして、色々と話したからだろうか。急に動くことが多く、緊張も相応に続いたからだろうか。オユキのほうも流石に、疲労がたまってきた。立って歩くのもつらい、等と言う事は今のところないのだが、それでも冬と眠りの功績を外してしまえばどうなるかわからない、その程度のところまでは来ている。それにしても、ここ暫くの間で、いやでも分かるようになったことではある。

「必要であれば、私も勿論手を貸しますから」

流石に、こうした流れを作ってあとは知らぬとそうするわけにもいかないだろう。オユキからは、そのような言葉を残して。相変わらず応接間にいる、未だに名も知らぬし、恐らくはとしかわかっていない相手。その人物がただ目を白黒させるのをしり目に、トモエがそろそろ戻ってくるだろうから。一先ず、ここにいる者たちを纏めておいて、オユキはシェリアを連れて玄関に向かうのだ。
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